一〇三 朝から会議
楽しかった夜が明けると、町が活動するよりも早く町役場に集まり、昨日の話し合いの通り、それぞれの役割を果たすために町中へと散っていった。
後に残ったのは、ティナやエレーシーの軍幹部達とミティリアであった。
彼女達の今朝の仕事は、昨日決めたとおり、西軍の状況を聞くことと、軍の財力を高めるための方法について考えることだった。
「じゃあ、まず、西軍の状況について、昨日よりも詳しく聞きましょうか。劣勢だということは昨日聞いたけど……」
全員が席につくと、ティナが会議の音頭を取り始めた。
「ええ、昨日お話したとおり、劣勢です。ヴェルデネリアを取り戻し、『ミュレス民族自治政府』として旗揚げして、我々ミュレス民族の自治を内外に知らしめたところまでは良かったのですか、その後は周辺の小さないくつかの自治町村と護衛協力を取り決めたくらいで、進軍は失敗に終わっています」
「じゃあ、ヴェルデネリア奪還後もいくらか進軍はしたんだね」
エレーシーは優しく問いかけた。
「はい。私達は、その後、ポルトリテ奪還を目標にして進軍しようとしていたのですが、ヴェルデネリア攻略時よりも、天政府軍が自治政府軍対策に本腰を入れ始めまして、いよいよポルトリテ遠征かというところで、大街道に設けていた関所を攻撃されまして、以降は防戦一方の状況です」
「なるほど……天政府軍か……」
エレーシーはふと、シュビスタシアで出会った天政府軍との戦いを再び思い出してしまい、思わず顔を歪めた。
「東軍の皆さんは、もう天政府軍と戦ったのですか?」
フェブラは、天政府軍の恐ろしさを知っているのか探りをいれようと、エレーシー達のこれまでの戦績を聞こうとした。
「私達は、ねえ」
「ええ、シュビスタシアと、このミュッル・アミト・ルビビニアの郊外でそれぞれ一戦交えたわね」
「シュビスタシアでの天政府軍との戦いは、なかなか辛かったなあ」
「そう、そう。私は二方向作戦のうち、治安管理隊の相手をしていたからよく分からなかったけど、その後、私達の十数分の一の部隊に大苦戦してね、次の日には皆で、墓地を作ったわよね」
「うん、うん。そう……そうだったね……」
「……結構な大編隊で来られたのですか?」
フェブラは申し訳無さそうに話を続けた。
「えーと……シュビスタシアは十数人程度で、ルビビニアでの戦いも……それよりもちょっと多いくらいだったかな?」
「なるほど……うーん……なるほど……」
フェブラはエレーシーの返答を聞いて、途端に次の言葉に苦慮した。
そして、その反応をティナは見逃さなかった。
「西軍の方も、天政府軍と戦ったんでしょう? そちらはどうだったの?」
「えーと……ヴェルデネリアで戦ったときは……百人はいなかったですが……50人以上はいたかと思います」
「50人以上か……」
「それでよく勝てたわね」
「ヴェルデネリアは、私達がまず市役所を占拠してから、それを防衛する形での戦闘ですから、ある程度こちらは有利でした。それでも、私達の幹部が負傷したりはしましたけど」
「なるほど」
「でも、そこからポルトリテの方に遠征した時には、百人単位の大部隊で迎え撃たれまして、自治政府の兵力ではどうにも……」
「ひゃ、百人以上……」
エレーシーはそれを聞いて、背筋が凍る思いがした。
あの百戦錬磨の天政府軍に、十倍程度の兵力差でも悪夢を見せられたのに、自分達と数倍程度の頭数となると、さすがに勝算を見出すのは非常に厳しいという事は、計算するまでもなかった。
「そうか、言ってもシュビスタシアも中央ミュレシアの中心とはいっても地上統括府市よりは遠いし、ルビビニアも比較的小さな町だから、地上統括府もせいぜい治安管理隊と少数の軍程度で済んでいたんだ。ヴェルデネリアもそうだけど、ポルトリテはミュレシア全体の貿易の要だし、西部は地上統括府市にも近いから、天政府軍も防衛に力を入れてるのかもしれない」
「そうでしょうね。これ以上西に進軍してポルトリテや大街道に進めるなら、もっと考えていかないと……」
「うーん……」
西軍の報告を聞いて、余計に天政府軍との自軍の差を痛感させられ、しばらく、沈黙が場を支配した。
「まあ、これは西軍と合流してからまた話をしましょう。西軍の今の兵力も実際に見てみたいしね」
「じゃあ、後は、どうやって財力をつけるかという事だね」
「そうね。今までは、兵士達個人個人や、互助会などの支援を得て、あとは、各街々の役場にあったお金を使いながらなんとか繋いできたけど……」
「長く戦い続けるには必要だよね。さて、昨日の夜、各々で何か考えてきた?」
「じゃあ、エレーシーは何か思いついた?」
「もちろん、というか、やっぱりどう考えても市民から集めるしか、安定してお金を調達する方法がないような気がするんだよね」
「うーん、そういえば、天政府人が支配していた時も、年に一回、お金を集めてたわね」
「ベレデネアはそうだったの?」
「ええ、私達のところは、年に一回、シュビスタシアの役人が来て、村でいくら分って集めてたわね」
「村の分は?」
「それは時々の寄り合いで集金額を決めて、それぞれ納めてたけど」
「なるほどね。シュビスタシアでは、そういう事はなかったね。多分、定期的に貰うお金の中から予め抜かれてるんだと思うけど」
