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一〇五 天然浴場

「では、こちらで」

 ミティリアが5人におすすめしたのは、一軒の小屋のような天然浴場だった。板の隙間から湯気が漏れ出ているのが見て取れた。

「ど、どうすればいいの?」

 いきなり放り出されそうになったティナ達は、ミティリアの手を掴んでさらなる説明を求めた。

「えっと……私にもわかりません。私達町民にも入ったことがないので……でも、ここが一番良いらしいって天政府人が言ってたのを盗み聞きしたものですから……」

「あ、そうなの……」

 あまりにもあっけない答えに、ティナはそっと掴んでいた手を放した。

「うーん、それじゃあ、私達が出るまで誰も来ないか見ていてくれない?」

「そ、そうですね。分かりました……」

 ミティリアを戸口に立たせておくと、ティナは先陣を切って勢いよく引き戸を開けた。

 戸を開けた瞬間、閉じ込められていた水蒸気が一斉に開放され、ティナ達はむっと湿った空気に包まれた。

「うわっ……あれ?」

 小屋の中には何もなく、窓が一つ、そして壁一面の棚があるだけの部屋だった。

「これが、天然浴場……?」

 ティナは呆気にとられた。

「あれ? あれ? おかしいな」

 ミティリアは、ティナの声を聞いて慌てて部屋の中に飛び込み、部屋中を見渡した。すると、部屋の奥にもう一枚の戸を見つけた。扉に向かって一目散に走り出し、勢いよく戸を開けると、今まで以上に大量の湯気が立ち込め、辺りは再度真っ白になった。

「うわ、うわ、うわ!」

 ミティリアが湯気をかき分けると、水面が湯気の中から顔を覗かせた。

「あ、ありますよ! ここにお湯!」

 ミティリアは、胸を撫で下ろすよりも先に、大はしゃぎでティナ達に知らせた。

「あ、ありがとう、ミティリア」

 ティナはそのはしゃぎように圧されつつも、感謝の意を述べた。

「それでは、私は見張りをしてますので、ごゆっくりお楽しみ下さい。あ、乾布はここに置いておきますね」

 ミティリアは、ティナに一声掛けると、小屋の外に出ていき、戸を静かに閉めた。


「さあて、それでは、彼女の言う通り、お湯を楽しみましょうかね」

 エレーシーは大きく伸びをすると、おもむろに防具を外し始めた。

「そうね、こんなところ滅多にないし、しばし楽しみましょう」

 エレーシーに続いて、ティナも防具を脱ぎ始め、上の二人が脱ぎ始めたのを見ると、エルルーア、アビアン、フェブラも脱ぎ始めた。


 お互いに準備が出来たのを確認すると、5人は一人一枚布を持ち、浴室へと足を進めた。

 ティナは目の前の湯気を振り払い、辺りをよく見回して誰も居ないことを改めて確認すると、他の4人に目で合図をした。4人はティナの後をついて浴室に入り、浴槽の湯を体に掛け流すと、各々浴槽に身を沈めた。

