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第二章 いのち短し戦え乙女 ~underhanded actress~ -1-


この反幻想郷には八坂神奈子に敵対する反抗勢力レジスタンスが二つ存在する。

一つは緋想天。

能力覚醒者を集めた八坂神奈子の一派とパワーバランスを保つほど強大な勢力だ。

在籍する覚醒者の質・量ともに厳選されている。

特に組織を束ねる比那名居天子の能力は八坂神奈子ですら穿ちうるとされる。

現在二つの勢力の均衡は保たれて入るものの、そのような剣呑な存在を放置していくわけにもいかない八坂神奈子は緋想天の本拠地を炙り出すために奔走しているが未だに割り出すに至っていない。

その理由は本拠地が可動式であるためだ。

南部街の通信兵として、物資の交換のために現存する集落には一通り訪れてきた鈴仙でも居場所を知りえない理由がこれである。


そしてもう一つの反抗勢力レジスタンスは夢幻。

八坂神奈子の一派に反感を持つ者たちを集めた過激思考の勢力だ。

過去に悶着があったり、思想の違いのあった者、または被害を受けて保護されたもので構成されている。

緋想天と比べて戦力的には劣るが、特筆すべきはそのリーダーである風見幽香。

能力は明らかにはなっていないが、その圧倒的戦闘力と我が道を突き進む曲がらない性格から生まれるカリスマ性に惹きつけられた者は少なくない。

ただ、不可解な事に反抗勢力レジスタンスにも関わらず今まで行動を起こしたことはなく、一箇所に滞在しているというのが現状だ。

南部街とは定期的に物資の交換を行っており、鈴仙もその拠点の場所を知っている。


「と、言うことなんだけど」


草木も生えない、小虫一匹たりとも認められない荒れ果てた地。

乾いて少しめくれ上がった地面を割るように踏みしめながら三人は歩いていた。

一人は羽織ったローブから青いメイド姿チラつかせ、一人はネコ耳と二股に分かれた尻尾をくねらせて、一人は自衛隊服に身を包み、ウサギの耳をせわしなく左右に動かして。


「それでまずその風見幽香という方に会いに行くわけですね」


メイド服の少女、十六夜咲夜は銀髪を翻して言う。


「そうよ、あなたの探してる比那名居天子とは同業だし何か知ってるかもしれない。私とは見知った間だから、安全だと思うし」


ウサギの耳を生やした少女、鈴仙・優曇華院・イナバは背負ったリュックサックを上下させながら答える。


「ところで、鈴仙は反抗勢力レジスタンスからスカウトされたりはしなかったの?」


化け猫の少女、橙の問いかけに、鈴仙は少しだけばつの悪そうな顔をする。


「私はほら、南部街の通信兵としての仕事があったし…そもそも大したことないじゃない?」

「そんなことないと思うけどなあ」

「いやぁ、ハハハ」

「ところでさ、藍様が聞きたいことがあるみたいなんだけど」


橙の主人である八雲藍はこことは別次元にある”幻想郷”に滞在している。

橙を式神として使役する藍は幻想郷むこうから遠隔で橙を媒介としてリアルタイムで言伝を預けたり、携帯電話のように反幻想郷こちらと会話したりすることが出来る。


「八坂一派ってこの世界の救世主なんだよね?」

「崩壊を結界によって食い止めてくれているからね。あの方々が居なければ世界は終わっていた。それは断言できるわ」

「そんな人たちにどうして敵対しようとする集団が出来るのかなぁ?」

「なんでだろう…。この終末みたいなご時世だしね。思想とかの違いでもあるんじゃないの?」


橙は悩むような仕草を演じながら唸る。


「でもさっきの話だと本気で戦力集めて対抗しようとしているようにも聞こえるんだよね」


橙の意見は勿論藍の受け売りだ。

しかしどことなく、ヒーローもののアニメを見ているかのように目を煌かせている。


「まるで悪の魔王を倒そうとしているかのような…」


鈴仙は先程南部街城壁外であった早苗とのやりとりを思い出していた。

街一つを崩壊させ、捕らえられた咲夜。

それを友人と自称した自分の手によって殺させようとした八坂一派の巫女、東風谷早苗。

それまで早苗と対面したことすらなかった鈴仙にとって、東風谷早苗という人物がどのような人間であるかはわからない。

だから鈴仙がどうのこうの言えた事ではないのだが、率直に彼女へ抱いた印象を一言で述べると『邪悪』だった。

まさか橙の言うとおり、八坂一派は悪で反抗勢力こそが世界を救う正義なのかも…。

