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第一章 友達は大事にしよう! ~traitorous friend~ -2-


鈴仙・優曇華院・イナバの脱出劇が行われていた頃、十六夜咲夜と橙はちょうど廃ビル群の中を歩いていた。

先ほどまで歩いていた荒野と比べて、こうまとまった文明の荒廃が見て取れる空間に、二人は失望していた。

人っ子一人居ない。居る気配もない。

とりあえず人が居ないか建物の中に問いかけてみるが返事はない。

ここでなにかしら行動を起こしても徒労に終わるだろう。

二人は~~特に咲夜は~~極度の脱水症状、空腹、睡眠不足、その他諸々により、体力的にも精神的にも限界が近かった。

ならば無駄な体力を使わずに片手間にでも人を探しつつ、この場を通り抜けるのが得策だろう、と考えた。

よろめきつつもサクサク奥へと進んでいく二人。

その状態ゆえに二人の間に会話はない。

ただ、ここを抜けると何かこの状況を打開する糸口が見つかる、いや見つかってほしいと願うのみであった。


そんな時だ。


ドシャッ。


咲夜の前方に大き目の物体が落ちてきた。

咲夜は訝しげにそれに目をやる。


「リュックサック・・・?」


ぎっしりと詰まったリュックサック。

状況が呑み込むことが出来ない咲夜だが、様々な不足要素に卒倒しそうな現状、彼女の中には『もしかすると空腹を満たすことが出来るかもしれない』という期待が芽生えていた。

おもむろにリュックサックの中身を検めようとした、その時だった。

咲夜は乾いた音と共に地面に倒れる。

先ほどのように体力的な事が原因ではない。

予期せぬ落下物が咲夜の頭部に命中したのが原因だ。

後ろから事態を目撃していた橙はつぶやく。


「銃・・・?」


直後に上方から叫び声が聞こえる。


「ウサギの跳躍力舐めんなああああああ!!」


そして一瞬、光に包まれたと思うと怪しい飛行物体が空を横切るのが見えた。




――――――――



鈴仙が出した決断。それは向こう側のビルまで飛び移ることだった。

地面に着く前に向こう側のビルまで到達できたならば、飛び移ることは出来ないまでもなにかしらの出っ張りで勢いを殺すことが出来たならば、無傷とはいかないまでも足への負担は少なくすむだろう。

ここから向こう側までおよそ20m。

確か走り幅跳びの世界記録は女子で7m50程、男子で9m足らずだったか。

今の自分なら倍は余裕だ・・・と鈴仙は信じている。

それに加えて昔学校の物理の授業で習った、なんだったか・・・自由落下とかいうやつだったか。

4階からならば地面につくまでいくらかの猶予がある分、足りない距離を補うことが出来るという算段だ。


「あ!?」


後ろで”あれ”の驚く声が聞こえる。

このような強行手段に出るとは思ってもみなかったという様子だ。

そんなこともお構いなしに、鈴仙は雄叫びをあげながら窓から飛び出す。


「逃がさないぃ!!!」


それを追うように”あれ”から触手のような闇が鈴仙に届くかどうかという程ものすごい速さで伸びる。

そして窓から出た鈴仙の足を掠める。

鈴仙はバランスを崩して真っ逆さまの体制になるが、それもまだ彼女の想定範囲内だ。


(勢いは死んでない!まだいける!)


鈴仙はウェストポーチに手を入れる。

”あれ”の追撃への備えは十分だ。

日光を浴びて少しずつ朽ちながらも再び襲い掛かる闇の触手に鈴仙は何かを投げる。

それは閃光弾だ。

一瞬辺りが光に包まれ”あれ”の触手も勢い良くかき消される。

盛大にガッツポーズをする鈴仙は空中で体勢を立て直し、向こう側までの距離を再計算する。


(と、届かない!)


先ほど闇の触手に掠った分、向こう側に届かない。

届かない=どうあがいても死ぬ、ということだ。

鈴仙は向こう側に活路が無いか、焦燥にまみれた頭で探す。

向こう側のビルは窓ガラスが剥がれているどころか、壁自体が崩壊しており”へり”がむき出しになっている。

その二階へ滑り込むように届かないか?

