一〇一 西軍からの来訪者
改めて階段を降りていると、今度は階下から一人の兵士が小走りで駆け上がってきた。
「あ、総司令官!」
ティナは何故そんなに急いでいるのだろうと、最悪の事態も頭の中に描きながら、怪しく思いながら話しかけた。
「どうしたの? そんなに急いで」
ティナは不安げに、手早く訊いた。
「あ、いえ、特に急ぎではないのですが、西軍の方がお会いしたいとの事で、一階に来られていますが」
「本当? すぐ行くわ」
ティナはそれを聞いて胸を撫で下ろし、それまでよりも足早に階段を駆け下りていった。
「あ、総司令官。お久しぶりです」
「ああ、フェブラ、久しぶり」
ティナが一階に下りていくと、トリュラリアで別れて以来だったフェブラが、護衛役の兵士を数人引き連れて待っていた。
「西軍はどうかしら? 無事? あ、そうそう、フェルフは……」
「総司令官、総司令官。お気持ちは分かりますが、落ち着いて下さい。お話はしますから」
ティナがあまりにも嬉しそうに、矢継ぎ早に質問を次々と投げかけたが、フェブラはそれを全て薙ぎ払ってなだめた。
「ああ、そうね、まずは一つ一つ聞こうかしら……」
そうは答えたものの、ティナはミティリア達との約束もあって、どちらを優先しようかと葛藤していたが、両方を満たす答えはすぐに思いついた。
「あ、そうそう、これからエレーシーやこの町の新町長と酒場で『幹部会議』をするんだけれど、貴女もいかが?」
「え? すぐに報告会が開けるんですか?」
「まあ、そんな大層なものでもないわ。正直な話、これから皆で飲みに行くのよ」
「ああ、なるほど、そういうことですか。是非、ご同行致します!」
「それじゃあ、護衛の兵は早めに宿に入ってもらって、フェブラは私達と一緒に付いてきて。ミティリア、一人追加出来るかしら?」
「ああ、いいですよ。これから行くお店は割と広い部屋もありますから」
「それは良かったわ。さあ、西軍の事で聞きたいことはたくさんあるわ。早速、お店に行きましょう」
ミティリアがエレーシー達を引き連れて訪れた酒場は、町役場の目の前に見える大通りを少し下った所に位置し、歩いても数分程度というとても便利なところにあった。
そこまでの僅かな移動時間の間にミティリアから聞いた情報では、そのお店は、これまでミュレス人だけで訪れたことは無かったとの話であった。
エレーシーはそれを聞いて、懐の意味で少し不安に思ったが、どうもそういう事ではなく、天政府人が支配する街ではよくある理由だったので、ひとまず安心した。
「大丈夫だとは思いますけど、一応確認してきますので、少々お待ち下さい」
ミティリアはエレーシー達を、他の家とさほど変わらない建物の前で待たせながら、自らはその建物の中へと入っていった。
「ここが酒場? 普通の民家のように見えるけど」
「そうはいっても、この辺りの建物は全部同じ様に見えるよ。きっとここがミティリアの選んでくれた酒場だよ」
「なるほどね、結構な人数揃っちゃったけど、本当に入れるのかな? それも個室で」
「うーん、何か押し込まれそうな気はするわね。エレーシーも、シュビスタシアでこれだけの人数入れるところはあまりないでしょう?」
「えーと、そうだね。大体、まとまった人数になったら貸し切りになってたけどね、天政府人の力技で」
店と思しき家の前でしばらく談笑していると、ミティリアの交渉が終わったのか、戸を開けて会話の中に切り込んできた。
「皆さん、お待たせ致しました。準備が出来たようですので、どうぞ、中に……」
一見、民家のように見えたその建物は、中に入ると普通の酒場と何ら変わらず、壁に献立がずらっと並べられ、それぞれの机の周りには椅子が4脚ずつ置いてあり、献立表の反対側の壁には、店員の待機場として机が一つ設けられていた。
エレーシーはふと、このような開けた場所で、机を二つか三つ使って、開けた場所で飲むのか、はたまた先程の話にも挙がったように貸し切りとするのかという考えが頭をよぎり、早速、ミティリアに質問してみることにした。
「あれ? やっぱり、ここで?」
「いえ、ちゃんと個室を取ってますので、ご安心下さい」
「個室……?」
「はい、奥の方に、大きめの部屋がありますので」
ミティリアのこの言葉を聞いた時、エレーシーは前のとリュラリアでの宴を重ね合わせた。
おそらく、トリュラリアや、このルビビニアのような交易や産業で持っている小都市ならば、こういう形態の酒場で相手を接待することはよくある事なのだろう。
とりあえずミティリアに付いていくと、トリュラリアの時とは違い、なんと廊下の奥に、8人程は入れるような大きな部屋が用意されていた。
「さあ、どうぞ、皆さん、お上がりになって下さい。あ、何を呑まれますか?」
エレーシー達が部屋に入るやいなや、ミティリアが全員の注文を聞いて回った。
「皆、普通の酒でいい?」
「私はそれでいいわ」
「それじゃあ、私もそれにしようかな」
「じゃあ、皆、いつものって事で。料理はそうだなあ……ミティリアが適当に選んでくれる?」
「えーと、分かりました。何かこう、大まかな希望はありますか?」
「うーん……特にないけど、何かルビビニアぽいものがいいかな」
「分かりました。そのように注文しておきますね」
「出来るの?」
「ええ、この店では、ルビビニア以外の街から来た方との接待にも使ってますから、そういう要望には結構応えてくれますよ」
「じゃあ、お願いするわね」
「はい、分かりました」
ミティリアは返事をすると、壁に付いている紐を引っ張って店員を呼び、予算額を伝えて酒と料理を適当に持ってくるよう注文した。




