#1 プロローグ
紫掛かった視界に映る全てが薄っすらと透過して見える不思議な光景。
画面越しの3Dゲームによくある、主人公がオブジェの影に隠れて見えなく状況。その回避策で偶に使われる透過処理。それを見えるものを対象に一通り施したかのような光景がニナの目の前に広がっていた――――
久しぶりに見た異様な景色に初めは軽く酔いつつも、徐々に慣れを取り戻したのか、手を前に翳すと共に
何やら魔法を発動する。
そうして現れた水球の中には、無数の粒子の奔流が光煌めき渦を巻く姿があった。その渦から伸びる、か細い幾つもの奔流を辿ると最終的に1本のそれへと収束し、ニナの右手へと辿り着く。
そして右手にも無数の粒子が渦を巻く光景が広がっていた――――
え、何がどうしてこうなったかって?
別にわたしの目が可笑しくなったわけでもなければ更に別世界に飛んじゃったってわけでもないよ?
今、現在進行系で魔導書を造ってる感じだったりする。で、視界が少し毒々しい感じになってるのは【魔力素可視化眼鏡】を着けてるからだったりする。
そもそも何をやってるかというと、前から造ろうと思ってた【魔導書】を造ろうとしてるの。
他にも造りたいもの幾つかあるけど【魔導書】造っておかないとバックパックの中が圧迫されたままで色々不便だしね。
そういうわけで早速造ってる感じだけど制作手順はぱっとこんな感じだね。
1.【魔導書】に描き込みたい魔法を発動する
2.魔法発動により発生する魔力素の奔流をメモる
3.メモったとおりに魔術回路を本に書き込む
ところどころ結構端折ったけど大体こんな流れで【魔導書】は出来上がる。でも手順2が厄介なんだよね…。
そもそも魔力素の奔流って3次元構造だし、それを2次元平面な紙面にどうやってメモるの?って問題が発生する。
まぁわたしの場合は太郎飴みたいに真横から切れば何処も断面が同じになるような視点を見つけてメモするのが常套手段かな。
もしそうなる角度が無ければ魔法の効果や規模を変えて同じ作業の繰り返し。都合よく一回で終わるなんて滅多に無いから正直面倒だったりする。でも一度でもメモれば使い回しが効くから地味に達成感があるんだよね。
そんなわけで自分の手に流れる魔力素を観察してるってわけなのだよ~。
なんで魔法本体側の魔力素じゃなくて自身の身体の一部に発生している方を観察しているのかというと、その方が都合がいいのが理由。
例えばさ、魔法本体側の魔法を【魔導書】に描き込んだとするよ?
その本を使って火炎魔法使ったとするよ?
そうすると確実に自分の手が燃えるのがオチだったりする。
【魔導書】使って魔法を発動した場合って魔法の威力は調節できても発生位置とか向きは指定できないんだよね。あくまで描かれたとおりに魔法が発動するのが理由。
だからMP量に依存する項目以外は全て、模倣した内容どおり忠実に再現される。
そういった理由で悪質なイタズラに使うだとか、敵に敢えて使わせるとかいう特殊な使い方をしない限りは魔法本体の奔流を発生させて制御する側を模倣した方が安全ってわけ。まぁその分、より構造も複雑になってさっき言った手順も困難になるんだけど……。
そういった事情があって半日以上も研究フロアの個室に籠もって自身の右手に宿る魔力素の奔流と睨めっこしている感じだったりする。
こうなることを予想して宿舎フロアで食べ物買っておいてホントに良かったよ…。過去のわたしを褒めてあげたいね!
まぁ食べ物といってもサンドイッチみたいな奴だね。
黒パンに野菜と何かの肉を挟んだ在り来りな料理。
瑞々しいレタス?
キャベツ?
何これ……?
レタスの風味と瑞々しさとキャベツのシャキシャキ感を併せ持った謎の葉野菜と塩辛い黄色いトマト。決してレタスとキャベツの違いが判らないとかじゃなくて本当に謎野菜なんだよね。
あと他の具材として牛肉のようなちょっと筋っぽい感じの厚い肉を焼いたものが挟まってたよ。
それらを何層にも重ねた見た目がハンバーガーっぽい雰囲気を醸し出している。
だけど肝心の黒パンが硬いせいで挟んで噛むほど徐々に徐々に具材が奥に押し出され、今にも落ちそうな窮地に見舞われるのが中々に厄介だったりする。
それが判ってからはバラして食べることにしたよ。
だから全然ハンバーガーじゃないよねコレ。
もしこれがハンバーガーだと宣う店があるのなら間違いなく批難殺到ものだと思うよ?
ともかくお腹が満たされたわたしはこうして延々といつ終わるかも判らない魔導書作成に勤しんでるってわけ。
と言っておきながら今しがた遂に目的のアレが見つかったところなんだけどね。
ギルド構内の購買所で買った紙面に慎重に奔流を書き写したわたしは何度も何度も見直した末に次のステップへと着手した――――
お読み下さりありがとうございます!