レッツ!ガッタイン!
王都を取り囲む城壁の東側城門を出て街道をしばらく進むと、左手に大きな堤防が近付いて来る。
王都の水源を担う長大な河川。それに沿って築かれた堤防を越えると、目前に広がるのは民衆の憩いの場である河川敷の公園だ。その遊歩道沿いに植えられた桜が、色付き始めていた。
「あら、 ずいぶんと花が開いてきたわねえ」
そんな河川敷公園を歩く3人の姿。
相も変わらず今日も今日とて、冒険者ギルドで依頼を受けたギンガとハルミ、そしてルイである。
今日は香水の原料となる野の花の採取と、ついでに晩御飯用の魚を釣りにこの河川敷までやって来た。
7分咲きの桜並木を縫うようにステップを刻むルイの顔には、桜に負けじと花のような笑みが浮かんでいる。
ギンガと出会い、ハルミに学び、数々の経験を経て今なお心豊かに成長し続けるこの紅白少女に、今まで用いて来た「無表情」という形容は、もう相応しくないのかもしれない。
「・・・綺麗、 ・・・お花見、楽しみ」
その笑みが一層の喜色を強める原因は、遡ること3日前のこと。
行きつけの教会前広場に集うお年寄りたちから、お花見に誘われたことに発する。
なんでも毎年、桜が満開になった頃を見計らって、桜の名所である河川敷公園に行楽するのが老人会の慣わしだとか。
不意の誘いに同行していたギンガの様子を伺い、彼が肯くのを見てルイが参加の意思を示すや否や、老婦人たちから喜びの声が上がった。
「ルイちゃん甘いもの好きよね? じゃあ桜餅を作って持っていこうかしら」
「いいわね。 私はお花見団子を拵えていくわ」
「男どもは飲んでばかりで甘いもの食べないから、いつも作り甲斐が無かったのよねえ」
そんなやり取りの末、河川敷お花見&スイーツ祭りに参加することになった。
植物鑑定スキルを持つハルミの見立てでは、満開は1週間後。その日が来るのが待ち遠しくて。でも待っている日々もなんだか楽しくって、ルイは桜並木の中、喜びの舞をクルクルと舞い踊った。
「む、 ハルミじゃないか」
「へ?」
その日の夕方ごろ。
鮮やかな夕焼け空に響く、太く威厳のある男性の声に呼び止められた。
クエスト達成に十分な量の菜の花と、夕飯に丁度良い程度の釣果を確保して、帰路に就いた道すがらのことだ。
ハルミが声のする方を見上げると、堤防の上からこちらを見ている老人の姿があった。
歳は60代くらいだろうか。顔にはしわが刻まれているものの、ギラリとした鋭い眼光によって年老いたという印象が湧かない。ひょっとしたら歳はもう少し上かも知れない。しかし100人に見せれば100人が強面と断ずるであろうことだけは間違いない。
同じく老人の威風を目の当たりにしたギンガの第一印象は、任侠映画のやくざであった。
さらに老人の背後には付き人らしき男性がスッと控えて立っているので、やくざの世界にさして詳しくない彼の脳裏にも「クミチョウ」とか「オジキ」といった単語が浮かぶ。
「あら、カイザン先生じゃない。 こんなところで珍しいわね」
「お前も元気そうだな。 なによりだ」
そんな強面老人に対していつものように接するハルミに、ギンガは思わずギョッとする。
意外に顔の広い彼女は、よりによってやくざとも面識があるのか、と。
しかし幸いにも、ギンガの失礼な想像は的外れであった。
この男の名はカイザン。
王都における屈指の工芸家、また絵画や書、その他の芸術にも精通する当代一の文化人としても名の知れ渡った名工カイザンその人である。本来ならハルミが関わることすら出来ないほどの雲上人なのだが。
芸術関係の初級スキルをまとめて手っ取り早く覚えたい。そんな身勝手な理由で名高きカイザンの工房にいきなり押し駆けたのが数年前。
その「スキル欲」に対する素直さと真摯さをカイザンが特に気に入り、ハルミを暫定的な弟子にしてからの付き合いである。持ち前の器用さと何よりも強い貪欲さでメキメキと芸術スキルを修得したハルミは、カイザンにとっても覚え目出度き優秀な弟子であった。
