一三一 巨大な市役所
分岐した建物の一つの棟には、両側にずらっと扉が並んでいた。
ミュレス大国軍の一団は、次々と開けていき、天政府人でもミュレス人でも良いから誰かいないかと探していった。
そのうち、ある一室に押し入ると、他の部屋と同じ様に机が三つほど並んでいた。
「我々はミュレス大国軍だ! 誰かいるか!?」
フェルファトアに付いてきた兵士が先に入って声を上げ、反応がないか様子を見た。
しばらくすると、机の向こうからそろそろと二組の三角の耳が姿を表した。
「誰かいるのね?」
フェルファトアがそれを見つけて声をかけると、一瞬びくっと止まり、また徐々に姿を見せた。
その部屋で隠れていた二人のミュレス人は、その声の主が自分たちと同じミュレス人であることを確認すると、お互いに顔を合わせて安堵の表情を浮かべて立ち上がった。
「は、はじめまして」
「はじめまして。私はミュレス大国軍統括指揮官補佐のヴァルマリアよ」
二人は前に出てくると、フェルファトアに挨拶をした。
「ここに隠れているのは、貴女達二人だけ?」
「はい」
「何故隠れていたの?」
「実は、これは市長や天政府人の皆さんからの言いつけなんですが……」
「市長?」
「ええ、街の外で大変なことが起きているから、皆隠れているようにと」
「それだけ?」
「それだけだったよね」
「うん」
フェルファトアは、二人のあっさりとした回答に少しあっけにとられたが、フェルファトア達にとっては、この市役所で働いてると思しきこの二人が、唯一の手がかりであった。
「ああ、そうだ。その、市長の部屋ってご存知?」
「市長室ですか?」
「そう」
「ええ、もちろん知っていますけど」
「なら、案内してくれないかしら」
「ええ……どうしようかな……」
その女は、渋い顔をして案内役を務めるのを躊躇った。
「いいじゃない」
「え、でも、上の人に出くわしたら大変なことになるよ」
「でも、皆、どこか行っちゃったみたいだし……」
「それじゃあ……まあ……」
彼女たちは二人の間で議論を重ねた末に、フェルファトアの方に向き直した。
「分かりました。市長室へご案内致します。その代わり……」
「その代わり?」
「もし、私達の上の方……天政府人に会いましたら、何とかして下さいね」
「なるほど、それなら大丈夫だわ。さあ、行きましょう」
フェルファトアは前後に兵士を配置して二人を守りつつ、案内されるままに棟の奥の方へと突き進んでいった。
「こちらです」
フェルファトア達が案内された先には、これまでには見たこともないほど大きく、荘厳な造りの扉であった。
「かつての地上統括府市……この先は、元は地上統括府市長室、いや、地上統括府総司令官室かもしれないわね」
「地上統括府総司令官室……だからこんなに立派なんですね……」
「ええ、流石は天政府人、大した見栄だわ」
フェルファトアは、しばしその存在するだけで圧倒的な威厳を放つ扉を前にして立ちすくんでいたが、ふと我に返り、自らに与えられた任務を思い出した。
「でも、今となってはポルトリテ市の市長室にすぎないわ。さあ、行きましょう!」
そう行って扉に手を掛けてみたが、ここもすんなりと開く様子はなかった。
「……この扉は、引き戸とかではないでしょうね」
「いえ、ここは押して開くものだったかと……」
「そう……またか……」
フェルファトアは、これまで幾重もの扉を苦労してこじ開けてきた事と現状を重ね合わせ、頭を抱えた。
「ふう、ここまで来て帰るわけにはいかないわ。皆、ここは何としてでも開けましょう!」
「はい!」
兵士達は返事をすると、一旦身を引き、力を蓄えつつ前傾姿勢を取った。
「よし、かかれ!」
フェルファトアの合図とともに、兵士達は扉に向かって走り、そしてそのままの勢いで扉に思い切り突進した。
扉は依然開かなかったが、わずかに動きを見せた。
「よし、もう一回!」
フェルファトアが指示するが早いか、兵士達が動き出すのが早いか、間髪をいれずに2回目の攻撃を試みた。
それでも、扉は開かなかった。
しかし、それ以降はフェルファトアも何も言わず、目の前にある扉だけに集中した。
それから何回目かの突進をすると、途端に内部から金属音が聞こえた。
そうすると、その次はただ蹴破るだけでいとも簡単に開いた。
「市長はいるか!」
真っ先に入った兵士は、一度も見たことのない天政府人の市長に対する恐れをかき消すように、勢いそのままに突入した。
「ついにここまで来たか、『ミュレス大国軍』が」
部屋の奥では、ポルトリテ市長と思しき天政府人が座っており、彼女達の様子を見てぽつりと呟いた。
これほどまでの大騒ぎをされたにも関わらず、どっしりとした様子であった。
「あら、さすがはミュレシア一の大都市を纏める長だわ。ここに至ってもこの冷静さ、中々ね」
フェルファトアは構えた剣を一旦降ろして、余裕の表情で座り続けている市長にそろそろと近づいていった。
だが、市長は彼女に対して特に反応することもなく、じっとフェルファトアを見つめていた。
「私達がここにいること、この市役所の表ではどうなっているか、知らないとは言わせないわ」
「もちろん、知っているよ。だから、こうして役所中に厳戒態勢を取らせているわけだが」
「そう……じゃあ、改めて言うけど、東大門も、フェスリの大通りも私達ミュレス大国軍が突破したわ。そして残るは……」
フェルファトアは剣を再び握り直し、さらに近づいた。
「……なるほど。つまり、私が最後ということだな」
市長はフェルファトアから目を離すことなく椅子から立ち上がった。
「ええ、そういうことね」
フェルファトアも負けじと目線を逸らさずに見つめた。




