一二八 大国軍お得意の包囲戦
「どんどん押されてきてるぞ! もっと押し返せ!」
一方、天政府軍側の駐留隊長は、これまでのようには中々行かず、むしろ防戦一方となってしまっている現状に焦りを感じ始めたようだった。
「砦からも攻撃されてます!」
「砦からもだと!? 見張り番は居なかったのか!?」
隊長からの圧力を帯びた問いかけには、兵士は答えることができなかった。
「どうりで、彼女達にやりたい放題させられる訳だ! 盤石な多方面攻撃が出来ないではないか!」
「でも、屋上部隊は……」
「屋上部隊? 見る暇があったら見てみろ。明後日の方向を向いて撃ってるではないか!」
「えっ!?」
問いかけられた兵士は一瞬、目の前の歩兵部隊から目をそらした。
「今は見てる暇なんてない! おそらく、向こうも向こうで応戦してるんだろう。ミュレス人の狡い罠に嵌っているとも知らずに!」
「ですが……何か手を打たないと……」
「そうだな……といっても、ここに至って何があるだろうか……」
隊長はこの戦場の鳥瞰図を頭に描いてみたが、後ろには門番役が集う小さな建物と、門の向こう側で待ち構えている射撃隊ぐらいしかなかった。
「改めて考えると、なかなか厳しいものだな……」
隊長はここに来て、これまでのミュレス人軍とは違うことを身を以て感じ取った。
しかし、だからといってすごすごと退却するようなことは許されないのであった。
「しっかり突いていけ! そうすれば勝機も訪れる!」
隊長は言葉で励ましながら、ある小部隊を呼び寄せると、少し遠いところに離脱させた。
「さて、エルルーアの部隊も無事に建物を占拠できたみたいだし、次の作戦に移りましょう」
ティナは、建物から主力部隊の様子を眺めているエルルーアの様子を見て、胸を弾ませながらエレーシーに話しかけた。
「よし、分かった。次の作戦だね」
エレーシーはティナの言葉に二つ返事で返すと、敵側の様子を見ながら、ふと生じた隙を見逃さず、さっと剣を振り、エルルーアに合図を送った。
エルルーアは、その合図に割とすぐ気づき、小さく一つ頷いて返し、即座に建物の中へと入っていった。
しばらくは天政府軍を薙ぎ払いながら様子を見ていると、建物の中から再びエルルーアが顔を出し、左手の親指と小指を広げた拳を見せ、思い切り振った。
それは、援軍要請を意味する合図であった。
「ティナ、エルルーアが援軍を要請してる」
「え? 分かったわ。それじゃあ……左から第十、第十一部隊、右から第十二、第十三部隊を送りましょう」
「第十、第十一……」
「中間部隊よ。次の作戦を任せるにはぴったりだわ」
「よし、じゃあ頼んだ」
エレーシーは、そばに居た主力部隊の副隊長に伝令役を任せると、すぐさまそれぞれの部隊長を探しに集団の中へと紛れていった。
それほど時間が立たない内に、エレーシー達の脇をミュレス人の兵士達が次々と建物の中に入っていく様子が見えた。
彼女達こそが、先程の伝令を受け取った中間部隊であった。
彼女達は一旦建物の中に入り、一部が2階の露台に集まっていた。
エルルーアは、中間部隊が建物の中である程度落ち着いたのを見ると、手で合図を次々と送り、最後には手をさっと軽く振った。
すると、それを見た兵士達は声もあげずに建物の中から出てきては、目の前の仲間と戦うのに必死になっている天政府軍の兵士を横目で見ながら、さらにその奥へと走っていった。
その様子に、一部は気づいたようだったが、劣勢の天政府軍にはもはや目の前の敵しか見えていないようだった。
「よしっ! 攻撃開始!」
天政府軍のほぼ四方を囲むように部隊が展開されると、それぞれの部隊長が連携しあって息を合わせるように攻撃の合図を出した。
「わっ!」
「いつの間に!?」
視野が狭くなり、目の前のミュレス人しか見えていなかった天政府軍にとっては、横はともかく、後ろから来るミュレス人兵士を相手できるほどの余裕は殆ど無かった。
「天政府軍本隊は任せた! 続いて最終突入部隊!」
エルルーアは建物の上から戦局をエレーシーとティナに伝え、エレーシーはそれを見ながら指示を送り、エルルーアがそれを中継する形で各部隊に伝えていった。
最終突入部隊は、ポルトリテの門を攻略するために編成された部隊で、最も重装備を身に纏った部隊である。
彼らは、中間部隊に紛れて、さらにその奥に部隊を展開していくと、エルルーアの指示を皮切りに、門の近くで隠れて射撃の時を待っていた天政府軍を次々と倒していき、ついにはポルトリテの門の前で閉めたままにしようとする天政府軍と、こじ開けようとするミュレス大国軍の様相を呈していた。
「門突破の増援を!」
エルルーアは、門の前での戦いが停滞していることに気づき、露台の上からエレーシー達に増援を求めたが、その声は天政府軍にも届いていた。
「何っ、いつの間に門の前まで行っていたんだ!?」
駐留隊長はエルルーアの声に驚き、思わず後ろを振り向いたが、それと同時に、自分たちが敵に囲まれているということをようやく認識したのであった。
「よし、ワーヴァ。最後方から4部隊は、砦の外側から左右に回って、市街地侵入の援護を。側方の2部隊は、それに追随して、先行中間部隊を補強しよう」
「はい! 分かりました!」
忙しそうに混沌とした隊の中を走り回るワーヴァも、嬉々としてエレーシーからの指令を受け取り、再び隊の後方へと走っていった。
ミュレス大国軍は、砦の建物を全て占拠し、そして天政府軍の一群を隈なく取り囲んだ。
「なんだ、くそっ……」
駐留隊長も、身動きが取れなくなったことで、ようやく自分たちが取り囲まれていることに気づいたようだった。
「後方部隊、捕縛の準備を」
露台の上からずっとその様子を眺めていたエルルーアは、自らミュレス大国軍の後ろの方に、指示を出した。
「よし、皆! 最終段階だ!」
エレーシーが後方に向けて叫ぶと、兵士達は声でもって応え、わらわらと前方に近づき、取り囲む領域を徐々に小さくしていった。
「ここまで密になっていれば、天政府軍ご自慢の翼も形無しね。さあ、かかれ!」
そういうと、兵士は天政府軍を二人がかりでその動きを封じ込め、捕縛要員の兵士達が一人ひとりをしっかりと縛って身動きが取れないようにしていった。




