3話 一人分の影
◇
カルネの森は昨日とはうって変わって、いつもの調子で魔物に襲われることになった。
と言っても比較的弱い魔物が単体もしくは、二、三体で襲ってくる程度なので、これならあの行商人も簡単に抜けることができるだろう。
「えー、軍と騎士団の違いは、軍は外部国防、騎士団は内部国防、つまりーー」
突如、単体で襲いかかって来たゴブリンを、リュウは剣を抜刀、一閃し、真っ二つにしたところで説明を続ける。
「軍は自国外の脅威⋯⋯、今の共和国からすると帝国だな。まあ他国から国を守るために存在するのに対し、騎士団は自国内の脅威、例えば魔物や山賊などの壊滅、殲滅を担当します 」
「ふむふむ」
リュウの隣を歩いていたフレーナは、歩き始めの頃はいきなり襲ってくる魔物に驚き、リュウの背中に隠れていたが、一瞬で片付けていく姿を見て、もはや慣れて普通に会話していた。
「ところが、現在ここ、共和国と、お隣の帝国は極めて高い緊張状態にあり、内部国防を二の次とし、騎士団も国境警備にあたっています。仮にこの二カ国で戦争が起きてしまった場合、三百年前に起きた古代大戦と同じ規模のものと予想され、帝国軍を何としても国境線で留めるために、騎士団も動員していると見られております」
「はい!質問です!古代大戦ってなんですか?」
「まあ詳しくは今度言うけど、三百年前、今と同じくらい高度な文明を築いていた人類が、世界を二分して争ったってこと」
「同じことがまた起きそうになってるの?」
「悲しいことにな⋯⋯。 歴史は繰り返すとはよく言ったもんだよ。 ⋯⋯おっ」
授業形式で説明を続けていたが、いい加減疲れたようで、砕けた口調になってきたところ、やっと森の出口が見えたのだった。
「森を抜けてちょっと歩いたら川があったはずだ。 そこで少し休憩しよう」
やったー、と無邪気に喜ぶフレーナを見て、リュウは自然と頬が緩んだ。
◇
先ほどリュウが言った通り、森を抜けて少し進むと、膝の高さくらいの深さで、幅は5メートルほどの小川が流れていた。そこで水を汲んだりして休憩していると、リュウは小川の上流の、それほど遠くないところに見える妙な人影に気づいた。
「なあ。 あのフードのやつ、 すごいフラフラしてないか?」
「⋯⋯ ん。 あっ、 ほんとだ。もう倒れちゃいそうだよ?」
そのフードを被った人影は、腿くらいまでの丈しかないショートパンツに、フード付きの上着を羽織ってフードを目深に被っている。フードのせいで顔は見えないが、体付きから察するにフレーナと同じくらいの少女と思われた。
その少女は川に向かってフラフラと歩いていたが、あと数歩、というところで力尽きて倒れてしまった。
リュウとフレーナが急いで駆け寄り声をかける。
「おい!しっかりしろ!」
「⋯⋯み、水⋯⋯を⋯⋯」
駆け寄ったものの何をすればいいかわからず、リュウの側でアワアワとしていたフレーナが、水筒に水を汲んで来て少女に飲ませる。
少女はゆっくりと渡された水を飲み干すと、いくらか回復したようで、二人に礼を言って立ち上がる。
「本当に助かったわ。ありがとう。命を助けていただいたのに、申し訳ないのだけれど、今はお礼が出来なくて⋯⋯」
「いや、気にするな。それはいいんだけど、これからどうするんだ? アランに行くなら護衛してやるぞ?」
「いえ、大丈夫よ。助けてくれて本当にありがとう。 風の導きがあればまた会うこともあるでしょう。さようなら」
そう言って少女は足早に去って行ってしまった。
「大丈夫かな⋯⋯」
