8話 絶対絶命
◇
次の日、昼ごろに遺跡の入り口に繋がると思われる石造りの階段を発見することができた。
その表面に付いている苔や、隙間から生えてきた雑草で、長い時の流れを感じられた。
階段を登って程なくすると、遺跡の入り口が見えた。
石で作られたその遺跡は、山の中腹辺りに山をくり抜くように作られ、山の中心に向かって作られているようだった。
しかし、鋼鉄でできた入り口の門は固く閉ざされ、他に入り口らしきものを見つけることはできなかった。
ミーナは入り口の門に何かの爪痕のようなものが三本入りその上に獅子が雄叫びを上げているように見える紋章を見つけた。
「これ! 獣人の伝説が書いてある本にも描いてあった紋章だわ!」
「よっしゃ! とにかくこじ開けて中に進もうぜ!」
レオンが門に手を当て思いっきり押すが、門はビクともしない。
「なにやってるのよ。もっと腰に力を入れなさい!」
「ぐぎぎぎ⋯⋯。 お前らも⋯⋯、手伝っ、え⋯⋯!」
リュウとフレーナが同時に門を押しても門はビクともしない。
少し遅れてミーナが門に手を当て、力を込めるとわずかに、動いた気がした。
「動いたわよ! ってあれ⋯⋯?」
門が振動し、一人でに開いていく。 四人は呆然とその様子を見ていた。 門が開ききると、通路に等間隔に設置された燭台の火が一斉に燃え盛り始める。
通路の壁側には、石でできた古代の戦士たちの像が、跪いて剣を掲げていた。
「三百年経っても魔法が残ってるのか⋯⋯。いよいよ、本物の可能性が出てきたな」
「ワクワクするなー!」
遺跡の通路は広く、四人が横並びに歩いていても、まだ余裕があった。
「通路は広いけど何が出てくるかわかんないからな。 一列で進もう」
リュウの呼びかけで、ミーナ、レオン、フレーナ、リュウの順で歩き続ける。
「すげーな! 古代の遺跡! 」
「あんまりはしゃぐなよ。 こういう遺跡には、罠が大量に仕掛けられてるのが常ってもんだ。特に足元には気をつけろ」
リュウが言った直後、ミーナが足元の石の出っ張りに躓いてつんのめる。
「きゃっ!!」
「ぎゃははは! だっせー!」
レオンは笑いながら、こんなのにつまづくかよ、と見せつけるようにわざとその出っ張りを踏む。すると、その出っ張りが床に沈み込み、カチッと音がする。
「馬鹿野郎! それが罠のスイッチだ!」
リュウが叫ぶと、ミーナの隣にあった石像の一つが、兜の下に隠れていた目を赤く輝かせ、突然動き出した。
立ち上がると、その大きさはリュウたちよりも一回り大きく、まるで生きているかのように、なめらかに動いた。石像が剣を振りかぶり、ミーナに向かって振り下ろす。
「あぶねえっ!」
間一髪、レオンの大剣が受け止める。
リュウとフレーナがほっと胸をなでおろすのもつかの間、リュウの背後から鳴る、風を切る音に気づく。
「っ!! もう一体起動してたか!」
リュウはレオンと同じように攻撃を受け止め、弾き飛ばす。
「フレーナは俺の後ろに! ミーナはレオンの後ろで待機だ!」
ミーナの短刀ではダメージを与えられないと判断したリュウは冷静に指示を飛ばす。
「だぁらあああああ!」
レオンが力任せに大剣を振るうと、石像はその動きに合わせて防御の姿勢を見せるが、レオンの馬鹿力で体勢が崩れる。
その隙にレオンが今度は逆方向に大剣を薙ぐと、石像の頭部に当たり、頭部だけ吹き飛んだ。
「よっしゃ! 楽勝楽勝!」
その様子を、石像の攻撃を受け流しながら見ていたリュウが叫ぶ。
「馬鹿! まだ動いてるぞ!」
見ると、頭部を失った石像はなんら問題なく体勢を立て直している。
