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失意と森の中で僕がカメに説教を受けるお話

「…と、いうことがあったんだ」


五月五日の午後、訪れた森の中で僕は午前中の出来事を話した。相手はアカネ。ユキは食事に出かけてるらしく、姿はなかった。


「なるほどの。まだおぬしに十分な雑談力が付いていなかったから、その者はおぬしから去ったと、そう考えておるわけじゃな?」

「うん。いけるかと思ったんだけど、まあそうだよな。まだ一か月も経ってないんだ。劇的に変わるわけなんてないよな」

「……」


アカネは僕の言葉には応えず、少し間をおいてから話し始めた。


「わしは、わしらはおぬしに人間の友達がいないのはおぬしの話術がツッコミを主体としたカウンター型じゃと思っていたからじゃ」

「カウンター型…?」

「しかしどうやらそれは直接の原因ではなかったようじゃ」


アカネの表情は変わらずただ僕をじっと見つめていたが、声色はこの上なく神妙なものだった。


「僕には自分から話題を提供する力がないから会話が長続きしないんじゃなかったのか?」

「うむ。確かに否めん。しかし第一の原因はそこではないということじゃ」

「じゃあ一体どこに原因があるんだ?」

「それを考える前にユウタよ。おぬしはどう考えておるんじゃ?自分にまだ十分な雑談力がなかったから、その磐城という御仁がおぬしから去っていったと、そう考えておるのか?」


少し考えてから僕は頷く。


「そうか。…それは違うぞユウタ。かの御仁がおぬしから去ったのではない。去ったのはおぬしの方じゃよ」

「え、僕が?」


僕の説明がまずかったのだろうか。あの状況で僕の方が去ったと解釈するのは流石に無理があるのではないかと思うが。


「おぬしは今日の午前中の出来事を失敗譚としてわしに話したな?」

「そのつもりだよ。だってそうだろ?折角顔も名前もお互いに覚えて、ある程度の情報交換ができたのに、友達にはなれなかったんだから」


アカネはおもむろに歩いて池のふちまで行き、甲羅を半分水につけてまた話し始めた。


「わしが思うにユウタよ。聞いた感じでは会話そのものはうまくいっておったぞ」

「いや、でも俺と磐城は結局…」

「友達になれていないと思っているのじゃな?では聞くがそれは何故じゃ?」

「何故…」


お互いに友達と宣言しあわなかったから。ではない。

互いに誓い合わなければ友でないというわけでもないし、互いに誓い合ったとしても友であることが保証できるわけではないということは分かっている。

もっと感覚的なものだ。何となく失敗したという気がしたのだ。


「分からないよ。言葉にできるものじゃない。でも確かにそう感じたんだ」

「駄目じゃ。無理にでも言葉にせい」


アカネにしては珍しく、突き付けるような厳しい物言いだった。


「おぬしら人間は言葉を使える。言葉にして、胸に渦巻いてる『何か』を見据えることができる。それもせんうちに相談なんぞできん。与えられるのは答えじゃのうて、慰めの言葉だけじゃよ」

「…分かったよ。ちょっと待ってくれ」


僕はまず起こったことをもう一度思い出す。そして何が自分の胸に刺さっているのか、あの一連の出来事のどこにささくれがあるのか、一つ一つ探っていく。


「…会話自体は、やっぱりうまくいってたんだと思う」

「そうじゃな。オチは炸裂せんかったが、そもそも会話にオチがないといかんというものでもない。まあ、ユキはそれについてどう言うか分からんが…」


序盤は相手のことを探りながらだったのであまり気の利いたことは言えなかったが、結果的にその後も会話は続いたので、問題はそこじゃない。


「…最後、かな」

「最後というのは、祭りに誘われたのに断ったことか?」

「え、いや、うーん…そう…じゃないと思う」


あれは仕方なかったと思う。僕が磐城と待ち合わせをしている方の立場なら、僕のような想定外の乱入者にはやはり眉をひそめてしまう。


「そうじゃな。あれを断ったのは正しい判断と言えよう。…しかしその磐城とかいう御仁は中々突飛なやつじゃな。普通誘わんじゃろ。偶然遭遇したクラスメートは」


表情があればきっとアカネは苦笑していいただろう。そんな感じの口調だった。


「して、祭りに誘われたことではないとすれば、『最後』とは何のことじゃ?」

「…別れ方、かな。何となくあの背中というか、去り方からは、失敗したって感じがした…経験上」

「ふむ。確かに経験は大事じゃな。経験は積めば手っ取り早く答えを導き出せる。つまり思考を短縮できる」


わしが言うんじゃからそれは間違いない。と、アカネはさりげなく大言壮語をしてみせて続ける。


「しかしのう。おぬしはまだ十七じゃろ?積んだ経験なんぞわしに比べればポテトチップのようなものじゃぞ?」

「そんなに薄っぺらいのか…?」


ポテトチップス、と複数形にしなかったのは意図的なのか、単に言い方の問題なのかは分からないが、少なくとも僕の積んだ経験が軽んじられていることは間違いなかった。


「言っておくが、スナック菓子のポテトチップじゃぞ。フィッシュアンドチップスのポテトのことではないからの」

「ああ、あれはチップスって言うよりフライドポテトだもんな」

「なんじゃ。おぬしフィッシュアンドチップスを口にしたことがあるような口ぶりじゃな」


逆にアカネの口ぶりからは、彼女がフィッシュアンドチップスを口にしたことがないということがうかがえた。


「うん。中学の時、友達と行った遊園地のレストランで」

「ほう。そんな遊園地があるのか。一度行ってみたいのう」

「行ってもフィッシュアンドチップスは食べられないだろ。アカネは」


脂っこいものはアカネの体には毒なのではないだろうか。

いや、人間が飲めば間違いなくお腹を壊す池の水をいつも飲んでるアカネなら問題ないか?


