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連休中日の僕がカレーに翻弄されるお話

五月二日、ゴールデンウィーク中日。どうでもいいことかもしれないが、仏滅だった。

僕が通う私立高校がこの日を創立記念の振り替え休日としたことによって僕は現時刻午前十時においてなおベッドの上で半分起きたような頭でごろごろしていた。

僕がこうして惰眠をむさぼっている間にも学校へ行ったり仕事に出たりしている人間がいるというのは気分がよかった。

中には自主的に学校や仕事を休んで僕と同じような七連休を実現させるものもいるだろうが、それはそれ。少なくとも共働きである両親はカレンダー通り仕事に出た。

そんな両親を布団の中から最敬礼で送り出しながら、食事は冷蔵庫にあるもので適当に済ませておいて。という母の言葉を僕の耳は拾ったんだった。

そのことを思い出すと不思議とお腹がすいてきたと。そろそろ惰眠以外のものもむさぼらなければ。


僕は布団から這い出し、自室を出る。僕の部屋は二階に位置するためキッチンを目指して階段を降りる。


何を食べるかは冷蔵庫を見なければ分からないのだが、ふと誕生日の夕食はカレーだったということを思い出す。僕の好物であることから毎年誕生日の夕食はそれと決まっている。

うちでカレーを作るときはいっぺんに大量に作るため、誕生日から三日経った今でも冷蔵庫の中でタッパーに詰められた姿で保存されていることだろう。

タッパーはタッパーウェア社が製造している容器のことで、タッパーとはその会社の創始者の名であるということを、二日おきに森へ遊びに行く僕は丁度昨日アカネから聞いたところだった。

毎度疑問に思うのだが、アカネはあの口調にして海外のことについて詳しすぎやしないだろうか。いや別に、老人口調が海外と縁遠くてはならないという決まりはないのだが。


階段の最後の一段を無事に降り、リビングを抜けて冷蔵庫を開く。そこには予想通りカレーの詰まった大きめのタッパーが3つ、冷蔵庫の一番下の段に陣取っていた。

僕はその中で一番量の少ないものを選んで冷蔵庫から取り出し、もう片方の手でご飯の入ったタッパーも取り出す。

温められる器にそれらを移し、電子レンジにセットしたところでふと思いとどまる。

今日は休日。その上家には誰もいない。そして母からは冷蔵庫の中身は好きにしていいと言われている。つまり今僕はやりたい放題だというわけだ。

このまま普通のカレーライスで朝食を済ませてしまうのもいいだろう。しかし折角なのだから好きなトッピングをしてみてもいいのではないだろうか。と、僕は考えたのだ。


僕は再び冷蔵庫を開き、中を覗き込む。

まず目に入ったのは昨日の残り物の野菜炒め。お皿に直接ラップがされている。その隣には同じく皿に直接ラップのされた漬物。らっきょうを思い浮かべるとトッピングにいいかもしれないが、僕はカレーにらっきょうは入れない派の人間なのだ。福神漬けもしかり。

冷蔵庫の上の段へと視線を目を向けるが、カレーのトッピングになりそうなものはすぐには見つからなかった。

諦めかけたところで冷蔵庫の開いた扉の裏側、観音開きの左に収納されてあったチーズを発見する。これは間違いなくカレーに合う代物だった。僕はチーズを袋ごと取り出し、ついでに空いた手で粉チーズも掴む。