いや残念だが届かない。

なら手は?

いや狂おしいが届かない。

なら・・・なら・・・。

鈴仙は急いでウェストポーチを外し、そして腰に巻かずにバックルのみをつなぎなおす。

もう地面はすぐそこまで迫ってきている。

鈴仙はウェストポーチを出来る限り上へと突き出す。

ウェストポーチのベルトが向こう側のビルのへりから突き出す鉄骨に引っかかる。

ゴキンッ!という音と同時に鈴仙の体が上方に跳ねて、地面へと落ちた。

地面に転がる壊れたヘルメット。

露わになった鈴仙の本来瑞々しいラベンダーの様な長髪は埃と汗と急激なストレスで少しくすんで見える。


「う・・・ぐ・・・た、助かった・・・?」


結果は右肩の脱臼、そして数箇所の打ち身。

それだけの犠牲で鈴仙は死地からの脱出に成功した。





――――――――


地面に伏した咲夜はそのまま眠気に任せて飛んでしまいそうになる意識を抑え込む。

そしてズキズキと痛む頭に出来たタンコブをさすりながら立ち上がる。


「何かしら・・・今のは」


咲夜は橙の方を状況の説明を求めて一瞥してみると、橙はどのような感情で答えればいいのかわかりかねるような微妙な表情で指を刺す。

指差した方向には瓦礫に埋もれる軍服を着た少女が居た。

咲夜はやっと見つかった今後の足がかりに一瞬歓喜の気持ちが湧き上がるが、少女の頭にまるで人間とは思えない長い耳が二本生えていることを認め、すばやく太もものホルダーに控えていた銀のナイフの一本を抜き取り、前へ突き出すように構える。

それを見た落ちてきた少女―――鈴仙・優曇華院・イナバは眼前の二人~~あきらかにメイド服と人妖という奇妙な二人組~~を、先ほど自分たちを襲撃した化け物の仲間かと勘ぐり、急いで対抗するための装備を確認する。


