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一三九 命がけの渡河

 これだけの数で取り掛かると、筏のような船ではあるが、想像以上の速さで次々と出来上がっていった。

「もうそろそろ良いかな。よし、これで川を渡ろう!」

「皆で漕いで、なるべく早く渡りましょう。川を渡っている間に攻撃されないようね!」

「はい!」

 エレーシー達の号令と共に、兵士達は自前の船を一斉に川へと浮かべ、船に乗り込み、そして誰一人休むことなく、まるで隣同士と競争をしているかのように必死に漕いで対岸を目指していった。

「行け! 行け! 天政府軍が出てこないうちに向こう岸にたどり着くんだ!」

 各艘の一番後ろに弓矢部隊を常に乗せて、周りから天政府軍が来ないかどうか見張ってもらっていた。

「来た!」

 間もなく向こう岸に着くという所で、一番前の船の見張り役が、フィルウィートの街を囲む壁の上から天政府軍と思しき人物が飛び出してくるのを確かに捉えていた。

「来た? ! 早く! 早く岸に辿り着け! 辿り着けば道は開ける!」

「はい! !」

「先頭の弓矢部隊から矢を放て!」

「はい! !」

「上を見上げるな! とにかく岸に着くことだけを考えろ!」

「はい! !」

 相打ちを避けるために先頭を行く船から次々と弓矢が射られ始めた。

「どんどん撃って、追い返そう!」

 アビアンは周りの船に声をかけながら、目では天政府軍の様子を伺っていた。

「左側! 左側!」

「右側も来てるぞ!」

 次々と現れる天政府軍の姿を見て、方々から声が上がると、弓矢部隊はその対処に追われるようになった。

 船団の真ん中から戦局を眺めているエレーシーは、前方で対処に追われている彼女達の様子を見ながら、これからの作戦について考えていた。

「このまま無理やり突破するか、それとも、川を北上して山の方に向うか……」

 エレーシーは、対岸で船を組み立てている間に、川を越えた向かい側の真正面にはフィルウィートの市街を囲む壁がそびえていることはもちろん、その東、内陸側には鬱蒼とした森が広がっていることを見ていた。

 偵察部隊の話では、東側にも、南側と同様に門があるとの話ではあったが、このように上空から狙われている今、そのまま正面から突破するのは困難なように感じていた。

「ティナ、このまま正面を突破するのは難しいんじゃないかな」

 同じ船に乗り合わせていたティナに話しかけた。

「うーん……そうね……それもあるけど、向こう岸に着いた皆が攻撃に遭ってるのを何とかしないと……!」

 エレーシーがティナの言葉を聞いて前の方に目をやると、確かに、フィルウィート側の岸では、天政府軍の地上部隊との交戦が繰り広げられていた。

 向こう側に着いた兵士達も、それに応戦するのに必死であった。

「確かに、この天政府軍の数じゃ、着いたそばからやられてしまう……よし、やっぱり、一旦東の山に身を隠そう」

「え?」

「そこで一旦、天政府軍を撒くんだ。やっぱり、フィルウィートの街には入っておきたい。少なくとも、こんな狭い場所で固まっていたら、いくらこちら側に人がいても歯が立たない……」

「恐ろしいわね……分かったわ。早速伝えましょう」

 ティナはこれからの方針を決めるやいなや、近くで一番速そうな船の兵士を側に寄せると、いくらか言葉を交わして、伝令役としてその船を先に行かせた。

 その任務を任された兵士達は、空から無数の矢や剣を降らせる天政府軍の攻撃を交わしつつ、次々と仲間たちにティナからの伝言を伝えると、それを聞いた兵士は一目散に方向転換し、上流の森の方へと駆け抜けていった。

「森へ逃げた!」

 天政府軍の兵士が大声で周りの仲間に伝えた。

「えっ! ?」

「別の門から入る気かもしれない。中に知らせろ! 追える者は追え!」

「はいっ!」

 ミュレス大国軍のとった咄嗟の行動に、天政府軍の動きは一時的に乱れを来した。

 しかし、それを補うほどの余力が彼らには十分あったのだ。

 天政府軍の部隊は三つに分かれていったが、それでも塀の中から次々と兵士が補充されては、再び川岸の兵力を万全にしていくのである。

「私達も早いところ上陸しましょう」

 ティナは、とにかく陸に上がり、身を隠したい一心であった。

 やはり、船の上というのは身動きが出来ず、護衛も手薄になってしまうからである。

「船は引き上げなくていいね?」

「引き上げる時間はなさそうね。もったいないけど、船は捨てましょう」

 周りの天政府軍の行動を見ながら作戦を話し合っているうちに、岸はみるみる近づいてきていた。

「よし……接岸! 行こう!」

 エレーシーの号令と共に、軍幹部を載せた船と周りにいた護衛船の兵士も一斉に船を乗り捨て、上流へと走り出した。

「手の空いた者から東に向かえ!」

 天政府軍も、ミュレス大国軍の幹部達が東の森に向かったとあれば、多くの者にそれを追わせるのが当然であった。

「引き続き上からの攻撃に注意して! 相手は弓矢部隊だよ! 絶対に当たらないで!」

 アビアンは、船の上から天政府軍の武装について観察し、それがポルトリテで自分たちが応戦していた部隊と似た兵器を持っていることに気がついていた。

 ポルトリテでの戦いで、何人もの仲間が天政府軍の持つ特殊な弓矢の前に倒れていったのを目の当たりにしてたアビアンは、その恐ろしさを知っていたのだ。

「それで、森の中に入ったらどうする?」

 エレーシーは走りながらティナに聞いた。

「とりあえず、天政府軍を撒くのよ。船の上じゃ多勢に無勢だったけど、一旦森の中に忍びつつ、人を集めれば、こちらが多くなるでしょう?」

「なるほど。森の中で立て直すわけだね」

「それに、これから夜になるわ。夜になれば、こちらにもいくらか分はあるはずよ」

「フェルフ、ワーヴァ、アビアン、聞いた?」

 エレーシーはティナが頭に描いていた作戦の大要を把握したのか、突然、周りを同じように走っている軍幹部達に話を振った。

「え? 何?」

 周りに気を巡らせながら走っていたフェルファトアは当然、話は耳になど入っていなかった。

「今は川を渡るためにバラバラになっているけど、森の中で集まってフィルウィート攻略に挑もうという作戦だよ」

「なるほど、そういうことね。分かったわ。それじゃあ、私とワーヴァは、森の中でそれを皆に伝えればいいの?」

「いえ、合図をするわ。どうせ、天政府軍は森まで私達を追ってくるでしょう。ある程度身を隠すだけよ。とにかく、皆が揃うまで、ね」

 ティナの話を聞き、幹部は各々頷いた。

「よし、作戦の道筋は決まったね。それじゃあ、皆、しばらくそういう方針で行こう!」

「分かったわ」

「了解。とりあえず、逃げましょう」

 今後の作戦が大まかにでも決まったことで、幹部達は改めて、天政府軍の攻撃から身を守りつつ、森まで走ることに専念した。

 その後ろでは、まだ仲間達が次々と船で岸にたどり着き、自分たちの後ろをついてきていた。

 まだまだ、全員が揃うまでには時間がかかりそうであった。

 辺りは、ティナの言うように次第に暗くなり、夜になりつつあった。

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