神の眠る島
曇天模様の空の下、石工衆に曳かれた荷馬車が大通りを進む。
王都の道に敷かれた石畳は整備も行き届いているようで、ゴトゴトと鳴る車輪の音は意外に小さい。
荷台に積まれた積み荷を見て、道行く人はみな驚きに足を止めた。道沿いで遊んでいた子供たちなど、憧憬の眼差しで荷馬車の後を駆けて来る。
勇者像は本物の勇者のように、周囲の脚光を我が物として大通りを進んだ。
「見ろ。 お前の会心作に誰もが度肝を抜かれておるわ」
その荷馬車の隣には、石工衆とは様相の異なる4人の姿があった。
ギンガたちパーティ3人と、工芸家カイザンである。
街の様子を仰ぎ見て、先頭を進むカイザンが口を開いた。
自身の作品が好評を得ることなど馴れきってしまった名工にしても、不詳の弟子の作品が人々を驚嘆させている光景はなお痛快であったのだろう。豪快に挙げた笑い声がワハハと響く。
「どうだハルミ、作者として手でも振ってみんか?」
「いや先生、それはちょっと・・・」
カイザンの提案に、彼の隣を歩くハルミが渋い顔を浮かべる。
元の詩人・踊り巫女像であったならば、作者として周りに手を振るのも一案であっただろう。知名度が上がれば中級工芸スキルの取得にさらに近付く。
しかし荷台に積まれた勇者像の作者として名乗り出るには抵抗があった。
決して趣味ではないが、勇者像の魅力はハルミにも理解できる。
しかし問題は、完成したその経緯にあった。盗作とまでは言わないが、ハルミが関与したのは材料の粘土を捏ねた程度。決して作者とは言えない微妙な立ち位置なのだ。
更には出任せに答えてしまった適当な人物名と、有りもしないでっち上げの逸話。そして何よりも、異世界には革新的に過ぎるロボット然とした鎧の意匠。踏み込んだ質問などされようものなら、誤魔化し続けられるとは限らない。いっそのこと由来も意匠もギンガの発案だと丸投げしてしまえば楽なのだが、共同制作となると得られる評価が頭割りされ中級工芸スキルに届かない可能性がある。注目されてスキルは欲しいが、それが過ぎるとボロが出る。
このようなある意味呪いの像がすんなり採用されてしまったとき、ハルミは真実を打ち明けようか迷った。頭から煙が出るほど考え悩み、そして結局はスキル欲に負けてしまったのであった。
「おお、凄いウケてるな。 やはりファーストガンダルのデザインは異世界にも通じるのか」
「・・・兜の、・・・羽根飾りが、・・・良い味」
ハルミの葛藤などいざ知らず、追随していたギンガとルイはそれぞれが作った部分を自画自賛した。
やがて荷馬車は城門をくぐり、しばらく街道を進んで堤防に差し掛かる。さすがに子供たちも城門の外までは追ってこなかった。
堤防に沿って設けられた昇降用のゆるい勾配に着くと、石工衆は荷台から馬を外して押し上げる準備に掛かる。積まれた勇者像とその土台、そしてなにより石材運搬用の頑強な荷台自身にかなりの重量があるため、人手で坂を押し上げるのは一苦労だ。
ギンガはそんな予想外の重労働など傍観するつもりだったのだが、カイザンが年を感じさせぬがっしりした体躯で荷台を押し始めたため、居たたまれずに渋々参加することにした。
よいせよいせと男性陣が荷台を押し上げるのを応援しながら、ルイはハルミとともに堤防を上がった。
その先には、先日よりもさらに満開に近付いた桜並木の河川敷が広がっていた。
楽しみにして止まない花見は、とうとう3日後だ。
「む、どうやら像の撤去がまだ済んでおらんようだな」
ようやく荷車を堤防まで押し上げ皆が一息つくなか、息も切らさぬまま河川敷を眺めたカイザンが怪訝な表情を浮かべた。
運んできた勇者像が設置されるべき場所に、未だ古い戦士像が残っているのだ。予定であれば輸送班が新しい像を運んでくるまでに、撤去班によって取り除かれているはずでなのだが。そして更にどういう訳か、戦士像を囲むようにして簡素な木製のやぐらが組まれていた。
「何かあったのかしら」
