#2 魔晶石
わたしは今、狼肉を貪っている。
そう、剥いで捌いて焼いた狼の滴る肉汁一滴余すことなく貪っているのだぁ。
え、戦闘はどうしたんだって?
瞬コロだったよ?
瞬コロ瞬コロ。
わたしにかかれば狼ごときイチコロだよ?
あの程度の狼なんてワンコロも同然。
ふと思い出したけど瞬コロって瞬殺の誤読らしいよ?
でも瞬コロの方が響き的に可愛くない?
別に可愛くないって?
わたし的には可愛いと思うんだけどなぁ。
まぁそれは置いとくとして~。
わたしも伊達に錬金廃人やってないからね!
近接戦闘もそこそこできるよ?
基本は回避に徹するスタイル。
ジョブの中でも錬金術師って超生産特化な反面、戦闘系の能力値が頗る低かったりする。
HPなんかレベルアップしても1しか上昇しないんだよね。しかもバグじゃないんだよね仕様仕様。ほんと鬼畜。
おまけに錬金術師自ら倒さないとドロップしない錬金素材がゴロゴロ存在するから何このマゾゲーって感じ。
ついでに言うと最前線だとMOBが防御貫通攻撃してくるから一撃受けただけでも死ねる死ねる。
だから錬金術師として上を目指すならばプレイヤースキルとしての回避能力が求められるわけ。
殊更、上の上、ハイヒトなわたしにとって敵の攻撃を避けるなんて朝飯前なのは言うまでもない。
切り株に座った状態で不意を突かれて飛びつかれても躱すくらいわけないよ?
むしろすれ違いざまに手先に魔刃宿して首元狙うぐらいの余裕はある。
正直斃すよりも後始末のほうが大変だったんだからね!
≪AAO≫では絶対に有り得ない流血表現というか首元からプシャーって吹き出た狼の血が全身に掛かるわ追加で狼3匹やってくるわで精神的に大分疲れたよ。全くもうっ!
――――なんて結構余裕こいて戯けてみたけど、真面目な話、もしこの体が≪AAO≫のアバターじゃなかったら今頃わたしはお陀仏だったと思う。
何せ現実世界のわたしはあんまり体力ないからね。
ゲームの中でいくら動き回ろうと何しようとも現実世界では等しく動かない時間に換算されるわけで。
引き籠もり生活つづけてきた知花仁奈本体の身体能力は超絶低いと言っても過言ではない。
異常に太りにくい体質のわたしでも動かなきゃ勝手に筋肉増えるわけでもあるまいし、その理からは逃れられない。
だから一匹目の狼を凌いだとしてもスタミナ尽きて動けなくなると思う。その状態で他の狼を相手取るとか無理だね。喉元噛みちぎられて無惨に屍を晒してたに違いない。
もし本当にここが異世界だったら死んでいたかもしれない―――そう考えるとゾッとするね。
たとえここが異世界じゃなくても死ぬぐらい痛い思いをすることに変わりはないし行動するにも慎重を期するスタンスは変えるつもりはもちろんないよ。
え、肉汁滴る香ばしい匂いを辺りに充満させてるけどそれはいいのかって?
それでさっき狼ファミリーに襲われてたじゃんって?
え~だって仕方ないじゃん!
何かお腹空いたんだもん!
魔法使ったら謎の寒気するし狼斃した辺りから何か無性にお腹と背中がペッタンコな嫌な感覚するんだもん。
ラノベでもたまにあるじゃん?
レベルアップすると成長のためにエネルギーバンバン使ってお腹空く的なやつ。
たぶんそれじゃないかな~。
≪AAO≫にそんなシステムなかったはずだけど気にしたら負けだねたぶん。
とにかくここが異世界なんて断じてわたしは認めないぞぅ!
わたしが居ないと家族がやばいからね……。
両親は共働き。
祖父母の治療費そしてわたしの学費を賄うべく二人は寝る間も惜しんで日夜仕事漬けの日々を送っていた。
医者でもないわたしでも判る程度に窶れ果て過労死寸前の死相を顔に浮かべる二人を見たときは生きた心地がしなかった。
だからわたしはひたすら錬金術学んでゲームでバンバンリアルマネーを稼いできた。
あ、錬金というか何かものを造ること自体もちろん好きだよ!
自身の手で何かを作り上げているんだって思うとわくわくしない?
完成すると高揚感というか達成感というか何か興奮しない?
それを誰かが使ってくれるって考えるだけでニヒヒって嬉しくなんない?
最後の笑い方が気持ち悪いって?
