戦え!エンジン戦士サイボウガー
それは世界の最後の光景であった。
余りにも不吉な夢にハルミは跳ね起きる。
ウトウトと眠りについた刹那の、予知夢スキルの発動。
幸いにも隣で眠る少女は起きなかったようだ。呑気な顔ですうすうと寝息を立てている。
その寝顔を眺めながら気持ちを落ち着かせると、今しがた目の当たりにした夢を振り返った。
それは巨大な、あまりにも巨大な隕石であった。
空の深淵より飛来した炎の矢がこの星を引搔いたのだ。
王都は大陸ごと削り取られ、跡形も無く砕けた。
直撃を免れた他の陸地もただでは済まない。衝撃波と爆風、次いで津波が根こそぎ地をさらう。
それは世界の最後の光景であった。
冷や汗が止まらない。ガタガタと震える身体を抱きしめる。
このスキルを持っていたことを後悔したのは、飛竜以来2度目のことか。
こんなことって・・・。どうすれば・・・、いや、どうにもならない。
ルイを起こさないように寝台から降りると、物入れ用のチェストから小箱を取り出した。
せめて・・・、せめて、あいつだけは。
「ねえ、ちょっとギンガ・・・。 起きてよ・・・」
ゆさゆさと身体を揺すられ、ソファーで眠るギンガは目を覚ました。
さほど寝た気がしない上に窓の外は暗い。こんな真夜中になんだ、と身を起こす。
魔力灯に照らされたハルミの表情が、寝間着のままの姿が、解かれたままの金髪が口々にただ事ではないと物語った。
「なんだ? どうかしたのか?」
「ええと、最初から、話すわね・・・」
ハルミは再度自分に言い聞かせるように、予知夢の内容を語った。
その口が言葉を紡ぐたびに、歯の根の震えが大きくなるのを感じながら。
「でかい隕石が落ちて来る。 2日後の晩。 それで世界が滅ぶと」
「・・・・」
もはや肯定の言葉1つ出すことにすら苦労するほど、身体の震えが止まらない。
「そうか・・・」
「・・・・」
要点だけを簡潔に確認し、真剣な面持ちで考え込むギンガを見つめる。
どこまでも頼りない、未だに目を離すとサボり癖をのぞかせる男だ。
それでもここぞというときには、何かしら頑張ってくれた思い出ばかり浮かんでくる。
決してすべてを上手くやれる訳ではない。今まで散々な目にもあったことも多い。
それでも彼が紡ぐ歌は、いつも前向きだった。希望に溢れていた。
そんな希望にすがるかのように、ハルミは手の中の小箱を握りしめる。
チェストから持ち出した赤い金属製の小箱。蓋の中央には丸い緑色のガラス玉がはめ込まれ、その上を一定の軌跡をなぞって鈍い光が走る。
それは大きさこそまったく違えどよく似ていた。ギンガを異世界に召喚し、そして最後には暴走してこの世界を消滅させかけた悪魔の装置。王城の召喚棟に備えられた異世界召喚装置イデヨンに。
異世界"送還"装置モドロン。
イデヨンが消滅し、根絶してしまった異世界召喚スキル。
それをなんとしても修得するため、王宮の重鎮かつルイの後見人である老神官に取り入っては、言葉巧みにかどわかして資料を根こそぎ掻っ攫ったのが1年前。そしてその後、執念にも近しい情熱で地道に研究を続け、ようやく完成したのこの装置は、異世界から召喚した人物を存在位置の履歴を辿って元の世界へ送り返すというものだ。
本当なら次いで研究にとりかかった異世界"再"召喚装置が完成するまで、打ち明けるつもりはなかった。しかし事態が事態だ。場合によってはギンガだけでも今のうちに、と持ち出してきた。
思い出す。本当に色々あった1年だった。
いつも悩み考えながら、選曲を、解決策を導こうとする横顔。
元の世界へ送り返そうとしたあの晩、耳元で伝えたあの言葉を覚えているだろうか。
「・・・あのさ。 あんた、あの時のこと」
震えが落ち着き、思い切って切り出そうとした言葉。
それは寸前のところで遮られた。
ゴスッという鈍い音。
「がああ!」
ソファーに腰かけるギンガが、その拳を自らの下半身に叩き付けた音だった。
さて、この場面を別の視点から見るとこうなる。
寝入ったと思った矢先に、揺すり起こされたギンガは目を疑う。
薄暗い部屋に、寝間着姿のハルミが膝をついて傍らに座っていたのだ。
