一二五 敵情視察
ティナもエレーシーも、しばし前を見つめ続けながら偵察部隊の報告が上がってくるまで待っていた
彼女達は、冷かかな面持ちを維持し続けながらも、心の中では早く攻め込みたい気持ちが着々と満ちつつあった。
というのも、この緊張状態が長く続くことは不利になると直感的に感じ始めていた。
やはり、ずっと緊張の糸を張り詰めたままにしておくのにも限界がある。
それはその後ろに連ねる兵士達も同様であった。
こちらは数日に渡る遠征の末、何も遮るものもない草原にただ立って、いつ来るやもしれない相手の様子を伺い続けている一方、相手は、少なくとも建物に隠れており、おそらく兵士の中にはゆっくりとその時を待っている者が居ることも予想できた。
時が経てば経つほど、こちらが一方的に不利になるばかりであった。
ティナが30分程やきもきしながら待っていると、傍から仲間の兵士が二人、あまり目立たないようにしながら近づいてきた。
彼女達こそ、先程送った偵察部隊であった。
「総司令官、敵情視察をして参りました」
「ありがとう、それで、どうだったかしら?」
それに気づいたティナは、優しく状況を聞いた。
「はい、やはり、あの建物には兵士がたくさんいるようです」
「そうなの? ここからでも少し見えるけど……」
「ああ、あそこに見えているのは、ただの監視役です。あの人は廊下から見ているだけですよ。あの建物の中には、いくつも部屋があって、一部屋に数十人くらいが準備しているようです」
「なるほど、一部屋数十人ということは……やっぱり全体で千人くらいはいそうね。他には?」
「はい、あの建物の一番向こうに、小さな建物がありまして」
「あの門のところ?」
「ええ、ここからは見えませんが、あの建物の陰に、小さな建物がありまして、その中に割と重装備の兵士が十人くらいいました」
「重装備か、うーん……まあ、一番奥の方だけど……」
「分からないわね、一番後ろでも……天政府軍だから……」
ティナは少し不安な顔をしながら、慎重に考え始めた。
「そ、それで、他にはどんなことがあった?」
少し考え込んでいるティナに代わって、今度はエレーシーが聞いた。
「あそこに見える塀の向こうでは弓矢部隊が潜んでいるようです。あ、あと、あの建物の上にもどうやら弓矢部隊がいるようですね」
「弓矢部隊?!」
エレーシーは驚きながら、あまり声を立てないように抑えつつ聞き返した。
「ええ、まあ、屋上の部隊については、建物の中にいる兵士の話を聞いただけですけど」
「なるほど……偵察がバレていなければ、その話は本当でしょうね。うーん……やはり天政府軍は至るところにいるようね」
「しかも、音も立てずに潜んでいるわけか……」
「そうね……流石に圧倒されるわね……」
ティナはその言葉を口にした後、目をしっかりと瞑ってから見開き、唇に一段と力を入れて噛み締めた。
「いえ、私達が何としてでも先制を取るわ」
「じゃあ、早速攻撃をする?」
「うーん、ここは待ちましょう。エルルーア、伝令を任せてもいいかしら?」
ティナはエルルーアを再び呼び寄せた。
「何、姉さん」
「攻撃第一部隊がいたでしょう。ひとまず、貴女に彼女達の司令をして欲しいの」
「ええ、いいわ」
「ありがとう。これから少し待ってから、私が手で合図したら、あの建物に攻め込んで。そこからの反応で、私達も出るかもしれないけど、そこからは貴女に任せるわ」
「分かったわ、姉さん。それじゃあ、第一部隊と待機してるわ」
「お願いね」
ティナはそう言ってエルルーアを見送ると、再び、敵陣の方を見つめ続けた。
再び、まるで廃村に訪れたかのような静寂が、街道に満ちていた。
ティナはそこから動くことなく、様子を見つめていた。
しかし、ついに決着を付ける覚悟を決めたようだった。
剣の柄をしっかりと掴んだまま、左手を静かに上げ、開いた掌を一回閉じると、人差し指を前に突き出した。
「よし、第一部隊、突撃!」
エルルーアはそれを見て、静かに指示を出した。
「はい!」
その言葉を聞いた第一部隊の兵士達は速やかに応答し、エルルーアの後ろを付いていき、まずは一番手前の建物の中へと侵入していった。
「来たな!」
ミュレス大国軍の第一部隊が砦に突入するやいなや、天政府軍の見張り役は待ってましたとばかりに剣を抜き、次の瞬間には構えていた。
「構うものですか! 行け! 行け!」
エルルーアは突然姿を表した兵士に怖気づくことなく、第一部隊の仲間の後を押すと、自分も剣を抜いた。
「ミュレス人か?!」
「来たか!」
天政府軍の様子を見ると、相手方も待ちわびていたようで、不意を突かれたというわけでも無いようだった。
ミュレス軍が奥へ奥へと入っていくに連れて、そこら中で剣の為す鋭い金属音が途切れることなく鳴り響き、その音の中には剣が肉を切る何とも痛々しい音も聞こえていた。
エルルーアは、その音の主が仲間ではないことを祈りつつも、自らもその音の中へと飛び込んでいくのであった。




