一二七 戦線展開
「アビアンさん!」
「ワーヴァ! 伝令?」
「はい! 第一、第二弓矢部隊は、北側の砦の上にいる敵部隊を、外側から狙い撃って下さい!」
「分かったわ。弓矢部隊! 移動! 移動!」
「はい!」
アビアンはワーヴァの伝令通りに兵士に指示をすると、その先陣を切るように率先して前へと躍り出ると、弓矢部隊の盾役も彼女に続いて必死で追いかけ、兵士達がそれに続いた。
「あそこよ! 敵の弓矢部隊! リュシル! リュシル!」
アビアンは自分の目でも敵部隊を確かめると、弓矢部隊の隊長を呼び出した。
「はい!」
「リュシル、どう、ここなら届く?」
「大丈夫です! 届きますよ!」
リュシルの力強い言葉に、アビアンは思わず口角を上げた。
「よし、それじゃあ、攻撃開始!!」
「はい!」
アビアンが号令を出すと、兵士達は返事と同時に矢を番えて一斉に引いた。
「あっ、おいっ! こっちにもいるぞ!」
ミュレス大国軍側が弓を引いて狙うと、天政府軍の弓矢部隊の一人はすぐさま気づいたようだった。
「キャッ!」
「いやっ!」
屋上にいるとは思えないほどの数の矢の雨による歓迎を受け、弓矢部隊は初めから甚大な痛手を受けることとなった。
「さすが、天政府軍ね! さあ、遠慮することないわ! どんどん撃って!」
「はい!」
アビアンはそれでも、さらに仲間達を煽り続け、天政府軍に負けないほど絶え間なく矢を放たせた。
「参謀長補佐! 矢が無くなりそうです!」
「周りに落ちてる敵の矢も使おう! とにかく攻撃を止めないで!」
「はい!」
「今度こそ、私達の手でポルトリテを奪還しよう!」
「そう! ポルトリテをミュレス人の手に取り戻そう!」
天政府軍の攻撃も、前評判通り強力で、敵の矢に当たらないように避けつつとりあえず射るのがせいぜいであったが、アビアンもリュシルも一緒になって、とにかく攻撃が途切れないようにすることに集中していた。
「お、弓矢部隊が向こう側を向いたぞ!」
街道の真ん中で戦っている主力部隊を率いているエレーシーは、それまで自分達に向けて放たれていた弓矢が、明後日の方向に向かって飛ばし始めたのを見た。
「アビアンとフェンターラが頑張ってくれてるみたいね。さあ、私達も、数に任せて押し切っちゃいましょう!」
「うん、そうしよう。よし! 今のうちに、どんどん天政府軍を押し込んでいけ! 盾部隊は剣士部隊に寄り添って支援! 前進しよう!」
エレーシーはティナと言葉を交わすと、次々と自分たちの前に立ちはだかる天政府軍を自らの剣で必死に薙ぎ払い続けながら、周りにいる兵士達に絶えず指令を与えた。
その合間に周りの仲間の動きを見ていると、確かに一進一退ではあるものの、僅かずつではあるが、ミュレス大国軍のほうが確実に前へと進んでいる感覚があった。
「よし、私達も積極的に前に行こう」
「もちろん、身を守りながらね」
エレーシーとティナは再び自分たちが最前線で指揮することを確認すると、周りの盾部隊に援護を頼みながら前進していった。
すると、ふとした瞬間に、それまでこの街道で異彩を放っていた両脇の建物が目に入った。
先刻、エルルーアが率いた第一部隊が派手な大立ち回りを演じたあの建物である。
思い返してみると、駐留隊長が現れる直前に、建物の中から天政府軍の兵士達が一斉に出てきていた。
まさか、拮抗しているこの状況でノコノコと建物の中に戻っていった兵士がいるとは思えない。むしろ、残っていたとしても、出てきているはずだ。
エレーシーは、ヴェルデネリアで練り上げた作戦のことをふと考えていた。
「……よし、エルルーアに別部隊を任せよう」
そう決断すると、いつの間にか近くに戻ってきていたワーヴァを見つけ出し、再び伝令役を任せた。
「エルルーアの第一部隊と、第五、第六弓矢部隊にあの建物を占領させよう。弓矢部隊に上から攻撃してもらう」
「はい! 分かりました!」
ワーヴァはすぐさま返事だけすると、踵を返してまた後方の部隊の中へ紛れていった。
エレーシーの見立てとは異なり、建物の中にはいくらかの兵士が守衛として残っていたようではあるが、第一部隊は特にトリュラリアから率いており、もはやミュレス大国軍の中では手練と化した者たちが属していた部隊であった。
天政府軍の少数精鋭も、ミュレス大国軍第一部隊の多勢には敵うこともなくあっさりと砦を明け渡さざるを得なかった。
(よし、エルルーアはよくやってくれたようだ)
エレーシーは思わず笑みを浮かべたが、横にいたティナはそれを決して見逃さなかった。
「エレーシー、笑うのはポルトリテを奪還してからにしましょう」
「あ、そ、そうだね。でも、これで奴らの建物は完全に占領できた。明らかに我々の有利だよ」
「確かにそうね。このままこれを維持できるように、早いうちに次の手があるなら打っておくべきだわ」
「とりあえずは、前進していこう。あの向こうの門まではまだまだ遠いし」
「ええ、流石はポルトリテの天政府軍だわ。あちらもだけど、こちらも総力戦ね」
「これだけ人数を揃えてきたのに、結局、総力戦か……」
「当然よ。フェルフが率いた西軍では全く歯が立たなかったんだから。でも、ポルトリテを取れば確実に軍も強くなるし、地上統括府も弱体化できるわ。今日が頑張りどころよ!」
「そうだね、よし!」
エレーシーはティナと再び、この戦いの意義を確認し合うと、とにかく目の前にいる大勢の天政府軍に対処することに専念することにした。
「皆! 怯むな! 天政府軍に圧されずにどんどん前に進もう!」
「あの門はもうそこよ! あれを超えたら、ポルトリテの街が待ってるわ!」
ティナもエレーシーも、ことあるごとに絶えず兵士を煽り続けた。
経験に乏しいミュレス民族には、とにかく技より数、とにかく勢いが重要だったのだ。