そんな軽率な妄想を鈴仙はすぐに振り払う。

さすがにアニメの見すぎだった、と。


「まあ…それはないと思うわ。それにそういうことを迂闊に言わないほうがいいと思うけど」

「歪んだ考えだったと藍様が謝ってます」


少しつまらなさそうな表情を浮かべる橙は続けて藍の言葉を中継する。


「よく考えてみれば八坂一派に力が偏りすぎるのもよくない。そういったところから専制政治が生まれてしまうから、とのこと」

「そういうものなんですかね?」

「咲夜はどう思う?」

「そうですわね。魅力のある者に付きたくなる感情は世の常ですわ。その魅力の向こうに何が掲げられようが知ったことではない…付き従うのみですので」

「うん…咲夜はそう言うよね。ところで鈴仙、夢幻の本拠地まであとどのくらいかかるの?」

「そんなにはかからないわよ」

「じゃ、真相は到着してからってとこかな!」




――――――――――



夢幻の本拠地である”太陽の畑”。

しかしその実態は死んだ土地の一部。

崩壊を防ぐための結界の保護を受けないその土地は荒地で太陽と揶揄される向日葵の花びらすら見受けられない。

埋もれた瓦礫が地面から突き出した視界も足場も不自由で入り組んだところにあるノーマルな一軒家よりも一回り大きな掘っ立て小屋。

疎らながら銃を抱えた見張りが外側を守るように配置されている。

この小屋こそが夢幻のアジト”夢幻館”である。


「せいっ! せいっ!」


夢幻館の近くにあるスペースで一心不乱に真剣を振り続ける少女。

くすんだ黄緑色のチョッキとスカートを翻し、白いシャツは汗で透明に透けている。

ショートカットの白髪を黒いカチューシャで纏めている。

腰には長身の鞘、そして短刀を携えた少女の名は魂魄妖夢。

夢幻の一員である。


そして瓦礫に腰掛けて組んだ足に頬杖をついてその様子を観察する比較的大柄な少女。

こちらは青いドレスの様な和服に身を包み、上部二箇所で小さく括った短い赤髪を揺らしてニヤニヤという表情を浮かべている。

背中には、死神を思わせるような大仰な大鎌、刃が内側についた珍しいものだ。

少女の名前は小野塚小町。

上に同じで夢幻の一員だ。


「すみません、小町さん。気が散るので他所に行ってくれませんか」

「何言ってんだい。 あたいはあんたを見に来たってのに」

「私の稽古なんて見て楽しいですか?」

「いやはや、精が出るこった。ここまで馬鹿真面目なやつどこを探したって見つからないよ。いい見世物になるよ」

「私の様な凡庸な人間は鍛錬あるのみです。早く皆さんに追いつかないと」

「凡庸かい? そんなに謙遜しなくてもあんたは十分凄い奴だと思うけどねえ」

「買いかぶるのはよしてください。私はもっと強くならないと…」


妖夢はわざとらしく「813、814…」と数字を数えながら小町を無視するように素振りを再開する。


「わはは! なんだいそりゃ。素振りの数えるなんて自慰的な事始めちゃって! 禁欲的なあんたには少しあべこべじゃないかい?」


図星を突かれたのか、小町の無神経な言葉選びが原因か、妖夢は赤面し、口をつぐみながら尚も腕を振り続ける。


「いいねえ! その堅物っぷり! 惚れるねえ!」

「そんなことよりいいんですか? 小町さん、ちょうど見張りの時間のはずですよ」

「ああ~そうだった! でもいいのいいの! そんなの適当にやっときゃあね」

「確かに小町さんの能力なら他の皆さんのように見回らなくても可能かとは思いますが…」

「そういう話じゃないって! 何事も力を入れすぎると潰れちゃうってね」


妖夢はじっとりとした目つきで小町を見つめる。


「なんだい、その熱視線? 照れるじゃない」

「幽香さんに言いつけますよ」

「ああ、それだけは勘弁」


小町は頭を掻きながら瓦礫から飛び降りる。


「ま、やりすぎはいけないってこったよ」


そう言うと、小町は大鎌を肩に担ぎながらその場をゆっくりと後にした。


小町は鍛錬に励む妖夢を見つけてはたびたびチャチャを入れにやってくる。

それは単なる悪戯心からというのもあるが、この炎天下に我が身を省みず鍛錬を続ける妖夢の体を案ずる姉心。

そして、剣を振るうその顔に宿る切羽詰った感情の意味を探る好奇心から来るものだ。

『もっと強くならないと…』その先に続く言葉はいったい何なのか。

小町にはそれが『皆を守りたい』だとか『皆を救いたい』のような建設的な類のものとは到底思えなかった。


(あの純朴な堅物をここまでにする理由って何なのかね?)