「で、どうしたの? 先生がこんなところに来るなんて」
「うむ。 実はな、あの戦士の像のことだ」
最寄りの石階段で堤防を降りて来たカイザンが、そのゴツゴツした指をさす。
その先は河川敷公園の中央。そこには鎧を纏った戦士の像が立っていた。高さは台座を含めて4メートルほどか。ハルミたちも河川敷を通る時に毎回目にする古ぼけた年季モノの石像である。その台座に刻まれた碑文によると、大昔に強大な化け物を倒したか封じたかした勇者の像らしいのだが、如何せん王都がこの地に築かれるよりもさらに前の話なので、詳しいことは歴史に埋もれてしまっていた。
「老朽化により、近々撤去されることになった」
「確かにあの像、随分とボロボロよねえ」
2人して会話を交わしながら、戦士像に歩み寄る。
定期的に清掃されているようだが、永年染みついた汚れは落ちるわけも無く、あちこちが薄茶色と薄緑の汚れが染みついている。こうなってくると本来はあったであろう威厳も薄れ、ややもすれば大地に剣を突きたてた勇ましい戦士どころか、剣を杖代わりにすがる哀れな敗残兵にも見えてしまう。
「それで代わりの像を作るように、行政官から達しがあった」
「さっすが、当代一の工芸家よね。 不詳の弟子たる私も鼻が高いわよ」
「ふっ、お前が外でワシの弟子を名乗ったことなど無いだろうに」
胸を張るハルミに、カイザンは強面に似合わぬ優しい眼差しを向ける。
何かとカイザンの高名を利用しようとする連中や、覚えのない自称弟子も出て来る昨今。弟子であることをスキル習得以外で利用しようともしない彼女の生き様に、ある意味芸術家のストイックさに通じるものを見出したのだ。心なしか緩む表情を再び険しいものに戻すと、カイザンは続けた。
「しかしな。 ワシはどうもこの話に気が進まん。 この話は断ろうと考えておる」
「なによそれ。 もったいなじゃない。 無償とかじゃないんでしょ?」
王宮からの直々の依頼を断ろうとする師匠に、ハルミが難色を示す。
事なかれ主義の王宮や行政に選ばれたということは、まさにその業界における第一人者の証左である。売れない同業者や、売り出し中の若手が聞いたら、狂わんばかりに羨ましがることだろう。
それに対し、カイザンはボロボロの戦士像を眺めながら答えた。
「ワシはな、 この像のような、風雨で朽ち果てる定めのものを作ろうとは思わん」
元は立派であったであろう戦士像の朽ちた現状。それを確認するために彼はこの河川敷に足を運び、件の戦士像を目の当たりにして、辞退することを決断したのだった。
「でも、折角の依頼を無下に断ることもないでしょう」
「そうかも知れん。 だがこれはもう決めたことなのだ」
なおも言い返すハルミ。それを断りながらもカイザンの顔に新たなしわが刻まれる。
物おじせずずけずけというところは、巣立ってからも相変わらずのようだと。
そんな親心などいざ知らず、当のハルミはさらにずけずけと本題に移った。
「じゃあさ先生。 私に譲ってよ。 私が像を作るから、出来が良かったらそれを採用ってことで」
「お前は何を・・・。 そうか。 確か中級工芸スキルを欲しておったな」
「さっすが先生。 鋭いわねえ」
ニヒヒと歯を見せて笑うハルミに、カイザンは思わず呆れかえる。
欲望に忠実なのにも、いい加減程があるだろうに、と。
初級の工芸スキルの習得条件は解りやすい。
作品を数多く作り続ければそのうち修得できるのだ。ハルミの家の食器はその修得過程で作られたものであり、量産性を最重視したことから極力無駄を排したシンプルなデザインのものが揃っている。
しかし中級工芸スキルともなると、修得にはかなり困難な条件の達成が求められる。
作った作品に対して他人からの評価が必要となっているのだ。人々の評価が経験値として蓄積し、一定以上になると中級スキルを修得できる仕組みである。そしてそれを順調に獲得できるかどうかで、工芸の道で生きていけるかどうかが左右される関門でもあった。
