一一一 ミュレス大国樹立宣言
自治政府中央院で開かれた東西軍統合の細やかな体制や宣言書の策定は、翌日の深夜まで掛かった。
これまでの話し合いからすると、むしろ早く決まったと言っても良いほどだった。
軍幹部たちは、そこからまたフェルファトアの泊まっている家に移動しながら寝床についた。
しかし、ティナだけは、統合の宣言書の中身を、遠くの空が明らむまで、頭の中で何度も何度も確認していたようだった。
翌日の朝から、ワーヴァに選ばれた兵士達が、ヴェルデネリア中の家という家を叩いて、昼ごろから軍幹部より、市役所にて発表があることを告げて回った。
市役所前の広場は、もちろんヴェルデネリア中のミュレス人(東軍の2万数千人を含む)を受け入れる程の広さは無いが、周りの街道を使ってでも集めれば、とにかくそこにいる人達には周りからでも伝わるだろうと考えていたし、とにかく人を集め、大多数の人に宣言を聞いてもらうことに意義があったのだった。
そして、昼の時を知らせる鐘が街中に響き渡ると、あたりの家からゾロゾロと、ミュレス人が街道へと姿を現し始めた。
それから程なくして、武装した兵士達が街道を小走りで駆け抜け、我先にと広場に集まり、群衆の前の方を陣取ると、秩序よく一列に並んだ。
広場はおろか、街道すらも埋め尽くした人の波を、ティナは中央院の窓から眺めていた。
「ふう、結構集まってるわね」
「そりゃあ、東西両軍とヴェルデネリア市民も来てるんじゃない? 緊張してきた?」
「緊張もするわよ、こんなに多くの人を目の前にしたら。とはいえ、皆で内容を決めたんだもの」
ティナは大きく深呼吸をすると、エルルーアとワーヴァに、下にいる兵士達に広場や街道を囲わせるように伝言を頼み、両者は直ちに下の階へと降りていった。
「エルルーア達が戻ってきたら、いよいよね」
「ティナ、私もついてるから、安心して」
エレーシーは横から肩を叩き、ティナを落ち着かせた。
やがて、伝令を済ませたエルルーア達が再び中央院に姿を表した。
「よし、皆、下に降りましょう!」
ティナの合図で幹部達は全員、中央院を後にし、一列になって階段を降りていった。
まずフェルファトアが玄関の扉を開け、姿を表すと、西軍兵士とヴェルデネリア市民から拍手が巻き起こった。そして、その次にティナ、エレーシーら東軍の幹部が、それまで以上に大きな拍手に迎え入れられた。
両軍の兵士、そしてヴェルデネリアに住むミュレス人による拍手の波の中、まず、自治政府の長であるフェルファトアが演台へと上がった。
「皆様、こんにちは。今日はお集まり頂き、ありがとうございます。今回集まっていただいたのは、他でもありません。夜遅くの物音で気づいたかもしれませんし、今、この場を見渡せば一目瞭然だと思いますが、ミュレス国東軍の遠征部隊が、我がミュレス民族自治政府の首都であります、ここヴェルデネリアに到着しました。
その目的は、私達と同じく、地上統括府の打倒、そしてミュレス民族の自治、自立のため、天政府人からの非常に一方的であった権力を我々の手に取り戻す為です。
そのために、本日、ミュレス民族自治政府とミュレス国は、共同宣言を発表します。皆さん、特に、両軍の兵士の皆さんは、両軍の幹部の話をよく聞いておくように。よろしくお願いします」
そう言うと、フェルファトアは壇上から降り、エレーシーと握手すると、それを合図に、今度はエレーシーが壇上に上がった。
エレーシーは壇上から、ざわつきが収まるのを見届けると、携えていた紙を大きく動きながら広げた。
「ミュレス大国樹立宣言」
両軍ともに聞いたことのないその国名に、一瞬どよめきが起こった。
「……ミュレス大国樹立宣言。
ティナ・タミリア、エレーシー・ト・タトー、そしてフェルファトア・ヴァッサ・ヴァルマリアの3名は、元よりシュビスタシアにて出会い、親睦を深め、そして、天政府人の教育にのみ教えられ、我々ミュレス民族に一切知らされぬよう封じ込められてきたミュレス民族が統べる国を知った。そして、その隠されてきた事実を我々の仲間に周知させ、長きに亘り我々にその暴政、暴力でもって支配してきた天政府人からの解放と、民族の自決を手にするべく、わずか三百余年この地を支配してきた地上統括府を、この地に多く住む我々の全てを結集させて打ち砕こうと、そして、それを我々が主導していこうと決意を固めた。
この大義のためには、迅速な勢力の展開は、相手の軍備を整わせないためにも必要不可欠である。その為、トリュラリアでの宣誓の後、我々は軍を二つに分けて、中央ミュレシアの都市であるトリュラリアからそれぞれ展開した。
一方は東軍としてエルプネレベデアへと向かい、他方は西軍として、このヴェルデネリアへと向かった。
そして今、このヴェルデネリアの地で、我々は再会を果たした」
エレーシーは長い経緯説明を終えると、それまで読み上げていた紙から顔を上げた。
「よって、この時をもって、ミュレス国東軍、およびミュレス民族自治政府軍は、元の一つの軍として統合し、新たなる国、ミュレス大国軍として編成を行う!」
その時、東軍と西軍の兵士から歓声が湧き、拍手の音が鳴り響いた。
エレーシーは、宣言がまだ終わっていないことを手を振って注意を惹かせながら、再び静まるのを待ち、再び紙に目を落とした。
「なお、両政府下の市町村長、それに付随する役職は変わらず、軍内の班も変わらないものとする。その他制度等については、ミュレス国のものを適用する。
以上、地上天暦353年10月17日、ミュレス民族自治政府中央院にて。ミュレス国軍総司令官改めミュレス大国軍総司令官ティナ・タミリア、ミュレス国東軍統括指揮官改めミュレス大国軍統括指揮官エレーシー・ト・タトー、ミュレス民族自治政府軍統括指揮官改めミュレス大国軍統括指揮官補佐フェルファトア・ヴァッサ・ヴァルマリア」
エレーシーは、そう読み上げると、周りを少し見渡した後、さっさと紙を畳んで壇上から降りた。そしてフェルファトアがやったのと同じ様に、ティナと握手をして壇上へと送った。




