語らい
しばらくの間、この人間が何を言っているのか理解できなかった。
綺麗とか一目惚れとか、そんな言葉は私には無縁であることを、私が一番よく知っている。
私は人間が忌むべき人喰いのグール、獣のような目や牙を持ち、夜な夜な人間を襲って喰らう化け物だ。
それを、この人間は綺麗と言った。
そんな訳がない。私自身だって忌み嫌っているこの姿を、人間が綺麗と思うはずがない。しかし、この人間の目は嘘をついているようには見えない。だから理解できなかった。
私は、この人間に興味が湧いた。なぜこんな私を綺麗だなんて思うのか、その理由を知りたいと思った。
いつの間にか、私を支配していた食欲は薄れていた。
目の前の人間は、まだ恐怖も残っているようだが、それを押して私の反応をじっと待っているようだ。
私は、辺りに響いているカナブンの羽音を遮るように口を切った。
「そんな……そんなわけない! 見れば分かるでしょう!? 私は化け物、化け物なの! 綺麗だなんて思うはずがない! あなただって最初は叫んで逃げようとしたじゃない!」
つい、責めるように捲し立ててしまった。彼は少したじろぎつつ答えた。
「そ、それは……ごめん、びっくりして……。でも! 綺麗と思ったのは本当だ! それに、君はすごく儚げで、辛そうで、放っておけないって、そう思ったんだ。君のことをもっと教えてほしい。お願いだ。俺が力になれることなら何でもするから。」
やはり彼は本気で、嘘はついていないように見える。世の中には変わった人間がいるものだ。私は観念し、自分のことを話し始めた。
「私は、あなたたちがグールと呼ぶ人喰いの化け物よ。たまに、自分でも制御できないほど、どうしても人間を食べたくなるの。でも……私は人を食べるのがどうしても嫌で、それで、自分の肉を……」
「どうして、人を食べるのが嫌なの? もちろん、人間の俺からしたら当たり前のことなんだが、人を喰らう種族の君にとっては、とてもイレギュラーなことなんじゃないか?」
「ええ。私の他にもグールはいるけど、人間を食べたくないって思ってるのは、たぶん私だけ。
私は、幼い頃は普通の人間として暮らしていた。人間の友達もいた。そして、初めて食べた人間が、その友達。
今でも忘れられないの。その友達の、恐怖に歪んだ顔を……。」
「そうだったのか……。辛いことを話させてしまってごめん。どうか、どうか泣かないで。」
私はいつの間にか泣いていた。人前で泣くなんて何年振りだろう。それに、この話を誰かに、ましてや人間に話すことになろうとは。
その後もずっと、私たちはお互いのことを夜通し話した。そして夜が開ける頃、私たちはまた会う約束をして別れた。
街灯の周りを翔んでいたカナブンの姿は、もう消えていた。
余計な改行を少し控えるようにしました。