「ひとまず荷台はここに止めて、向こうの事情を確認するとしよう」
場合によっては運んできた像の設置作業が、明日以降に伸びるかもしれない。
カイザンは石工たちに荷車の番を任せると、ハルミを連れ立って堤防を降りていった。
一方ギンガは、思わぬ重労働にいまだ腰を下ろしていた。出来ればもうしばらく休んでいたかったのだが、河川敷に下りたそうにしているルイの視線に負けて、ようやく腰を上げると2人に付いていった。
「親方。 撤去が遅れているようだが、なにかあったのか?」
「こりゃあカイザン先生。 いや、面目無え。 思ったよりも深く埋まってやがって」
ボロボロの戦士像の周辺では、撤去班の石工たちが忙しく作業を行っている。
カイザンが大声で尋ねると、壮年の石工が申し訳ないと言わんばかりに頭を下げながら出て来た。撤去班を指揮している石工衆の親方らしい。彼の説明によると、戦士像を撤去するため台座の横を掘り返したのだが、掘っても掘っても底が現れないというのだ。
「うわっ、本当に深いわね。 埋めたというより、埋まったのかしら」
話を聞いていたハルミが、掘られた穴を覗きこんで声を上げる。その深さは1メートル以上で、ルイならすっぽり入りそうなほど深い。そして四角柱の台座は穴よりもさらに深く伸びていた。
「だから今から滑車で吊ろうとしてるところでさあ。 もう少し待ってて下せえ」
「なるほど、そのためのやぐらか。 あいわかった」
何とか信頼を失わぬよう、作業が遅れた理由と挽回策を説明をする親方。その後ろでは石工たちが後れを取り戻すために、なおもせっせと作業を進める。
こうした彼らの職人芸によってあっという間にやぐら滑車が組みあがった。上空に滑車装置を設置し、像を真上に吊り上げる算段だ。普段から重い石材を取り扱う仕事上、彼らにとって下手な大工よりも得意な作業であった。
「滑車の原理ってやつか。 こんな大掛かりなのは初めて見るな」
「・・・かっしゃのげんり、 ・・・ってなに?」
「ええと、少ない力で重いものも持ち上げるやつだ。 動滑車とか」
ルイの疑問にギンガが答えるも、その拙さに自ら失笑する。
理系科目など中学校の校舎に埋めて来た彼にとっては仕方のないことである。よしんば知識があったとしても、石工たちのように組み立てる技術が無いという問題にぶつかるのだが。
そういえば滑車は、異世界に持ち込んで無双する定番メニューの1つだったなと思い出すも、いつぞやのように先を越されたと悔しがる気持ちはすっかり無くなっていた。
ギンガがこの1年で散々思い知ったことだ。
人間、出来ることと出来ないことがあると。
諦めの境地で突っ立つギンガを余所に、出来なかったことを出来ることで見事補った石工たちは掛け声とともにロープを引っ張り始めた。滑車に吊られ、ズルリズルリと少しずつ戦士像が引き抜かれていく。
王都よりも先にこの地に立っていたという戦士像は、こうして長年振りに全容をさらけ出した。
その像が、なぜ建てられたのか。
ずっと昔に忘れ去られた太古の記録。
決して忘れぬようにと、石に刻まれた大事な記録を。
「お、台座に掘ってある碑文、続きが出て来たな」
「あら本当。 地上に見えてた分だけじゃなかったのねえ」
像の撤去作業を傍観しながら、ギンガは隣のハルミに話しかける。
台座に刻まれた碑文。魔物を退治したという戦士の物語。それは地面の下にもさらに続いていたらしい。像が引き抜かれるごとに新たな文面が地上に現れる。
「ちなみに、なんて刻んであるんだ?」
なんとなく嫌な予感がするなか、更にギンガが尋ねる。
古語で刻まれたその碑文を、ハルミが解読スキルを使って読み上げた。
「ええと、どれどれ? この戦士某はどこそこの出身で・・・」
その冗長な文章は、戦士の生立ちから始まった。
続いて、戦士が如何に強いか、そんな戦士を苦しめた石の大怪物がいかに強敵であったかを語る。
そしてそれ故に討伐ではなく封印という苦肉の策をとったという顛末を述べた。
