超攻速電脳母艦ガルヴィオンのうた①
この異世界では16歳の誕生日を迎えると一人前の人間と見なされる。
人々がそれまでの家事や家業の手伝いの他に、これから自分の身を立てていく算段を本格的に模索し始めるのもこのころである。
当時13歳。
有名な錬金術師一族に生まれたハルミはその血統を遺憾無く発揮させ、錬金術の神童と呼ばれた。
早くから両親の指導の下で技術と知識を身に着けた彼女は数々のスキル習得試験を難なく突破し、初級錬金術、植物鑑定、鉱物鑑定、毒物取り扱い、爆発物取り扱いなど錬金術師に必要なスキルを順調に修得していった。
将来は実家を継いで立派な錬金術師になるつもりだった。
しかしハルミも年頃の女の子。
日ごろの調合作業によってボロボロになってしまった手肌と爪がどうしても気になった。
そこで錬金術師のスキル習得の合間にヒーラーの勉強をし、器用さも相まってスキンケア、ネールケアという専門外のスキルを修得した。
さっそくスキルを使い自ら治療を施したところ、ずっと悩まされていた手肌の荒れが瞬く間に改善され、いびつに擦り減っていた爪は美しい形に甦った。
一見何でもないような出来事ではあるが、ハルミの心は予想外に打ち震えた。
今まで錬金術一筋の13年間。
生まれながらに才能を持つ彼女にとって、錬金術は出来て当たり前のことばかり。
その過程において挫折感はおろか、達成感すらほとんど感じたことは無かった。
しかし肌荒れと爪割れの対策は錬金術の守備範囲外であるため、自分ではどうにもならない。
その「どうにもならない」を克服するという達成感を、とうとう彼女は味わってしまった。
次のスキル、また次のスキル。
再び達成感という甘露を求め、彼女は新たなスキルをどん欲に修得し始める。
少しずつ着実に増えていくスキルの数々はハルミを充実させ、そして収集癖を目覚めさせるきっかけとなってしまったのだった。
仕事や日常で使わないスキルは修得しないのがこの世界での普通である。
しかし収集癖に目覚めたハルミはもはや止まらない。
早速「独り立ち」と称して半ば強引に実家を飛び出し、亡き祖父が使っていた王都外れのアトリエ小屋へと居を移した。
もともと要領の良い彼女のこと。親の目すらなくなったその後3年間、錬金術などそっちのけでスキル習得に励んだ。勉強で取れるものはあらかた取り尽し、時にはスキル保持者の元へ押し駆けては教えを乞うこともした。
そして16歳になったころ。
残すところ実戦経験や一定時間の職業経験を積むことで得られる上級スキル、または修得方法の判明していないレアスキルのみとなっていた。
そのころには立派な錬金術師になる夢など、すっぱり忘れてしまっていた。
苦難克服の連続が巡り巡って実質的な挫折へとつながった稀有な例ではあるが、やはりハルミはそれを挫折とも認識していなかった。
そんな、やや頭打ちな日々を送っていた、ある朝。
ハルミは悪夢にうなされて、寝台から飛び起きる。
彼女が苦心と偶然の末に修得したレアスキル「予知夢」が発動したらしい。
その発動は全く予測が出来ず、また制御も出来ず。
しかもその効果も振り幅が大きく、どうでもいい内容、例えば隣の家の晩御飯の内容を予知することもあれば、大事件、例えば大規模な火災の発生を教えてくれないこともある。
その有効性の低さから、偶然習得していなければさすがのハルミも手に入れようとしたかは怪しい不遇スキルであった。
「今夜、災厄が・・・・どうしよう」
その日発動した予知夢は幸か不幸か、災厄の到来とその解決法をハルミに伝えた。
その内容とは、今夜王都を壊滅させるほどの脅威が襲い掛かること。
警鐘のなる方角に見慣れぬ男女が現れること。
そしてハルミが2人を助け、3人で脅威を退けることであった。
洗顔で目を覚まし、混乱する頭を落ち着かせながら考えを巡らせる。
誰かに助力を求めるべきか。しかし下手に協力者を増やし「3人で」という人数指定を違えてしまうと予知夢がずれる恐れがある。
「まああれだわ。 結局は”脅威を退ける”らしいし、まあなんとかなるわよね」
なんだかんだで彼女も挫折を知らない良いとこ育ちの能天気お嬢である。
その時現れるという男女2人に期待しつつ、「翼竜が飛んでいるのを近くの森で見た」とウソの情報を衛兵に流して、夜の警備を厳重にしてもらうに留めた。
そしてその晩。
見晴らしのいい時計塔の上で、今か今かとそわそわするハルミの耳に打ち鳴らされる警鐘が聞こえてきた。
それを合図に音の発生源に走り出す。
「ランナー」「跳躍」スキルの併発によって屋根伝いに街を走り抜け、教会前広場にたどり着いたハルミが見たものは、夜空を呆然と見上げる冒険者風の青年。
そして銀に輝く全身鎧をまとった小柄な人物だった。予知夢が正しければ、中に入っているのは女性だろう。
「ウソ!? あんな頼り無さそうなのが予知夢の2人組なの? 冗談でしょ?」
愚痴をこぼしながらも走る速度は緩めず2人に駆け寄る。
そして2人につられて視線を夜空に向け、夢が予知していた災厄がそこに浮かんでいる飛竜を意味していたことを理解した。
「ちょっとあなたたち! 何突っ立ってんのよ!」
ハルミが2人に駆け寄って肩をゆすりながら呼びかける。
いったんは危険から生き延びたと思った矢先に冗談のような大きさの飛竜が現れ、呆然自失としていたギンガはようやく我に返った。
