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ミュレス帝国建国戦記 ~平凡な労働者だった少女が皇帝になるまで~  作者: トリーマルク
第二章 トリュラリアの宣誓 ・ 第五節 民族の意識は拡がるか
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九 初めての協力者

 エレーシーの家は酒場からは割と近い場所にあるが、アビアンの目立ち様は若干気になった。


 彼女は、着る物は同じでも、ある意味で遠くからでも目立つような雰囲気を持っていたし、天政府人の客の中では有名な存在であったからだった。


 街はすっかり夜も更け、天政府人達が繁華街を闊歩するようになっていた。

 天政府人を尻目に見ながらも、アビアンが目立たないように歩いた。


 家につく前に酒屋に寄り、数本の酒をアビアンのお金で買うと、酒を隠しながらエレーシーの家へ駆け込んだ。


「でも、こんな危ないものを持ち込んでまで家で飲みたいの? 酒場で飲んだほうが安いし楽しいのに」


「そうだね。確かに騒げないけどさ、たまには静かでもいいじゃない」


「うーん……私はあまり静かな酒場は好きじゃないんだけど……」


「いいじゃない、たまには。ここなら酒場で話せない事も話せるよ」


 エレーシーはいまひとつ納得できず首を傾げているアビアンのグラスに酒を注ぎ、再びグラスを突き合わせた。


「うん……まあ、いいか」


 アビアンも、何はともあれエレーシーと飲めるのだから別にいいかと無理矢理納得して付き合うことにした。


「でも確かに、そうだねえ、私みたいな天政府人と対面する仕事だと、言いたいこともたくさん増えるよ」


 やはり、アビアンもミュレス民族。

 天政府人に対して溜まっているものは数多にあるのだろう。

 口を挟む隙も無いほどの長演説が続いた。


 その間、エレーシーはただただ空になったアビアンの盃に酒を注ぎ、自分は手酌しながら黙って話を聞くしか無かった。




 小一時間ほどアビアンの身の上話が続いていく内に、窓の下の通りからは次第に賑わいが薄らいでいった。


「やっぱりこの街のミュレスの民は、多かれ少なかれ不満を持ってるよねえ」


「でも仕方ないよね、そういう生まれだもの」


「これでも昔は自分の国があったらしいんだけどねえ」

 エレーシーはこの時が来たとばかりにさりげなく話題を放り込んだ。


「えー? 昔から私達は天政府人の下にいたって聞いたよ?」


「どこで?」


「中等教育所(註:現在の第14級学校に相当)の大陸史だったかな? 天政府史の時だったかな?」


 エレーシーは全て織り込み済みの顔で、顔を伏せながら聞いていた。


「アビアンの通ってた中等教育所って民族学校でしょ?」


「そうよ。海港の方のシュビスタス中等民族教育所」


「天政府人の勉強してる学校とは違うわけね」


「そりゃそうよ。私達と天政府人で学校分けてあるし」


 エレーシーはここぞとばかりに立ち上がり、引き出しの鍵を開けて中を漁り、奥深くからあの冊子を取り出した。

 