フレーナが心配そうに少女が去った方向を見つめて呟く。
「まあ、なんか訳ありって感じだったな。魔物に襲われなければいいけど⋯⋯」
そう言ってリュウは出発の準備を整える。
「俺たちもそろそろ出発しよう。日が昇っているうちに出来るだけ歩いておきたいからな」
「そう⋯⋯ だね」
フレーナはまだ心配そうだったが、準備を整え、二人で歩き出した。
◇
日が沈みかけ、空が紅く染まり始めた頃、リュウとフレーナは森を歩いていた。
カルネの森のように名前をつけられた土地ではなく、カルネとアランの間にある名もなき森だが、行商人たちが使うためか、馬車が通れるくらいの幅に道が作られている。
「ここは魔物も少ないし、ここらで野営するかな」
「こんな森の中で大丈夫なの⋯⋯?」
「魔物避けの香を買っておいたから大丈夫だろ、多分」
フレーナは不安そうだったが、リュウが着々と野営の準備を進めているのを見て、それに倣った。
リュウが魔法で種火を作り、フレーナが近くに落ちている枝を拾って薪代わりにする。
出発した時にマルクが持たせてくれたシチューを焚き火で温めると、昨夜作ってもらった時と同じような食欲をそそる匂いが辺りに広がった。
「マルクさんのシチュー、時間が経ってるのにすごく美味しいね」
「あのおっさんもポンコツだけど腕だけは確かだからな」
フレーナがスプーンを口に運び顔を綻ばせると、リュウも自分の器に手をつける。
「そんなことないよ。とっても優しい人だったし、マーラさんもマルクさんのこと大好きみたいだったもん」
「ははっ。それ今度会った時二人に言ってやれよ。喜ぶぜ?」
「いつ会えるかなあ⋯⋯。 早く会いたいなあ⋯⋯」
寂しそうに空を見上げるフレーナに、リュウは苦笑しながら答える。
「今日別れたばかりだからな。 もし共和国一周して来るなら半年はかかるだろうな」
「そんなに会えないの⋯⋯? もっとお話ししておけば良かった⋯⋯」
「ふっ。旅をするってことはそういうことさ。 それに、だからこそ一回一回の出会いが大事なんだ」
二人で夕食を食べながら話していると、すっかり日が暮れて、月が雲に隠れると、焚き火で照らされたところだけが、夜の闇から浮き上がっているように見えた。
リュウはフレーナが落ち着かない様子で辺りを見回しているのに気づいた
「どうした?」
「夜の森って真っ暗でなんだかこわい⋯⋯」
「ああ、そういえばこの辺って⋯⋯」
「⋯⋯ この辺がなに? こわいよ⋯⋯」
意味ありげに言葉を切ったリュウに心底怖がった様子でフレーナは聞いてくる。その姿を見て笑いを堪えきれなかったリュウは、今にも泣きそうなフレーナに笑いながら答える。
「いや、何もないよ。 なんか怖がってるの見たら意地悪したくなってさ。ごめんごめん」
「ばか⋯⋯。 ほんとにこわいからやめてよ⋯⋯」
「ははっ。じゃあ俺はもう寝るから。お前は火の近くの明るい所で寝ろよ」
そう言って寝袋をフレーナに渡し、リュウは焚き火から少し離れたところに寝袋を敷いた。
「⋯⋯ て」
「え?」
「こっち来て」
「なんで?」
「なんでそんなに意地悪ばっかりするの⋯⋯?」
フレーナの方に目を向けると、もう目に涙を溜めていた。よほど暗い所は苦手なようだ。
さすがにやりすぎた、と笑いながらフレーナの隣に寝袋を敷く。
「ごめんごめん。つい、さ」
「最低」
「じゃあいいよ。やっぱりあっちで寝る」
「ねえ、ごめんなさい。お願いだから近くにいてよ⋯⋯」
「はははっ。本当にからかい甲斐があるなお前は」