「ライフル、ない!!ハンドガ・・・なぁ~い!!」


もちろん、ビルからの脱出の際に放り投げたライフルと拳銃は地面~~それも咲夜の足元~~に転がっている。

ほぼ丸腰の状況だ。

せっかく決死の脱出劇を演じたのに、間髪居れずに敵襲。それにこうしている間にも先ほどの化け物が自分を追ってきているかもしれない。

鈴仙は混乱から頭を抱える。

瞬間、鈴仙の頬を何かが掠め、一閃の赤が滲み出る。

咲夜のナイフだ。

鈴仙の顔と、頭を抱えるために曲げた腕が作った三角形の隙間を通るように威嚇投擲をしたのだ。

後ろを確認すると銀のナイフは後方の瓦礫へと突き刺さっている。

コンクリートよりも柔い筈の銀で出来たナイフ、咲夜のナイフはただの銀製では無い事を物語っていた。

鈴仙は咄嗟にナイフを抜き取り、自分の武器として前へ向き直る。


「あなた、どういうつもりなのかしら?」


口を開いたのは咲夜。

しかしその声は前方からではなく後方から。

先ほどまで居たはずの姿がそこにはなく、首に当てられた硬く鋭い感覚とともに、鈴仙の背後に密着するように咲夜が立っている。


「さっきはとても痛かったわ」


「な、何を言ってるの・・・」


ガチャリと首にあてがわれたナイフを一層強くあてがわれる。


「言ってるんです・・・でしょうか?」


咲夜の頭に疑問符が浮かぶ。

先ほどのやり取りから、もしかすると頭の痛みは、このウサギっぽい少女の仕業ではない、もしくは故意ではないかもしれない。

咲夜はあてがったナイフはそのままに問答を続ける。


「ま、あいいでしょう。あなたは何者なの?数点聞きたいことがあるのだけれど」


それはこっちの台詞だ、と言わんばかりの鈴仙。

しかし、こちらの方も、もしかするとこの女は化け物の仲間ではない、それどころか敵というわけではないのかもしれないという結論に思い至る。

ただし状況は劣悪だ。

頬から垂れる鮮血の感触と首にあてがわれたナイフに全神経が集中し、鈴仙は一層混乱してしまい、硬直してしまう。


数秒の沈黙を経て、咲夜が口を開こうとした時。


「ちょっとタイムターイム!!」


傍で見ていた橙が両手を大きく振りながらこちらに駆け寄ってくる。


「見た感じそんなに悪い人というわけでもなさそうだしさ!友好的にいこう、ね?」


突然の助け舟に双方の緊張が緩まる。

咲夜は鈴仙に押し付けていたナイフを下ろし、鈴仙は咲夜の方を振り返る。


「とりあえず確認しておきたいんだけど、さっきの奴の仲間・・・じゃないよね?」

「さっきの奴?」


思い当たる節がないというように首をかしげる咲夜を見て、鈴仙はこの奇妙な二人が敵ではないと確信する。


「わかった、さっきあなたがどんな手品を使ったのか判らないけど、ひとまずここを離れましょう。ここは危険すぎる」

「それはどういう・・・」

「急いで!生死に関わるわ!」


鈴仙は外れた肩を庇いつつも散乱したリュックサックとライフル、拳銃を拾い上げ、このビル群を抜け出すよう二人を促す。

二人も鈴仙の剣幕に圧され、後に続いた。




数キロほど離れたところまで来た鈴仙は、ウサ耳レーダーを使い先ほどの化け物が追ってこないことを確認する。


「もう安全だと、思う・・・たぶん」


状況が呑みこめない二人であったが、幾分頼りないと感じつつも安全であるということは伝わったようである。

近くにあったちょうどよい形の瓦礫に鈴仙は腰掛ける。

それを見た橙は高いめの瓦礫の上に駆け上がり、両手両足をあわせた猫のようにしゃがむ。

咲夜はそのまま姿勢良く立ったままだが、体力の限界なのか左右にフラフラと揺れている。

鈴仙は「座ったら?」と促すが、咲夜はそれを手のひらで断る。