「ということで、この封印石は決して抜いてはならない、って書いてるわね・・・」
ハルミが頬を引きつらせながら、最後の一行を翻訳する。
「おいおい・・・、先に言えよ」
「いやいや、最後に書いてあるんだから仕方ないでしょ」
2人が互いに突っ込むのと、台座が地面から抜けるのは、ほぼ同時であった。
ゴゴゴゴゴゴ・・・
「・・・なあ、なんか地鳴りがしてないか?」
「鈍いわね、地揺れも起きてるわ」
やはりと言うべきか。
お約束のように起こる地揺れと、併せて周囲に沸き起こる地鳴り。
またこれかと、2人は嘆息の面持ちで視線を交わす。
それは地下墓地から骸骨の化け物が出た時の音。
王城内で機械巨人が復活した時の音。
最近で言えば山でセミに追われた時も鳴っていた音だ。
平穏を突き崩し恐慌を呼ぶ、地の底からの旋律。
しかし幸か不幸か、ギンガたちにとってはもはや聞き慣れた音だった。
「やばい! ここから逃げろ! なんか出て来るぞ!」
不意の事態に戸惑うカイザンと石工衆。
ギンガは精一杯の大声で彼らに避難を呼びかけると、堤防目がけて一目散に走った。
もはや勝手知ったるお馴染みの非常事態。ルイを小脇に抱えたハルミが、ギンガの前を走っているのを確認してひとまず安心する。
そして己の察しの悪さを痛感した。これまた、ありきたりなネタを踏んでしまったものだと。
年代ものの石製オブジェを不用意に動かして、罠が発動したり化け物が復活するパターンなど枚挙に暇がない。せめてあれが戦士像ではなくほこらや地蔵であったなら、もう少し早く危険を察知出来たのではなかろうか。だいたいお約束ならば「その像を動かしてはならん」とか忠告する謎の老人の1人や2人出てきても良さそうなものなのに。
そんな言い訳を抱きつつ、必死に走った。
背後の地鳴りはどんどん大きくなる。
ようやく堤防に這い上がったギンガは、息も絶え絶えに河川敷を振り返った。
一同が固唾をのんで注視するなか、激しく揺れる地面を割って迫り出してきたのは石の柱。高さ2メートルほどか。それも1本ではなく2本、3本と続き、横並びに5本の石柱が出現した。さらにそれを追うように石柱の土台部分までもが太い柱のように地面から伸び上がる。
「なんじゃあ、ありゃ!?」
「あれは・・・、指と、腕!? だとすれば、なんという大きさか」
目の前の光景に石工衆が驚愕する。
指と腕の寸法から推測される怪物の全体像に、カイザンが呻いた。
「なあハルミさんや、あれって碑文にあった・・・」
「十中八九、封印された石の大怪物とやらでしょうね、ギンガさん」
うんざりしながら訪ねるギンガに、げんなりしながらハルミは答えた。
「とにかく急いで街に知らせろ! 城門の衛兵に! 残りは避難の呼びかけだ!」
石工の親方は2班に分かれていた石工衆をまとめると指示を出す。
上下関係の明確な集団はこういう時に対処が速い。健脚を誇る若い職人が城門まで危機を知らせに走り、残りの石工衆は河川敷に来ている人々に避難を呼びかけるため散っていった。幸いにも曇天の平日ともあって河川敷に来ていた他の人々は少ない。目に付く範囲では、そのほとんどが危機を察して自主的に避難し始めていた。
「カイザン先生も、早く王都に避難を!」
「わかった。 ハルミ、お前たちもいっしょに」
カイザンが振り向くのだが、彼女らの姿が無い。
愛弟子と、その弟子だという不思議な少女。そして小間使いだか下男だかよく分からない男の3人だ。慌てて首を巡らすと、堤防に放置されたままの荷台の前に揃って佇んでいるではないか。
「何をしておる! 早く逃げるぞ! 像は捨て置くがいい!」
「先生あのね。 ちょっと私たちやることあるから、先に逃げてていいわよ」
「お前は何を!?」
必死の形相で詰め寄るカイザンに、ハルミは微笑んでそう答えた。
どちらかというと、苦笑に似た笑顔であった。
チャッ!チャッ!チャッ!チャッ!