「何やってたんですか、小野塚さん」


悩み事をしながら歩いていた小町はいつの間にか見張りの場までやってきていた。

そして通り過ぎようとするところを見張り番に呼び止められた。


「ああ、ちょっとお花を摘みにねえ」

「毎回毎回じゃないですか! どうせサボってたんでしょ! 幽香さんに言いつけますよ!」

「いや、それだけは勘弁…」


風見幽香に言いつけられたところで別に怒鳴られるわけでも説教されるわけでもないのだが、小町はそれが苦手だった。

なのでこのフレーズは、夢幻のメンバーの間で小町を嗜めるフレーズとして用いられていた。





「くちゅん!」


夢幻館の、ちょうど妖夢が素振りを嗜んでいるところとは逆側。

そこは広いめのスペースは鍬で入念に耕されている。

その柔らかくされた地面へ丁寧に何かの粒を植える少女が居た。

白いシャツと赤地にこげ茶色のチェック筋を走らせたジャーキンとスカートを身に纏っている。

麦藁帽子から垂れた明るい黄緑色のショートボブの髪の毛。

彼女が風見幽香だ。


「今日二回目、風邪でも引いたかしら」


幽香は鼻水を拭いながら粒を植える。

所々に成長する事無く萎れた植物がへたっているのをみると、幽香の持つ粒が種であることがわかる。

しかし、ここは結界の張られていない荒地。

栄養すら瞬時に枯渇してしまう死んだ土地だ。

たとえ発芽しても成長することなど決してない。

幽香は植えた種を両手で優しく包み魔力を送り込む。

種からはうねる様に葉と茎が伸び始めるが、やがてまるで地の底にその命が吸い取られるように萎れて横たわる。

そしてため息一つつくことなく、同じ事を繰り返す。

その無謀な反復演習が風見幽香の日課だ。




――――――――――――



夢幻のアジトから少し離れたところにある岩影。

鈴仙はそこから首を伸ばしてみるが、状況を確認するとすぐに引っ込んだ。


「なんか凄い警備が厳重なんですけど」

「鈴仙、顔見知りだったんじゃなかったの?」

「そうなんだけど、ここまで警戒しているところに入っていくのはちょっと気後れするというか…」


通信兵として夢幻に訪れた時は少々ながら好意的な印象を抱いていた。

しかし、それが今や蟻の一匹すら侵入を許さず、侵入者がいようものなら躊躇なく発砲してきそうな勢いだ。

当然といえば当然の話なのだが、さすがのギャップが鈴仙に重圧を与えていた。


「それでは私が行ってきましょうか」

「ダメダメ駄目!!!」


優雅にアジトへと向かって歩き始めた咲夜を鈴仙は全力で阻止する。


「それはさすがにおかしいでしょ!?」

「しかし、ずっとこうしているわけにもいかないと思いますが」

「もう、わかったわよ! 私が行って来るから、あなた達はここでじっとしててよ」


覚悟を決めた鈴仙は夢幻のアジトへと震える足を運ぶ。


「こ、こんにちは~」


鈴仙はカチカチの苦笑いのような表情を浮かべながら恐る恐る見回り中である夢幻の兵に話しかける。


「誰だお前は!」

「はわわ…」


兵士たちは鈴仙の姿を目視するとすかさず銃口を向ける。

鈴仙は慌てて両手を上げて抵抗の意思はないことを示す。


「あの~…私は南部街の通信兵に属している鈴仙・優曇華院・イナバというものでして」

「通信兵? 物資の交換は先日済んだはずだ」

「そうなんですけどね。本日うかがったのは物資の交換ではなく、伝令がありましてですね」

「伝令? それなら私が聞いておく。こちらに来い」

「はい…」


ここで適当なことを言ってしまうとそこでやりとりが終わってしまう。

そうなると夢幻の中に入れず仕舞いだ。


(もっと簡単に入れてくれると思ったのに、トホホ)