見るからに疲れているのに何故、と鈴仙には疑問が生まれるが、メイド服を着ているし、何かこう職業病のものなのかと無理やり納得するに至る。


「じゃあ一先ず落ち着いたところで自己紹介からはじめましょうか」


と鈴仙。


「私はこの近くの街、東部街で通信兵をやっている鈴仙・優曇華院・イナバ。長いから鈴仙って呼んで」

「街!?」

「そう街。なんで・・・?」


思わず驚嘆の声を上げてしまった橙、咲夜も驚きを隠せず目を見開いている。


「助かった!私たちも人が住んでいるところを探してっ・・・・旅をしているんだよ」


最初は興奮気味に叫んでいたが、途中から突然テンションが整った不思議な話し方をする橙。

その後も小声で「ごめんなさい」だとか「気をつけます」だとか不穏なことを呟いている橙を尻目に、咲夜が続ける。


「私は十六夜咲夜、紅魔館でメイド長をさせてもらってます。咲夜で結構ですわ」

「紅魔館・・・?」


どこかで聞いたことがあるようなないような名前に眉間に皺を寄せる鈴仙の思考を遮るように橙が「わーーーー!!!」と叫ぶ。


「ちょっとちょっと咲夜!」

「なにかしら橙」

「いや『なにかしら』じゃなくて・・・」

「ああ・・・途中で整合性が取れなくなっても面倒ですし、ここは正直に話した方がよさそうではありませんか?この人も・・・少し怪しいですが悪い人間ではないようですし」

「そんな勝手なぁ・・・」


突然軽く言い争いが始まった二人を、疑問の目で鈴仙は見つめる。

少し怪しいと言われたが、鈴仙の二人に対する怪しさメーターがすごい勢いでボーダーを追い抜き、そして振り切れる。


「そもそも、様々な情報が必要な以上、こちらの身の上を隠しながら立ち振る舞うなんて無理な話ですわ。ね?藍」

「やれやれ、君はアホなのか?」


おそらくこの小さい方は橙という名前だと鈴仙は理解していたが、咲夜は藍という名前で呼ぶ。

橙だと思われた藍という少女は登っていた瓦礫から降りてきて、まるで敏腕OLのような手振りを駆使して、先ほどの幼い声とは異なる、精錬な女性の声で話し始める。


「まったく・・・こちらの計画が頓挫してしまったじゃないか」

「あなた単独ならうまくやれる自信はあったんでしょうけど、動いてるのは私と橙。あなたはそういうところは頭回らないんですね」

「君は計画だとかそういうのよりも、役職を偽りたくないがための暴挙だろう?」

「あのー・・・」


警戒心を再発させた鈴仙は、二人に見えないように拳銃に手をかける。


「全然話が見えないんですけど・・・」

「ああ、すまない。自己紹介だったな。この子は橙。今話している私は藍という。少し順序が狂ってしまったが、そういうことだ。ちなみに今はハンズフリーで話している」

「余計にわけがわからないけど・・・まあ、よろしく」

「状況が呑みこめないのも無理はないだろう。仕方ないが説明が必要だろうな」


橙、もとい藍は咲夜を目で制する。

それはこれ以上余計なことを言われないように、自分が上手くやるから、という意味合いを込められており咲夜もそれを無言で理解の意を表す。


「我々は幻想郷からの使者、とでも言っておこうか。私は幻想郷からこの子に魔力を飛ばして話している」

「幻想郷・・・?何それ?もしかして海の向こう―――外国の人?外国にまだ生きている人間がいたの」

「いや、違う。この辺りの人間でも外国から来た人間でもない。はてさて、君の言葉に疑問が生じた。私の番であるのは判っているが、質問させてほしい。外国に人は居ないとは、もしやこの荒廃した状況が外国にも続いているのか?」

「知っているでしょ?2年前の崩壊異変。あれから世界のほとんどがこんな状況。まるで死んだ土地のようになり、残っているのはここ日本の一部だけ。人口も1000人に満たないのが現状だけど・・・」