チャッ・・・チャッ・・・チャッ・・・チャッ!チャッ!チャッ!
その歪な笑顔の後ろから聞こえてきたのは、形容しがたい謎の掛け声。
発しているのはあの小間使いの男か。
続けて何処からか鳴り響く、異国情緒を匂わすような音楽。印象的な太鼓や打楽器の音。
なによりもカイザンの目に焼き付いたのは、曲に乗って舞い踊る紅白の少女の姿。
腕の振りをなぞる様に弧を描く白袖、大輪の鳳仙花のごとく裾を広げる緋袴。
半世紀以上もの長きに渡り美と芸術を求めた名工の、新たな邂逅であった。
そんなことなどいざ知らず、笛と太鼓の前奏を追って、小間使いの男ことギンガが歌い始める。
ホノオめくイクサ道 何処までもつづく
末法に導かれ コトダマは巡る
古事記にも書いてる殺伐 しめやかに飛び散る爆発
アトモスフィアが溢れだしてる 諸行無常が駆け抜けてく
ランガ イヤァ ゴオランガ ハイクを詠め
ランガ アイェ ゴオランガ 囲んで叩け
ランガ アバァ ゴオランガ ケジメつけろ
ランガ グワァ 神の眠る島で
90年代末期に制作されたエキゾチックニンジャ活劇アニメ「南海機甲」の主題歌である。
紀伊半島は南海沖に突如浮上した火山島ネオワカヤマに、地下資源採掘の名目で基地を築いたメガブラック企業。政府の調査任務に忍び込んだ凄腕ニンジャエージェント「ニンジャスゴイヤー」が見たものは、極秘に製造された巨大ニンジャ兵器「メタルジライヤー」であった。手強い機械兵に追われ未開発の島深部に潜んだ彼は、古代サンスクリット語の刻まれた謎のほこらで1体の土人形を発見する。それこそ島を守る古代ニンジャ巨神「南海機甲」の封印体であった。
という内容の、敢えて異国情緒を曲解した奇抜な世界観、そして原作の英文を無理やり翻訳した歪な表記・台詞回しがファンから根強く支持されたアニメ作品である。
またその主題歌も独創的で、インドネシアはバリ島に伝わる呪術的な合唱舞踏「ケチャ」が取り入れられたものであった。
この主題歌の出現によりアニメソングは「アニメ中に流れる曲」という定義に基づき、呪術的音楽すらジャンル内に取り込むこととなる。このジャンルが持つ、他に類を見ないほどの懐の深さを示す上で重要な証左と言えるであろう。
ルイはその歌の奏でる竜巻めいた力の濁流に翻弄され、身と心を焦がしながら踊った。
聞いたことも無い不思議な音楽。しかしどこか、巫術師に伝わる神降ろしの歌に似ている。
そして何より歌の合間に差し込まれるチャッ!チャッ!チャッ!という掛け声。
青年がそれを発するたび、高鳴る心臓を直接掴まれるかのように、情熱が血管を通り四肢に流れた。
いつもよりも凄い。熱い。どこか懐かしいなにかが、身体に入ってくる。
このままでは、このままでは身体が燃え尽きてしまうかもしれない。
体に宿る熱量を少しでも消費するように、ルイは飛び跳ね、踊り回った。
ケチャのルーツが本来、幼女に神を降ろす信託の儀式に由来していることは、決して無関係では無いのだろう。
ギンガが歌い、ルイが踊るとともに、目前に立つ勇者像にも変化が起こり始める。
ズンズンと巨大化すると重さに耐えかねた荷台を踏み潰して後ろに転倒し、さらに堤防の斜面を押し潰しながら巨大化を続けた。それは「南海機甲」において、主人公にニンジャソウルを吹き込まれて巨大化する土人形の様相を呈した。
なんとか最後まで踊り切り、恍惚に溺れていたルイが正気に戻った時、目の前には30メートルに及ぶ巨大な勇者像が横たわっていたのであった。
「うおお! 巨大ロボ! 夢に見た巨大ロボだ!」
