21話 騎士ローラン
◇◇◇
ーー三年前
穏やかに草花が揺れる広い丘に突如轟音が鳴り響いた。
腰まで長く伸びた鮮やかな朱い髪をなびかせ、白い鎧に身を包んだローランは戦場を駆ける。
前方にはおよそ数百の軍勢、味方は百に届くかと言ったところで、数の上では敵側が数倍上回っていた。
敵兵は数で押し切ろうと次々に押し寄せてくる。
しかし、 こちらには帝国が誇る二人の最強の騎士がいた
「くっ⋯⋯! 敵軍最前線右翼に白炎のローラン! 敵軍最前線左翼は⋯⋯ 天光のアルフレッド!」
敵後方の指揮官らしき騎士が叫ぶ。
最前線の兵士達はなんとかその首を取ろうとローランを目掛けて槍を構え突進してくる。
「馬鹿野郎が! 行くぞ! ーー聖騎士の矜持!」
ローランは燃え盛るような朱い刀身を囲うように、刃の部分が白く煌めいた剣を肩の上で構え、一気に跳躍する。
「ーー竜閃天駆!!」
空中をきりもみするように回転しながら駆け、回転する勢いのまま剣を一閃する。
それと同時に刃から白い爆炎が上がり、一気に十人程の敵兵を吹き飛ばした。
「ーー聖天の神槍!」
一方、ローランから見て、戦場の反対側では白金に輝く鎧を身につけたアルフレッドがランスを振るっている。
そのランスは日輪を思わせる輝きを放ち、一度突くごとに数本の光の筋を放射状に放ち、周りにいる敵兵を貫いた。
帝国騎士団は彼ら二人の突出した力により、数で劣っていた戦況を瞬く間に覆していく。
程なくして、敵軍が撤退を始めた。
ローランは息をついて剣を収めようとする。
「何をしているローラン! 追うぞ!」
すると、そんなローランにアルフレッドから怒号が浴びせられた。
「おい! もう俺たちの勝ちだろ!? 撤退した敵には刃は向けないのが俺たちが教わった騎士道だ!」
「皇帝陛下は完全な殲滅を望んでおられる。 君主の命に従うのも我らが受けた騎士道の教えだ」
二人はお互いに睨み合うが、その間に敵は散り散りに逃げていく。
「あいつら⋯⋯、 仲間なんだぞ」
「元仲間だ。 皇帝陛下に反旗を翻した以上、我々は奴らを討たねばなるまい」
「くっ⋯⋯!」
拳を握りしめて俯くローランを見て、アルフレッドは深いため息をついて口を開く。
「まったく⋯⋯。まだまだ甘いな。 戦場ではこういうこともあるのは知っているだろう 」
「そうだけど⋯⋯」
「⋯⋯ 今回は見逃してやることにする。だが、此度の不始末は貴様の責任として、皇帝陛下に報告させてもらうからな?」
その言葉を聞いて、ローランはハッと顔を上げる。
「いいのか?!」
「ふっ。 困るのはお前だ。 あの皇帝陛下に罰せられないといいがな」
アルフレッドはそう言いながら、部隊に撤退の指示を出す。
ローランは剣を収め、逃げていく敵兵を寂しげに見つめていた。
◇
帝都への帰路でローランとアルフレッドは隊を率いて先頭の少し離れたところを歩いていた。
歩きながら、ローランは先ほどの敵兵のことを想う。
この戦いの三ヶ月前。
名君として讃えられていた前皇帝、ヴィルム二世が病気により四十半ばで崩御し、前皇帝の甥、ゼノン三世が新皇帝として選出されていた。
しかし、新皇帝ゼノン三世は黒い噂の絶えない悪名高い人物で、本当は前皇帝を謀殺したのではないかとの憶測が、王侯貴族の間でまことしやかに囁かれる程だった。
それを知ったゼノンは、自分が信用出来るもののみを側に置き、他のものは地方に飛ばしたり、酷い時には粛清と称して処刑したりもした。
それによって帝都の城内では親皇帝派の貴族に取り入る為に賄賂が横行し、国政も杜撰なものになっていった。
そんな状況を憂いた者たちが反乱を起こそうとしたが、鎮圧され現在はその残党狩りをしているところだったのだ。
重いため息をついてアルフレッドに話しかける。
「なあ、アルフ。 この国は本当にこのままでいいのか⋯⋯?」
「どういうことだ?」
「だから⋯⋯、 あの新皇帝陛下に国を任せて良いのかって⋯⋯」
その言葉に、常に眉間に皺を寄せているアルフレッドの表情がさらに険しくなる。
「貴様⋯⋯。 それはあまり口に出して良いことではないぞ。 聞かれたらまず処刑だ」
「わかってるけどさ。 今のままじゃ、この国は苦しむ人々で溢れていくぞ。 俺はその人たちを救いたいから騎士になったのに」
「貴様の言うことも一理あるが⋯⋯。正直、私もあの新皇帝の所業には思うところはある⋯⋯。 だが一度剣を捧げた相手に剣を向けるなど騎士としてあってはならない」