両手は塞がっているので肘で小突いて扉を閉める。左を閉め、右を閉めようと肘を突き出したその時、僕の目はあるものを捉える。


「あ」


本日布団から這い出て初の声の直後、冷蔵庫の扉はバタンと音を立てて閉まる。

僕の反射神経か運動神経のどちらか片方でも人より優れていれば、ギリギリのところで粉チーズの筒状容器を閉まりゆく冷蔵庫の扉の隙間にねじ込むことができただろうに。

そんなしたところでどうしようもない後悔をしながら、僕は両手のチーズをまだ冷たいカレーを載せた皿の隣に置き、冷蔵庫の前へと取って帰す。


再び開かれた冷蔵庫。その内部の片隅に僕は目をやる。

見間違いではない。そこには卵があった。僕の心は小躍りする。溶き卵にしてカレーと一緒にレンジで加熱すればかきたまカレーというぜいたくな一品ができると考えたからだ。

一パック十二個入りであとちょうど半分残っている。僕はその一つを手に取る。

ふとパックの蓋に目をやると、明日の日付が目に入った。どうやらこの卵の賞味期限らしい。母はこの残り五つの生卵を今夜日付が変わるまでに使い切る公算でもあったのだろうか。

まあ、賞味期限はあくまで目安であって、それを超えると時限爆弾のように突然腐ったりはすまい。ちゃんと火を通して利用するなら一日二日の融通は利くだろう。


再び冷蔵庫の扉を閉め、僕はカレーの元へと戻る。五月の気温は今まで冷蔵庫の中にいた方々にとっては高温だったらしく、チーズは両方ともパッケージの表面に水滴が現れていた。

僕は手に握った卵をテーブルの上にのせ、親指と人差し指でつまんで回転を加える。

あまりよく回らない。

「生卵か」

まあ母は茹で卵を生卵に見せかけたりというトラップを仕掛ける人ではないので確認するまでもないことだったのかもしれない。

というか茹で卵と思ったら生卵、というトラップならまだしも、生卵と思ったら茹で卵というのは仮にひっ掛かったとしても今一つダメージが小さい。せいぜい「あれ?」と声が上がる程度だろう。


卵の中身が分かったところで僕はまず、カレーの上にチーズをばらまく。チーズは小指よりも一回り小さいくらいの短冊状だった。カレーのルーが全体的に覆い隠されるまでチーズを追加し、最後に粉チーズをその上に振りかける。

続いて新たにボウル型の皿を用意してそこに卵を落とす。箸の方がかき混ぜるのには便利そうだが、後で洗うのが面倒なのでカレーを食べるのに使うスプーンで溶くことにした。

箸を洗うのを面倒くさがる僕がどうして卵を溶くのに新しく皿を用意したのかということだが、あまり深く突っ込まないで欲しい。ぼーっとしていたものでついやってしまったのだ。

金属製のスプーンと陶器の皿が時折ぶつかってカチャカチャ音が出る。たまにスプーンが皿の底の部分を引っ掻いて嫌な音が出、鳥肌が立ったりもしたが、卵の黄身と白身はいい具合に混ざってきた。


「こんなものでいいか」

僕の独り言はキッチンの中でむなしく響く。いいよ。とは誰も言ってくれない。

一体どのタイミングで孤独を感じているのだと大阪弁のウサギはつっこんできそうだが、孤独とは不意に感ぜられるものなのだ。

溶いた卵をスプーンを伝わせてライスの上にかける。

もっとうまくやろうとすれば卵は卵でちゃんとフライパンでスクランブルエッグにするべきなのだろうが、今からフライパンを出して油をひいてじっくり生卵に火を通す。とかいう高度な仕事はやる気にはなれない。全て一緒くたにレンジへ放り込む。

時間は長めに二分を設定する。チーズが溶けて生卵に火が通るためにはそれくらいが必要だ。


二分後


レンジに呼ばれて加熱の完了したカレー皿を取り出す。チーズは完全に溶け、ルーの上で広がりほとんどを覆っている。

チーズの方はうまくいったようだった。卵の方はというと、完全に失敗だった。

卵がご飯粒の隙間に流れ込み、ご飯に絡んだ状態で加熱されたものだからフワフワの卵にはならず、汁気のない雑炊のようになってしまっていた。

こんなことなら手を抜かずにちゃんとフライパンの上で火を通せばよかった。と後悔するがもう遅い。

チーズの方はうまくいったのだからそれで良しとすることにして僕は皿の側面を両手で挟み込む。二分も過熱しただけあって中々熱い。持てるには持てるが長くはもたないと悟り、急いでテーブルの上まで運ぶ。

