#9 ドロップアイテム
ねえねえ~。
ウサギの群れって見たことある?
わたしはあるよ。
チラッと首だけ後ろに回せば今すぐにでも見られる状況だよ?
いやはや頭が二つ生えたウサギ(?)が群れを成して迫りくる光景は圧巻だね。
ホントに圧巻だね――――当事者でなければなんて枕詞がつくけどね!
事の経緯は朝に遡る――――――あ、今は昼だよ?
【混沌の魔宝珠】が完成した翌朝――――――
「………お腹すいた」
昨日の【魔法増強剤】作成から今に至るまで何も食べてないからね。そりゃお腹が空くに決まってるよ。
不思議と錬金アイテム製作中は全く魔物が寄ってこなかった。
視界に移る魔物も目と目が合えば一目散に逃げていった。なんだったんだろ?
そのせいか碌に食料調達することは叶わず空腹に見舞われることになってしまった。
―――そんなわたしの目の前に一匹のウサギが現れた。
頭が二つ生えたウサギだ。
確か双子兎って名前の魔物だっけか。
なんで双子なのに読みがツインじゃないのかとか、バイのあとのコって何なんだよって思うよね?
ぶっちゃけわたしも知らないからツッコまれても正直困る。
そもそも今のわたしにとって重要なのはこのウサギを食べるか否か、だよ?
当然食べるに決まってるじゃないかぁ~。
お腹が空いてるのもそうだけど、ぶっちゃけ自暴自棄な感じ?
≪AAO≫というか市販のVRHGには体感時間を加速させる機能なんてついてないから≪AAO≫で3分経過したなら現実世界でも同じだけ3分経過する。
前にも言ったかもだけど、32時間連続稼動させるとVRHGは発熱の問題で強制終了するんだよね。
何が言いたいかって?
ここ確実に異世界かもしれないってこと。
だとしたらこの先どうしよう。
帰る術でも探すのか。
しないならわたしはどうしたいのか。
飢餓感が強すぎて頭の回転が頗る悪い。
食べることしか考えられない。
ウサギ、タベタイ。ジュルリ―――――
魔剣の切れ味を以ってしてウサギを殺めたわたしは焼いたお肉に齧りついた。
もちろん食レポはしないよ?
鶏肉に少し近い風味の高級肉な味って感想しか言えないからね。
自分で言ってて意味不明レベル。
わたしが番組ディレクタだったらクビにするね。
まぁ何の下処理もせず直火焼きした肉を普通に美味しく食べられるのが今更ながらすっごく疑問に思うけど、それよりもとんでもないことを思い出してしまった。
――――双子兎の生態と狩るときの鉄則に関するWikiページの情報だ。
双子兎は死期を悟ると仲間のウサギに救難信号を送るらしい。
死にかける前に出せよって話なんだけどウサギの意地的ってものがあるかもしれないから敢えてツッコんだりはしないよ?
ともかく救難信号っていうのが厄介だったりする。救難信号ってWikiでは称されてるけど実のところ位置情報だったりする。しかも無駄に高精度かつ広範囲のウサギへ届く。
そのまま突っ立ってると数分後にはウサギの包囲網の出来上がりって状態になる。お前はもう包囲されている的なアレ。
全方位から迫りくるウサギ。
かわいいって?
いやいやいやいやいやいや。絶対ないわ。
『いいなぁ』なんて思った人は一遍、野うさぎの走る姿を見たほうがいいよ。
全力疾走するウサギはワンコロすらも凌駕するからね。
『脱兎』って言葉あるぐらいには意外と脚力の高い生物。
そんな生き物がわんさか襲い掛かってくるなんて恐怖でしか無い。
詰んだかと思ったよ。
囲まれる前に気づけたわたしは焼きウサギを手放して一目散に逃げ出した。
今日はどうやら双子兎に偏って魔物が出現する日だったらしい。
とにかく双子兎と出くわすことが多い。そして出会ったウサギは必ず、わたしを見るや否や全力疾走で追いかけてくる。
それを繰り返した果てが冒頭の状況なのだよ。
たぶんだけど仲間の匂いが残っているんだと思うよ。消臭魔法使えば済む話だけど未だにMP足りる気がしない。
レベルアップで最大MP的には【魔法増強剤】込みで行けるかもだけど前みたいに風邪っぽい状況に陥ったが最後、ウサギどもの餌食になる未来しか見えない。
そもそも【混沌の魔宝珠】で消費した分が回復しきってないどころか粉自体使い切った後なので無理だったりする。
というかウサギの目が血走っててすんごい怖い――――匂いを消したところで果たしてヘイトは治まるのだろうかって疑問しか湧かないほどに。
それほどまでにウサギたちの小さな顔には憎悪の念が浮かび上がっているからね。………表情豊かなウサギってのも訳がわからないけど。
だから殺るか殺られるかの二択しか道はない。
もちろんわたしは前者を選ぶよ。
痛いのは嫌だからね。
でも普通に考えてこの数はやばい。
たぶんだけど50匹はいるんじゃないかな………?
さすがのわたしも無傷では済まない。
むしろ痛いで済めばいいほうかもしれないね。
そろそろスタミナバテそうだし休みたい。
でも止まったら詰む。
【混沌の魔宝珠】は最後の切り札として残して出し惜しみしている場合じゃないよねこの状況。
確か【混沌の魔宝珠】の作成に使った魔法の属性は『火』『水』『氷』『土』『風』『雷』『聖』『闇』の8種類。
『水』とか『氷』とかダブってるように思われるけど≪AAO≫的には別枠。そういうのが結構多い。ホント雑。
だから割りと属性の種類は多かったりする。列挙するにもどれを上げたのかメモらないと忘れるレベルでとにかく多い。
そんなわけで一瞬だけど立ち止まったわたしは【混沌の魔宝珠】を振りかぶって思いっきり出来る限り遠くへ投げた。
そして光属性魔法『光』を範囲重視で射出すると同時にスタミナも顧みない全力疾走で範囲外からの離脱を図った―――――。
あれだね。
これをご都合主義って言うんだろうね。
――――何を隠そう今わたしの目の前にはクレーター状の聖域が広がっていた。
クレーターと言ってもせいぜい直径25mプールくらい?
間に合ったには間に合ったけど言うまでもなく結構際どかったよ。
爆風の余波に煽られて数メートルふっ飛ばされたし。咄嗟に受け身取ったけど身体の節々が地味にまだ痛むし。
とりあえず聖域入ろ。
魔物って聖域の中だと生存出来ないから中にいれば基本安全。
安全なはずなんだけど嘗て無いほどにわたしは戦慄しまくっている。
なにせそこには無数のドロップアイテムが散乱していたのだから――――――
お読み下さりありがとうございます!
Q.主人公の足、速くない?
A.双子兎の性質上、頭が邪魔で速度があまり出ず、意外と疾走速度が遅かったりするためです。主人公の足はむしろ遅い方でジリジリとウサギに追いつかれつつある状況にニナは内心焦りを募らせている状況でした。