その表情はいつもの飄々としたものから一変、何かに思いつめた憂いを秘めている。
頬が紅潮しているのも、緑の瞳が薄く涙を浮かべているのも見間違えではない。
そして何よりも快活さを象徴するポニーテールが解かれ、若干のウェーブに煌めく金髪がえも言われぬ色香を放っていた。
とても飲み込めない突然の事態。
しかしギンガの耳に入って来たのは、隕石が落ちて来るという話だった。
思わず落胆する。残念だ。何もかもが大変残念だ。
女性に夜這いを掛けられることに比べれば、隕石落下など割と良くある話なのだから。
心底ガッカリしながらも、せめてそのことは顔に出さないように努める。下心を見透かされれば、どう馬鹿にされるか解ったものではない。
それを隠すように、解決策の思案に頭を切り替えた。
それにしても隕石落下と言う、あまりにベタなパターンだ。
ミサイルやレーザー、放射火炎で迎撃するのが一般的な対応策か。
しかし下手に手を出し、破片による2次災害を生むというもの良くある話だ。
だとすると、隕石を押し返すか。
しかしいつか呼んだ蛾の怪獣も、ガンダルのパイロットもその後行方不明になっている。
まかり間違ってもルイにそんなことをさせる訳にはいかない。
残る方法は、隕石を避けること。
地球の南極北極に大型ロケットを作って、隕石を躱した大昔の特撮があったはずだ。
そこまでしなくても、星を掠る程度なら避けるのが一番手っ取り早い。
その隕石は、この星のド真ん中に当たるのか?
そう尋ねようとして、再びハルミの方を向く。
視線が合った。先ほどの思いつめた表情から一変、彼女は淡い微笑みを湛えていた。その傍若無人な内面を知り尽くしてなお、惚れてしまいそうな微笑みであった。
夜中に急に本能が欲するものと言えば、甘いものか、エロいもの。
頭ではこの緊急事態を理解しているのだが、生理現象は如何ともしがたく。
空気ぐらい読んでくれと握りしめた拳が、彼の下半身を覆うタオルケットに叩き付けられた。
あともう少しタイミングが遅ければ、艶っぽい展開もあったかもしれないというのに。
「あんた、何やってんのよ? 気でも触れたの?」
「・・っく、 ちょっと、殴っただけだ」
「なによそれ・・・、 変な冗談やめてよ!」
「安心しろ・・・。 多分・・・、すべてが冗談になる」
それは下半身の痛撃がもたらした天啓。
次話には、しれっと元通りになっているはずの、笑い話のような作戦であった。
王都から20キロほど西に向かった先には荒野が広がっている。
その中、どこまでも続く道を2人の冒険者が歩いていた。
普段はそれぞれ行動しているが、場合によっては組むこともある程度の関係だ。
今回は魔物討伐のため、この荒野を超えた先、砂漠に差し掛かる町を目指していた。
「あの時の賭け、俺の勝ちだったな」
「・・・覚えてたか。 ほらよ」
キーンと金属音が鳴って、1000ギルダン銅貨が空に踊る。
王都行政府からの発表によると、この空を掠めて彼方へ飛び去るとされたあの隕石。
それはやはり発表通りの軌跡をなぞって飛び去ってしまい、かつて占星術師を志していた冒険者の予測は、幸か不幸か外れてしまったのであった。
「そういやあの晩、妙なものを見たんだ。 北門の近くだ」
「隕石の晩か? 厳戒令が出てただろう」
「こっそり抜け出したんだよ。 どうしても隕石が見たかった」
外出禁止令が出されたあの晩、男は密かに王都を抜け出すと、木に登って自作の望遠鏡を構えた。
彼の観測によると地面にぶつかるはずの、その落下の瞬間を見るために。
「物好きなやつだ。 で、何を見たんだ?」
「女の子が踊ってた。 赤と白の衣装だった」
「それって、河川敷の踊り子像じゃねえか」
「良く似てたが、少し違った。 羽根飾りの付いた帽子と・・・眼鏡をかけてた」
「なんだそりゃ? それでその子は?」
「・・・・地面を、殴った」
「は?」
「それで気が付いたら朝だった。 」
男は確かに見たのだが、同行者はとても信じてくれそうにない。
夢を見ただの、踊り子像を見間違えただのと散々な言われようをした。
