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大空戦士ギャリバン①

その少女は隣にいた。


ギンガが2曲目「星空のエール」を歌い終えて一息つく。

噂で伝え聞く独りカラオケというのはこういうものだろうか。

なるほど意外に気持ちがすっきりするものだ。


ギンガは決して大声で歌っていたわけではない。

一般人がカラオケで出す声量よりも少なく、鼻歌よりはマシ程度の歌声だった。

それでもこれほど気分転換になるのなら歌を歌うのも悪くはない。

そう思いながらも、誰かに聞かれてやしないかとギンガは後ろを振り向こうとして彼女に気が付いた。



真っ先に頭を過ぎった言葉は、妖精でも女神でもなく座敷童。


巫女服をまとった幻想的な少女はギンガの歌を聴いていたらしい。

リズムの余韻に浸るかのように、いまだ微かにその小さな身体を揺らしている。

その揺れに合わせて肩でそろえた艶やかな黒髪が煌めく。


突然の少女の出現にギンガは驚くのだが、危機感は感じなかった。彼女が浮かべる楽し気な、そして儚い笑み。それは危機感やら恐怖心やらを霧散させて余りあるほどの暖かさだった。


一方、歌の余韻から覚めたルイも我に返り、歌声の主である青年がこちらを見ていることに気が付いた。

ルイからすれば、見ず知らずの人の隣に座るなど普段なら怖くてできない。

それでもどうしてもあの不思議な歌をもっと近くで聞いてみたい。

その願いに駆られて勇気を出したのだった。

それはいままで出したことがないような勇気、心の底から何かが後押ししてくれるような、魔法のように湧き出た勇気だった。


しばらく無言のまま並んで座り続ける。

互いに顔を向け合う勇気など落ち併せていない。


「あの・・・」


「ん?」


「・・・ここで聞いてて・・・いい?」


「へ・・・・・、聞くって、俺の歌を?」


予想だにしなかった問いかけに戸惑うギンガ。

今まで人から歌を歌ってほしいと言われたことなど元の世界でも無い。

友達とカラオケに行ったことも無い。

せいぜい小学校の音楽の授業で一人ずつ「星祭り」を歌わされて以来だ。

ギンガの言葉に、ルイはただ上目使いでこくんと首肯する。


「あ、ああ・・・、そりゃ別にいいけど」


「・・・ありがとう」


「ええとじゃあ・・・・何かリクエスト、いや、どんな歌がいい?」


元の世界に同じくらいの妹がいるので最低限の対応程度ならできるギンガだが、「聞いててもいい」と許可してしまった手前、もう一曲なにか歌わなければならない。

幻想的な少女から寄越された突然のアンコールに面食らいながらリクエストと言いかけたが、この世界の歌などろくに知らないので曲名で答えられても困ることに気が付き、慌てて言い直すのだった。


「・・・・元気の出る歌」


「元気か・・・ずいぶんザックリとしたもんだな」


どうしたものかとかぶりを振ったギンガの目には相変わらずの星空がきらめいている。

もう一度隣の少女を見てみると、星空に負けないくらいの瞳に期待と僅かな不安を浮かべて歌を待っている。これはあまり待たすのも悪い。

さきほど星空つながりで歌ったのは子供のころ好きだった、そして今も好きな特撮ヒーローのエンディング曲「星空のエール」だったので、思い切って今度はオープニング曲のほうを歌うことにした。



男だろ 男だろ 戦う時が来た 魂に火をつけろ!

後ろを振り向くな 勇気をためらうな 若さと愛で駆け抜けろ!

そうだ涙に別れを告げて明日へと走れ 俺は大空戦士ギャリバン



気合を入れて熱唱したのは30年も前に放送していた特撮ヒーロー番組の主題歌「大空戦士ギャリバン」。

ギンガはこの番組を動画サイトの一挙放送で見て以来ファンになってしまった。

普段はひょうきんで気さくながらも悪には苛烈なほどに立ち向かうその主人公の姿は、ギンガにとって理想の人物像だった。


先ほどの曲からガラッと変わったこの曲にルイは思わず目を丸くする。

しかしすぐさま重厚感と軽快さを持ったメロディ、聞くものの背中を押す力強さ、そして何よりもひしひしと伝わってくる過剰なまでの熱量にその小さな体は翻弄されることになる。