「そこまで進んでいるとは・・・」


口元に手を当て、流すような目で小さく呟く藍。

鈴仙は何を言っているのか聞こえなかったが、この謎の一味に対する疑問を払拭しなければ気がおさまらない。

同時に東部街周辺の不審者の容疑を晴らすことが彼女の職務でもある。


「外国にまだ生き残りが居るとしたらすごく希望の残る話だったけど、そうじゃないとしたらあなたたちは一体どこから?」


一呼吸おいて「幻想郷・・・?」と鈴仙は問いかける。


「お察しの通り、その幻想郷だ。幻想郷はこの辺りにあるわけでも外国にあるわけでもない」

「心の中にある・・・なんて言わないわよね?もしくは宇宙とか」

「そんな事はない。そうだな。次元の軸がずれた、この辺りにある場所・・・と言ったら理解できるかな?」

「わかると思う・・・?」

「そうだな、私の主人が作った別次元から来た、と理解してくれれば構わない」


鈴仙はおぼろげながら理解する。しかし理性では信じきることが出来ない。出来るはずもない。

5年前の覚醒異変で異能力を得て、2年前の崩壊異変でその力が加速したのを見てきた鈴仙は自身もその一人である。

次元を操り創造するなんて馬鹿げた存在が居・・・てもおかしくはないが、スケールが大きすぎる。

それこそこの世界の英雄神である八坂神奈子や博麗の巫女である博麗霊夢ですらその域には居ない。


「はいそうですかって信じられると思う?」


藍はため息を一つつく。

それは見下したような感じでもなく、呆れたような感じでもなく、めんどくさいと言った感じでもなく、ただただ自分の意図を外されたほんの小さな落胆と言った感じのものだ。


「仕方ないか。なら別の世界からやってきたとだけ理解してくれればいい」


鈴仙はしぶしぶ頷く。


「ありがとう、今その幻想郷が危機に瀕している。それはこの世界が荒廃している事と何か関係があると我々は理解している。その問題を解決するために来たんだ」

「なんとなくわかったわ。でも私が知りたいのはあなたたちが私たちに敵対する存在かどうかって事」

「ああ、そうだな。すまない。もちろん、我々の邪魔をしないならば敵対はしない。もちろん悪いようにするつもりもない」


鈴仙から緊張が解け、安堵の表情が顔に浮かぶ。


「はぁ~、ならいいわ。こっちは災難ばっかりでうんざりしてるところだったから一先ず安心していいのね」

「ご理解感謝する」


藍は頭を深く下げる。


「ところで通信兵と・・・」


藍が鈴仙に問いかける番になった時だ。


グゥ~~


遠くからでも判るほど大きな腹のなる音。

驚いた鈴仙は辺りを見回すと、咲夜の顔が無表情のままながら紅潮し、目線が少し流れているのがわかった。

鈴仙は自分の中の毒気が完全に抜けるのを感じる。


「わかったわ、ここからもうちょっと行った所に私達の住む東部街がある。そこに招待するわ。もうすぐ日が暮れるし、こんなところを寝床にしたら毛玉に襲われちゃうかもしれないしね」

「毛玉とはなんだろうか?」

「蓑虫みたいな化け物よ。この辺りなら分布範囲ではあるわね。単体では怖くはないけど、寝込みを襲われたら、ね?」

「なるほど」


おそらくこちら側に来た時に自分たち~~実際藍自身はこちら側には居ないのだが~~を襲ったやつらだろう。


「さて、とはいったものの少し時間があるし」


鈴仙は背負っていたリュックサックを下ろし、中をあさり始める。

しばらくして抜き出された手にはいくつかの缶詰が握られている。


「ここで腹ごしらえとしますか」

「やったー!!そうしよう!そうしよう!」

「こら、はしゃぐんじゃない橙。とはいえありがたい。そちらがよいと言うならばよろしくお願いしたい」


一人二役の奇妙な小芝居をされているような感覚だが、少しは打ち解けられたようで鈴仙は少しうれしい気持ちである。

咲夜はというと先ほどと変わらないが、ほんの少しだけウズウズしているのがわかる。


「ならば決まりね。東部街に行けばしっかりしたもの食べられるとは思うけど、その繋ぎということにしましょう!」


鈴仙の提案にその場の者達は賛同した。





微量ながらも食料を提供した鈴仙であったが、どうも腑に落ちない状況であった。

それは、先ほどの話の続きに、藍から「通信兵ということは兵団があったはず」と仲間についての問答があったからではない。

その後に魔力が大量に消費するからという理由で藍との交信が途切れてからの橙のテンションが異常に高かったからでもない。

食事と決まった後にその缶詰を取り上げた咲夜にライターを要求され、かと思えばナイフを器用に操り、食材に~~缶詰なのですでに加工されているにもかかわらず~~手を加え始めたことが原因だ。


(この人、さっきまでフラフラで倒れそうだったよね?)


鈴仙は咲夜の奇行に唖然としている。

そもそも日が落ちれば危ないと説明したばかりではないか。


「あの~、大丈夫?別に料理しなくても食べられるけど」

「これは失礼しました。ただ、食材を見ると居ても立っても居られない性分でして」


咲夜は目線だけを鈴仙の方に向ける。

しかしその足は自分を支える力が残っているのか怪しいレベルで弱弱しく震えている。


(やはり職業柄なのだろうか?しかしこんな状態で無理にすることじゃないのではなかろうか?)


鈴仙は先ほどの咲夜に向けた藍の言葉を思い出し、少し状況は違うと理解しつつもこう評してしまう。


(この人アホなんじゃないだろうか)


「出来上がりました」


鈴仙がそんなことを考えているうちに、得意げに咲夜は鈴仙からもらった携帯用紙皿を2枚取り出し出来上がった料理を盛り付ける。


「河貝としいたけのトマトリゾットでございます」

「すげええええ」


少数の缶詰から出来たとは思えない、立派な料理が食欲をそそる香りを含む湯気を放っている。


「お召し上がりを」

「わーい!いただきまーす!」


橙がノーフレームで皿に飛びつき、一瞬で口の中に流し込む。


「あのー」

「なんでしょうか?」

「これは私のでいいの?」

「もちろんでございますわ」


鈴仙は少し呆れたように言う。


「あなたの分は?」


咲夜は口元に手を当て、しまったという表情をする。

そしてその直後にその腹が再び音を立てる。

鈴仙は作り笑いをしながら咲夜に自分の分の皿を差し出す。

感謝の言葉を言って上品に食事を始める咲夜を横目に鈴仙は再び思う。


(この人アホだ)


