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連休初日の僕がウサギとカメに誕生日を祝われるお話

本日四月二十九日、この日は僕の誕生日にして大型連休、ゴールデンウィークが始まる日だった。

今年は五月二日が平日で、カレンダー通りのゴールデンウィークを享受している者なら間違い無くその中日に辟易としているのだろうが、僕の学校は創立記念日の振り替え休日をその日に回すこと七連休を実現している。

創立記念日は創立されたその日に行うことに意味があるのであって、そのような使い方が本来正しいものなのかは疑問だが、生徒と教師からの支持が厚いだろうことは容易に想像できる。

七連休、僕がこれまでに経験したどのゴールデンウィークよりもゴールデンな一週間になりそうだ。もはや金の上位互換である白金に思いを馳せてプラチナウィークと呼んでもいいんじゃなかろうか。


さて、そんな貴重な連休の初日に僕は何をしているのかというと、現在いつもの森に向かって歩いているところだ。

何でもユキとアカネは僕の誕生日を祝ってくれるらしい。

当然のことながら楽しみな僕は、何が待っているのだろうかと軽い足取りでいつもの道を歩く。

森の入り口が見えた時、僕の目は同時にあるものを視界に収める。


「ネコだ」


それは白を基調とし、両耳と右足のつま先から足の付け根までが黒の毛に覆われたネコだった。首には赤い首輪が付いている。飼い猫のようだ。

日陰でお腹をべったりと付けている。スフィンクスのような姿勢だった。

僕が気づくよりも先に向こうの方が僕の存在に気付いていたらしく、じっと僕の方を睨む。

睨むだけで動く気はないらしく、スフィンクス寝を止める気配はない。


ふと僕の頭にこれはチャンスなんじゃないかという考えがよぎる。何のチャンスかというと、

「…こんにちは」

意思疎通のだ。

「はじめまして。こんにちは」

僕は重ねてネコに言葉を掛ける。

他人から見れば不審なことこの上ない行為なのでもちろん周りに誰もいないことを確認してから行っている。


僕はネコからの返事を待つが、ネコは不機嫌そうな目つきで僕を凝視するだけだった。「吾輩は猫である」くらいの返事は貰えてもよさそうなものだが。

見下ろされていることが気に食わないのだろうかと思ってしゃがんでみるが、目の向きが変わっただけで不機嫌そうな目つきは依然として揺るぎなかった。

めげずに声を掛け続けるべきかそれともめげるべきなのか迷っているとき、ネコの背後の茂みから声が響く。

「何してんねん。不審者かお前」

続いてその茂みからユキが飛び出してネコの横に降り立つ。

それに驚いたのか、ネコは飛び上がるように立ち上がり、そのまま走り去ってしまった。


「ああ、行っちゃったか」

「あのネコ知り合いなんか?」

「いや。そういうわけじゃないけど、この森の近くにいたから話せる動物なのかなとか思って」

「不思議の森とちゃうで。この森」

ユキは後ろを振り返ってそう言うが、喋れる動物が二匹もいる森は十分不思議だと思う。

「ほら行くぞ。もう準備はできてるねん。アカネも待ってる」

「そうだな。行こうか」


ユキに先導されながら僕は森を進む。そしていつもの倒木の前に到着する。その上にはアカネが乗っかっていた。

「悠太か。待ってたわい」

「わい?」

「『ぞい』の方がよかったかの?」

アカネは首をかしげるが老人口調にあかるいわけではないので曖昧な返事を僕は返す。

アカネは倒木の上で甲羅から尻尾、四肢、頭を出した状態でこちらを見ていた。首を長くして待っていたと言ったところだろうか。

僕はそのアカネの隣に腰を下ろす。僕の定位置だ。


「さて、まずはプレゼントじゃな。人間にプレゼントを贈るのは初めてじゃから少し迷ったが、至高の逸品が選べたぞい」

「まあ人間が貰って嬉しいものと言えば、四の五の言わずにやっぱり一に現金、二に食いもん、三に日用品やけどな」

「いや言わせろ。一がそれとか悲し過ぎるだろ。二と三に関してはまだありだとしても」

「人間とは得てしてそういうものじゃ。悲しきさがよ」

アカネはゆっくりと首を振りながら心のそこから残念そうにつぶやく。

でもな。とユキは再び口を開く。

「俺らはそのうちのどれもお前の誕生日プレ…誕プレにするつもりはないで」

「何で今どきの子みたいに言い直した」

「ていうか俺らの意思に関係なく、お金がない以上どれも調達できひんやろ?」

「アカネはあるのじゃがな」

笑うかツッコむかするべきだったのだろうが、しかしあまりに唐突だったので僕が反応を返す前にユキが続きを話し始める。

「というわけで俺らがお前にプレゼントするのは、この森で調達した材料で作った手作りのものや」

「オーダーメイドというやつじゃな」

アカネは言うが、それを言うならハンドメイドだ。僕は注文なんてしていない。


ちょっと待っといて。と、ユキは言い置いて少し離れた茂みへ駆けていき、少ししてまた戻ってくる。


「これは俺を好きな時に…ムシャ…好きなだけ撫でられる…ムシャ…草や。ムシャムシャ」

「いや、食べるな!」

「食べてへん!」

ユキは声を張り上げて言い返すが、彼らは喋るとき口を使わないというのに口が動いている。

「ムシャムシャ聞こえてるんだよ」

「武者震いや」