喜び勇んだギンガが、堤防の端から勇者像の胸部に飛び付く。
センサーか何かが付いているのだろう。駆動音を立ててコクピットハッチが開いた。
「・・・同じだ! ・・・こいつ、・・・うごあ!」
開いたハッチにへばり付き、コクピットの中を覗きこむ。
口にするのは、お決まりの台詞だ。
まさに感無量。一度は言ってみたかった男の浪漫。
しかし彼が、それを言い切ることは出来なかった。
得てして成就しないからこそ、男の浪漫なのかもしれない。
「さっさと入りなさいよ! あの化け物がもう出てきちゃうわよ!」
続けて飛び乗って来たハルミに背中を踏まれ、ギンガはコクピット内に蹴落とされる。
河川敷では既に、石の大怪物がその下半身までも地上に現す火急事態だ。その様子を見ていたハルミが、浪漫より避難を優先するのは仕方のないことだった。
操縦席に抱き着くように落下したギンガの背に、ハルミの尻がズシンと落ちて来た。
「ここ狭いわね。 ちょっとギンガ、邪魔だから椅子の後ろに行きなさいよ」
「待て、これ1人乗りだぞ」
「あんたじゃどうせ動かせないでしょ。 ほらルイちゃん乗って!」
ハルミの尻の下でもがくギンガに、さらに負荷がかかる。
どうやらハルミに次いでルイまでコクピットに乗り込んできたらしい。荷重から逃れるように何とか操縦席の後ろに滑り込んだ。
こうして操縦席にはハルミ。抱き着くように膝の上にはルイが横座りに収まり、操縦席と内壁の隙間にギンガが身を押し込めることで、なんとか無理やりの3人乗りとなった。
「いやおかしい。 なんで俺がこの位置なんだ。 絶対におかしい」
浪漫もへったくれも砕かれたギンガの嘆きをかき消すように、コクピットハッチが閉まる。
「さあ動かすわよ。 ひとまず立ち上がらないと」
機械操作スキルと傀儡師スキルを発動させながら、ハルミが操縦レバーを握る。操縦者の意思を感知すると、いよいよ陰陽式石兵八連円陣がギュイインと唸りを挙げて回り始めた。
周辺の堤防をさらに崩しながら、勇者像がその勇ましい巨体を起こす。
正面モニタには時を同じくして、遂に復活してしまった石の大怪物の姿が映し出されていた。向こうも30メートルはあるだろうか。岩塊で構成された重厚な身体は、巨大なゴーレムを更に巨大化したような姿であった。
「災害級モンスター、ダークゴーレムか。 やるわよルイギンガー!」
魔物鑑定スキルで正体を見極めると、ハルミは操縦レバーを前に倒す。
頭に流れ込んでくる感覚から察するに、やはり鎧の飛竜を操った時と似たようなものらしい。スロットルペダルを踏み込むと、勇者像は猛然と突進し始めた。
「なあ、せめて名前は変えようぜ? 出来ればガンダルかゴオランガ」
「駄目よ。 この子が自分でそう名乗ってるもの。 操縦桿から気持ちが伝わってくるわ」
ギンガの最後のあがきも空しく、その不本意な機体名は定着してしまったらしい。ロボットアニメに良くあるパターン。成り行きで乗った主人公がロボットの専属パイロットに登録されて変更が効かない、というのならば仕方がない。しかしまさか機体名の変更すら許されないとは。
やはり上手くいかないとギンガは肩を落とす。
ルイはと言うと、2人の名前が並んで呼ばれることに何か感じ入るものがあったのだろうか。少し頬を赤らめながらも、まんざらでもない表情で俯いた。勇者像の歩行に併せてゆさゆさと揺れるハルミの胸部が目に映った。
「喰らえ、よいっしょーー!」
桜の舞う河川敷に、2体の巨人が激突する。
ゴワンガキンと金属のぶつかるような音が鳴り響いた。