「そういう固定観念はいかん。いかんし遺憾じゃ。ポテトチップス発祥の話を知らんわけではなかろう?その昔とあるレストランで…」

「いや、ポテトの話はもういい」


そもそも何で水辺の虫や草を食べてるアカネが芋料理についてこんなに饒舌になってるんだ。


「そうじゃな。本題から大きく逸れてしもうた。要はわしの言いたいことは、おぬしはまだ失敗を恐れる年頃ではないということじゃ」

「またそんな老人ぶって…」

「いや、事実じゃよ。おぬしはそんなに失敗を重ねていないにもかかわらず、既に失敗を忌避しておる」

「失敗を避けたいと思うのは当然のことなんじゃないのか?」


当たり前すぎて言わずもがなのことだったが、しかし他に反論の言葉は見つからない。


「失敗をしないことが完璧というものではない。失敗してもうまくやり過ごす。それこそが完璧という者じゃ。…矛盾しているかもしれんがの」


確かに矛盾している。ただそれは言葉の上での話だ。言ってることが正しいということは理解できる。


「なあユウタよ。仮におぬしがその相手の立場に立ったとして、どうしたい?」

「僕が、磐城なら…」

「偶然とはいえ、言葉を交わし知り合った仲じゃ。無視するわけがなかろう?」


磐城のことをまだよく分かってはいないが、アカネの言う通り、少なくとも学校で話し掛けても無視はしてこないだろう。


「明日は学校があるんじゃったな?」

「うん。平日の金曜日だからな」

「多分じゃが、おぬしが何もせんでも向こうの方からおぬしに寄ってくると思うぞ」

「そうなのか…?」

「うむ…。憶測じゃが、多分明日『よう。兄弟』とか言ってくるぞ。その男」


言いそうだった。

何ならハイタッチを求める姿さえ浮かんでくる。


「それにの…」


アカネは声のトーンを落としてさらにこう言った。


「最終手段として、直接言葉で『友達になってくれ』という手もある。高校生にもなればさすがに断れんもんじゃよ」

「本当に最終手段だなそれは…」

「一対多数よりも一対一で使った方がよいぞ。ここで断ったら何されるか分からないという印象を与えるために目を据わらせるのも手じゃ」

「その手だけは絶対に使わない」


関係を切られるのは目に見えている迫り方だ。

しかしこれで分かった。僕が間違っていたんだ。多分、今回だけじゃない。これまで友達ができなかったのは全部僕が原因だったのかもしれない。いや、きっとそうだ。

相手は僕のことを友達だと思っていたのにそれに気づかず、否定し、友達ができないと言いながら友達を失くし続けていた。そんなことにも気付かず今まで僕は…


「反省点が分かったよ。いや、ようやく改善点が。と言うべきかな」

「そうかそれはよかったわい」


あかねは一度まばたきし、ゆっくりと水から上がっていった。

その時僕がふと何の気なしに右を向くと、緑の茂みの中に白い塊が一つ、浮かび上がって見えた。

ユキだった。鼻だけをひくひく動かし、それ以外は微動だにせずにいる。

こちらの様子を伺うようにじっとしているのは、まだ見つかっていないと思っているからだろうか。せめて目が合っているということには気付いて欲しいものだ。


「ユキ。見えて…」

「おうユウタ!来てたんか!」


視線には鈍感でも音には敏感なのか、僕が「見えてるぞ」と言い切る前にロケットスタートを切り、こちらに駆け寄った。それはもう、脱兎のごとくだった。


「今来たみたいな駆け寄り方しても駄目だ。さっきからいただろ」

「え?五月が何て?」

皐月さつきじゃない。さっきだ」


いや、確かに今は五月ではあるのだけども。


「…うん。聞いてた。ごめん」


意外にもすんなりユキは認めたが、まあそうだよな。さっきのユキの両耳は立ち上がり、こちらを向いていたのだから。聞こえていないわけがない。


「で…雑談力はどうするんや?…もういらんか?」

「もういらないって、何で?」


唐突なユキの沈んだ声に思わず聞き返してしまった。


「ユウタに友達ができんかったのは雑談力のせいじゃないって分かったんやろ?そんならもう、いらんのかなって思って…」

「そんなわけない!…僕はこれからも今までみたいに、話したいと思ってる」


雑談力は友達作り以外にも生きるだろうし、それに何より楽しいんだ。たとえ雑談力のためでなかったとしても、ユキとアカネと話すのが。


「何を心配しておるんじゃユキ。勘違いするでないぞ。ユウタにはまだわしら以上の友達はおらん。すぐにわしらをほったらかしにしたりはせん」

「それに関してはアカネの言う通りだ。お前らをないがしろにだけは絶対にしないよ」


できるわけがない。今の僕とさえ共にいてくれた。そんな彼らを軽んじるなんてこと。


「しかしユウタよ。これからはちゃんと人間の友のためにも時間を使うように心がけるのじゃぞ」

「え、ああ…そうだよな。うん。気を付ける」


気を付けるとは具体的にどうしようか。

まずは、放課後は直帰せず、話し掛けてきそうな人がいないか様子を伺ってから帰ることにしよう。


そんなわけで失意と森の中で僕がカメに説教を受けるお話は終わる。

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