「ふう……こうやって、みんなで落ち着いて話をするのもいつぶりかしらね……」

 ティナは濡れた髪をかき上げながら、目を閉じてお湯の暖かさに身を任せることにした。

「私、天然浴場って初めてだけど、これはなかなか気持ちいいねー」

 アビアンも手でお湯をかき回してお湯を楽しんでいた。

「この町じゃ、これから入りたい放題なんだから嬉しいねー」

「無料開放するのかな?」

「うーん、そこはミティリア次第だわ」


「お湯はどうかしら、皆、熱くない?」

 ティナは少し酔ったような顔をしながら聞いた。

「うーん、私には熱いかも。これって、冷たくはできないのかなぁ」

 アビアンは手で顔を仰ぎながら答えた。

「私はそうは思わないけど……確かに少し熱いかもね」

 エレーシーも答えたのを皮切りに、他の2人も熱いやら普通やらと答え始めた。

「うーん、みんなバラバラだからどうしようも出来ないわね」

「一人ひとりで楽しめたら、一番いいんだけどなあ」

「そうね、ミティリア達に考えてもらいましょうか」

 ティナ達はできるだけ多くの人が楽しめる、お湯の楽しみ方を話し合い始めた。

「あの……」

 これまでずっと東軍勢の話を黙って聞いていたフェブラが、突然口を挟んだ。

「お? フェブラさん、どうしたの?」

 エレーシーは急な横槍に少し驚きながら尋ねた。

「あの、皆さん、もうそろそろ作戦会議の方を……」

 フェブラの一言を聞いて、東軍勢の4人は改めて姿勢を正し直した。

「あ、そうだったわね。せっかく、フェルフ側の参謀長が来ていることだし……」

「そうですよ。フェルファトアさんもお待ちしてますから……」

 フェブラは東軍勢の顔を見渡しながら若干不満げに言った。

「ごめんなさい。これからどうするか考えようって話だったわね。それじゃあ、始めようかしら」

「そこまで背筋を正さなくてもいいと思うけど……」

「なるべく手短にしようよ」

 アビアンは、一秒でも早く上がりたそうに赤らめ顔で主張した。

「アビアン、大丈夫?」

「アビアンが茹だってしまう前に上がりましょう」

 5人は輪になるように集まり、計画会議に本腰を入れ始めた。

「さて、早いところ、ヴェルデネリアに行きたいわね」

「海沿いの大街道からはだいぶ逸れてしまってるけど……」

 エレーシーが心配していたのは、街道の確保だった。

「でも、あの街道沿いの街に踏み込むのも危険だと思わない?」

「そうだとしても、いつかは攻め込んでおかないと……」

 エルルーアは一刻も早い大街道の自由な通行を確保したいと思っていた。このルビビニアは、温泉と金工以外は何もない町で、天政府人の避暑が終われば、商人以外に訪れる人もなく、人影もまばらになる町であった。さらに、前後に山道を擁していることから、ほとんど平坦な大街道をいつまでも確保出来ないでいると非常に不便であることを感じていた。

「ルビビニアからヴェルデネリアの間に、大街道と交差する街がありますよ。とりあえずそこを押さえておけばいいじゃないですか。そうすれば、間の街は干上がるんじゃないですかね?」

 フェブラは、フェルファトアと通った道のりを思い出しながら提案した。

「干上がるとちょっと困るような気がするけど……とにかく、フェルフ達と合流するのに越したことはないわね」

「それじゃ、明日からまた行軍を再開しようかな?」

 エレーシーは、乗り気でいた。

「そうね。早いところ合流して、次の手を打ちましょう」


 アビアンの様子を慮りつつ、十分に湯を楽しみ、会議も円満に終わった所で全員一斉に湯から上がった。

 各自持って入った一枚の乾布を持って、浴槽の外でさっと肌の表面を拭いながら前室に戻ると、ルレーナが準備してくれていた乾布をミティリアがガバっと取り、目分量で5分割しながら均等に分け、自らが脱ぎ捨てた防具から離れた所で、水滴が服につかないよう、念入りに身体を拭いた。

 肌にまとわりついた湯気に苦労しながらも服を元のように着、軍幹部達は防具をつけ直した。

 浴場の建物から出る前に、浴室への戸の前に残った大量の使用済みの布に気付いたアビアンは、自ら率先してかき集め、湿って予想以上に重くなった布に驚きながら、外で待っていたルレーナに渡した。

 ルレーナはアビアンから受け取ると、ティナ達と軽い会釈を交わし、布を干しに行ったのか、建物の裏の方へ回って行った。

「なかなか良いところだったわね」

 ティナは久しぶりに癒やされたようで、町役場に戻る最中、エレーシーがこれまで行動を共にした中で一番優しく微笑みながらエレーシー達に一言声を掛けた。

「良かったよね。こんなに広い大浴場で、楽しくお湯を楽しんだのは初めてだよ!」

 アビアンも初めての公衆浴場体験に、とても興奮しながらエレーシーに伝えた。

「うん、うん。話には聞いてたけど、体験してみるとこれほどまでとは思わなかったね。これなら、いずれミュレス人の天下を取り戻した暁には、このルビビニアはとても人気な町になるに違いないね」

「そうね。みんなに楽しんでもらいましょう」

「そのためにも、打倒地上統括府を達成していきましょう」

 エルルーアは現実的な一言を投げかけ、全員の気をより一層引き締めさせた。

「エルルーアの言う通り、ルビビニアのあの天然浴場を皆が安心して楽しめるように、一日も早く、ミュレシアを天政府人の手から取り戻しましょう!」

 ティナも、妹の一言にまた元気付けられ、幹部達を再び鼓舞した。

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