「うむ。 確かに、王宮の依頼を無下に断るのも、失礼かもしれんな」
「でしょ! でしょ! はい、決定」
「わかった。 行政官にはワシから伝えよう。 ワシの代わりに不詳の弟子が試みる、とな」
こうして呆れ顔のカイザン相手に、ハルミが無理やり要望を押し込むかたちでことは決まった。
彼女が力ずくになるのも無理はない。一度は諦めたはずの中級工芸スキルを得る機会が思わぬかたちで転がり込んできたのだ。
ちなみに彼女はその昔、中級スキル習得のために、この国の王女を模した精巧な像を作ると、行政に無許可で大通りの広場に設置したことがあった。修得には何よりも作品を人目に晒す必要があると判断したからだ。
その後、不審物撤去のために出動してきた衛兵と揉めごとを起こし、更にその王女像があまりに精巧過ぎたためか、王室侮辱罪に問われかけ、カイザンの尽力によってなんとか事態が収拾したという、紛れも無き前科である。
そんなことなどおくびにも出さず、続けてハルミが問う。
「それと新しい像なんだけど、こんな戦士の像じゃなくてもいいんでしょ?」
「ほう? 確かに題材は決まっておらんが、なにか作りたいものでもあるのか」
聞き返すカイザンに、ハルミは堤防の方を指をさして答えた。
任侠やくざのような風貌のカイザンに近付くことを躊躇い、いまだ堤防の近くで突っ立っているギンガ。さらにその背後に隠れて心配そうにこちらを伺っている紅白少女が、ハルミに指をさされ、カイザンの鋭い眼光に晒されて、ビクリと震えた。
「今どき厳つい鎧戦士なんか流行らないわ。 作るならああいう美少女ものよ、先生」
その2日後。
「はい、ルイちゃん動かないで、そのまま。 ギンガ、もう少し足幅を広げて」
「・・・うう」
ハルミ宅の錬金工房の一角に、カイザン邸より運び込まれた粘土の山が築かれていた。ただの粘土ではなく、ゴーレム粘土と言う特殊な素材である。
本来は無生物であるはずの土塊に、人為的あるいは自然に意思が宿り、その意思に沿って動くゴーレムというモンスター。その残骸から採れるこの素材は、形を思い浮かべながら捏ねるとその形に変形するという特性を持っている。この異世界では粘土像を作るうえで、必須の素材であった。
「ルイちゃん、俯かない。 ギンガももう少し身体を寄せて」
「おう、こんな感じか」
ガイザンから格安で譲り受けたゴーレム粘土を捏ねながら、ハルミが指示を飛ばす。その先には寄り添って立つギンガとルイの姿があった。
当初は「踊り巫女像」を作る予定だったのだが、1人じゃ恥ずかしいとルイに頑なに拒否されて、止むをえず「踊り巫女と詩人の像」を作ることにしたのだ。幸い粘土は十分な量を貰っている。
しかしながら2人分の像を用意した1つの台座に載せるとなると、身体を密着させるしかない。結果として社交ダンスかバレエのように、ギンガが背後からルイを支える構図となった。
首筋にわずかに感じるギンガの吐息に、ルイはつい俯きそうになるのを我慢する。
もちろんギンガはギンガで、密着する少女に息を荒げる変態だと思われたくないという健全な青少年特有の思考で、口の端から別の方向へ息を逃しているのだが。
「なあルイ。 きつかったら言えよ?」
「・・・・うう。 ・・・がんばる」
ルイにしてみれば1人じゃいやだと言った手前がある。それに自分と青年がモデルの像に興味が無いと言えばウソだ。それは言わば、気になる異性との2ショット写真を求めるようなものかも知れない。
兎にも角にも、ルイは顔を真っ赤にしながら、粘土像が出来上がるまで必死に耐えるのだった。
「出来たあああ」
1時間後。
ひたすら粘土の山と格闘していたハルミが作業台に突っ伏する。
いくら捏ねるごとに形が思うように整っていくゴーレム粘土とはいえ、人間2人分の粘土像を捏ねるとなるとまさに大仕事であった。
汗に塗れながら粘土を捏ね、細部をヘラと細工棒で整え、ようやく完成したそれはクルクルと舞い踊る巫女像。