 その普段見ることのない質の紙にアビアンが興味を示したのを確認すると、その感触を味わいながらにこにこしながら戻ってきた。


「何それ、キレイな本だね。結構高い本でしょ。……天政府と地上統括府の歴史?」


「あ、気づいた? そう。よく見て」


 エレーシーは表紙の赤い印を指差した。


「天政府直轄教育所専用? ……あれ? これ、民族禁制品?」


「だから内緒のものなんだけどね、ほら、ここ見て」


「えーと、カルーハ=ハミアーヌ=カッター……? 聞いたこと無いなあ」


「忘れてるだけじゃないの?」


「うーん、そうかも」


「それよりも、ここ」


「なになに、『フェバー・トルが国名改革を実施し、民族の名からミュレス国に改称した。』?」


「そう。これ、驚きでしょ」


「うーん……確かに。私達はずっと国を持たない民族だと思ってたからねえ。でもこれ、数千年も前のことでしょ?」


「でも実は結構最近まで私達は自由にしてたみたい。今の体制になったのは350年位前からなんだって」


「350年前ってことは、地上天暦が始まったくらい?」


「だから地上天暦って言うらしいよ。それより前はミュレス暦って言うんだって」


「へえ、そうなんだ……」


 アビアンはこの冊子に異様なほどに興味を惹かれ、何度もパラパラとページを捲りながら、所々に描かれた挿絵や地図を眺めた。

 この様子を見て、エレーシーはこの手法が有用だと改めて確信した。


 やはりこの真実は、同族の者にただならぬ衝撃を与えるものなのだった。


「この本、いいね。私ももっと読みたいけど、これ持って外には出歩けないなあ」


「そうだよね。これ持ってただけで処刑対象になっちゃうからね」


「じゃあ、今日中に読めるところまで読んでおこうっと」


 アビアンは暖炉の前に座り直し、本格的に読み込み始めた。


 その一方でエレーシーはまだ、どう広めるかについて考えていた。


「これ、どこで手に入れたの?」

 アビアンが急に問いかけた。


「まあ、ある人からね」


「何かそういう繋がりがあるんだ。でもこれ、確かに皆に教えたくなるね」


「あ、アビアンもそう思った?」


「だって最近、天政府人って今までより輪をかけてひどいでしょ? エレーシーが来た時はそこそこだったけど、ここ数年で物凄く暮らしづらくなってるような気がするもの」


「そうだよね。最近、同族の人の雰囲気、どこかおかしいよね」


「皆、天政府人というか、地上統括府に対する不満もすごいんだよ」


「……ねえ、この本の中身を皆に広めてみない?」


「え? でもそんな事して大丈夫なの?」


「一人二人じゃただ捕まるだけだけど……このシュビスタシアには20万人もミュレス人がいるんだよ?」


「そんなにいるの?」


「ほら。この本の最後の章に、10年前の各民族の比率が載ってるでしょ。これを見るとね、この街の8割はミュレス人なの。この町の人口は25万人とも書いてあるから、20万人」


「さすがに、毎日数字で仕事してる人は頭いいねえ」


「それだけの仲間がいると考えたら……ね?」


「そうだね。でも、広まり切る前に知られたら困るよ?」


「だから、こうやって誰にも知られないところで話すわけ」


「あ、それで2軒目はエレーシーの部屋だったんだ」


「そう、それで、アビアンにもそういう、天政府人の監視の目を盗んで話せる場所があるでしょ?」


「うーん……あ、もしかして互助会の事?」


「それそれ。互助会の時に、ちょっと話を投げてくれない?」


「うーん、そうねえ」


「説得力がいる? この本の内容を一字一句覚えていけば、絶対説得力あると思うよ」


「こういう堅いのを覚えるのはあまり得意じゃないけどねえ。……あれ? そもそもなんでそんなに広めてほしいの?」


 エレーシーはアビアンの鋭い一言をすぐに返すことができなかった。


「……もしかして、天政府を倒そうと思ってる?」


「……そうだとしたら、どうする?」


「とっても危ないことだけど……でも、そういう人が出てこないと何も変わらないしね……」


「……まあ、アビアンが今どう考えてるかはわからないけど、そういうつもりで考えて」


 エレーシーは窓辺に立ち、窓の外の漆黒の中に薄っすらと浮かぶ山の端を見つめながら言葉を投げかけた。


 アビアンはエレーシーの姿を見て意思を固くした。


「……そう……そっか。まあ、考えてみる」


「ありがとう。もし、興味が湧いた人がいたら……私に紹介して」


「……分かった。やるんだね」


 二人は暖炉の火に包まれた部屋の中でお互いを見つめ合い、その意思を確認した。




 結局アビアンはその日は帰らず、エレーシーの部屋で眠らずに冊子を何度も何度も読み返して朝を迎えた。


 共同炊事場で朝食を食べてアビアンを見送ったエレーシーは、アビアンの話術に期待しつつも、早くも次は誰を招こうかと頭の中で検討し始めたのだった。

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