#24 黒の筒
「他のお客様がいらっしゃいましたのでお話はここまでとさせていただきます」
僅かに焦りを滲ませながらそう告げた受付嬢は紹介状をわたしへと返した。
もしかすると新しいお客様って人が厄介な存在なのかもしれないね。例えば錬金術師を執拗に狙ってるらしい隣国の使者とか貴族とか?
まぁ実際どうなのかなんて知る由もないけどね。
ともあれ紹介状が台座から離されてしまった時点で地図の表示制限時間がどんどん減ってるから素直に出発したほうが賢明だよね。
地図確認するにも機密情報だし、人目のつかないところでした方が良さそうな気がするよ。
そんなわけで早速受付を後にし、入り口へ向かおうとしたわたしにどこからともなく声が掛けられた。
「おや、見ない顔だな。君は何者なんだ?」
「………はい?」
深緑色の燕尾服に何やら紋様の刻まれたマントを纏った30歳前後の男。会ったどころか見たことすら無い全くの初対面。
名前を聞くどころか、懐疑的な声音で発せられたその言葉に思わず困惑を顕にすると男は更に言葉を重ねる。
「もしや私を知らないのか?」
「えっと…有名人だったりします?」
頭一つ背の高いその男は顔の高さをわたしに合わせ、しばらくこちらを凝視すると
「まぁいい。私は大切な用事があるから失礼するとしよう」
そう言って男は何事も無かったかのように一般対応窓口へと歩みを進めた。
一体なんだったんだろアレ。たぶんだけど、この人が受付嬢が警戒している新しいお客様ってやつじゃないかな。
他に居るお客さんと言ってもわたしの居たカウンターに向かう人はあの男以外居ないようだし。
なんかアニメで見た貴族っぽい格好だったから地位の高い人物かもしれないね。しかも錬金術師ギルド(?)の受付嬢が警戒する人物。厄介ごとの香りがプンプンするね。
何気にマントに描かれた紋様が気になるけど振り返ってジロジロ見るわけにもいかないし、それで注意惹きつけたりしたらそれはそれで面倒だよね。
そんなわけでそそくさと錬金術師ギルド(?)の外へと向かった――――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
封筒の裏側―――たぶん封蝋のされてない側だと思う―――を見たわたしは焦った。なぜなら地図なんて代物はどこにも描かれていなかったのだから。
代わりに表示されていたのは緑の輝線。
一本の細い線が右へ左へ下へ斜めへカクカク曲がりくねった代物だった。
それもあと僅かで完全に消えてしまいそうなほどに、か細く薄い線だった。
さすがに残り少ない時間で覚えきれるほど短くはないから、良くないと理解っていながらも未完成の自作地図の裏面にメモることにしたよ。
距離の縮尺表記も無ければ正しい道順以外の分岐路とか目印となるようなオブジェクトも何にも描かれてないからさ、日が暮れる前に辿り着けるかすっごい不安。
まぁ今日中に行かないといけないってわけでもないんだけどさ、わたしの周囲を嗅ぎ回る密偵とか煩わしいし、早いところ対策用の魔導具造りたいんだよね。
そのためには錬金術師ギルドに入会しないとだし、できれば早く着きたいのが本音。
ぶっちゃけ自作地図の作成も並行してやってるし、それ見ながら進んでいけば最終的には辿り着けると思うんだよね。
でも何度も何度も行ったり来たりするのもダルいから一発で行きたいよね~。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
延々と続く石塀。
高さは優に10mは超えてるかも。
―――にも関わらず更に高さと強度を高めるためなのか、石面の内側から上部へと突き出す鉄柵と幾重にも連なった鋭利な有刺鉄線が物々しさを醸し出す。
黙々とその壁面を辿っていくと馬車二台が通れるほどの広さの鉄門が姿を現した。言うまでもなく守衛付き。
門を守っているであろう守衛に意を決して声を掛けた。
「あの~すみません」
「嬢ちゃん。こんなところに何のようだ?」
「れん……じゃなかった。この建物の中に入りたいんですけど……」
危うく錬金術師ギルドって言うところだったよ。
わたしの勝手な推測だけど、この場所が錬金術師ギルドだという事実は公には秘密にされてるはず。なのにポロッと言ったら怪しまれる可能性があるよね。なんで知っているんだよ的な?
でもそうだとしたら今までギルドに入った人たちはどうやってココを通過したんだろうね?
わたしが考え事をしている間に対応していた守衛の一人から声が掛かった。
「ああ、了解した。紹介状は持っているか?」
「はい」
一旦渡すよう言われたので指示に従う。
すると守衛は懐から、見覚えのある黒の台座を筒状にしたかのような代物を取り出し、それを紹介状へと押し当て覗き込む。何が映ってるんだろう。すっごい気になるんだけど……。
しばらくして黒の筒から顔を離した守衛はわたしへと向き直った。
「用件を確認した。門を潜って3番目の魔法陣に紹介状を押し付けろ。そうすればお前の目的の場所へ行けるはずだ」
こうしてわたしは門の内側へと歩みを進めた――――
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