その片足を後ろに水平に伸ばし、もう片足で爪先立つ一瞬を切り取ったような躍動感たるや今にも動き出しそうだ。白衣の袖は腕の振りをなぞる様に弧を描き、緋袴は大輪の鳳仙花のごとくその裾を広げている。そしてその踊り巫女の背後に寄り添う詩人像も見事だ。踊り巫女を支えるように肩に置かれた右手と、導くように左腕に被せられた左手。踊り巫女を優しく引き立てつつも、包み込むような力強さを醸し出している。
「おお! こりゃ凄いな。 よくこんなの作れたなあ」
「・・・カッコいい!」
ギンガが素直に称賛を述べる。
自分を象ったものなど今まで見た経験が無い彼にとって、心からの驚嘆である。
少しポーズをとってはグラついて倒れたり、元のポーズを忘れて戸惑ったりと、ドタバタ騒いだ1時間だった。しかし出来上がった粘土像は実に堂々としたもので、わざわざ吟遊詩人ぽい衣装を借りて来た甲斐があったというものだ。
「じゃあお風呂入ってくるわ。 まだ固まってないから絶対に触っちゃ駄目よ」
そう言い残してハルミは事前に用意していた風呂へと向かう。
その背中にギンガが尋ねた。
「なあ、そこの余ってる粘土は使ってもいいか?」
「なによ。 あんたもなんか作りたいの?」
ハルミが怪訝な面持ちで振り返る。
元の世界ではロボットのプラモデルやフィギアに手を出していたギンガだが、ハルミの粘土作業を見ていて、久しぶりに製造意欲が刺激されたらしい。ましてや思い描いたように形が変わっていくというゴーレム粘土なるファンタジーアイテムを目の前にすれば尚更である。工房の片隅にはまだ半分弱ほどもゴーレム粘土のブロックが余っているのだ。興味が湧かないわけがない。
「そのうち固まっちゃうし、好きに使っていいわよ。 ただくれぐれも像には触らないようにね」
ハルミはそう言い残して、工房を出ていった。
さっそく布の服に着替えたギンガは、余っていた粘土ブロックを作業台へと運ぶ。こんな面白素材を前に、何を作ろうかと意気揚々だ。
ルイのほうも興味津々だったようで、ブロックの1つをさも当然と言わんばかりに確保しては、ギンガの対面に陣取り、コネコネと練り始めた。
「ああ、なんか違う。 結構難しいな、これ」
それから思考錯誤の30分。
ギンガは、まだまだ不格好な自作の粘土像を修正していた。
作成に手間のかからないゴーレム粘土のお陰というべきか、大まかな形は出来つつあったのだが。
「次こそはガンダルを! いや、今からでもノラえもんにすべきか・・・!?」
思うようにいかないクラフト作業に、ギンガは思わず渋い顔を浮かべた。
彼とて美的センスは人並みにあるはずだし、意外に絵は上手い。しかしそれでも彼が目指す、2次元描写のロボットを3次元に映し出す作業は困難を極めた。何よりここは異世界。見本も資料も無い以上、この世界に来る前の記憶に頼るしかないのである。
苦戦するギンガとは対照的に、ルイは納得のいく粘土作業をやり終えた。
作業台には短い翼を広げた丸っこい鳥のような粘土細工が鎮座している。ルイ曰く、翼を広げて空を舞う大鷲の像である。
ギンガは作業中のそれを脇目に見て、スズメかヒヨコだろうと思っていたのだが、ルイ本人が出来に満足しているようなので黙っておいた。それよりもガンダルの口元スリットが2本だったか3本だったかを思い出す方が重要なのだ。
更に10分後。
何とか妥協できる程度の1/10スケール、ファーストガンダル像が完成する。
直線の多いロボットとは言え、棒立ちした不格好なロボット像を作るのにそれだけかかってしまった。
この倍の量の粘土を使い、しかも衣装をまとう躍動的で表情豊かな踊り巫女像を1時間で作ってのけたハルミの技術力を思い知りながら、ギンガはロボット像越しに踊り巫女像を眺めた。
そこには、踊り巫女像を至近距離からまじまじと見つめるルイの姿があった。
