#5 魔晶瓶
宿泊してから早2日少しが経った――――――
1の鐘の鈍重な音色で目を覚ましたわたしは両手を上に仰ぎ、僅かに残る凝りと眠気を抜き取るべく思いっきり伸びをした。
「ふぅ~よく寝たぁ……」
おはよう。
外はまだちょっと暗い感じだよ?
日が出始めたばかりだしね。
泊まってからの3日間、何してたかって?
う~ん…ひたすら食っちゃ寝してた記憶しかないね。
何もしないで数日過ごすのって人生でもコレが初めてなんじゃないかな?
大抵なにか作ってるかゲームしてるかだったし。
もちろん風邪とか病気で寝込んだりしたときを除いての話だよ?
まぁだらけるのも偶には有りかなぁ…なんて思ってたけど何もしないっていうのは案外飽きるものだね。
籠もってだらだらモノ造りしてるほうがやっぱわたしにはあってるわ。
それにそろそろ試験の準備もしなきゃだし。
気分転換も兼ねて出かけるとしますか!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
素材屋『シーチナの素材屋』店内――――――
「またお前さんかい」
「そういうあなたはシーチナさん」
「で、何か用かい?」
華麗にスルーされたからそのまま用件話したよ。
ざっくり言うとHP・MPそれぞれを回復するポーション用の素材が欲しくてココに来た感じ。ケガしたときとか怖いからね。治療魔法使えばいいかもだけど、本職じゃない錬金術師が使うとMP効率凄まじく悪いし。
≪AAO≫におけるHPの概念がこの世界だとどんな感じで反映されるかは知らないけど、部位切断とかされない限りはHPポーションでどうにかなるんじゃないかな。一応つくった後で実験する予定だよ? 魔刃でスパッと軽めにね。
だけど≪AAO≫みたいなノリで「HP回復薬用の材料下さい」なんて言ったところで変な顔されるのがオチだろうから薬草名で希望を伝えた。
≪AAO≫だとアイテム説明欄に用途が表記されること多いからざっくりした言い方でも大抵通じるんだけどね。そんなものがこの世界にあるわけもないし地味に面倒で厄介だね。
「ハツラ草とミナギ草、あと月光草ってありますか」
「あるっちゃあるさ。でもアンタ錬金術師じゃろ?そんならギルドで買ったほうが安上りじゃないのかね?」
「わたし、別大陸から来た錬金術師なんでそのへんさっぱりでして……」
「そりゃまた随分遠いところから来たもんだね」
「ちょっと転移事故起こしちゃって」
「そりゃ災難だったねぇ」
「あはははは………」
ホント便利だね、この設定。
錬金術で造れる魔導具ってやろうと思えば空間転移も普通に可能だったりする。
だから事故っちゃったよテヘペロなんて笑い話も稀に無くはないらしい。当事者にとっては笑い事じゃないだろうけどさ。
「一房500リディスですか……」
「いやなら別に買わなくても構わないのさ」
一房当たりのお値段こんな感じらしいね。
ハツラ草500リディス…銀貨5枚。
ミナギ草750リディス…銀貨7枚+銅貨5枚
月光草1250リディス…金貨1枚+銀貨2枚+銅貨1枚
上から順にスタミナ・HP・MPポーション用の材料なんだけど、正直、高いのか安いのかさっぱりだったりする。
シーチナさんの言い方を深読みするなら他にも安いお店あるかもしれない雰囲気するよね。
でも一々探すのも大変だしツテとか無いから誰かに聞くってことも出来ないし。シーチナさんに聞くのも失礼だよね。商売仇というか競合相手のお店について尋ねるとかデリカシー無さ過ぎだし。
高かったら高かったで授業料分かさ増しされたと考えて諦めることにするよ。
「それぞれ3房ずつ下さい」
「はいよ」
天日干しして乾燥された草束と引き換えにお金をわたしはお礼を告げて宿屋に戻った―――――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
わたしの目の前に、干からびた、茶色、橙色、青色の草たちが机の上を陣取っている。順番にハツラ草、ミナギ草、月光草ね。
宿屋に着いてから気付いたんだけど下に敷く紙を買い忘れてたよ。
ポーション造るざっくりとした手順ってこんな感じなんだけどさ…
1.薬草を粉末状にする
2.魔力水に溶かす
え、ざっくりし過ぎっだって?
