4話 商業都市へ
◇
ーー殺気。
リュウは目を開けずにあたりの様子を伺う。
瞼の先から光を感じないため、まだ日は登っていないようだ。
(四、五人ってとこか)
優れた剣士としての嗅覚で人の気配を感知し、だいたいの人数を割り出す。
敵は音を立てないようにじりじりと近づいて来ている。
幸いにもフレーナのいる方向とは反対にいるようだった。
(殺気ダダ漏れなんだよ馬鹿野郎どもーー)
右手に握られたフレーナの手をほどき、フレーナから少し離れたところに一気に起き上がり、抜刀する。
「き、貴様!起きていたのか!」
一番近くまで来ていた男が、驚いて声を上げる。
近くに四人、少し離れたところに一人、山賊と思われる男たちが剣を抜いて立っていた。
「てめえら、どこの山賊団だ?」
「さあな!てめえに教える義理はねえ。そこの娘を渡すならてめえの命くらいは助けてやるよ」
「⋯⋯ こいつの魔装具が狙いか? 笑わせんな雑魚が。死にたくなけりゃ今すぐ巣に帰りやがれ」
「なっ!ぶっ、ぶっ殺せ!」
下っ端と思われる四人が一斉にリュウに襲いかかってくる。その全て剣を同時に受け止め弾き飛ばすと、四人がかりでも倒しきれなかったことに驚きを隠せない様子だったが、すぐに体勢を立て直そうとする。
しかし、そんな隙も与えまいとリュウの剣が一番近くにいた下っ端に襲いかかり、その肩から腰にかけて斜めに切り裂いた。
「こっ、こいつつよ⋯⋯っ!」
最後まで言葉を発する事も叶わず、また一人リュウの斬撃によって地に伏せる。
「あと三人⋯⋯っ!?」
リュウが二人の下っ端の奥にいたはずのリーダー格の山賊を探すが、その姿は見えなかった。
まさか、と後ろを振り向いた瞬間、フレーナの悲鳴が聞こえる。
「いやっ! 痛っ! 離して!」
「うるせえぞガキ! おいてめえ! この小娘の命が惜しけりゃそこから動くんじゃねえぞ!」
リーダー格の山賊が、フレーナの肩に手を回し、首にナイフを突きつけている。
フレーナも状況を理解し、震えた声でリュウに助けを求める。
「リュウ⋯⋯。 助けて⋯⋯」
「おお! さすがアニキ!」
「形成逆転ってやつだなあ! よくも俺の弟分たちを! とっとと殺されろ!」
勝ち誇ったように笑う山賊たちだったが、リュウは静かにフレーナの方に歩き出す。前髪で目が隠れ、彼の表情は読めない。
「おい! 何こっちに来てやがる! こいつが死んでもい⋯⋯っ!」
「動くなっっ!!」
山賊の顔色が一瞬で変わる。本来のこの状況ならば、リュウが言われるべきはずの台詞をリュウが叫んだが、全身が総毛立つほどの殺気、純度が高すぎて可視化してしまうほどの魔力を一瞬で纏ったリュウに気圧され、山賊は恐怖で身動きが取れなくなる。
「あ⋯⋯、がっ⋯⋯」
ゆっくりと近づき、指一本さえ動かせず、今にも失神しそうな山賊の腕からフレーナを抱き寄せ、剣を一振りする。
リーダー格の山賊が血を撒き散らしながら崩れ落ち、それを見ていた下っ端二人は、はっと我に帰る。
「ひぃぃぃぃ! にっ、逃げろ!」
「死にたくない! 助けてくれ!」
「⋯⋯ 知るか」
二回、剣を振り、斬撃に魔力を込め、斬撃を飛ばす。
逃げようと走り出していた下っ端たちは、走っていく勢いのまま肉塊となって、やがて地に落ちた。
「大丈夫か? すまなかった。 あんな雑魚に後ろに回り込まれているのに気付けなかったなんて⋯⋯」
剣を地面に突き立て、両手でフレーナを抱きしめる。
フレーナも優しい声のリュウに安堵し、緊張の糸がほぐれたのか、涙が溢れてリュウの胸に顔を埋めて、その細い身体を震わせる。
「また、怖い思いさせちまったな 」
「ぐすっ、 リュウのせいじゃ、 ひっく、 ないよ」
少し落ち着いたのかフレーナが顔を上げる。リュウはその頬を伝う雫を指で拭い、頭を撫でてやる。
「泣きすぎだろお前」
「っ! だって、怖かったから」
にやにやしながらリュウが言い、フレーナは頰を赤らめる。
「鼻水出てるぞ?」
「うそっ! 」
「嘘だよ」
慌てて顔を隠したフレーナは、リュウの言葉を聞いて、さらに顔を赤くしてリュウの胸をポカポカと叩く。
「いててっ! 悪かったよ!」
「もう知らない! ばか!」
ふん! とそっぽを向いたフレーナの目に、血まみれで横たわる山賊たちの死骸が入り込み、またリュウの胸に飛び込む。
「あー、 わかったよこの辺掃除するから、ちょっと目つぶって待ってろ」
そう言ってフレーナから離れたところに死骸を集め、魔法で燃やし始める。
人が燃える独特の匂いを嗅いでいると、あの時が思い起こされる。あの時は確かーー。
「リュウ!」
フレーナがリュウを呼んでいる。
切羽詰まった声だったので、また何かあったのかと急いで彼女の方に目を向けると、目を瞑ってうずくまっていた。
「どうした!?」
近くまで駆け寄ると、またリュウの胸元に顔を埋めた。
「一人じゃ、怖い」
「は? 一人って、ちょっと離れてただけだろ?」
「怖いのは怖いの!」
どうやら心底暗いところが苦手なようだ。
「はー、わかったよ。 どうせもう寝れないだろ? おぶってやるから日が昇ったら自分で歩けよ?」
フレーナは頷いてリュウの背にしがみつく。
