一〇六 高貴な衣
「あ、総司令官。お客様がお見えですよ」
幹部達が町役場に戻ると、玄関先で監視役の兵士から一言、伝言を受けた。
「あら、誰かしら?」
「ウェレア・ト・タトー様です。応接室にてお待ちですので、お会い頂けますか?」
ティナ達は、その名前を聞けば用件はすぐに分かった。
「あ、ああ、分かったわ。ありがとう」
「いえ」
挨拶も簡単に済ませ、応接室に直行すると、そこではウェレアが優雅に椅子に腰掛け、役人役の兵士のもてなしを受けていた。
「あら、おかえりなさい。どちらかいらしてたの?」
「ええ、少し外に用事がありまして」
「まあ、いいわ。総司令官はご多忙でしょうから。そんなことよりも、ほら、総司令官」
ウェレアは立ち上がって、ティナの元へ駆け寄ろうとしたが、その動きを察知すると、ティナは先回りしてウェレアの元に近づいた。
それを見たウェレアは少し微笑みながら、外套の中から一つの袋を取り出すと、その中身を掌に出してティナに見せた。
「あ、これは……」
それは、五枚の花弁を持つ花を象った金属製のレプネムであった。
「どうです? 総司令官の好きなネルベトリアのレプネムですわ。職人の方から、完成したと聞きましたので、お持ち致しましたのですわ」
部屋の僅かな光さえも反射して黄金色に輝くその出来たてのレプネムには、ティナだけでなく、部屋に集った幹部達の誰しもが目を奪われた。
「ありがとうございます。わあ、こんなにも綺麗なものを……」
「いいのですわ、貴女達が、私の先代の果たせなかった夢に挑むのですし、相手はあの天政府人なのですから、みすぼらしくてはいけませんわ」
「ありがとうございます。必ずや……」
ティナはそう言って頭を垂れつつ、差し出されたレプネムを受け取った。
「あ、あと、リーナの問屋で服を買いましたわね?」
「ああ、そうでしたね。確か、リーナさんが町役場まで持ってきて下さると聞きましたけど……」
「私も気になって、こちらに寄る前に聞いてきましたわ」
「なんとお優しい……それで、いかがでしたか……?」
「ええ、ちょうど用意が出来て、受け渡しの準備をしておりましたわ」
「あ、もう準備できてたんですね」
「貴女達も、ルビビニアでずっと根差す訳にも行かないでしょうし、そんなに丁寧にするよりも貴女達に渡す方が先だと思いましたの。ですから、そのまま私が預かりましたわ。町役場の裏に止めてる馬車の中に置いておりますの。皆さん、大体お揃いのようですし、今、取りに行かせますわ」
「ありがとうございます。じゃあ、私達で受け取りますよ」
「本当? それなら、私が案内しますわ」
そう言うと、ウェレアは部屋を出て、駐車中の馬車まで皆を先導した。
集まっている人の中で唯一貰わないミティリアは、馬車の中に積んであった外套を一つ一つ取り出すと、リーナの家で貰わなかった人一人ずつに渡した。
「あら、皆さんお集まりなら、早速着てみてはいかが?」
ウェレアはアビアンやエルルーアが頂いた外套を身体に合わせてみながら、楽しく話をしている様子を見て、たいそう気に入ったと満足したようで、笑いながらティナ達に提案した。
「そうね。私達の分は町長室に掛けてあるわよね?」
「えーと、確か」
「それなら、上でちょっと合わせてみましょうか。折角だし」
「決まりましたわね。是非、見せて頂けます?」
「分かりました。それでは、また応接室で……」
ミティリアがワーヴァの分も受け取りながら、再び階上に上がると、ウェレアを応接室で待たせつつ、町長室で今着ている防具の上から外套を羽織り、お互いにお互いの姿を確認してから、全員揃ってウェレアの待つ応接室の戸を叩いた。
「失礼します」
ティナが戸を開けて皆を通し、狭い応接室に、外套を身に纏った軍幹部達が一列に並んだ。