ダークゴーレムを突き飛ばすつもりでショルダータックルを仕掛けたハルミだったが、重量はどうやら敵のほうが上らしい。辛うじて互いに仰け反ることとなった。生半可な突進では逆に弾き飛ばされていたに違いない。
「さすが硬いわね。 肉弾戦は不利か。 なんか武器無いの!?」
「ええと多分、背中にビームソードがある・・・と思う」
ハルミの問いにギンガが答えるが、如何せん歯切れが悪い。
この勇者像はアニメになど登場しないあくまで異世界オリジナルの存在なので、詳細な知識が無いのも無理からぬことだ。
ファーストガンダルの装甲をまとっているのだから、恐らくビームソードも残っているはず。そんな仮説を立てて応えた。ただし頭部はルイの作ったヒヨコ像が戦闘機からヘルメットに変形しているので、頭部ガトリング砲は無くなっているかもしれない。
「ビームソード・・・、このボタンね」
操縦桿から伝わってくるらしく、操縦法に関してはギンガよりも詳しいハルミ。
数瞬ばかり機械操作スキルに意識を向けると、操縦桿の根元にある赤いボタンを押し込んだ。
ギョインと音を立てながらムーブアシスト機能が作動し、勇者像はプログラムされた一連の動作で背中に装着されていた円筒を引き抜く。一瞬の間をおいて手に持った円筒からピンク色の光刃が迸った。縮退されたヒレフスキー粒子をメガフィールドによって収束・制御された科学の剣「ビームソード」である。
「せやっ!」
裂帛の気勢と共に、勇者像が横薙ぎの斬撃を放つ。
傀儡師スキルと初級剣技スキルによって繰り出されたそれは、王国式剣術の基本技「薙ぎ払い」だ。
ピンク色の軌跡を曳いて、光の巨剣が奔った。
キイイイイン!
金属音というよりは、ハウリングのような共振音に近い。
当たれば一刀両断の科学の剣は、しかしダークゴーレムの腕に防がれ、不快な音を響かせた。封印されるほどの災害級もさしたるもの。その身にまとう結界がビームソードのメガフィールドと相反発し、必殺の一撃を防いだのだ。
「まだまだああ!」
立て続けにハルミは巻き打ちから流し切りを繰り出す。王国式剣術教本のような連続技。しかし人型にしては随分と大きい、どちらかといえばゴリラのように太い両椀によってことごとく弾かれてしまった。
反撃とばかりに振るわれたダークゴーレムの剛拳を、辛うじて交わしながら距離をとる。
斬撃を繰り返してもらちが明かないようだ。
額から流れる汗を拭うと、ハルミはレバーを握りなおす。
あくまで王国式剣術基本の構え。
左手に盾が無い心もとなさを、意識の外に追いやる。
狙うは敵の急所となる、胴体内部の核石への一撃。
それには勇者像の出力とエネルギーゲインが足りない。
「急所への一突きを狙うわ。 ギンガ、ぼうっとしてないで歌いなさい」
「おお、おう。 頼んだぞ!」
「ルイちゃんは踊れないでしょうから祈っててね。 お花見の場所を守るのよ」
「・・・うん!」
チャッ!チャッ!チャッ!チャッ!
チャッ・・・チャッ・・・チャッ・・・チャッ!チャッ!チャッ!
切先を構える勇者像に、ダークゴーレムがじりじりと詰め寄る。振りかざした大木のような両椀が、いつ振り下ろされてもおかしくはないこの大一番。
再び「南海機甲」の主題歌が流れ始めた。傍から見れば処刑用BGMかもしれないが、乗っている側からすれば安心感などまるでなかった。
吟遊詩人と踊り巫女スキルの重ね掛けによって、勇者像の出力がさらに跳ね上がる。ビームソードがより太く長く伸びるのを合図に、勇者像が勢い良く踏み込んだ。
キイイイイン!
