一二〇 雌伏の天政府軍
しかし、エルルーアただ一人は、彼女達の話を黙って聞いていたが、話が一段落ついたところで徐ろに身を乗り出した。
「姉さん達はそう言うけれど……東西統合したからと言って、そう簡単に天政府軍が攻略できるかしらね……?」
エルルーアは少し困ったような顔をしながら、口元に手を当てながらつぶやいた。
「うん……うん?」
その妙な物言いに、エレーシーは一度は飲み込んだものの、すぐに違和感に気づいた。
「エルルーア、それは……?」
「いや、皆が東西統合したから、その『人数』で天政府軍を押し切れるんじゃないかと考えてるのではと思ったまでよ」
エレーシーやティナは、「その通りだ」とは喉まででかかっても、実際に口にすることはなく、そのまま飲み込むしかなかった。
「……そうだとしても……シュビスタシアでだって、私達は結構な頭数を揃えて挑んでいたし、それに、ポルトリテに駐留している天政府軍は、地上統括府やフィルウィートの部隊と一二を争うほどに強いと、地上統括府市の学校でも評判になっていたくらいに有名な部隊よ。フェルフさんも、何回も戦ってきて、肌で感じてるわよね?」
急に話を振られたフェルファトアは、エルルーアの言う事にただ頷くしかなかった。
「ね、ルビビニアはもちろんのこと、シュビスタシアで出会った部隊も、……こう言っちゃシュビスタシアで戦死した仲間には悪いけれど、西側の部隊に比べれば力も弱いのよ」
「そ、そうなんだ……」
「それに、天下の地上統括府が、私達の東西統合の事を知らないはずがないわ。いくら自治政府が統治していたヴェルデネリアだとしても、天政府人は少なくとも千人はいるでしょう? その中には、地上統括府の回し者だって必ずいるわ」
「なるほど、それはそうか。あれだけ大々的に統合を宣言したし、それは天政府軍も織り込み済みという訳か……」
「もちろん、そうよ。だから、次の天政府軍の動きとしては、当然、ポルトリテの軍備を増強してくるでしょうね、こうしている間にも」
「確かに、西軍は少なくとも2回は攻撃を仕掛けているみたいだしね」
「そうでしょう。だから、私達は次の一手を、一日も早く打たなければならないわ。ただ、頭数を揃えるだけじゃなくて、もっと情報を集めて、作戦を練るとかしていかないと」
「……ポルトリテ攻略はそう甘くは行かないという訳かあ……」
「まあ、そういうことになるでしょうね。何回も言うようだけど、頭数だけではね」
エルルーアの言葉を最後に、宴席の場は水を打ったように静まり返ってしまった。
ティナは暫し腕を組んで考えながら、ふと顔を上げ、ゆっくりと話を始めた。
「確かに、エルルーアの言う通りね。東西統合して、幹部と兵士が一つになったからといって、天政府軍に勝てるという保証はないわね。だって、そうであれば、アルピア・ト・タトー首領が革命を為せなかったわけがないもの」
「まあ、そうね。私も、天政府軍に散々やられ続けたところに東軍の皆が来たからとても喜んでいたけど、東軍の話を聞くと、小規模な天政府軍部隊としか相手したことなさそうだし、私達も攻め込んで成功したことないのよね」
ティナの言葉を聞いて、フェルファトアも考え直したようだった。
「エルルーアの言う通りだし、フェルフも言うように、私達は天政府軍の『全力』をまだ見ていないのでしょうね。そして、既に地上統括府が統治していた領域のうち、海岸沿いの町々は失ってしまった。地上統括府にとっては、ポルトリテとフィルウィートが貿易の最後の砦。だから、この2都市は地上統括府市の次に重要でしょうから、次こそは本気で来るでしょうね」
「そうなると……」
「ええ、両軍統一で気を許さず、少しでも兵力増強に力を入れ、しっかりと作戦を立ててポルトリテ攻略に挑みましょう!」
ティナは妹の気持ちをしっかりと飲み込んで気持ちを新たにした。
そして、東西統合とは関係なく、天政府人とミュレス人という原点に立ち返って、決して侮ることなく、天政府軍や地上統括府に臨むことを、臨席していた幹部たちに表明した。
「ミュレス大国軍」としての初戦は、総司令官一同、まずは目前にあるポルトリテ攻略に焦点を合わせて、明日からまた精力的に活動していこうと言い合いながら、ヴェルデネリアの夜を楽しんだのだった。




