一一六 これまでの経過報告(東軍)-2
「それからは、ヴェルデネリアまで一直線に来たの?」
「いいえ、私達はまた、ルビビニアでも天政府軍と一戦交えたの」
「ああ、そうか、ルビビニアか、そうでなくてもディアゴリアがあったわね」
「そう、それで、天政府軍が駐留していると聞いたディアゴリアを避けて、ルビビニアの方に迂回したの」
「なるほど」
「ルビビニアの町の門の外に天政府軍が数人くらいかしら、居たのだけれど、穏便に捕える程度で収まったわ」
「ティナらしいわね」
「いえいえ、天政府軍の数が少なかっただけだわ」
「まあ、それもあるかもしれないわね。ルビビニアでの交戦はそれだけ?」
「ええ、そこから町の中に入ったんだけれど、中では特に天政府軍と衝突することもなく、すんなりと町役場の制圧が出来た感じね」
「うーん、天政府軍にしては弱腰なのがちょっと気になるけど、まあ、町を奪還できたならいいか……」
フェルファトアは天政府人がミュレス人に対して、いつもと違う態度に出たことに少し引っかかったようだったが、あまり気にせずに水に流した。
「あ、そうそう。ルビビニアで、軍としては結構重要な出会いがあったよね」
二人の話の間に、エレーシーが割って入った。
「出会い?」
「ああ、ウェレア様の事ね」
「ウェレア様……?」
流石のフェルファトアも、ルビビニアの有力者の名前までは知らないらしかった。
「ルビビニアの元貴族、タトー家の当主の方よ。天政府人が支配するまでは、ルビビニアの町の政治を引き受けていたようだわ」
「なるほど」
「あと、ルビビニアのタトー家は、例の天夢戦争の領導者、アルビア・ト・タトーの血筋でもあるらしいわ」
「ああ、そうか、確かに、前の戦争の義勇軍の首領の名前もタトーだったわね」
「それで、ほら、エレーシーの名字もタトーでしょ? だから、ウェレア様も大層お気に入りで、タトー家のレプネムまで頂いたわ」
そう言うと、エレーシーは用意していたかのように、自分の外套に取り付けたレプネムを指差して、フェルファトアに見せた。
「あら、綺麗なレプネム。それが、タトー家の紋章なの?」
「どうやら、そうらしいわね。あ、そうそう、この外套もウェレア様に買って頂いたの。『天政府軍と渡り合うなら、見てくれも天政府人と張れるようでないと』とか何とかで」
「へえ、いいわね。まあ、確かに、地上統括府市で見た天政府軍の幹部は豪勢な服を着てたし……」
フェルファトアは物珍しそうにティナの纏っている外套を隈なく見ていた。
「あ、そうだ。フェルフの分も預かっているんだった。持ってくるよ」
エレーシーはその事をふと思い出し、荷物の中を探るために町長室を抜け出した。
「ありがとう。それにしても、その場に居なかった私の分もあるなんて、ウェレア様は相当心の広いお方ね」
「ええ、本当にそう思ったわ。一着でもそれなりに値が張るでしょうに……」
ティナがウェレアの慈悲深さに感心していたが、エルルーアが感じたことは、それだけではないようだった。
「私が彼女に感じたのは、やっぱり彼女は、自分の先祖が率いた軍が天政府人に叩きのめされたのが、ずっと悔しく思ってたんじゃないかしら」
「先祖が……」
「そう。それで、同じ名字で、まあ首領ではないにせよ、幹部第二位で頑張ってるエレーシーの姿を見て、自分の先祖と重ね合わせて見てたんじゃないかなあって、ティナの話を聞いてると、どうもそういう気がするわ」
「なるほど、そういう事ね」
そうしてティナとフェルファトアがウェレアの思いについてあれこれと想像している間に、エレーシーはようやく外套を探し出してきたようだった。
「フェルファトア、お待たせ。これがフェルファトアの服だよ」
「ああ、ありがとう。確かに、エレーシー達のと同じだわ」
フェルファトアはエレーシーから預かると、さっそくそれを身にまとって感触を確かめた。
「なるほど、これなら確かに威厳を感じるわね。今度からはこれを着て兵士達の前に出るようにしようかしら」
「そうしよう。そうすれば兵士の統率も取りやすくなるかもしれないしね」
軍幹部達に外套が行き渡ったところでさらに一体感を感じ、立ち話に興じていた時、ふとエレーシーは他に話すべきことを思い出した。
「あ、そうそう。ウェレア様が武器の購入を安くしてくれることはもう話に出た?」
「え? それは聞いてないわね」
フェルファタオは即座に答えた。
「本当? 実はそのルビビニアの町が、金工職人の町だってことは、フェルファトアは知ってる?」
「うーん、確かにその辺りは職人の町だったような覚えはあるけど……」
「ウェレア様や他の人の話では、どうもそうらしいよ。それで、ウェレア様がその職人互助会の会長をしているらしくて、一部、天政府軍や治安管理隊の武具を作っていたらしいよ。それで、その武具の調達を安くしてくれるということだよ」
「それはいいわね!」
フェルファトアは、その言葉に目を輝かせた。
「それでも高いのよ。安くなるとはいえ、剣一本で250フェルネ、防具一式2000フェルネよ」
「まあ、それぐらいはするでしょうね」
「……確かにそれぐらいはするのでしょうけど、私たちの兵士の数を数えたら、まともに揃えたら何百万フェルネもいるじゃない? もちろん、私たちにはそんなお金はないから、今まではそれぞれの占拠した市町村のお金を少しずつ分けてもらってきたけど、これからはそこの住民からお金を徴収することも考えないといけないなと、ルビビニアの町長と話していたの」
「まあ、確かにそうね。特にこれからは天政府人と張り合うことにもなるし、資金調達は重要になってくるわねえ。しかし、まあ、ミュレス人の間だけで、まともな形で武具が調達できるようになったのは良いことだわ」
「それもそうね」
「ルビビニアはそれぐらい?」
報告内容が山盛りとなっていたルビビニアについての報告も、もう終わっただろうとフェルファトアは思い、ティナに聞いた。
「うーん、そうね。後は、ルビビニアは天然浴場の町で、それがミュレス人に開放されたくらいかしらね」
「ああ、そういえばルビビニアといえば湯気の町だったわね。あれも天政府人がいなくなって、開放されたってわけね」
「まあ、そういうことね」
「それで、その次は?」
フェルファトアはようやくルビビニアに関する報告が終わったと一息つき、改めてティナに質問した。
「それからはこのヴェルデネリアまでは特に何もないわね。ルビビニアとヴェルデネリアの間にエルントデニエの町があったけれど、そこは特に苦労すること無く奪還できたし」
「流石に、あれだけの兵力があると違うわね」
「まあ、そういうことね。以上で、東軍の報告は終わりだわ」
ティナが最後の一言で報告を締めると、全員椅子から立ち上がって思い思いに腰を伸ばし、一息つきながら外を見たり、書類を片付けたりしながら緊張感を和らげていた。