と。






ささやかな食事を済ませた一行は東部街へと歩みを進める。

その間、鈴仙の舌はよく滑った。


東部街の治安のよさ。

東部街おススメの料理屋。

それがあるのは自分たち通信兵団が居るから。

東部街の中枢にいる重要人物。

首脳陣に唯一無二の友人が就いている事。

東部街に入るためには関所があり、簡単な審査が必要なこと。

だけどそれは大した問題ではないこと。


目的地までそう時間はかからなかったが、人見知りの傾向のある鈴仙には友人が出来たようで嬉しかった。

それは自分とつながりの強い通信兵団という職業でつながる人間達を失った落胆の反動かもしれない。

そう考えた鈴仙は自らの薄情さを思い知りもした。


東部街に到着すると出迎えたのは円状に構えた大きな壁。

10mはあろうかと言うその分厚い壁は石で出来ており、表面はツルツルで外部からの侵入は難しいと思われる。

出入り口の扉には鈴仙と同じような服装の警備兵が二人、丈の長い銃を構えている。


そんな防壁から少しはなれたところに差し掛かったとき。


「よいしょ!」


橙が一声発するとネコ耳と割れた尻尾がゆっくりと引っ込み、まるで人間の少女のようになる。

一行から感嘆の声があがる。

橙は体操選手がパフォーマンスを決めたときのようなポーズで得意げだ。


「そんなこともできるのね」

「念には念を入れろって藍様がね。魔力を消費するから持続は難しいんだけど」

「種族について心配なの?大丈夫よ。中には動物系の妖怪も何人か居るし、現に私もそうだしね」

「偏見とかあるからって・・・えっあっ言っちゃ駄目って・・・すみません」


ちなみに橙と藍の交信はハンズフリーが途切れた後でも続いているらしい。

この謝罪も鈴仙ではなく向こう側の藍に向けるものだ。

鈴仙は苦笑いを浮かべる。

別に気にしているわけではないのだが、ただ、扱いの難しそうな相手との付き合いに少々いい意味での困惑があった。


「なんにせよ問題はないと思うわ。じゃあ行きましょう」


一行は関所へと向かう。


「君たちは何者だね?」


警備兵が咲夜と橙に向かって問いかける。


「彼女たちは私が保護した・・・」


鈴仙が二人に手のひらを向ける。


「一介の旅人ですわ」

「同じく」


二人もそれに合わせる。


「そうですか。歓迎します。こちらも人手など足りていなくてね。あとは種族は?」

「私もこの子も人間です」

「ありがとうございます。それではお通りください」


検問は驚くほど簡易だ。

それはまるでフリーパスのようであった。

二人が東部街の中に入り、鈴仙がその後ろに続く。


「ありがとう、みんな。それで通信兵団について報告がある。重要案件だからあとで呼び出しがあると思う」


鈴仙は警備兵たちにそう伝えると東部街の中に入ろうとする。


「待て!」


警備兵が微動だにしないまま声を上げる。


「ん?おーい二人とも。何かあるみたいだからこっちに・・・」


先に入った二人がこちらを振り返っている景色が閉まる扉によって遮られる。

同時に警備兵が扉への道を塞ぐ。

鈴仙はこの状況が理解できずに立ち尽くす。


「お前、妖怪だな」

「え?」


長く伸びた耳、丸い尻尾、外見から見てもちろん妖怪だ。

しかしそれはこの辺りなら周知の事実。

警備兵の顔も見知った者であり、通信兵である自分が見間違えられることなどありえない。


「何の冗談?」


鈴仙から本音が漏れる。

空気の読めない状況でドッキリを仕掛ける人物には心当たりがあるからだ。

しかし困った顔の鈴仙に警備兵が冷酷な口調で言い放つ。


「妖怪は中に入れるなとの命令だ。それ以上近寄ると言うなら発砲する」


銃口が自分へと向けられるのを見て、鈴仙はこれが本気であることを悟った。

もうすぐ1章が書き終わりそうなので、完了したら全部投稿します。

改稿は2章書きながらちょっとずつ…。

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