主役の登場。これで食事の用意は整った。現時刻十時半。これは遅い朝食なのだろうか。それとも早い昼食なのだろうか。僕の感覚では昼は十一時だ。その感覚に照らし合わせればこれはまだ朝ご飯ということになるのだろうが、しかしカレーをお替りしたりカレーの後にデザートを食べたりすれば昼の時間帯に突入するかもしれない。


「まあ、どっちでもいいか。いただきます」

僕の脳は問題の解決よりも栄養補給を優先した。正しい判断だったと思う。


僕はまずカレーとご飯の境目にスプーンを運ぶ。溶けたチーズと一緒に一口分のカレーを掬い取り、口に運ぶ。

見た目だけでも十分だったが、しかし口に入れてなお一層僕は自身の成功を確信した。カレーだけでも十分だが、しかしチーズを入れたことにより相乗的にうま味が増している。

二口目、三口目と続けて僕はカレーを口に運んだ。

そして四口目を口に入れたその時、僕の手は止まる。


「冷たい…」


それまではちゃんと暖かく、なんなら湯気さえ立てていたのに、今僕の口の中にあるカレーはまるで今、冷蔵庫から取り出したかのように冷たかった。

何故だろうと、首をひねるまでもない。原因は明らか。レンジの加熱に於いてムラがあったのだ。

表面のチーズが溶け、皿が長くは持てそうにないほど加熱されたというのにこれはどういうことかと誰かに文句を言いたくなるが、ここには僕一人しかいない。僕は冷たい部分を上の方に移して、もう一度レンジで温めることにした。


今度の加熱は一分。すぐのはずなのにただ待つとなると意外と長い。その間に僕の頭は余計なことを考え始める。


チーズとカレーの相性は良かったけど、チーズのために少しカレーのパンチが弱まった感が否めない。

何がいいだろうか?ソース?いや、あれは甘みも増すから辛味を求めている今、効果はいま一つだろう。であればより塩分濃度の高そうな醤油だろうか。

いや、違う。よく考えてみれば辛味とは下の感じる痛み。つまり味覚である塩味を足したところで辛さに対する欲求は満たされない。危なく塩分を摂りすぎるところだった。

純粋な辛味を加算するものとしてまず最初に思いつくのは七味だ。あれには唐辛子が入っている。

しかしいざ七味の容器を手に取ると残りが僅かだった。その隣にあるラー油の瓶は中身が八分目を超えている。僕の胸の内の良心がラー油を選択させる。

僕が瓶を手に取ったのとレンジの加熱が終わったのは同時だった。温めなおされたカレーとラー油の瓶を手に、テーブルに戻る。


ラー油をチーズの上からルーに満遍なく垂らす。チーズの黄色とラー油の赤が大体同じ比率になったところで瓶に蓋をする。

気を取り直して一口、カレーを口に入れて僕は

「辛っ!」

と柄にもなく大きな声が出てしまう。驚く「ほど」辛かったわけではない。辛さが予想を超えたことに驚いたのだ。

たまたま偶然ラー油が集中していた場所を食べてしまったのかと思い、別の場所にスプーンを突き立てて見たりもしたが、味は同じだった。つまり、かけすぎてしまったのだ。

普段使わない調味料を使ったのがあだになったようだ。

混ぜれば全体にいきわたるだろうと考えた僕は先に全部混ぜてしまうことにした。

辛さは和らいだがまだ舌先がひりひりしていたので水と、新たにご飯も用意することになった。


僕が食事を終える頃にはもう、時計の長針は優にてっぺんを過ぎていた。


そんなわけで5連休中日の僕がカレーに翻弄されるお話は終わる。

気が向いたので続きを書きました。またしばらく止まります。

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