そうですか。さいですか。
……って話逸れたけど祖父母の病気って治ったわけじゃないんだよね。
家計は潤っているように見えて実のところわたしがいなくなるだけで呆気なく崩壊する。
だからわたしが定期的に稼ぎ続けないとならないわけ。
≪AAO≫で月にいくら稼いでいるのかは乙女の秘密ってことで内緒。
だけど月百万は越えてるかな~。
ぶっ壊れ装備にこれでもか~ってくらい追加効果つけまくると十数万で売れるからね~。
自分で言っててないわーって思うけどニーナちゃんマジ美少女だし。
金髪碧眼とかどこのラノベのヒロインよ?って感じ。胸は控えめ。決して現実世界のわたしの胸が小さいわけではない。
キャラメイクは基本的に深度カメラで多角度的に撮影して生成された3Dモデルにプレイヤーが色付けする流れで容姿決定される。体の部分部分のサイズも敢えて変更できる仕様。
そう、わたしは敢えて小さくしたんだよ?本当だよ?
回避重視の錬金術師に当たり判定サイズ増やすなんて愚の骨頂だからね。決して無い胸盛ったりなんてしてないからね。ってこらそこ自爆言うなしっ!
……更に話が逸れたね。ごめんごめん。
とにかくわたしは祖父母の最後を看取るまで異世界に行くわけにはいかないわけなのよ。
お金的にもそうだけど親孝行すら碌にしてないし。
尚更ここが異世界ならば死ぬわけには行かないし戻る方法も探る必要もある。
まぁ本当にここが異世界だったらの話だけど。でここが異世界かどうか判るのはせいぜい二日後。
一日以上連続プレイしないよう両親には否が応でも頭からVRHG引っこ抜くよう言ってあるからね。
働き頭のわたしが体壊しちゃったら元も子もないからね。それで親が更に無理しちゃったら本末転倒だから。
ともあれ現状では≪AAO≫では起こり得ない現象が起きまくってるからね~。
ここが異世界だって線も捨てきれない。
だから一応、ここが異世界だと仮定して動いたほうが無難だと思う。
そうと決まればまずは周りに散らばった狼ファミリーの死骸をどう有効活用するか考えようかな。
≪AAO≫だとエネミー斃した時点で死体の代わりにアイテムがポップする仕様のはずだけど、バグってるのか現状そのまま死体が残るみたいだね。
解体はすっごく面倒というかそもそもやり方なんて知らない。
せいぜい肉っぽい部分剥ぎ取って焼いて食べるぐらいが関の山だね。けど、ポジティブに考えれば全部位ドロップとも言える状況。
錬金術師的にはヒャッハーって叫ぶレベルでマジ歓喜。だって素材まるまる手に入るんだよ?
一匹の魔物から1つのアイテムしかドロップしないのが≪AAO≫。
それが全部位ドロップとかボーナスイベントと言ってもいいぐらい無敵に素敵だよね。まぁ解体できればといった枕詞がつくけどさ。
たぶん今のわたしの素人レベルで解体すれば素材が痛みまくることは言うまでもない。
死体まるごと回収したいけどインベントリもウィンドウ経由だからそうはいかない。だけどせめて魔晶石だけは確保したいね。
魔晶石っていうのは魔物が体内で生成する魔力の塊的なやつ。
錬金術だと魔道具の動力源にしたり消耗品の効果を高める媒体に使ったりするから結構使用頻度の高いアイテム。
石内の魔力かき混ぜて不安定化させれば石ころサイズでもちょっとした爆弾になるから切り札としても是非持っていきたいだけどね~。
どこにあるんだろ?
心臓辺りかな?
全然分かんないや。
こういうとき≪AAO≫公式設定資料集あれば判るんだろうけどなぁ。
血抜き(?)したと言っても生き物の体内弄るなんてグロ耐性無いわたしには絶対無理ッ!!
ただでさえ吐き気を抑えている状態なのに生暖かい生肉の感触に360°晒されようものなら気絶するね!
―――ならどうするか?
答えは簡単。
焼き払っちゃえ~☆彡
汚物は消毒だ~~
いやいや頭がおかしくなったわけじゃないからね?
ほんとだよ。
誤魔化すわけでもないけど元ネタ知らないんだよね。にわかです。はい。
まぁ魔晶石は基本的に耐熱性高いから行ける気がするんだよね~。粉末状にするとその限りではないけど。
今更だけど火種は魔法ね。
ざっくり手順言うと、さっき魔法で熾した焚き火の中に狼の死体を放り込むだけ。ね、簡単でしょ?
そんな感じでわたしの焼却作業が幕を開けた――――
お読み下さりありがとうございます!