「うげっ! まじかよ!」
急いでレオンももう一度構え直し、石像と切り結ぶ。
すると、ミーナは石像の胸部に拳ほどの大きさの魔力が込められた赤い水晶がはめられていることに気づく。
「胸の赤い水晶を狙って! 多分あれで動いてるわ!」
「合点!」
「よし! あそこか!」
レオンとリュウが答え、それぞれ狙いをつける。
リュウは石像の横薙ぎをかがんで避け、石像が今度は斜めに振り下ろそうとした剣に、力任せにリュウの剣を叩きつけ、弾く。
「ここだ!!」
石像の体勢が崩れたところで、リュウの渾身の突きが、水晶に命中する。
パリンッと小気味いい音を立てて水晶が砕け散ると、石像もその形を保っていられないように崩れ散った。
「うおおおおりゃあああ!!」
レオンの方に目を向けると、レオンは横薙ぎに振るった大剣で、水晶を石像ごと上下に真っ二つに叩き割っていた。
「ほんと、馬鹿力ね⋯⋯」
「へへっ。ちょれーぜ!」
ミーナが呆れて言うと、鼻を擦りながらレオンが自慢気に言った。
「フレーナ。怪我はないか?」
「うん、大丈夫! ありがとうリュウ」
リュウはフレーナの無事を確認すると、レオンとミーナの方に歩み寄る。
「ったく、足元に気をつけろって言っただろ! 次からは気をつけて⋯⋯」
最後まで言い終わらないうちに、カチッとリュウの足音の石が音を立てて床に沈む。
「「「「あっ」」」」
思わず全員が声を上げると、またしても二体の石像が襲いかかってくる。
「だああああ! 何やってんだよ! リュウ!」
「ほんとバカね!」
「リュウ⋯⋯」
「⋯⋯ ごめんなさい」
二人に責められ、フレーナにも憐れむような目で見られたリュウは、肩を落として剣を抜いた。
◇
あれから何度か、罠に引っかかりながらも、問題なく石像を倒して進んでいったリュウ達は、通路の先で開けた広間に辿り着いた。 かなり大きな空間の中央にはこれまで襲いかかってきた石像の二倍ほどの大きさの石像がこちらに背を向けて跪いている。 そして、その跪く先にはーー。
「あれが、獅子王の牙⋯⋯?!」
ミーナが呟き、皆がその視線の方向に目を向けると、レオンの持つ大剣と同じくらいの大きさの大剣が、広間の一番奥にある玉座に立て掛けられていた。
その大剣の鍔には、獅子のたてがみを思わせる毛皮が付いており、その刀身は稲妻が走るような紋様が浮かんでおり、金色に煌いていた。
「凄まじい魔力を感じるな。 あれで間違いないだろう」
「よっしゃ! 早速取りに行こうぜ!」
「あっ、待ちなさい! あれを使うのはあたしよ!」
「っ!! 待て!」
ミーナとレオンが駆け出すと、中央の巨大な石像が動き出し、こちらに振り向く。 その目は今までの石像とは違い、金色に輝いていた。
「獅子王の牙の魔力の力を受けてるのか?!」
ゆっくりと、石像が歩き始め、リュウたちの身長よりもはるかに大きな剣を振りかぶる。
「っ! 避けろ!」
リュウはフレーナを抱えて横っ飛びに回避し、レオンとミーナはそれぞれリュウ達とは逆方向に飛び退く。
瞬間、剣が振り下ろされ、床に叩きつける。 床が粉々に砕けちり、あたりに飛び散った。
「ミーナ! 俺とレオンがこいつを引きつけるからお前は獅子王の牙を取れ! フレーナはここから動くな!」
リュウが指示を飛ばし、ミーナは玉座の方に走り出す。
石像はミーナを止めようとするかのように、ミーナに向けて剣を振り下ろす。
「させるかっ!」
「ぐおおおおおおお!!」
リュウとレオンが同時に飛び出し、石像の攻撃を受け止める。