「ムシャムシャ聞こえる武者震いがあるか!」

仮に武者震いだったとして、彼は一体何に武者震えているというのだろうか。

明らかにユキの歯型と思われる形状に切り取られた細長い草を五本、受け取る。


「悠太よ。次はわしからじゃ」

僕とユキのやり取りの間にアカネもプレゼントを用意したらしかった。見ると彼女は口に五枚の丸い葉っぱを咥え、掲げていた。

「これはわしを好きな時に…モシャ…好きなだけ撫でられる…モシャ…葉っぱじゃ。モシャモシャ」

「お前もか!」

雑食性のミシシッピアカミミガメは葉っぱも食べるらしく、掲げられた頭の口元は咥えたものをすり潰すように動いている。

「心外じゃのう。おぬしはブルータスか」

「いや、それを言うなら僕はカエサルの方だと思うんだけど…いや、そうじゃなくて。…モシャモシャ聞こえてるんだよ」

「声帯模写という言葉があるじゃろう」

「確かにその言葉はあるけど、声帯からモシャモシャ音が鳴るという意味の言葉じゃないんだよ」

言いながらアカネからのプレゼントも受け取る。五枚の葉っぱは昔の切符のように半円状にくりぬかれてた。


「よし、プレゼントは渡せたようやし、次はケーキやな」

「え?あるのか?」

「いや、無い。しかしあるといったていでろうそくを吹き消すのじゃ」

「おいおいアカネ。吹き消すのはろうそくやなくてろうそくの火やろ?」

「これは一本取られたのう」

わははは。というこの上なくわざとらしい笑い声が森にこだまする。


「ケーキの上のろうそくはあくまで付属品で、ケーキの本来の用途は食べることだっていうのは知ってるな?」

「いやいや。常識にとらわれてはいかんぞ悠太。今では当たり前となっている消しゴム付き鉛筆じゃが、あれは開発された当時は常識破りの超画期的発明品じゃったのだよ」

「だよ?」

「失礼。…だったのじゃよ」

こんがらがった語尾を訂正し、さらにアカネは続ける。

「何とかという名前の人が、ある時ふと閃いたという話じゃ」

「雑学が曖昧過ぎるだろ!」

コールドリーディングにも等しかった。

画期的発明だった。というところで止めておけばよかったものを。


とはいえユキとアカネがケーキを調達できないことは先刻承知のことなので、これ以上つっこむまい。

「で、ろうそくの火を消す真似をすればいいのか?」

「そう言うことじゃ。一本当たり一秒として、十七秒くらい吹いてもらおうかのう」

「十七秒だな。分かった分かった…どの辺りを狙えばいいんだ?」

ユキとアカネは事前に示し合わせていたのか、同時に僕の少し前を鼻先で示す。

「俺の合図で吹くんやぞ。フライングは一回目で失格やからな」

「失格になった場合僕はどうなるんだ?」

「お開きになる」

ユキの言うお開きとはこの誕生日パーティーがお開きという意味だろう。まさか僕が魚のように開きにされるとかいう妖怪じみた発言ではないと信じることにする。

僕は大きく息を吸い込み、ユキの合図を待つ。

僕が息を止め、両頬を膨らませているのを確認し、ユキは後ろ足で地面を叩く。それを合図と取って僕は口の中、続いて肺の中の空気を開放する。


「ふーーーーーーーー」


先ほどユキとアカネに示された辺りを目指して僕は息を吐き出す。それと同時にユキが数を数え始める。


「ふーーーーー、ふ…ふ、ふ…」


徐々に息が苦しくなる。しかしこの時点でユキはまだ十までしか数えていない。


「ふーー…ふ…ふ……ふっ…ぶはぁ…!」


耐え切れず、僕は息を吸い込んでしまう。

「おい悠太。まだあと三歳残ってるぞ」

「いや…無理…よく、考えたら、二十秒近く息を吐き続けるのって相当辛いぞ…」

やる前に気付けと言ったところだろうが、ペース配分せずに最初からそこそこの勢いで息を吐きだしたのも致命的だった。

「よく考えたら一本当たり一秒で確かに消えるかもしれないけど、その一秒の風で二、三本一気に消えるよな。十七本消すのに十七秒も息吐く必要ないよな?」

「「確かに」」

ユキとアカネは同時に、その発想はなかったとばかりに呟く。


「ともかく、これでやることは済んでもうたな」

「そうじゃな。意外と早く終わったのう」

静寂が訪れた。どうやらこの先の予定は本当にないようだ。

僕はポケットに手を突っ込み、ユキとアカネからもらった草と葉っぱに触れる。こんなの使うまでもなくユキとアカネとはいつも触れ合ってたんだが、折角もらったんだし使うことにする。

「二人とも、これ。使っていいか?」

「よっしゃ。…むしゃむしゃ」

「早速じゃな。…もしゃもしゃ」

僕が差し出した草と葉っぱにかじりつき、ユキは右に、アカネは左にやってくる。


ユキの頭とアカネの甲羅を撫で始める。ユキはもぐもぐと歯ぎしりをし、アカネは四肢を一層外へ伸ばす。リラックスしてたり喜んでたりする時に見せる反応だ。


「そういえば俺、今生え代わりの時期やから手に毛付くかもしれへんぞ」

「別にいいよ」

「悠太。わしの体には人間に有害な菌も付いておる。家に帰ったらちゃんと手を洗うんじゃぞ」

「ああ。そうするよ」

そこから日が落ちるまで続いたのはいつも繰り広げられているようなとりとめのない雑談だった。


そんなわけで連休初日の僕がウサギとカメに誕生日を祝われるお話は終わる。

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