一二六 ポルトリテ駐留隊長
そもそも第一部隊の目的は、突入した建物にいる天政府軍を殲滅することではなかった。
エルルーアは、姉から託された使命を果たすために、第一部隊の兵士達を的確に導いていった。
彼女の指示のもとで、兵士達は天政府軍の剣士部隊を建物の外へ追いやり、上層階にいた者は、持っていた剣を叩き落として、乱暴にも窓から放り投げたりもしていた。
やがて、この何棟もの建物の一つで起こった乱痴気騒ぎを聞きつけたのか、これまでに見たことがないほどの重装備を身にまとった天政府人が、騒乱をかき分けてやってきた。
「また性懲りもなく、のこのことやってきたのか、ミュレス人!」
彼はティナに向けて威勢を張った。
すると、それが合図であるかのように、その他の建物からもワラワラと天政府軍の兵士たちが表に姿を表した。
「ええ、私はミュレス大国軍総司令官、ティナ・タミリア。前回までの西軍のに代わって、新たに兵を組み直してきたわ。貴方は?」
ティナは先に名を名乗り、ここでも先を取った。
「なるほどな。私は、天政府軍ポルトリテ駐留隊長のエルプ・トーリベルノだ。『前回までの西軍』とやらとは落ち着いて話をすることもなかったから今、ここでこちらの意見を伝えておくとするか」
敵側の大将であろう彼は、そういうと、また一歩踏み出して体勢を整えた。
「まあ、聞くのも、聞かずに突撃するのも、お前の腕次第だが……」
「いいえ、どうぞ」
ティナはエルプの挑発にも短い一言で返した。
「……そうか。それなら、まあ良い。さて、そもそもだが、長年にわたり、地上統括府を含めて、この大陸南西部は天政府のものである。これは、地国(訳註:当時、ミュレス民族が「闇の国」と呼んでいた国のこと。)も、魔法国も認めている!」
「ふうん……」
ティナは、意気揚々と話すエルプを黙って見ていた。
「天帝の司るこの地を守る我々天政府軍としては、国内でのいかなる暴動も許容することは出来ない!」
彼の言う「天帝」は、おそらく天政府の一番偉い人なのだろうが、その言葉を初めて聞いたティナは、何が天帝かと刃向かう心を表に現しそうになったが、また堪えることにして再び沈黙を貫いた。
「お前達ミュレスの民共がこの地上で表立って反抗していることは、地上統括府も知るところである。そして、このポルトリテでも、お前達があの壁の向こうへ押し入らんとするならば、我がポルトリテ駐留隊は、このポルトリテの平穏を守り抜くその使命を達成するために一戦を交えざるを得ないのだ! さあ、お前達はどうするのだ!?」
そう言い終わるやいなや、エルプの方も剣を抜いてみせた。
ティナはそれを静かに見届けると、彼が語り始めた時と同じように一歩踏み出した。
「なるほど、貴方達の言い分は分かったわ。一方で、私達がここに来た理由……それは、先程述べたものが全てだわ。どこかでお聞きになっていたのでしょう? そして、私達は既に2回、ここに来た。もちろん、今回も交戦する覚悟で来ているわ」
こちら側は言葉少なに返すと、二つの陣営の間に重い空気が流れた。
「……よし、それでいいんだな?」
エルプはティナに再び問いかけた。
「ええ、良いわ。そうよね」
ティナはエレーシーの方を向いた。
「そのつもりで来たんだ。何としてでも、ポルトリテをミュレス民族の手に取り戻すために!」
エレーシーも剣を抜き、構える準備をした。
それを見た天政府軍の隊長も、後ろにいる
「なるほど、だそうだ。副隊長、いいな」
「ああ」
敵側の副隊長はあっさりと答えた。
「よーし、お前ら! 奴らの総大将が現れた! ここでミュレス民族の反逆を食い止めるぞ!」
「おおーっ!」
「全員かかれー!」
「わああああああっ!!」
隊長が合図した次の瞬間、天政府軍は一斉にティナ達ミュレス大国軍の方へと向かってきた。
「こちらも交戦開始! 第2、第3、第4攻撃部隊! 天政府軍を迎え討て!」
「はい!」
エレーシーの合図とともに、兵士達は幹部達の脇を全速力で駆け抜け、天政府軍の集団に正面から立ち向かっていった。
先程までの静寂が嘘のように、ノルメーの草原は威勢と悲鳴に満ちていた。
まもなく日が落ちるであろう街道のあちらこちらで、キラリと光らせながら剣や盾を振りかざし、幾重にも重なった足音に紛れて、金物の音が鳴り響いた。
「エレーシー、私達も!」
「もちろん!」
その様子を見て、ティナとエレーシーも剣を再び構え直し、迫りくる天政府軍を迎える体勢を整えた。
エレーシーは、以前のように自分から率先して突っ込んでいったりはせず、向かってきた天政府軍の兵士達を薙ぎ払いながら、遠くで繰り広げられている剣の交わりをぼんやりと眺めつつ、戦況を把握しようとしていた。
「ひゃっ!」
エレーシーが一所懸命に天政府軍を対処していっていると、途端に隣りにいた兵士が盾を上にかざしながら目を天政府軍の方から背けていた。
「何? 何があった?」
「弓矢です! 弓矢!」
エレーシーが声を上げた兵士の答えに驚きながら地面を見てみると、確かに一本の矢が落ちていた。
それにまた驚き、弓矢の出どころを、辺りを見回して探すと、開戦から気にも留めていなかった建物の屋上に、いつの間にか兵士がひしめき合い、弓に矢を番えては放っていた。
「上だ! 建物の上!」
エレーシーは指差しながらティナに大声で知らせた。
「えっ、建物の上!? ……あ、本当だわ!」
しかし、肝心のティナはエレーシーの声だけを聞いて周りを見渡し、エレーシーが指差した方向とは違う方向を見ながら声を上げた。
「えっ? そ、そうか、向こう側にもいるのか……」
エレーシーは別の建物の上にも敵の弓矢部隊がいることに気づいた。
「正面でさえ厳しいのに、上からもとは……」
「正面に対処すれば上が疎かになる、上に対処すれば正面が疎かになる……」
「私達の被害を抑えるためにも、あの弓矢部隊は潰しておこう」
エレーシーは近くで盾を構えて防御に徹していたワーヴァを呼び寄せた。
「ワーヴァ、第一から第四弓矢部隊に砦上の敵弓矢部隊の近傍まで進軍、攻撃! 一、二は南側、三、四は北側、建物の外側から打って、正面部隊から注意を逸らせよう!」
「了解しました!」
そう言うと、ワーヴァは即座にその場から立ち去り、命令を伝えに、兵士の集団をかき分けて中に入っていった。