「やはり、私の目に狂いは無かったようですわね。皆さん、これで天政府人と貴女達はもはや主従の関係ではなく、天政府人と対等に話せると思いますわ」
一列にならんだ軍幹部達を見て、ウェレアは大変気に入ったらしく、出来る限りの賞賛の言葉を送った。
「いろいろと頂きまして、本当にありがとうございました」
「いえいえ、いいのですわ。それでは」
ウェレアは、そういって席を立つと、幹部達と握手を交わして颯爽と退室していった。ミティリアはウェレアの先回りをして馬車の方まで案内するために後を付いていった。それを見たティナも後を追って退室し、堂々と去っていくウェレアの後姿を身動ぎもせず見送っていった。
ウェレアが去ったのと入れ替わるように、ワーヴァがやっとの思いで町役場へと帰ってきた。
「ただいま戻りました……みなさん、どうしたんですか?」
いつも自分とほぼ変わらない服を着ていた軍幹部達が一斉に黒い外套に身を包んでいる様子を見て、ワーヴァを思わず目を丸くした。
「ああ、おかえり。この街の有力者の方に買って頂いたんだよ。ワーヴァの分もあるから……そうだ。ここじゃ狭いし、町長室の方に戻ろうかな」
エレーシーは率先してワーヴァや応接室に残っていた人を町長室に移動させ、ワーヴァに先程預かっていた服を渡して、自分たちと同じ様に着てみるように言い渡した。
ワーヴァは言われたように身に着けると、今日、全く軍幹部としての全体行動に参加できなかった自分が初めて一体になれたことを嬉しく思い、それと同時に、数万の兵を率いるミュレス国軍の幹部の一員であることを改めて認識した。
「何となく、格調高いような気になりましたね」
その時、ウェレアを見送り終えたミティリアとティナも町長室へと帰ってきていた。
「ウェレア様も言ってたわね。とはいえ、それは天政府人と交渉の場についた時の話。そこまで行くために、進軍、勝利に拘っていきましょう!」
「はい!」
ティナは幹部全員同じ外套を揃えられた事を契機に、国軍のさらなる発展と作戦の成功を願って、全員を元気づけた。
彼女の言葉を受けて、統括指揮官以下一同は、大きく賛同の意味を示したのだった。
「ようやく、この町でやるべきことが終わったわね」
翌朝、ティナは町長室の窓から、朝も早くから町にあるいくつかの天然浴場に向けて楽しそうに歩いていくミュレス人の兵士達や町民達を眺めながら呟いた。
「ヴェルデネリアに向かうための宿泊地にしようかと思ったけれど、まさかここがこんなに重要な町だとは思わなかったなあ」
エレーシーは町長室の長椅子に腰掛けながら、エルルーアが用意してくれた朝食をとりながら、ゆっくりとした一時を過ごしていた。
「人も町も、見かけによらないわね。でも、大体の方向性も決まったことだし、ちょっとはこれから先楽になるんじゃないかしら」
「そうなるといいけどね」
エレーシーは冷静を装いながら、頭の中では心配事を常に気にしていた。
「……天政府軍の事が気にかかるんでしょう?」
ティナはその心配事を即座に言い当てた。
「そう、『天政府軍の事』だよ。フェブラの話では西軍は相当手を焼いているそうだけど……」
「そうみたいね。まあ、その話も、フェルフに会って聞いてみましょう」
「そうするしかないか……ヴェルデネリアまでの道すがら、天政府軍にバッタリ遭わなきゃ良いけど……」
「それはもう、ネベルシアノにお願いするしか無いわね」
エレーシーはしばし空中に目をやりながら少し考えを切り替えることにした。
「そうだね、そこはもう、準備をしながらお祈りするしかないか」
エレーシーはそう言いながら、食器を片付けるために皿を持って町長室を後にした。
ルビビニアからヴェルデネリアまでの進軍はようやく、明日朝早くと定められ、即座にワーヴァによって兵士全員に指令が行き渡った。
幹部も一般兵士達も、来る進軍の時を待ちながら、ひとまずは心を落ち着かせていたのだった。