再び共振音を撒き散らしながら、光の切先が徐々にダークゴーレムの胸部に沈んでいく。しかしまだ核石には届いていない。
ダークゴーレムが重量に任せ、右腕を振り下ろした。本来なら盾で受け流すところだが、その盾が無い。とっさに胴体を庇った左腕が攻撃を受け止め、付け根から千切れ飛んでしまった。
「もう少し!」
ハルミが叫び、ギンガが歌声を張り上げ、切先がさらに深く突き刺さる。
ダークゴーレムも負けじと、左腕のフックを放った。勇者像の頭部に直撃し首より上を吹飛ばしたそれは、本来ならば絶命に至る一撃。首を失ってなお生きる生物などありはしない。しかし、なまじ生物的な本能をもって放たれたそれは、裏目に出ることとなった。
勇者像にしてみれば、たかが頭部をやられただけなのだから。
「とどめええーー!!」
叫ぶハルミに必死に抱き着きながら、ルイは祈った。
本来なら踊りに消費する熱量を、必死に胸に詰め込んで祈った。
ここで倒さなければ、ダークゴーレムは河川敷を蹂躙し、王都を襲うだろう。
そうなればきっと、お花見は無くなってしまうに違いない。
誘ってくれた優しい老人たちの顔が胸中に浮かぶ。
舞い散る桜・・・
みんなの笑顔・・・
甘いもの・・・
桜餅・・・
お花見団子・・・
最後に一層出力を増したビームソードが、ついに核石を貫き背中へと飛び出した。核を失ったダークゴーレムは、本来無生物である身体を維持出来ない。構成する岩石や土塊がボロボロと崩れ始めた。
「お、終わった・・・」
枯れた声でギンガが呻く。精も根も、喉すら尽きてしまった。
勇者像もすでに満身創痍。撤去された戦士像よりもさらにひどい有様である。
突き出された光の剣には、土塊の身体が崩れてむき出しになった核石が突き刺さったままだ。
その核石を見つめながら、ハルミが悔しそうに声を挙げる。
「まだ終わってない。 本当に陰険だわ。 いやらしい」
「どういうことだ?」
「あの核石・・・、なんか爆発するみたいなのよね・・・」
爆発物取扱スキルがハルミの頭にガンガンと警鐘を鳴らす。
核石が間もなく大爆発を起こす緊急事態なのだと。災害級モンスターの動力となっていたエネルギー量の放出だ。推測では河川敷一帯を吹飛ばすに違いない。
「どうしよう! 何とかしないと爆発で死んじゃう!」
「ハルミ! 空だ! 投げろ!」
「よっしょーー!!」
慌てるハルミにギンガが叫ぶ。
処理しきれない爆発物は、空の彼方に投げ飛ばすもの。アニメや漫画のお決まりである。勇者像は最後の力を振り絞って、核石が刺さったままのビームソードを上空に投げ飛ばした。
曇天のはずの王都の空に、太陽が輝いた。
その下には、頭部と左腕を失い、右腕を天に振り上げた勇者の像が立っていた。
太陽に光に照らされたそれは、実に神々しかった。
「お前たち、無事であったか!」
命からがら降機すると、3人は思わずその場にへたり込む。
もはや一歩も動けそうにない。そこへ堤防からカイザンや石工衆が駆けつけた。
「お陰様で。 3人とも怪我一つ無いわよ」
「それにしてもよくぞ倒したものだ。 このカイザン、しかと見届けた」
「その代わり、作った像はボロボロになっちゃったけどね」
3人の後ろにはスキルの効果が切れ、破損したまま元の大きさに戻った勇者像が佇んでいた。さすがにこれを取り付けるわけにはいかないだろう。
中級工芸スキル取得の野望が潰え、ハルミが深いため息をついた。
「そのことだがなハルミよ。 新たな像の件はワシに返してもらえんだろうか」
「え? 先生が? あんなに乗り気じゃなかったのに?」
訝しむハルミに対し、カイザンは普段よりさらに眼力のこもった眼差しを返す。