鈴仙は軽率なやりとりをしてしまったことを悔い、口実を考えつつ兵士の前に立つ。


「実はですね…」

「待ちな」


鈴仙は言葉に詰まる。

突然背後から掛けられた声と、喉に当てられた弧を描いた大きな刃が原因だ。


「あんた、一人かい? 他の通信兵は?」

「えっと、その…」


鈴仙は岩陰に隠れている咲夜と橙の存在を告げるべきかどうか悩む。

二人が穏便に中へ入ることが出来ないと何も始まらないのだが、この警戒心が頂点に達した状況でメイドと人妖を紹介など怪しいことこの上ない。

かと言って二人の存在を隠しても怪しまれるだけだ。

返事に戸惑っていると、鈴仙にとって助け舟とも感じる声がかかる。


「岩陰の二人はあんたの仲間かい?」

「そっ、そうです!」


鈴仙はこの緊迫した状況から開放されたいという気持ちからつい返事をしてしまう。

しかしよく考えると、何故二人が隠れていることを知っているのか。

まんまと口車に乗せられたのではないだろうか。

鈴仙の頬を冷や汗が流れる。

背後にいる者がふうん、と相槌をつくと二人が隠れている岩陰へと呼びかける。


「おーい、そこの人ら。隠れる必要はなくなったから出てきていいよ!」


咲夜と橙は警戒しつつも岩陰から出る。


「そう構えなくてもいいって」

「この状況じゃ難しいと思います、小町さん…」


鈴仙の言葉に小町と呼ばれた少女は慌てて喉に当てていた大鎌をしまうとカラカラと笑った。


「悪い悪い。それもそうだね。じゃあ中に案内するからこっちにおいで」

「大丈夫なんですか、鈴仙?」

「多分、大丈夫だと思う」


小野塚小町は夢幻の案内役でもある。

よって通信兵としてここを訪れる鈴仙とはもっともよく顔合わせする、もっとも話しやすい人物である。


「面会だね、こっちに案内するよ」


咲夜と橙を加え、小町は鈴仙たちを夢幻館の方へ案内するように歩く。

ただ、一行の後ろには兵がなおもついてきている。


(人間不信になりそう)