そう言ってぴたりと隣り合わせに寝袋を敷き、二人とも寝る体勢に入った。
「ねえリュウ」
「今度はどうしたんだよ」
「こっち向いて」
「は?」
「こっち見ててくれないと、やだ」
「ガキかお前は!そっち向いてると眩しくて寝づらいんだよ!」
「おねがい⋯⋯」
焚き火とは反対側を向いて寝ていたリュウはしぶしぶ寝返りを打ってフレーナの方を向く。
ぴったりフレーナの寝袋の横にリュウの寝袋を敷いているため、顔が近い。リュウはこれが照れ臭かったから反対を向いていたというのに。
フレーナも少し恥ずかしそうに頰を赤くして俯いている。
「もっと、近くに行っていい?」
「は? これ以上無理だろ」
「じゃあ⋯⋯手、繋いで?」
そう言ってフレーナは寝袋から手を出す。
ビビらせ過ぎた俺が悪いのか?と心の中でボヤきながらもリュウも手を伸ばす。
「ほら、怖がらせて悪かったよ」
「ん」
潤んだ目でリュウを見ながら、手を絡ませてくる。
恋人繋ぎかよ。別に握るだけでいいだろ!と心の中でリュウは叫んだが、もちろん誰にも届くことはなく、ただ心臓の音が耳の奥で大きく聞こえるだけだった。
「⋯⋯ねえ、なにかお話して」
「だからガキか!お前は!」
「心臓がうるさくて眠れない」
「知るか!」
てことはこいつもドキドキしてるのか?いや、怖いからだよな、とまたもリュウは心の中で自分を無理やり納得させる。
「ねえ、おねがい」
「わかったよ。何が聞きたいんだ?」
「⋯⋯ なんでも」
「⋯⋯ じゃあ昼間言いそびれた古代大戦について話してるからよく聞いとけよ?」
「わかった」
「古代大戦ってのは三百年前に起きたってのは言ったよな? まあ伝説みたいなもんだから全部本当かは知らないけど。
三百年前は高度な文明こそあったものの、今みたいに国が二つに分かれてなくて、一つの国だけだったんだ。その国は人間、エルフ、獣人、ドワーフっていうヒトの種族全てが分け隔てなく平和に暮らしてたんだけど、ある時人間とエルフだけが高貴な種族で、獣人とドワーフは奴隷にするべきだって主張する奴らが出て来て、反乱を起こしたんだ。
そうして人間、エルフ至上主義派対旧体制派で戦争になった。これが古代大戦で、その成り立ちからヒト戦争なんて呼ばれ方もしてるな。その時、旧体制派には神々から、人間、エルフ至上主義派には魔族からそれぞれアーティファクトが送られたことにより、より戦争は激しさを増して、人口が今の半分以下になったらしい。
結果は⋯⋯ まあ引き分けで終わり、それぞれ違う国を作り、旧体制派が作った国が今の共和国の元になり、人間、エルフ至上主義派が作ったのが帝国の元になったらしい。
獣人は誇り高い種族で、最後まで抵抗を続けた結果その数を大きく減らしてしまい、今じゃ共和国領のどこかに村を作りひっそりと暮らしてるらしい。エルフとドワーフはカルネにも居たんだが、森から帰って来た時はお前は寝てたし、出発するときは早朝だったから会うことはなかったよな。多分アランで会えると思うぜ。エルフもドワーフも数は人間に比べたら少ないもののこの国じゃ普通に暮らしてるからな。でも帝国じゃ⋯⋯」
すー、と寝息が聞こえたため言葉を切るとフレーナはリュウの手を握りしめたまま、ぐっすりと眠っていた。
「ったく、気持ちよさそうに寝やがって」
そう言ってリュウは仰向けに寝転がり、空いている方の手を掲げる。
「なあ、アンナ。 これでいいのかな⋯⋯。 こんなんじゃ、お前は許してくれないよな」
そう言ってリュウも目を閉じた。