「じゃあ……そうね……ここは天政府人達のやり方に則って、それぞれの街ごとに、規定のお金を軍に納めてもらうようにしましょうか。それぞれの街のやり方は、街路会毎なり、互助会毎なり、各個人毎なり、そこは決めてもらうとして……」
「ちなみに、仮に払えないときは……?」
話を傍でずっと聞いていたミティリアが町長として話に割り込んできた。
「そこは、軍からは少し猶予は設けることにしようかしらね。減額は考えてないけど」
「……分かりました。徴収方法は考えますね」
「ティナ、資金の安定的な供給は出来るかもしれないけど、一番必要なのは直近の軍資金じゃない? ほら、これから天政府軍を攻め入るのに必要な武装を購入するのに、結構なお金が必要だと思うけど……」
「ああ、そうね。それはなかなか悠長な事は言ってられないから……天政府人からは早めに……10日以内には接収することにしましょう。特に、シュビスタシアの支配者層になっていた人達から、一人2000フェルネぐらいは」
「2000フェルネ?」
「支配者層の天政府人なら、浪費しなけりゃすぐに出てくる額だと思うわ。昨日の話なら、防具代は一人分、剣なら8本、盾なら4本。食糧代もいることだし、この辺りが妥当だと思うけど……」
「でも、一軒一軒尋ねるとしても、支配者層かどうかって見分けがつかないかも……」
ミティリアは現場の担当者として、再度ティナに質問した。
「それなら、うーん……天政府人のいる家5軒で1万フェルネ。最低でも、8000フェルネは取りたいわね。これでどう?」
「まあ、それぐらいなら……」
「じゃあ、これでいきましょう。同時に、軍と治安管理隊の警備も強化して、個人で天政府人のミュレス民族に対する虐待が無いようにしましょう。こんな感じでどうかしら?」
ティナは、エレーシーとミティリアの顔をそれぞれ見ながら、同意を促した。
「そうだね。とりあえずはそれで行ってみようかな。武装兵を引き連れて取り立てに行けば、反逆されることも少ないだろうし。町長としてはどう?」
「そうですね、集金はちょっと怖いですけど、軍の皆さんがお供してくれるのでしたら、問題ないと思いますよ」
「じゃあ、エルルーア達が帰ってきたら、それでいいかお伺いを立ててみましょう。ところで、誰が取りまとめる?」
「うーん……」
「私が考えたのは、とりあえず、各地の取りまとめはシュビスタシアの市長にしてもらおうと思ってるわ。とりあえず東軍の支配地域では一番大きい街だし、全ミュレシアからも集めやすいでしょう。そして、武器の調達はミティリア、貴女が軍の要望を取りまとめて、この街の商人や職人と取引をして欲しいと思ってるの。ミティリア、どうかしら?」
「分かりました。そういう事でしたら引き受けましょう」
「ありがとう。そして、行軍中の軍の要望や、軍、ひいてはミュレス国の財政に関しては、エルルーアが適任だと考えているのだけれど、如何かしら?」
「エルルーアが良ければ良いと思うよ。地上統括府市の学校に行っていたエルルーアなら大丈夫でしょ」
「じゃあ、それで提案してみましょう」
ティナは、昨日からずっと気に留めていた懸案事項がようやくまとまり、やっと一安心することが出来た。
「さてと、他に何か話し合うことはある?」
ティナは、忘れている未解決事項がないかどうか、改めてエレーシーとミティリアに訊いた。
「後は、ここからヴェルデネリアまでの進軍の計画についてまだ定まってないけど、これは皆が集まってからでいいか」
「そうね。エルルーアやアビアンを交えて、話し合いましょう。他には?」
「他にはないかな。ミティリアの方は?」
「私も特に無いです」
「それじゃあ、他の人が帰ってくるまでしばし待ちましょうか」
ティナが一旦この場を締めると、各々体の力を抜いて、しばしゆっくりと部屋の中で寛ぎながら、エルルーア達の帰りを待つことにした。
日が天高く昇りきり、ティナ達も帰りを待つのに飽き始めた頃、エルルーアとアビアンがようやく町長室に姿を表した。
「ただいまー!」
「ただいま、姉さん」
「あら、おかえりなさい、二人とも。武具の調達は出来たかしら?」
「ええ、しっかりと天政府人の前の治安管理隊長を連れて案内してもらったし、天政府軍の詰所も見つけたから、おそらく、ルビビニアにある武具は全部、集めてると思うけど。今、下でとりあえず、この街の新たな治安管理隊や駐留する兵士の分は分けてあるけど、これで大体新規の兵士達の分は確保できてると思うわ」
「よくやったわね。そういえば、ワーヴァは?」
「ワーヴァは、ミュレス人の多い街路を一軒一軒回って勧誘してたよ」
「本当? どんな感じだった?」
「うーん、そこそこって感じかな。ついさっき会ったけど、まだまだ掛かりそうな状況だったよ」
「なるほど、それじゃあ、待ってても仕方ないから、とりあえずエルルーアとアビアンにここで話し合った事を説明しようかな」
エレーシーは二人を、町長室の片隅にあった円卓へと案内し、ティナ達と話し合った事柄に関して説明を始めた。二人ともその説明を一言も聞き漏らすまいとしっかりと聞き、途中で質問を挟みながら、じっくりと理解を深めようとしていた。
エレーシーの長い説明の末、二人とも腑に落ちたようで、エルルーアに至っては、軍の財政担当になることも了承してくれた。
残るはワーヴァのみとなったが、これだけ揃ったこともあり、ひとまず次のヴェルデネリアへの進軍について、少し話をしながら待つことになった。




