一二三 宿場町ションツ
そして、ヴェルデネリアを経ってから数日、エレーシーがいつものように大軍を従えて歩いていると、向こうからミュレス人の行商が3人、歩いてくるのが見えた。
「やあ、久しぶり」
「あ、統括指揮官!」
呼びかけられた行商達は、急いでエレーシーのもとに向かった。
というのも、彼女たちこそが、作戦の一部として先にポルトリテに向かわせていた先行部隊だったからだ。
ポルトリテへの道のりもまだ道半ばというところで出会ったことに若干の不安を感じはしたが、ひとまず行軍を停止させて参謀長を呼び寄せ、彼女たちの話を聞くことにしたのだった。
「帰ってきたということは、どこかで天政府軍に遭ったのね?」
ティナは優しく彼女達に聞いた。
「はい! ノルメーの村から少し西に進んだところで、非常に大規模な検問をしていましたので、それを確認して戻ってきました」
ノルメーという村は、ポルトリテよりも少し手前の村のことだった。しかし、そもそもポルトリテ自体、大街道から少し外れた半島に築かれた街であるので、ノルメーは、大街道から分岐したところにある最初の地でもあった。
「よくやったわ。でも、大規模ってどのくらいなの?」
「えーと、そうですね……外に出ているのは大体……100人くらいでしたね。垣根が作られていて、その内外にずらっと人が並んでいました」
「100人……それはなかなかすごい数ね」
「でしょう? でも、それだけではないんです。その検問所の脇に簡素な建物が、これまたずらっと、街道を囲むように建てられていたんですけど、どうやらその中にも天政府軍の兵士が詰めているようなんです」
「えっ、そんなに?」
エレーシーは、自分が思う以上に大勢の兵士達がポルトリテに駐留していると知り、一瞬、寒気を感じるほどだった。
しかし、フェルファトアは意外と冷静な顔でそれを聞いていた。
「なるほど……そういえば、あなたは旧西軍だったわよね。この前、ポルトリテに遠征した時と比べてどう?」
フェルファトアは、彼女達のうちの一人に聞いた。
「そうですね……確かに、前行った時にも建物はありましたが、それよりももっと多くなっていたような気がしますね」
「うーん、天政府軍もポルトリテの防衛に全力を掛けているようね。さすがは、西の商都だわ。天政府に通じているだけあるわね」
「フェルフ、感心するのはいいけれど、貴女が訪れた時よりも大勢になっているって事でしょう?」
「どうやら、そうみたいね。まあ、2回も攻め込まれてるし、東の商都シュビスタシアが使えなくなったとすれば、天政府と地上統括府との玄関口は、ポルトリテか、その北のフィルウィートか、あとは新たに作るしかなくなるわ。だから、地上統括府はせっせとポルトリテの防御を固めてきたんでしょうね」
「そうはいっても、ポルトリテにもミュレス人はたくさんいるんだよね?」
「ええ。このミュレシアでも5本の指に入るほど多いわね」
「そう考えると……どんなに天政府軍が重厚な守りを敷いたとしても、私達ミュレス大国軍が打ち崩さないとね」
エレーシーの熱のこもった言葉に、ティナは少し笑みを浮かべながら頷いた。
「さあ、敵陣の状況も少し見えてきたことだし、攻め込んでいきましょうか、そのノルメーの要塞とやらに!」
ティナは意気揚々とエレーシーやエルルーアを煽り、他の兵士達の足を急がせた。
彼女達の心は、すでに目と鼻の先となった、ノルメーにあるようだった。
計画に沿って休みを入れつつ歩いていくこと数日、ティナ達の目の前に、変哲もない分かれ道が姿を表した。
北に上る立派な道と、それよりも劣るがなかなか立派な西に行く道である。
そして、その道の脇には、宿屋と思しき背の低い建物がばらばらと建ち並んでいた。
「フェルフ、ここは?」
異様なまでに静かな街に突然誘われるかのように入り込んでいたエレーシー達は、かすかに動揺を覚えていた。
「ここは……何てことはないわ。ただの宿場町よ。『ションツ』という街。ここを西に行くと、ポルトリテに行けるから、分岐点の街として栄えていたようだけど……」
「表には人一人歩いてないわね」
「ポルトリテやこの北の街からの往来が制限されてるのかもしれないわね。私達が活動する前は、私のようなミュレス人の行商やら、天政府人に仕えているミュレス人やらで、結構賑わっていたようだったのに……」
そう考えながら歩いていると、突然、エルルーアがティナのもとに走り寄ってきた。
「姉さん、こういう異様な空気は危険な気がするわね」
「エルルーア、何か感じたの?」
「絶対にそうと言い切るわけじゃないけれど、こういうところは天政府軍の格好の隠れ家になってるかもしれないから、十分に用心しながら通行するべきだわって言いたかったの」
「なるほど、ありがとう、エルルーア」
タミリア姉妹の話を聞き、エレーシーは辺りの家や、その間をより注意深く眺めはじめた。
すると、確かに誰もいないかのように見えたこの街に、いくらか人の影を見ることができた。
彼女が不安に思うことがあるとすれば、それが天政府人だったことだ。
「ティナ、確かにこの街には、天政府人が潜んでいるみたいだよ」
「え? 本当?」
「ほら、あの家の影。天政府人が歩いている」
「本当ね……ポルトリテの方角に向かってるわね」
「それも、結構な速度で」
「すると……そのノルメーで待機している天政府軍に伝えに言ったのかもしれないわね」
「そうなると……」
「ええ、彼らは万全の体制を組んで私達を迎えてくれるでしょうね」
「奇襲は無理ということか」
「そうね。もとより、この人数だから奇襲をかけるのは厳しいけど、どうやら、正面衝突は免れないかもしれないわね」
「天政府軍と正面衝突か……」
エレーシーは、西に伸びる道の先に不安を感じながら、その天政府人の後を追うように、その街道をひたすら西に進まざるを得なかった。