「凄い・・・・、なに・・・この歌・・・・、熱い・・・」


ルイに流れ込んでくる力の奔流は、彼女が聴いて育った一族の伝承歌のそれをはるかに超えていた。


「あ・・・、だめ・・・」


踊り巫女のスキルが発動しそうになるのを必死に抑えながらも、その歌に合わせて揺れる身体と黒髪、はずむ心を止めることはルイには出来なかった。


熱唱を終えて再び一息つくギンガ。

息を整えながら少女の様子を伺う。ルイは両腕でその細いからだをぎゅっと抱え込んでいる。

身体を揺らし続けたせいか薄っすらと汗ばみ、頬には赤みが差したその姿は妖艶な色気さえ匂わすほどであったが、さきほどよりも力強さを増した笑顔がいい意味でそれを台無しにしていた。


「は、ははは」


ギンガは思わず声を出して笑う。

この世界で初めて人に認められた気がしたギンガは思わず眼がしらが熱くなった。

つられてルイもクスクスと笑い返す。

なぜこの青年が息を切らせるほど一心に歌ってくれたのかはわからない。

それでも自分のために頑張ってくれたことがことのほか嬉しかった。

互いに精神的な支えを失い、追いつめられていたもの同士。

一時的にせよ、互いに拠り所が出来たもの同士。

2人のチョロさが妙な連帯感を芽生えさせた。



カーンカーンカーン!!

しかしそんなささやかな温かい空気を破るかのように、城下町に鐘が鳴り響いた。


「な、なんだ?」


二人がいるのは町はずれの教会前広場。

すぐ近くには街を取り囲む城壁がそびえ立っている。

そこに一定間隔で設けられた鐘楼から警鐘がけたたましく打ち鳴らされ始めた。

未だこの世界に詳しくないギンガでも本能でわかる。

何か良くないことを知らせるために打ち鳴らされているのだと。


不安に駆られルイと寄り添いながら警鐘を鳴らす鐘楼のほうを見上げていると、闇に紛れて空に浮かぶ影に気が付いた。

長い翼で羽ばたくそれは鳥にしては禍々し過ぎる、しかし蝙蝠にしては大き過ぎる。

やがて月の光と城壁のかがり火によって浮かび上がったそれは翼竜。

ギンガの持つ知識でいうところのプテラノドンによく似た怪物だった。


城壁のバリスタが弓を放ち、大砲が轟音を上げて砲弾を発射する。

その光景と音を耳にして、ギンガは自分の考えの浅さに気付く。

バリスタと大砲を見て、それらがこの世界に既に存在ことを確認しただけで思考が止まっていた。

本来なら「なぜ」そこに存在するのかまで考えなければいけなかった。

そういう世界に来てしまったことを未だ認識していなかったのだ。


その答えである翼竜の群れは、バリスタや砲弾で多少数を減らしながらも数匹が2人の近くへ飛来した。



やばい、逃げないと。出来ればこの娘も連れて。


頭に浮かんだ嫌な予感にギンガは咄嗟にそう考えるのだが、ピンチの時の嫌な予感というものは往々にして的中するものだと相場が決まっている。

飛来した3匹のうち1匹の翼竜がこちらへ向けて下降してくるのが見えた。

馬よりも大きな怪物が物凄い勢いで迫ってくる。

腰には城で貰ったショートソードがぶら下がっているが、飛来する翼竜はおろか暴れ馬でも止められそうにない。

慌てている最中にも翼竜は容赦なくグングンと迫る。


「巫女さん、伏せろ!」


ギンガは思わずベンチの陰に飛び込んで頭を抱えて伏せた。

しかし強張らせた身体はいつまでたっても衝撃に襲われないどころか、近くを翼竜が通り過ぎたような風圧も物音も感じない。

代わりに聞こえてきたのは「ガキン」という何かがぶつかったような金属音と、「クエエ!」という翼竜のものらしき鳴き声だった。


恐る恐る目を開けると、目の前には銀色に輝く光の塊があった。

そしてその光が弾け、中から現れたのは子供のころからあこがれた正義の具現。


シルバーメタルのコンバットアーマーに身を包んだ無敵のヒーローがそこに立っていた。

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