#12 襤褸傘
冒険者ギルド加入試験合格を果たした翌日―――――
宿屋に引き込まってポーション瓶を揺らしたり、装備の点検・修繕したり、リディス硬貨積み立てて遊んだり、最終的にすることが無くなったわたしはベッドの上でゴロゴロとだらけていた。
というのも早い話が朝から外はドシャブリ状態。激雨のせいで出歩くのが困難な状態なんだよね。
異世界に飛ばされてからさ、一度も雨とか降らなかったからすっかり頭から抜け落ちてたよ。そんなわけで雨具なんて当然持っているはずもなく……。
本当は今日あたり、冒険者ギルドで受けられる依頼とか色々下見しようと思ってたんだけど、この状況じゃ無理そうだよね。
対策なしに出かけたならば、次の日には確実に風邪引くかもだし。
魔法で治そうにも、治療魔法ってケガとか一部の病気とかには効果あっても、雑菌とかバイ菌とか生物由来の状態異常には効きが悪かったりする。
まぁそういう場合は薬調合して飲んだほうが治りが早いんだよね。
魔法はあくまで病状の緩和程度に使うぐらいかな。もしくは皮膚表面に結界這わせて感染ルートを制限するとか。
そんな感じで≪AAO≫の大雑把で融通の効く魔法も案外万能じゃなかったりする。
だから風邪など拗らせたら薬とか買わないといけなくなる。そんなときに雨が止んでなかったらすっごい萎えるからね。
今日は素直に宿屋に籠もってのんびりするのが賢明だと思うよ?
でもそろそろお腹がすいたよ。
この街って石造建築が立ち並ぶ光景が圧巻でワクワクするけど観光以外に特筆するような娯楽施設とか無いんだよね。
当たり前だけど漫画喫茶とかネカフェなんてものは無いしね。
図書館もこの街には無いらしい。
あと書店はウィスカル東門近郊にあるって話だけど場所が全く判らない。
そうなると残る娯楽は食事ぐらいになるんだよね。
詰まる話、暇を持て余しては保存食つまんだりだとか屋台料理食べ歩いたりしてるわけ。
それで以前は朝夜合わせて2回しか食べなかった食事の回数が間食含めて倍くらいになってたりする。そのせいか、お昼時だと無性にお腹が空くような体質になっちゃったっぽい。
特に今日は酷くお腹が空いている状態。だけど保存食もほとんど食べ尽くしたしあまり残ってない。
だから食堂に行こうと思ってるの。
この宿『仔山羊の宴亭』の宿泊オプションだと朝夜2回の食事提供がデフォだけど、お金を出せば有り合わせで何か料理を出してくれるらしい。
お金に余裕が無い頃は見向きもしなかったサービスだったけど、ガッポリ稼いでリディスたんまりあるし欲望の赴くままにご飯食べに行くとするよ――――――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋から出たわたしは階段を降り、1階ロビーへと到着した。
『仔山羊の宴亭』の構造上、食堂へ向かうにはロビーを経由しないといけない。
そういう事情でロビーへと辿り着いたわたしの元ヘ玄関から複数の視線が飛んできた。
視線の主はみんなして、何故か洋傘を携えていた。
傘の取手を両手で握りしめて先端を床に突き立ててる不動の構えで、小柄な少女から大柄な大男まで年齢も性別も体格もバラバラな感じ。
そんな異様な人たちが通行の邪魔にならない程度に玄関すぐ傍に立ち並び、一様にわたしを見つめている光景。えっと…ナニコレ?
困惑のあまり固まっていると立ち並んでいた少女の一人がわたしの元へと駆け寄ってきてこう宣った。
「だんな様だんな様!わたしのあいあい傘を使って下さい!」
「………はい?」
あいあい傘?
アイアイ傘?
相合い傘?
1つの傘を二人で使うアレだよね?
たまにカップルがイチャつく際に使ったりもするアレだよね?
それを同性のわたしと一緒にしたいっていうの……?
ダメだ…なんだか訳が分からなくなってきたよ。
混乱するわたしの元に更に一人の大男がやってきた。え、まさかこの人も―――――と思ったのも束の間、大男は少女の頭を軽く小突いた。
「馬鹿やろう!無闇矢鱈に客に近寄るんじゃねえ!」
「うぅぅ痛いですぅ~何するんですかぁ!?」
「客が逃げちまったらどうすんだよ!?言葉遣いも気をつけやがれや!変な噂流されちまったら出禁食らっちまうじゃねぇか!!理解ってんのかよ?アア?」
「しゅ、しゅみませぇんでしたぁ!」
そう言って泣き出す少女の頭を撫でつつ「お客っさんすんやせんした!」と言って平謝りする大男。
「えっと、これはなんなんですか?」
至極当然なわたしの疑問に大男はざっくり説明してくれたよ。
なんでもわたしを見つめる団体は傘貸し屋という云う職らしく、雨の日に雨具を持たない旅人相手に傘を貸してお金を稼いでいるらしい。
そのまま傘を貸し出すと高い割合で傘を掻っ払われるから、基本的には傘貸し屋も随伴しての貸し出しサービスとのころ。
雨の日限定だけど意外に儲けは出るらしく、副業として選ぶ人もそこそこ居るみたい。ただ傘って地味に高価らしく、買い替えることはあまりしないというか滅多に出来ないみたい。
そのせいか、小さかったりボロかったり継ぎ接ぎだらけで不格好な傘が散見される状態だったりする。
それでも需要があるんだから中々にニッチな界隈だなぁと関心混じりに思ったよ。でも―――――
「すみません。今日はのんびりしたいので外に出る予定はありませんので……」
「了解しやした。雨の日のお出かけの際は是非、ご贔屓下さいやせ」
「そのときはまぁお願いしますね」
そんな感じで軽く挨拶を交わしたわたしは食堂へと向かったのだった―――――
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