リュウは荷物を首にかけ仄かに空が明るみを帯びて来た森を歩き始めた。
◇
「ほら、着いたぞ。 ここが商業都市アランだ」
リュウが背中のフレーナに声をかけるが反応はなく、寝息だけが聞こえて来る。
フレーナをおぶって森を歩きはじめてから、リュウの背中が心地よかったのかすぐに眠ってしまったのだった。
「おーい。 着いたぞー」
リュウが身体を揺すって無理やりフレーナを起こす。
「ん⋯⋯。 おはよ⋯⋯。 あれっ」
「あれっじゃねえよ。 着くまでずっっっと寝やがって」
「ごっ、ごめんなさい!」
不貞腐れてリュウが言うと、フレーナはすぐにリュウの背中から降りて謝る。
リュウの予定では遅くても昼までにはアランに着く予定だったが、フレーナをおぶって歩いていたため、すでに正午を過ぎていた。
「ごめんね⋯⋯。 こんなに長い間、重かったよね⋯⋯?」
「ああ、途中で置いて行こうかと思ったよ」
フレーナがしょんぼりと俯いたところで、リュウから笑みがこぼれ、嘘だよ、とフレーナの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「ほら、そんなことより、 門を抜けようぜ」
リュウ達の目の前には、リュウの身長の三倍ほどの高さで、馬車が二台は余裕を持って倒れるほどの幅を持つ鉄製の門がそびえ立っていた。
正午という事もあり、門は開かれ衛兵が立って見回りをしている。
門の先からはずらっとなんらかの店が並んでおり、ずっと進んだところが広場になっていて、そこはさらに出店の数が多く、かなりの人数でごった返していた。
「すごい人⋯⋯」
「ここは共和国中の商人たちが集まるからな。さ、まずは今夜の宿を取りに行こう」
二人で門をくぐり、歩いていると初めて(?)の人混みに慣れていないのか、フレーナが遅れ始める。
「⋯⋯あっ、待って! きゃっ、 ご、ごめんなさい!」
急いでリュウに追いつこうとするが、逆に、人にぶつかってしまいそうになってしまった。
「ったく⋯⋯。 ほら」
リュウがフレーナの近くまで迎えに行き、手を差し出すと、フレーナもリュウの手を掴む。
「はぐれると大変だからな⋯⋯。 手離すなよ?」
「⋯⋯うん。ありがと」
フレーナが照れ臭そうにうつむきながらお礼を言うのを見て、お前がそんな感じ出すからこっちも恥ずかしくなるんだよ! と心の中で文句を言うが、口に出す代わりに少し早めに歩きはじめた。
しばらく歩くと、先ほどの広場に出てさらに人の流れが激しくなる。
リュウが先行して、フレーナを引っ張る形だったのだが、このままではまずいと感じたリュウは、フレーナを自分の真横に常にいるように、ペースを緩める。
フレーナもリュウの手をぎゅっと握り、もう片方の手でリュウの腰のあたりの服を掴む。
「正午過ぎからがここのピークなんだ! 一気に抜けるぞ!」
市場の喧騒に負けじとリュウも声を張り上げて、フレーナに言う。
市場からは通りが三本に別れていて、一番右の通りに進んでいくと、入り口の通りや、広場とは異なりそれほど人の往来が激しくなくなった。
そこは宿屋、酒場、料理屋など、飲食店が立ち並ぶ通りで、良い香りが漂ってくる。
「お昼なのにあんまりこっちには人がいないね」
「商人からしちゃ、市場が開かれてる間は飯なんざ食ってる暇はないんだとよ。 ⋯⋯ところでいつまで手繋いでんだ?」
それほど人の往来が少ないとは言ったものの、普段のカルネの街と同じくらいの人通りはあるため、手を繋いで、身体を密着させている男女に、奇異の視線が寄せられていた。
「あっ⋯⋯」
慌ててフレーナは手を離し、少し距離を開ける。
少し歩くとおもむろにリュウが立ち止まった。
「とりあえずここに入ってみるか。 ここの街には馴染みの宿屋がいないからな⋯⋯。 昼過ぎてるし、部屋が空いてるといいけど」
中に入ると、そこはカルネの宿屋のように酒場は併設されておらず、部屋が並び、二階にも部屋があるようだった。
「この街は宿に泊まるやつばっかりだから酒場より部屋を優先してるんだ」
そうリュウが説明し、宿屋の主人に声をかける。
「二部屋空いてるか?」
「申し訳ございません。本日はもう満室となっておりまして⋯⋯」
「そうか。また頼むよ」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
諦めて他の宿を探すと、どこもすでに満室になっているようで、四軒ほど断られた後、仕方なしに少し古めの宿屋に入ると、一部屋だけなら用意できるとのことだった。
「ま、しょうがないよな。 安全なところで眠れるだけマシだ」
「うん!」
なぜかフレーナが嬉しそうに見えたが、昨晩は怖い目にあったからな、とリュウは自分を納得させる。
「さあ。この街にいる俺の知り合いに会いに行こう。 もしかしたらお前の記憶を取り戻すのに役立つ情報をくれるかもしれない」
予約を済ませて、宿屋から出てリュウが言うと、フレーナのお腹から小さくもはっきりと重低音が鳴り響いた。
「⋯⋯ お腹減っちゃった」
耳まで真っ赤にして腹を抑え、恥ずかしそうにフレーナが言うと、リュウは声を上げて笑い、食事をとるためにまた、街を歩き出した。