堤防の上で見た艶やかな巫女の舞い。光の下に照らされた荘厳なる巨大勇者像。
老齢を向かえなお、名工の目は新しい発見と意欲に燃えていたのであった。
「・・・上を、 ・・・・向かないで」
「わかってるよ」
3日後、予定通り老人会によるお花見が行われた。
一連の大怪物復活騒動だが、ルイの後見人である老神官を通して報告を入れたため大事にはならなかった。不用意な混乱と踊り巫女スキルの悪目立ちを避けるため老神官が手を回したのだ。公式記録では、河川に流されて郊外に迷い込んだ野良ゴーレムが冒険者によって討伐されたということになっている。結果として衛兵による河川敷の見回りが、少し厳重になった程度でことは収まったのであった。
とばっちりを食った衛兵が時折巡回するなか、老人たちとギンガたち3人に加え、カイザンと石工衆も加わった花見会は大変に盛り上がった。
満開に咲き誇る一面の桜もさることながら、一番の見どころは名工カイザンの新作像である。
ダークゴーレムの残骸から採れた大量の最高品質ダークゴーレム粘土を使い、石工衆と協力して2日がかりで仕上げたそれは、全長10メートルに及ぶ巨大な踊り巫女像。あろうことかフル塗装である。
桜の枝々を花畑に、白袖は腕の振りをなぞる様に弧を描き、緋袴は大輪の鳳仙花のごとく裾を広げる艶姿。類無き強度を誇るダークゴーレム粘土だから可能になる圧倒的な作り込みたるや、まさに「細部にこそ神は宿る」の言葉そのもの。さらにカイザンの持つ人間国宝スキルによって繰り出された工芸の奥義は、その巨像の隈なくを染付るという神業を成し遂げた。たなびく黒髪に陶磁のような白い肌。上気して桃色に染まる頬。今にも踊り出しそうな生気に満ち溢れた、名工一世一代の会心作であった。
「は~~、 凄いものねえ。 やっぱり及ばないわ」
グラスを傾けながら、ハルミは空にそびえる踊り巫女像を見上げて息を飲む。
同じ少女を題材にしたからこそ、自身が作った像とは格の違いが見て取れたのだ。
隣でぐい飲みを煽りながらカイザンが口を開く。
「お前の才能で工芸に専念すれば、この域も不可能ではないぞ」
「んん、折角だけど私はこのままでいいわ」
ハルミは結局、中級工芸スキルを取り逃してしまった。
しかし「巨人殺し」という超レアスキルを取得したため、すこぶる機嫌は良かった。
「それにしても先生。 なんでルイちゃんのパンツの色、知ってるのよ」
「それはワシの域になればわかる。 真の芸術は心の目には自ずと見えてくるのだ」
「ったく、エロジジイ」
空にそびえるフル塗装の踊り巫女像は、細部まで・・・それこそ緋袴の内部に至るまで非常に精巧であった。
なお、ダークゴーレムの身を守っていた結界の効果は、素材にも反映されたらしい。踊り巫女像は以後永年に渡って壊れるどころか汚れ1つ付かず、その美しさを保ったと言われている。
この花見のもう1つの華であるルイは、幾度となく老人たちに呼ばれては、彼らの歌に併せて舞を披露した。しかしそれが終わると、すぐさまギンガの元に帰って来る。彼を見張らなければならない。
自分を模した巨大像はあまりに細かく作られていて、恥かしさに顔から火が出る思いがした。
しかしみんなに見られるのはもう諦めた。諦めて良いと思うほど、自分でも見惚れてしまう出来なのだ。強いて言うなら自身に比べ、少し鼻が低いことと、胸が小さいことくらいしかケチのつけようがない。
ならばせめて、この青年だけは見張らなければならない、と。
「・・・絶対に、 ・・・・見ないでね」
「わかったわかった」
こうしてギンガは折角の花見の席に、桜を見上げることすら禁じられたのであった。
溜息1つ、桜餅をかじる。
紅色に染められた生地から、白い餡が見えた。




