#3 マギビジョンスコープ
「よう嬢ちゃん、また会ったな」
「先ほど振りです。ってあれ?報告ってそんなかかるものなんですか?」
「まあな」
あまりジロジロ見られたくないから足早に玄関へ向かっていると『黄昏の果て』一行とばったりあったよ。
わたしが呑気にそう尋ねるとみんなして迷宮のやばさを滔々と語ってくれた。
何がやばいかというと魔物氾濫が尋常じゃないくらいにやばいらしいよ?
今回の迷宮は周辺環境に影響与えるレベルの規模だから相当たくさん湧いて出る可能性がすっごい高い。だから至急迷宮攻略部隊が編成されるらしいよ?
大体1月弱で編成するとか。
この世界の情報伝達手段に詳しくないから遅いのか早いのかは判らないけど。
ヴァルドさん曰く、それでもかなり早いほうらしい。
まぁ≪AAO≫と違っていつ溢れるかも判らない状況だし、早いに越したことはないよね。
≪AAO≫だと魔物氾濫ってイベント扱いだから1週間ぐらい前に必ず告知される。だけどここは現実世界だからね。そんな予告あるわけがない。
おまけにこの世界の迷宮って脈絡もなく再稼働するらしいよ? だから誰も気づかず放置されるパターンが割と多い。
そうなると迷宮内で生産過剰となった魔物があまりの狭さに耐えられず、大抵は住処を求めて外界へと進出する。それが魔物氾濫の始まりだったりする。
最初は周辺の生物を食い荒らし、食料が無くなれば餌を求めて次の場所へと移動する。
その果てにたどり着くのが人間の暮らす街とか村ってわけ。
基本的に最深部にある生産停止ボタンを押さない限り、延々と魔物が湧き続ける仕組み。なぜかボタン式なんだよね。ボタン一押しで湧く湧かないを設定できる雑仕様。これも≪AAO≫の七不思議の一つ。それが現実世界で採用されるとか意味不明過ぎて笑うしかない。
いろいろ言ったけど、要するに件のボタンをプッシュすることが迷宮攻略そのものを意味する。
迷宮の管理?
お金ガッポガポ?
たぶん難しいんじゃないかな。
チュトリアス大森林の最奥部…森の中心にあるらしいし。
そもそも迷宮掌握する以前に周辺のやばい魔物たち狩るなり森を開拓するなり結構時間かかると思うんだよね。
それと同時に迷宮攻略なんてして財政的に大丈夫なの?ってわたしは疑問に思うわけ。人材的にも。
あと迷宮って辺鄙なところに出現するきらいがあるから、そこへ赴くための道とか整備しないとだし。それだけでも一苦労だね。
だから余程お金に余裕がない限りは基本的に迷宮攻略が一般的だね。どうせ後でボタン押せば稼働できるし横着する必要もなかったりする。
ヴァルドさんに一緒に来ないかと誘われたけど曖昧に「考えておくよ」と返事した。
廃人錬金術師にとって迷宮って宝の山だからね。生態系とか季節感とか関係ないし。
遠隔地でないと取れないような色々な素材がいつでも好きなだけ採れたり魔物の種類が豊富なのが魅力かな。
だけど素材を摂るには代償として己の命を賭ける必要がある。
どうしてもその素材が欲しいとか目的の迷宮に住まう魔物が取るに足らない雑魚とかでも無い限り、命を賭けようなんて人はまずいないよね。
居たとしても己の分も弁えない若しくは推し量れない大馬鹿か、蛮勇を勇気と取り違える愚か者ぐらいじゃないかな。
あとは英雄。男には理解っててもやらなきゃいけないときがあるとかどうとか。わたし女子だからさっぱりだけどさ。
まぁ迷宮に来ないかっていうヴァルドさんの提案は結構魅力的だったりする。メインキャラのニーナちゃん(フル装備)だったらという枕詞がつくけども。
実際、迷宮って言ってもピンからキリまで魔物の強さや構造には酷く差がある。レベル1のスライムがひたすら湧く迷宮もあれば最大レベルの邪竜がウジャウジャ湧く一本道なところもある。
挙げた例は極端過ぎるかもだけど、今回再稼働した迷宮の魔物の強さが判らない限りは危険だから基本的には参加しない方針かな。情報が集まり次第行くかどうか再検討する感じ。
付け加えて言うなら、参加したが最後、攻略するか、大怪我負うか、地形的に頓挫しない限りは街には帰れなさそうだからマイペースなわたしには向いてなかったりする。
そんなわけで、考えておくけども参加しない可能性が高い旨を伝えたわたしはヴァルドさんから素材屋の場所を聞き出したのだった―――――
え?
試験どうするのって?
ぶっちゃけると冒険者ギルドの一次試験って期間無期限らしいよ?