仕方がないので、目覚めた時に手足に包帯が巻かれていたことと。ご丁寧に松葉杖まで添えられていたこと。そして木の横には男と同じ寸法の、人型の穴があいていたことは言わなかった。
これ以上言っても更に夢扱いされるのは間違いない。
それに気を失って木から落ちたはずなのに、包帯の下には傷一つ無かったのも奇妙な話だ。
今から思えば本当に、あれは冗談めいた夢だったのかもしれない。
「未だ、府に落ちない」
「まあいいじゃあねえか。 無事に終わったんだ」
「そうだな。 世は全てことも無しって・・・おい、なんだありゃ?」
「おいおい、次は何を見たんだよ」
片方の声に、もう片方の冒険者も足を止める。
進むその道の彼方、一面に広がる荒野の向こうに土煙が巻き起こっていた。
時季外れの砂嵐か、魔物の襲来かと、冒険者2人は目を凝らす。
「ありゃ、 急進荷馬車か。 初めて見た」
「そういやギルドに目撃情報が出てたな」
2人の視界に映ったのは、朽ち果てた4輪の荷馬車。
馬にも曳かれていない車体のみが、土煙を上げて高速で走る姿だった。
それは荷馬車の亡霊とも、滅んだ古代文明の遺品とも噂される謎の存在。しかしながら荒野を高速で走り回る以外の行動を見せず、人に害を成さないことから準注意級に等級付けされたユニークモンスター「急進荷馬車」であった。
緊迫した空気が、一気に弛緩する。
要は手を出しさえしなければ害が無いうえに、あまりに早すぎて手の出しようも無い存在だ。ことを理解した冒険者たちは、再び目的地目指して歩きはじめた。
すっかり警戒を解いた彼らは、急進荷馬車を追う小さな砂煙に気付くことは無かった。
来たぞ来たぞ サイボウガー
ギューンギュンギュン ギュンギュンギュン
ドドドド ガンガンガン 怒りの電撃迸る
紅白のバイクが荒野を走る。
そのヘッドライト部分に少女の顔を象った、なんとも異形のバイクだ。
運転席に跨るハルミが、ヘルメットのインカムを引き下ろすと叫んだ。
「ルイちゃん頑張って! もう少しよ!」
「・・・・がおおおん!」
紅白バイクのエンジンが唸り、ヘッドライトの目が光る。
5000馬力の出力が生みだした速度は、時速300キロに達そうとしていた。
しかしこれでもまだ先を走る急進荷馬車との距離は縮まらない。
「速さが足りないわ! ぼさっとしてないで歌いなさいよ!」
「た、た、頼む、もう少しスピードを下げ・・・」
更なる出力を得るため、ハルミは続けて後部座席をどやしつけるのだが、肝心のギンガは彼女の腰にしがみ付くばかりで役に立たない。追加で歌わせた歌も途中で途切れたままだ。
「それじゃあ意味無いでしょう!」
「せめて、俺にもヘルメットを・・・」
広大な荒野を漂々とバイクで走るという孤独のヒーロー的イメージで考えていたギンガにとって、まさか300キロオーバーの高速走行に巻き込まれるなど完全な想定外だった。まして事前に借りて来たヘルメット代わりのバケツ兜は、声がこもってスキルの効果が低くなると却下されてしまったのだ。
想像を絶する速度に、何度目かの悲鳴を上げる。
「ああああ! うわあああああ!」
「悲鳴じゃなくて、歌を歌いなさいよ!」
「・・・がおおおおん!」
ハルミどころか、バイクに変形したルイまでもが催促の声を挙げた。
一体何がそうさせるのか。少女がいつに無く乗り気を見せる。
もはや破れかぶれとばかりに、ギンガは続きを歌った。
ハイパーダッシュだ サイボウガー
悪事の全ては ゴグマのしわざ
邪悪の怪人 打ち砕け 今日の相手は何男
エンジン エンジン戦士 サイボウガー
その悲鳴にも似た歌声が、異世界を駆け抜けていくのであった。
「急進荷馬車と言えば・・」
「なんだ?」
「こんな噂を知ってるか? もしあれを追い抜かすことが出来れば・・・」
「知っている。 スキルが手に入るって噂だろ? 加速だか最速だか」
「あ、ああ・・・。そうだな。 やっぱり知ってたか」
その予想外の答えに、男は口をつぐむ。
どうやら別口の噂があるらしい。それも言おうとしたものより信憑性の有りそうなものだ。
こうして男は敢えて追術するには余りにも少女趣味的な、もう1つの噂を飲み込むのであった。
ご精読ありがとうございました。