「仮にその相手が誤った道を歩んでいても? 」
「そうだ。剣を捧げるとは命と誇りを捧げるということ。 そう易々と蔑ろにはできん」
「そうだよなあ⋯⋯。 師匠、よく言ってたもんなあ」
ローランがうなだれて呟くと、アルフレッドは苦笑してその様子を見ていた。
「貴様もそういうことが考えられるようになったのだな」
「馬鹿にしてんのか?」
「ふっ。 いや、褒めているのだ。 あの時は、わからなかったが、《いずれ騎士道と現実の矛盾に葛藤する時がくる。それを乗り越えて、騎士は騎士になるのだ》とお師匠様も仰っていただろう?」
「そうだっけ? お前は昔からそういう細かいところずっと忘れないよな」
「貴様の記憶力が矮小なだけだ」
「アルフてめえ! やっぱり馬鹿にしてんじゃねえか!」
アルフレッドとローランの関係は親友兼兄弟、と言ったところだった。
幼少の頃、ひょんな事から彼らの師匠マンシュタイン将軍に拾われたローランは、そこで剣の修行を積んでいた三つ歳上のアルフレッドに出会い意気投合したのだった。
そこで騎士になることを志すのだが、素性の知れない孤児だったローランが騎士になることは出来ないはずだった。
そんなローランの為を思い、マンシュタインは古くから親交のあるウルフェウス家に掛け合い、ローランを養子に入れる取り決めをしてくれたのだった。
貴族となれば、騎士への道のりも近づくというマンシュタインの配慮もあった。
一方、アルフレッドは前皇帝の遠縁にあたる親戚の家系であるシュナイザー家の長男だった。
彼は、彼の妹アンナリーゼを守りたい、という幼いながらも確固たる意志をもって、貴族出身の騎士としてローランと共に名声を集めていったのだった。
その付き合いの長さから二人が口喧嘩をする光景はよく見られ、隊の兵士たちはまたやってるよ、と茶化しに来るのであった。
帰路は順調に進むことができ、何事もなく皇城に辿り着いた。
◇◇
「なんだと⋯⋯? 今、なんと申した?」
皇帝ゼノン三世が玉座に腰掛け、ピクリと眉を吊り上げ、ローランを見下ろす。
「はっ。 もう一度申し上げます。 敵軍の激しい反撃に遇い、戦には勝利したのですが、大部分を取り逃がしました」
ローランが跪き、左胸に拳を当てる、皇帝への最敬礼をしながら答えた。
ローランの答えに、皇帝は唇をわなわなと震わせ、怒りを露わにする。
「貴様! 余の命令に失敗しただと!? よくもおめおめと帰って来れたな! 此奴を処刑台に⋯⋯」
そこまで言ったところで、皇帝の一番のお気に入りである内務大臣が口を挟む。
「まあまあ。 皇帝陛下、此度の失態は確かに重大なものでありますが、この騎士がこれまで我が国に多大なる貢献をしてきたのは事実。 ここはひとつ、懲戒処分という寛大な処置を取られた方がよろしいかと⋯⋯」
それを聞くと皇帝は落ち着きを取り戻しふむ、と頷く。
「なるほど⋯⋯。一理あるな。 よろしい! 貴様への処分は追って使いを送る。それまで謹慎せよ!」
ローランは歯噛みしながら深く頭を下げる。
「寛大なご決断、誠に感謝致します。 今回は私の不手際、誠に申し訳ございませんでした」
「うむ。 よろしい。 下がれ」
ローランは再び頭を下げ、謁見の間を後にした。
◇
謹慎の為、貴族街の一等地にある自宅に帰り、自室に籠もっていると、アルフレッドが冷やかしに訪れてきた。
「どうだ? 久しぶりの長期休暇は」
アルフレッドを恨めしげに見て、ローランが答える。
「暇すぎて死にそうだ。 なあ。 剣の稽古しようぜ!」
「ダメだ。 バレたら今度こそ処刑だぞ? 大人しくしていろ」
「謹慎って家の敷地内にいれば良いんじゃないのか?! くそ⋯⋯」
ローランがぼやいていると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
ローランが答えると、ローランの養父アストラが手紙を持って部屋に入ってくる。
「これはウルフェウス殿。 お邪魔しております」
「シュナイザーの息子か。 久しぶりだな」
アルフレッドがアストラに挨拶すると、アストラも挨拶を返した。
「養父上、その手紙は⋯⋯?」
ローランがアストラの右手にある手紙に気付き訊ねる。
「お前に下された罰の内容だろう。 皇城からだ」
ローランが受け取って、アルフレッドも覗き込み手紙を開く。
ーーその手紙がこれから彼らの運命を大きく変えるきっかけになるとも知らずに。