どこにも期限書いてなかったし。
受付嬢に聞いてみても特に制限とか設けられてなかったよ。
それを理由に二次試験での評価が下がるってこともないみたいだし。
だから先に装備を揃えることにしたよ。
ってかそもそもゴブリン討伐は常時依頼らしいよ?
常時依頼なのに制限を設けるのか!って批判の声があまりにも多すぎて已む無く期限撤廃することにしたとかどうとか。
実際問題、ゴブリンが居るだろうと思われる狩場までの距離も最低一日歩く必要がある。最低限、往復分の食料なり装備なりが必要だね。
その準備金すら持たない者がギルドに入りたいのを理由に犯罪に手を染めることが儘あったのも理由の一つらしい。
冒険者ギルドに加入した人って試験という名の篩に掛けられてるから比較的まともな人が多い。だけど受験する人はその限りじゃないからね。
他にいい方法あるっしょって思わなくもないけど大きく変えるほどのことでも無いってことなのかな?
まぁわたしは受ける側だし?
理不尽な内容とか押し付けられなければそれでいいし?
考える必要性ってあんまりないね。
じゃあなんで考えてるのかって?
そりゃ……現実逃避だよ。
周りの視線が煩わしくて仕方がないのだよ……。
そんでココが素材屋さん。
広い一室には素材の類は何もなく、それどころかカウンター以外何も無い。
重箱の隅つつくような言い方すれば、カウンターに肘ついて眠ってるお婆さんが座っている椅子とか窓とか扉とかはもちろん室内にあったりする。
お店の傾斜掛かった屋根にデカデカと貼られた看板には『シーチナの素材屋』って書いてあったし素材屋であることには違いないはずなんだけどなぁ。
「さっきからボーっとして何用だね?」
「あ、起きてたんですか」
あまりに目の線が細すぎて目つぶって寝てるのかと思ったよ。紛らわしい…。
気を取り直して用件を告げる。
「この【闇魔晶石】を無属性の魔晶石と交換してもらえないでしょうか?できればレート1:3で」
「ふむ、見せてみな」
どうやら取引には応じてくれるみたい。こんなウサギ姿のわたしを目の当たりにして表情一つ変えないところに好感を覚えるよ。
草製のバックパックを石床に降ろし、そこから四角いビート板のような形の【闇魔晶石】を取り出した。形が直方体になっちゃってるのはドライフルーツ作ったときのまんま放置してたからにほかならない。
それを見たお婆ちゃん…シーチナさんという名前?は耳に掛けられた片目モノクルを右目に押し当てわたしのそれを観察し始めた。
たぶんアレ、【魔力素可視化眼鏡】の一種だよね。
アレあると魔導具製作捗るからめちゃくちゃ欲しい。だけど今のニナちゃんのレベルでは倒せない魑魅魍魎の素材が必要だから如何せん手が出せない。だから諦めるしか無いね。もちろん今はだよ?
鑑定が終わったのか、シーチナさんから再び言葉が紡ぎ出された。
「こりゃ確かに本物じゃな。純度も可もなく不可もなくじゃ。じゃがどうしてこのような形をしておるのだ?」
「〈錬金術〉っていえば解るでしょうか?」
「ふむ、なるほどねぇ……」
そう呟き、思考の海へと落ちるシーチナさん。
何が解ったのかは知らないけど勝手に解釈してくれてホントわたしは大助かりだよ。
というのも早い話ね、『魔晶石再構築方法』って≪AAO≫では意外と知る人の少ない技術だったりする。
それがこの世界において一般的かどうかも判らない状況下で「わたしが作り変えました」なんて迂闊な発言はできないね。
仮に誰も知らない技術だったりしたなら権力闘争の始まり始まり~ってことにもなりかねないし。そうなったらホント笑えない。
だから勝手に相手が当たりをつけて勘違いしてくれそうな言い方をしてみたんだけど、意外とうまくいくもんだね。
長い黙考が終わったらしく、シーチナさんが口を開いた。
「そうじゃな。これほど大きな魔晶石…それも闇属性ともなれば希少と言って差し支えない代物じゃ。じゃが如何せん形が悪い。これほど綺麗に切り出す技術は確かにすごいがのぅ。形が形だけに用途も限られてしまうのが難点じゃ。じゃからと言って更に小さく割るんじゃあ価値が下がって本末転倒じゃからのぅ」
年を感じさせない饒舌な批評を繰り広げたシーチナさんは一呼吸、間を置くとこう告げた。
「レートは2.75じゃな」
「……なんか微妙に下がりましたね」
「そりゃのぅ。使い勝手が悪いから下がるのは当然じゃ。あと此処は素材屋じゃぞ?相場通りで買い取ってしまっては御飯食えなくなってしまうじゃろうが」
「ああ、なるほど……」
どこいっても世の中、世知辛いものだね。
・お読み下さりありがとうございます!