#2 人工魔法石
ドンドンドンドン、ドンドンドンドン――――――
「入りますよー」
ドア越しに声が飛んできたかと思えば次の瞬間、解錠の音と共にドアノブを捻る音が室内へと響き渡る。
そして声の主は、己が手により徐々に開かれ生み出されるドアの隙間に手慣れた所作で身体を滑らせ、淀み無く侵入を果たした。
その洗練された動きから察するに侵入者は只者でないことに間違いはないだろう。少なくとも戦闘技術あるいは隠密行動、あるいは裏世界の仕事に長けた強者だ。
明らかに脅威となりうる存在が着々とニナの元へと歩を進めているにも関わらず、当の本人は魔導具造りに没頭するが余り、その事態に気づく素振りすら未だに見せない。
それどころか薄っすらと気味のわるいゲフンゲフン……ニマニマと特徴的な笑みを浮かべ、何やら頭部ほどもある3色からなる大魔晶石に立体的な魔術回路を刻み込み続けている。
その繊細かつ緻密な作業は一足飛びに終わるほど簡単ではない。だがしかし、それでも他の錬金術師連中の優に10倍は超える速度で回路を構築する早業に侵入者は思わず魅入ってしまう。
そして侵入者は固唾を飲んでニナの作業を見守り続けた――――
10分、20分、30分……刻々と時間が経ち、ついに1時間を過ぎようとしたところで遂に回路が完成したのか、ニナは魔晶石を台から下ろすと身体の凝りを和らげるべく思いっきり背中を反らして伸びをした。
漸く終わったかに思えた作業――――だがニナの手には更に別の魔晶石が握られていた。
侵入者は焦った――――まだ続ける気なのかと。
彼女はある目的を果たすべくニナの貸し切る部屋へと侵入を果たしたのだ。だが厄介なことに戒律として錬金術師の作業を中断させることは許されていない。
だからこのまま錬金作業に着手されてしまえば止め時を見失ってしまう。それではさすがに不味いと焦りを募らせた彼女は足音すら置き去りにしてニナの耳元へと到達し――――
「わあ!!」
「わあああ!?!?!?!?」
大声で虚仮威しを敢行したのだった―――――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わあああ!?!?!?!?」
不意に耳元で上げられた大声に思わず仰天したわたしは座った姿勢だったのを忘れ、反射的に後ろへ後ずさろうとして盛大に尻もちを付いた――――
「いったたたた………ってなんだエリナさんかぁ」
「エリナさんかぁ…じゃないですよ!」
「もしかしてもう時間だったりする?」
「そうですよ!」
エリナさんは今わたしの居る部屋の借り出し管理を行う担当者さんだったりする。で、わたしが時間ギリギリまで部屋に居座っていたから規則で督促に来たって感じだと思う。たぶん。
夢中になると時間を忘れて周りまで見えなくなっちゃうのがわたしの悪い癖なんだけど、意識してもすぐ忘れちゃうんだよね。もはや病気かもしれない……。
まぁ話は少し遡るけど、あれから【魔導書】を造り終えたわたしは緊急事態に陥った際に備えて、新たに切り札として【人工魔法石】の作成に挑んでいたの。
【人工魔法石】っていうのはざっくり言えば文字通り、人工的に造られた【魔法石】のことね。
【魔法石】ってそもそも何かっていうと、魔力素が長い年月掛けて蓄積された石に外部から何かしらの影響を受けて内部に魔術回路が形成された石のことを言う。
その石に魔力を流すと石に込められた何かしらの魔法が発動するのが特徴。
だけど【魔法石】って大抵偶然の賜物だったりするわけで、使うまで効果が判らなかったり、効果が微弱だったり極端だったりと使い勝手が悪かったりする。
使い勝手は悪いけど小さくコンパクトで持ち運びが便利なのが強みだから、もしこれを人工的に造れたらもっと便利になるんじゃね?って考えの元に考案されたのが【人工魔法石】だったりする。
今回わたしが造ったタイプは【魔晶石】の内部に錬金術で魔術回路を構築する感じのやつ。
魔力素の奔流を立体的に刻み込むのが結構神経を要する作業だけどそれ以外はとくに煩雑な作業が無いから思ったよりも簡単だったりする。
だけど魔晶石ベースで【魔法石】造った場合、魔力を一度流したが最後、魔晶石内の魔力が尽きるまで延々と魔法が発動しっぱなしになるという難点があったりする。
まぁぶっちゃけて言えば今回造ったのは使い捨ての消耗品だね。
緊急時って結構やばい状況じゃん?
そんなときって一発で状況をひっくり返せる切り札が欲しくなるじゃん?
だから魔晶石ベースにして威力重視にしたってわけ。
消耗品って聞くと何だか勿体なく感じるけどお金には余裕があるし、何よりお金よりも命の方が大事だからさ、お金はバンバン使って行こうと思うよ!
だけどその前に一旦部屋を出ないといけないね。そうしないと使用時間超過で違約金払う羽目になっちゃうし……。無駄遣いよくない。
そういうわけで荷物をまとめ終わったわたしはエリナさんの手に引かれ、そのまま部屋を後にしたのだった――――
お読み下さりありがとうございます!