あまりの攻撃の重さに、二人の足が床を砕き、体が沈む。
なんとか耐えきると、石像が突きを繰り出し、二人は先ほどと同じようにそれぞれ逆方向に避ける。
「こいつ! さっきのやつらにあった水晶がない!」
「どうする!? リュウ!」
「くそっ! 俺の魔装具が使えれば⋯⋯。 このまま弱点が見つからなければ、ミーナが獅子王の牙を覚醒するまで耐えきるしかない!」
「わかった!」
リュウは石像の身体を垂直に駆け上がり、金色に輝く目を狙って剣を一閃するが、石像はビクともしない。
レオンもなんとか時間を稼ごうと、石像の足を狙うが、目立った効果は見られなかった。
リュウはまずいな⋯⋯、と心の中で呟きながらミーナの方に視線をむける。
二人が苦戦する一方、ミーナは玉座に辿り着き、その大剣に手をかけるところだった。
「お願い! あなたの力が必要なの! あたしに力を貸して! 獅子王の牙!!」
ーーしかし、なにも起こらないばかりか、ミーナにはその大剣を持ち上げることすら出来なかった。
「っ!! どうして!!? あたしは毛皮なき忌み子のはずでしょ!? お願い!!」
驚きと失望による、悲痛な声で叫びながら、ミーナは何度も力を込めるが、大剣は玉座に張り付いているかのように微動だにしない。
その様子を戦いながら見ていたリュウは仕方ない、と指示を出す。
「このままじゃジリ貧だ! 一旦退くぞ!」
しかし、ミーナは辞めない。 強く握りすぎて、手のひらから血が流れているが、それでも大剣を手にしようとする。
「くっ、レオン! ミーナを連れて⋯⋯っ! フレーナ!!」
撤退の準備のため、二人が石像から若干距離を置いたためか、石像が心配そうに皆を眺めていたフレーナに剣を振りかざす。
「きゃあっっ!」
リュウがフレーナを思い切り引っ張り、レオンの方に投げる。 無防備になったリュウに、容赦無く石像の突きが命中し、部屋の隅まで吹き飛ばされる。
石の壁を砕き壁にめり込んだリュウは、その吹き飛んだ勢いをなくしたのち、床に倒れ落ちた。
「リュウーーーーー!!」
「っんの野郎っっ!!」
レオンに受け止められ、無事に済んだフレーナが叫び、レオンが怒りを露わに石像に向かっていく。
フレーナがリュウに駆け寄ると、直前に剣を構えたため、直撃は免れたようで、肩で荒く息をしていた。
「リュウ!! 大丈夫!!? しっかりして!!」
「だ、大丈夫、だ。 骨は、やられたが、どうにか、歩けるはず⋯⋯」
「ごめんなさい! 私がっ、 弱いからっ」
泣きながら謝るフレーナに、リュウは痛みを堪えて笑ってみせる。
「バーカ、おまえの、せいなわけ、あるか! こんなん、慣れてるっつの」
脇腹を抑え、剣を床に突き刺し支えにして立ち上がる。 フレーナが急いで肩に手を回し、支える。
一方レオンは一人で石像と戦っていた。 怒りに身を任せ、石像の攻撃に当たらないよう周囲を駆け回り、力任せに大剣を叩きつけていく。
「うおおおおおおあああああ!!」
しかし、石像はビクともせず、レオンに突きを放つ。 レオンは大剣で受け止め、しばらくその場で耐えたかに見えた。ーーが、レオンの大剣が度重なる衝撃に耐え切れず、ついに、根本から折れてしまった。
大剣が折れると同時に、レオンもミーナの近くまで吹き飛ばされ、そのままピクリとも動かない。
「っ!! レオン! みんな! ⋯⋯どうして、 どうしてあたしに応えてくれないの?! 獅子王の牙!!」
ーーミーナの叫びも虚しく、なにも起こらぬまま、石像がもはや戦えないリュウとフレーナに向けて歩き始めていた。