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出会い

 「ふぅ~……。」


 俺は火照った体の熱を吐き出すように息をつき、夜の街を一人歩く。


 ……バンドのベーシストとして音楽活動を続けて、もう10年ぐらい経っただろうか。

 最初はまったく売れず苦労していたが、最近ではそれなりに人気も得られ、音楽一本で飯を食えるようにまでなった。

 売れない時分から付き合っていた彼女とも結婚し、公私共に、まさに順風満帆といったところだ。

 

 今日のライブも大いに盛り上がった。


 ドラマやCM、アニメなどとのタイアップが増えたおかげで、今までとはちょっと雰囲気の違う新規のファンも増えてきてくれた。

 同時に、TVでしか自分たちを知らない新規のファンが、生のライブを楽しんでもらえるか不安があったが、どうやらそれは杞憂だったようで、皆一丸となって盛り上がってくれたように思う。

 これからのバンド活動にも期待を持たせてくれた、最高のライブだった。


 ライブが終わった後は、興奮冷めやらぬまま、バンドメンバーとスタッフで打ち上げに行き、時間を忘れて飲んで騒いだ。

 皆騒ぎ疲れて解散したころにはとっくに終電はなくなっていたが、家までそう遠くもないし、少し酔いを醒まそうと歩いて帰ることにした。


 夏の暑さのピークが過ぎ、秋の気配が徐々に感じられるぐらいの季節で、ライブと酒で火照った体を冷ますにはちょうどいいぐらいの涼しさだ。

 カナブンが街灯に何度も何度もぶつかっては弾かれ、ブーン、カツン、ブーン、カツンと、心地よいリズムを刻んでいる。


 そんなカナブンのビートに身を任せて千鳥足で歩いていると、ふと、前方に人の気配があることに気がついた。

 明かりが乏しく薄ぼんやりとしか見えないため詳しくは分からないが、ロングヘアとワンピースのような服のシルエットは何とか分かった。

 雰囲気とたたずまいから察するに、恐らく若い女性だろうか。

 何をしているのか、腕時計を見るしぐさのように腕を顔に近づけているようだ。


 しかし、こんな夜遅くに若い女性が一人で外にいるのは不自然だ。

 考えられるとしたら、自分と同じような酔っ払いか、夜遊びしてるギャルか、幽霊か口裂け女か、何にせよ普通ではないだろうし、あまり関わりたくもないので、無視して通り過ぎようと決めた。

 幽霊や口裂け女でなければ、かわいかったら声でもかけてみようか、と思わなくも無かったが、少し前に別の有名バンドでゲス不倫騒動なんてのもあったし、公私共に順調な今、余計なトラブルは起こしたくない。


 目が合わないよう俯きながら、少し足早に彼女の前を通り過ぎる。

 ただ、やはりどんな人なのかは気になるので、すれちがいざまに、少しだけ彼女のほうに目をやってみた。


 「うわぁぁぁ!!」


 俺は思わず叫んで後ろに飛びずさり、足がもつれ地面に倒れた。

 逃げようとしたが腰を抜かしてしまい、しりもちをついた姿勢のまま動くことができない。


 「あ……あ……!」


 声にならない声をあげながら、ただブルブルと震え、彼女を見上げる。


 若い女性だという予想は当たっていた。

 しかし、腕は血まみれで歯形のような跡が無数にある。

 口の周りも赤く染まっているため、恐らく自分で噛んで傷つけたのだろう。

 月明かりを反射した目は怪しく金色に光り、人というより、狩をする肉食動物のそれを思わせる。

 よく見ると歯は鋭く尖り、まるで犬の牙のようだし、爪も猫のように長く鋭利に突き出ている。

 なぜか涙を滲ませ苦悶の表情を浮かべているが、相反するように頬は赤みを帯び、高揚しているようにも見える。

 まるで、空腹なのに目の前のご馳走を食べずに我慢しているかのような、無理やり昂ぶりを抑えているような表情。


 殺される。

 喰い殺される。

 直感的にそう思った。

 空腹の狼に出くわした兎の思いだ。


 ただ……なぜだろう。

 もう酔いなんて、一瞬で完全に醒めたはずなのに。

 なんでこんな状況で、こんなことを思うんだろう。


 美しい。


 兎も、狼に出くわした時にはこんなことを思うのだろうか。

 無駄のない四肢の肉付きや、月明かりで輝く美しい毛並み、心の底まで見通すような鋭い眼光なんかを見て、美しいと思うのだろうか。

 これから喰われるのに、つい見とれてしまったりするのだろうか。


 俺は立ち上がり、彼女をじっと見つめる。

 息を大きく吐いて震えを止める。


 彼女の苦悶の表情が戸惑いの表情に変わったころ、俺はこう言った。


 「君はとても綺麗だ。

  でも、どうしてそんなに苦しそうにしているの?

  よかったら、君の事を教えてくれないかな。

  もっと、君の事を知りたいんだ。

  これはたぶん……一目惚れってやつだ。」


 彼女は、何が起こったのか分からないといったふうに、ただただ呆然と立ち尽くしている。


 しばらくの間、カナブンが奏でる羽音と街灯にぶつかる音だけが、二人の間に響いていた。

カナブン:

コウチュウ目コガネムシ科ハナムグリ亜科に属する昆虫であり、やや大型のハナムグリの一種である。

ただし、近縁の種が数種あり、さらに、一般にはコガネムシ科全般、特に金属光沢のあるものを指す通称として「カナブン」と呼ぶ場合もあるため、アオドウガネやドウガネブイブイなどと混合されることもある。

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