一〇七 東軍、山間街道に入る
トリュラリアの宣誓以来、特に休むこともなくここまで走り続けてきた東軍も、このルビビニアでようやく、図らずも長い休憩を得ることが出来、幹部だけでなく、下々の兵士達一人ひとりも天然浴場を楽しみ、、身も心も疲れを癒やして、次の行軍に備えることが出来た。
そして、いよいよルビビニアを発つ日が来た。
いつものように町役場前の広場に集まろうとしたが、非常に大所帯となったミュレス国軍の遠征部隊は、小さなルビビニアの町で一番の大通りを埋め尽くす勢いだった。
新たな為政者を一目見ようと町中から集まってきたミュレス人に見守られながら、遠征部隊達は再び、ティナとエレーシーに導かれながら、西の門からゾロゾロと出発していった。
次の目的地であるヴェルデネリアから来た西軍の統括指揮官の側近であるフェブラに道案内をしてもらいながら、再び森の中の一本道と化した道をずんずんと突き進んでいき、やがてシュビスタシアとポルトリテを結ぶ、海側から数えて第二の街道、山間街道に合流した。
そして、内陸街道と山間街道が合流して初めての町こそが、西軍に属するフェブラが勝手知ったるエルントデニエの町であった。
「もう少しで、エルントデニエという町があるんです」
山間街道に合流した所で、フェブラは頃合いを見計らってティナ達に山間街道の紹介をし始めた。
「そのエルントデニエは、西軍の勢力範囲?」
エレーシーはそれを聞いてすぐにフェブラに質問した。
「いえ、実は、エルントデニエを出てもう少し西に行った、大街道上に検問所が出来ていまして、ヴェルデネリアの防衛をしながら、検問所を攻撃するまでの兵力が整っていなくて、そこまで行っていません」
「まあ、仕方ないわね」
「エルントデニエは元々、地上統括府の中央政府から派遣されたミュレス人が町長になっていたんですが……」
「私のベレデネアは、その村の一番の有力者がシュビスタシアの市長から承認されて村長になっていたけれど、そういう事もあるの?」
「はい、意外ですが、いるそうですよ、天政府人とベッタリなミュレス人も。それで、東軍の様子を見に一回寄った時に、どうもミュレス人の町長さんが降ろされて天政府人が就任しているそうで、西軍の皆で通ったときよりも明らかに天政府人の姿を沢山見るようになりましたね」
ティナ達は、その報告を聞いて、地上統括府も自分達ミュレス国軍に反撃するために警備を強化していることを改めて感じた。
「なるほど、最初に通ったときは検問所は無かったの?」
「はい。ポルトリテや地上統括府市に続く道には、既に検問所が出来ていたようですけどね」
「それで、どのくらいの規模だった?」
「うーん、自分が通った時にはそれほど大きな検問所ではなりませんでした。非常に簡素な作りだったので、私はそこを通らずに少し街道から離れた茂みの中を迂回して来ましたけれど」
「エルントデニエの、地上統括府の警備体制は?」
エレーシーは次々とフェブラに質問を続けた。
「そこで泊まれなかったので、あくまで通過しただけの感触ですが、私が通ったところではまあ、天政府軍というよりは治安管理隊のような、比較的軽装備の人をちらほら見るような感じでしたね」
「なるほど、治安管理隊か……それなら、この人数で行けばすぐに制圧できるかもしれないね。その町は、ルビビニアのように、入口に門がある町? それとも、シュビスタシアの東側のように、川で街道が分断してる町?」
「いえ、そうですね……ベレデネアのように門もなく、川が街道を遮っているようなこともなく、開放された町です」
「なるほど……ティナ、どうする? エルントデニエは。私は押さえておいた方が良いと思うのだけれど」
エレーシーはティナと意見のすり合わせを図るために、様子を伺ってみた。
「そうね。ここは押さえておきたいけれど……」
ティナは少し表情を曇らせた。
「ただ、ここでエルントデニエを攻略するのに手こずって、地上統括府の防衛体制がより強固になるのも困るわね。町の警備も手薄、検問所も簡素とはいえ、それはフェブラの通った数日前の話でしょう? ルビビニアでのんびりしてしまったのもあるけど、早くヴェルデネリアに到達して西軍と歩調を合わせるのが先のような気もするわ」
「でも、この人数だと、どう考えても、そのエルントデニエと検問所を気付かれないように迂回することは難しいんじゃ……?」
「それもそうね……どうかしら、統括指揮官としては」
ティナも歩きながら頭を抱えつつ、エレーシーの方に目線をやって意見を求めた。
「じゃあ……フェブラの言ったように手薄であれば、エルントデニエの町役場を攻略して、町長の職を奪わせる。手薄でなければ、ちょっと大変だけど、攻撃される前に走り抜けて通過しよう。聞いた所、小さな町だし、開放されてる構造の町のようだから、どこも一様に守りが堅いということはないでしょ」
「それがいいかしらね。守りが堅いかどうかは、エレーシーに判断を任せるわね」
「分かった、そうしよう。検問所の方は、どうやっても、破壊するしか無いね」
「まあ、そこは交戦は必要かしらね。そこはちょっと、覚悟をしておきましょう」
大まかな方針が決まった所で、エレーシーは後方や側方の監視にあたっているアビアンやエルルーアにこの作戦をそれとなく伝え、周りの兵士に広めさせた。
しばらく街道を歩き続けていくと、やがて中央ミュレシアの象徴でもある広大で鬱蒼と茂った森林は終わりを告げ、ヴェルデネリア・ポルトリテ地方特有の広大な平野が姿を表した。
先程まで滞在していたルビビニアと違って、自然の為す一面の平野は、ルビビニア以東出身の者が多いミュレス国軍の兵士達を魅了した。
しかし、ティナ達軍幹部はそれよりも、姿を隠す場所がいよいよ少なくなってきたことを憂いながら、周囲を警戒しつつも進軍を続けていった。