組んだ腕を後頭部に回しいい加減な足取りで案内する小町を見ながら、少し前からこんな仕打ちばっかりだ、と鈴仙は辟易する。

そんな鈴仙が何も言い出さないのを横目に小町が口を開く。


「あたいは小野塚小町。で、こいつらは?」

「あっ、こっちのメイド服が十六夜咲夜、こっちの小さいのが橙と言います」

「咲夜ですわ。よろしくお願いします」

「よろしくー」

「よろしくだね。ところで全然見ない顔だけど、南部街の人かい?」


鈴仙は思わず二人のほうを見る。

返事を間違うと事態が急変してしまう質問だからだ。


「いいえ、少し遠いところから来ました」

「それは大変だったねえ。それでウチになんの用だい? もしかして仲間になろうってか?」

「そのことも考えておりますわ。ただその前に少し頭目の方にお話を伺いたく思いまして」

「なるほど、話ねえ」


部外者である咲夜思いのほか好意的にやりとりをする小町に一先ず胸を撫で下ろす鈴仙は不穏なことに気づく。

そこまで距離はないはずの夢幻館に一向に到達しないのだ。


「残念だけどさぁ」


先頭を歩いていた小町に声色が重く変化する。


「軽いんだよねえ、あんたらの話」

「ちょっと待って、小町さん! この人たちは…」

「あんたもさ、鈴仙。通信兵団のあんたが単独でここまでやってくるというのも不可解な話さ」

「それについては…」

「問答は終わってるんだ。悪いけど、夢幻館までの道を任されてる身としては簡単に受け入れるわけにはいかないねえ」


小町はこちらを振り向かない。

しかし十分な迎撃の準備が出来ていると感じた咲夜がナイフを構えた瞬間だ。

上方から人間大の落下物。

そしてそれから放たれた鋭利な一閃が咲夜の頬を掠めた。


眼前にいたのは白髪の少女。

その手には長身の刀が切っ先を煌かせ、根元へとわずかに血が落ちていく。


「とりあえず斬っておきましょう」


少女は刀に付いた血を勢いよく振り払うと咲夜に改めて対する。

いつしか周囲には銃を構えた夢幻の兵たちが取り囲んでいる。

その視線が全て咲夜と橙に注がれているのを確認した鈴仙は密かに腰のホルダーに差したハンドガンに手を伸ばすが、それも小町に制される。


「これはどういうこと?」

「ウチは神経が過敏なヤツが多くてね」

「私たちには敵意はない」

「あたいもそう見えるさ。しかし、幽香の前で心変わりする可能性だってあるだろう?」


小町は咲夜へと視線を移す。


「あいつの立ち振る舞い見てると心にギラギラしたものを宿してるのが一見でわかるよ。それがどこに向けられているかは知らないがね」

「さっきも伝えたけど、私達は話を聞きにきただけよ」

「わかるんだけどね。あたいたちは皆、同じ目的でここにいる。あんたたちの目的とは一致しないさ」

「そんなのわからないじゃない・・・!」

「わかるよ」


小町は凜として言う。


「ここに来るのは皆、怯えた目をしてるヤツばかりだからね」




「不意打ちなんてとても素敵な事をしてくださりますのね」


咲夜は剣を構えた少女に言う。

相対する少女は無言のままだ。


「私は十六夜咲夜と申します。あなたはお名前も言わないのですか?」

「魂魄妖夢…」


構えられた刀身がお互いに向けられる。

ジリジリと詰め寄る妖夢。

まだ距離は十分ある。

双方の間合いとは言い難いほどだ。


(相手はまだ油断している)


そう感じた妖夢は大きく一歩。

瞬間的に咲夜は妖夢の間合いへと吸い込まれる。

刀を一振りすれば血しぶきが舞う距離。

しかし、妖夢はその手を止める。

目の前に手裏剣のように回転しながら空中にとどまるナイフが現れたからだ。

咲夜に予備動作はなかった。

しかし、下方から投げ上げるようにして現れた相手の得物に妖夢は思わず後方へと飛び退く。


咲夜の手には新しいナイフが握られていた。

上下左右、妖夢がどこから来たとしても迎撃できる準備は出来ている。

無論、飛び退いた場合にしてもだ。

咲夜が落下するナイフの柄頭を地面スレスレで蹴り飛ばすと、妖夢へと一直線に飛んでいく。

それを難なくかわすものの、そこはすでに咲夜の間合い。

頭部へナイフの一閃、そして翻すように胴体へもう一閃。

二撃をかわした、妖夢が咲夜の足元を薙ぐ。

咲夜は最小限の跳躍からナイフを投擲。

妖夢は刀で薙ぎ落とすものの、再び間合いを詰めてくる咲夜。


防戦一方の妖夢はどうしても振り払えない咲夜の挙動に悪寒が走るのを感じる。

先程から咲夜の右手に握られているナイフを見ているが、その動きがおかしい。

構えに至ってから飛んでくる斬撃のスピードが異様に速いのだ。

言うなればそれは武術において不可欠な緩急。

それも達人級の腕前を持つ妖夢をして信じられないほど洗練されたもの。

そして自分の脳内を完全に見透かしたかのような読みと無駄のない見切り。

遥かに小さな刃で圧倒するその様は、相手が自分より2つも3つも上の段階にいる剣聖級の存在のように妖夢の目に映っていた。


攻撃一辺倒の咲夜は尚も決定的な一撃が入れられないことに焦っていた。

右手には代わる代わる握られるナイフ、そして左手には死角になるよう握ったルナ時計ダイヤル

咲夜の時間を止める能力は奇襲にこそ強みがある。

しかしこの周囲に夢幻の監視がある現状で自らの能力を晒すような真似は出来ない。

咲夜は時間を最小限で圧縮し、状況の把握と斬撃を繰り返す。

これだけならば相手の目に映る動きはまだ人の域を出ていないからだ。

それでも仕留めきれずに嵩張っていく能力の使用により、咲夜の体力は限界に近づいていた。


しばらくの剣戟の後、事態は転じることになる。

咲夜が振り下ろしたナイフを妖夢は切り上げると、そのナイフは咲夜の手元を離れて舞い上がる。

そのまま振り下ろされる剣。

再び下から刺し上げられる飛ばされたはずのナイフ。


その双方が互いの肉に届くことはなかった。

突如二人の間に割って入った小町の手によって止められたからだ。


「真剣なところ悪いけどそこまでだよ」

「どうして止めるんですか!」

「いやぁ~、あまりにも実力差があるように見えたもんだからさ。それに…」


小町は後方を親指で差す。

その先には人影が一つ。


「全く、騒がしいから来てみれば…これはどういうことなのかしら」

「幽香さん!?」


そこにいたのは大きな日傘を掲げた緑髪の少女、風見幽香だった。

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