いつの間にか自分の正面に現れた金髪の女性が、必死の形相でギンガとルイに呼びかけている。
「しっかりしなさいよ、あの化け物に食われたいの!?」
上空に浮かぶ飛竜はその巨大な翼で羽ばたきながら城下町を睥睨している。
さすがにピンポイントで狙われるほどギンガたちの運は悪くはないようだが、こうしている間に飛竜がこの広場へ降り立ったとしても何ら不思議はない。
翼竜撃退の直後だけに、衛兵たちの対応は素早かった。
さっそくバリスタや大砲が迎撃を始めているようだが、飛竜は何事も無く平然と飛んでいる。その強烈な羽ばたきによる風圧で矢玉が全て退けられているのだ。
「な・・・、なんだよあれ! あんなのありかよ!」
「大魔竜ラミアス。踊り巫女の里を滅ぼした化け物・・・。5年前に出てきたばかりなのに」
それは100年周期で目を覚ます破壊の具現。
数少ない災害級認定を受けた、全長50メートルに及ぶ巨大な飛竜である。
その力は凄まじく到底人間が対抗できるようなものではない。文字通り災害に遭った時と同じように、非難するか耐え忍ぶ、そして諦める、この3つしか人々に与えられた選択肢は無かった。
「踊り巫女・・・? そ、そうだ、巫女さん! 逃げないと!」
巫女という言葉に、ギンガは守るべき仲間がいたことを思い出した。
隣で未だに立ち尽くしているルイの手を引くと、その場から少しでも離れようと踵を返す。
一方のルイは昔の記憶がよみがえったのか、肩をゆすられても正気が戻らず、手を引かれるがままになっている。
「ちょっと待って! 話を聞いて!」
いっそのことルイを担いで走ろうかとしたギンガの肩をハルミが掴む。
ハルミも必死である。まさかあんな大魔竜相手に、こんな子供たちと協力しなければならないとは。
彼女は生まれて初めてスキルを修得したことを後悔したのだが、今さらどうにもならない。
「ねえあなた、あれを倒す方法知らない?」
「は?」
「あの飛竜、災害級の化け物なのよ。なんとかしなきゃ王都が滅ぼされるわ」
ハルミが見た予知夢は、少年たちを手助けして災厄を祓うという内容だった。
ここで2人を逃がしてしまえば予知夢は実現されず、結果として王都に多大な被害がでるだろうことも、予知夢の言外に推測できる。
「いや、そんなこと言われても」
「頼りないわね! じゃあ、そっちの変な鎧の人は何かできないの!?」
そう言われギンガは手を引くルイに目を向けるが、依然としてフラッシュバックから抜け出せていない。
彼女の身体を包むコンバットアーマーだけがキラキラと電装を光らせていた。
その電装の光が、ギンガの脳裏にある天啓を下す。
待てよ? このコンバットアーマーが、ここにあるということは・・・。
「おい、巫女さん!しっかりしてくれ! 巫女さん!」
「ふ、ふえ?」
「今から俺がもう1曲歌うから、踊ってくれ! で、合図したらこう叫ぶんだ」
「・・・へ? ・・・へ?」
ようやく正気を取り戻したばかりのルイに無理やり言い聞かせる。
こうなれば一か八か。飛竜の影は徐々に大きく迫ってきている。チャンスはそう多くはないだろう。死ぬ気で声を絞り出すしかなかった。失敗したら多分本当に死んでしまう。
全身全霊を込めてギンガは歌いだすのだった。
ガルガルガルガル ガルヴィオン
ガルガルガルガル ガルヴィオン
大空に呼んでみろ 暗雲切り裂き飛んでくる
ギャリバンが立つ無敵の要塞 今、その雄姿を見せろ
唸れ必殺ガルレーザー 喰らえトドメだガルビーム
ガルヴィオン ガルヴィオン 超攻速電脳母艦ガルヴィオン
一方のルイも、渾身の力で踊った。
青年の歌から伝わってくるのは、この大地すら小さく思えるほどの存在感。
それは夜空を飛び越え、月を飛び越え、遥か彼方の天の川にすら届くような広大な力の流れだった。
その激流に身を翻弄されるかのようにルイは舞う。
圧倒的な歌声に身を任せられる喜び。
踊ってくれと言ってくれた青年の言葉。
迫る飛竜への恐怖。街を救うという使命感。
そして甦って来た幼き日の記憶。その全てを丸のみにしてルイは舞い踊った。
しかし忘れてはならない。
ルイが本来の巫女装束をまとった姿であったならば、その舞はどれほど可憐で、どれほど雅で、どれほど幻想的であっただろうか。
銀に輝くコンバットアーマーのアシスト機能により常人には不可能な動きを繰り出すその姿は、ヒーローが名乗るときに見せるアクションそのものであった。
やがてギンガが渾身の歌を歌い切り、手を振り下ろして合図を送る。
「・・・ででで、でんのうせんりゅー、がるうううーーー!」
ルイが叫ぶ。
聞いたことも無いような不思議な言葉だ。
10回ほど練習してようやく言えるようになった、意味の解らないキーワード。
それでもここで何とかしなければならない。そうしなければ、かすかに見覚えのあるあの恐ろしい飛竜はまた街を焼き払うだろう。
万感の思いを込めて、ルイが叫んだ。
満月に近い月が煌々と輝く星空に、突如として暗雲がひしめきだす。鳴り響く雷鳴。
あっという間に月が隠れてしまった漆黒の夜空に、月より強烈な青い光源が出現した。
雲を割いてあらわれた光源はみるみる大きくなり、そして導かれるように3人の元へ飛来する。
それはいまだ騒然冷めやらぬ王都の空に現れた、もう1頭の飛竜。
全長200メートル。全装備質量3000トン(機体質量2500トン)。
青く輝く鎧をまとった、機械の飛竜であった。