まぁ実際は薬草から有効成分を抽出したりとか、薬効が体内に浸透する速度高めるために促進剤とか調整剤とか混ぜ込んだりとか、濃縮して効果を強めたり、いろいろ工程あったりする。だけど基本的な作り方は大体こんな感じだよ?
で、手順1を実行するには粉末状にした薬草の粉をどこかに置いとく必要があるんだけど肝心の置き場がないんだよね。
サバイバルのときって、その辺に生えてる大きな草とか葉っぱとか魔法で綺麗に洗ってお皿代わりにしてたけど部屋の中にそんなもの普通に生えてないし。
だからといって、お店のお皿借りるのもちょっと遠慮したいね。乾燥してると言っても色染み込んで変色する可能性あるし。申し訳ないことになっちゃうよ。
ならどうするかって?
そりゃあ――――――買いに行くに決まってるでしょ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
買ってきたよ羊皮紙。っぽい何か。
羊皮紙なんて触ったことないからそれっぽいこと言ってみたかっただけだったりする。
まぁ『仔山羊の宴亭』って宿屋があるほどだしさ、ヤギが名産物だったりするのかな。そう考えれば羊皮紙の可能性もありそうだよね。
でもさ、羊皮紙って羊って付くじゃん?
ヤギって厳密には羊じゃないじゃん?
だけど羊皮紙って他の動物の皮も普通に使われてたらしいしヤギでも問題ないわけで…。
なんか自分で言ってて訳わかんなくなってきたよ。
まぁ紙があれば問題ないから思考放棄することにするよ。
ちなみにA4サイズくらいの紙で1枚200リディスだったよ。
薬草3種類あるから3枚買ったよ。
これで残金16900リディス。
まぁ遠征用の食料とかも買えるっしょ。
ってことでまずは【魔晶瓶】の作成からだね。
【魔晶瓶】っていうのは名前のとおりズバリ魔晶石で出来た瓶。
ポーションを作成する過程で【魔力水】を造る必要があるってさっき言ったじゃん?
普通の水に薬草の粉末混ぜ込むだけだとあんまり長持ちしないんだよね。
だけど代わりに魔力水使うとすんごい長持ちするの。
大体3日のものが半年ぐらい長くなる感じかな。
魔力を含むと劣化しにくい性質があるみたいなんだよね。
ホント不思議。
じゃあ魔力水ってどうやって造るんだよってなるんだけど、作り方は至って簡単。水に魔力を浸透させるだけ。
たったそれだけなんだけど、そのままやると1日ちょっとで魔力素が水から抜け出ちゃうんだよね。炭酸水の炭酸みたいに。
だから魔力が漏れ出ないよう容器に栓する必要があったりするけど、単に栓すればいいってものじゃなかったりする。
魔力素って基本的に物理的要素を無視して通り抜けるからね。ただのガラス瓶とかゴム栓だと意味がない。
そこで登場するのが魔晶石なんだよね。魔晶石って魔力素を蓄えたり放出したり遮断したりする性質を持ってたりする。
石内部の魔力素が枯渇すると周りの魔力素を徐々に吸収する。反対に飽和状態で魔力が注入されると内部の魔力素を外部へと放出する性質がある。
それと魔力を流し込むにしても、一定以上の勢いが無いと基本的に受け付けない性質も併せもつ。
そういうわけで魔晶石製の容器でポーションを管理するは理にかなってるってわけ。
ついでに言うと植物由来のポーションは【木魔晶石】製の瓶の中で保管すると更に消費期限伸びたりもするよ。
つまり今回は無属性の魔晶石から【木魔晶石】を量産して瓶を作ろうと思うの。
その中で魔力水を生成して薬草粉末を投入。
最後に瓶にフタをすればOKだね。
フタの形状は回して外すタイプ。
そのほうが密封性高いから。
瓶と一緒に作る感じ。
そんな感じでわたしのポーション製作が幕を開けた――――――
お読み下さりありがとうございます!