作業を終え、手持ち無沙汰だったのか、それとも像の出来栄えに興味があるのか。自身の像に顔を近づけるその光景は、鏡写しのようだ。
やがてルイは、じいいいっと見つめた後、真剣な眼差しで口を開いた。
「・・・・・わたしの鼻、 ・・・・もう少し・・・高いと思う」
「お、おお、 そうか?」
ギンガとしては瓜二つにしか見えないのだが、ルイとしては看過できないほどの間違いなのだろう。粘土像の顔を指でチョンチョンと調整し始めた。ゴーレム粘土の特性によって、ルイの思い浮かべる高さに鼻が調整される。
「・・・・これが、・・・正しい」
「おお、そうだな。 そっくりだな」
ルイの手によって心持ち調整されたらしい粘土像の顔だが、ギンガには修正前との違いがさっぱり分からない。しかし素直に言うと不評を買いそうなので、取り敢えず賛同する。これによってルイが変な自信を付けてしまったのが、そもそもの不幸の始まりであった。
続いて彼女は、おもむろに踊り巫女像の胸のあたりを観察する。
「・・・・・ここも、 ・・・・・もう少し、 ・・・・・大きい」
「なあ、 あんまり触るとハルミに怒られるぞ」
ギンガが忠告するのだが、ルイは止まらない。
女性としての沽券がかかわっている以上、ほんのわずかな妥協も許されないのだ。
そんな決意に後押しされて踊り巫女像の胸を摩っていると、またしてもゴーレム粘土が反応したらしい。徐々に徐々に、踊り巫女像の胸部が膨らみ始めた。
・・・もう少し、 ・・・もう少し
ルイを突き動かすささやかな虚栄心、あるいは願望。それがあだとなった。
当然ながら粘土は空気に触れる表面から固まり始める。その最中に変形させようとするとどうなるか。
かくして固まっていない内部の粘土が胸部に移動したことにより、末端部分が空洞化を起こす。そしてそれは強度不足を誘発し、重圧のかかる部分を瓦解せしめるという形で表面化するのであった。
ボキッ!!
「あっ!」
「ルイ!!」
踊り巫女像の自重を支えていた一本立ちの左足首が、不吉な音を立てて砕ける。
そして支えを失った踊り子像は、詩人像の両手首を道連れに崩れ始めた。
本来なら粘土像の内部には支柱が入ってはずである。しかし予定に反して踊り巫女と詩人が並び立つ像となったため、用意していた支柱は詩人像の内部に使われており、踊り巫女像には入っていなかったのだ。
固まれば高い強度を発揮するゴーレム粘土の、十分に固まる前の崩壊であった。
不幸中の幸いと言えば、作業台から倒れ込んできた踊り巫女像と、驚いて転んだ本物の踊り巫女を、なんとか受け止めたギンガのファインプレーが炸裂したことくらいか。
「・・・・・どうしよう、 どうしよう。 ・・・うう」
両手首の無い詩人像と、足首が折れて横たわる踊り巫女像。作業台の上の惨劇に呆然としていたルイが、メソメソと泣き始めた。少女の胸を締め付けるのは、大事な人の大事なものを壊してしまったという悲しみが半分。そしてスキルのためなら鬼となるハルミの恐ろしさが半分である。
「ルイ、泣くな。 急いで何か考えるから」
「・・・・ん」
ギンガの言葉に、ルイはすがるような上目使いで応えた。
ハルミが入浴に行ってからそろそろ1時間。
それほど長風呂をしない彼女なら、いつこの錬金工房に戻ってきても不思議ではない。
ルイの眼差しを受けながらギンガは必死に思考を巡らし、頭の中のレパートリー帳をめくる。
さて、壊れた粘土像を元に戻す歌などあっただろうか?
真っ先に思い浮かべたのは、あの奇妙な冒険漫画の4代目主人公が持つ、あらゆるものを元通りにする超能力。続いて元祖チートロボット「ノラえもん」に出て来る、物体の時間を巻き戻す風呂敷。
しかしギンガも学習し、成長する。このドタバタの1年を伊達に過ごしていたわけではない。そんなことをすれば粘土像は粘土ブロックに戻るどころか、素材元であるゴーレムにまで戻ってしまい、慌てて逃げる大参事につながることは想像に難くはなかった。
頭を切り替え、もう少し俯瞰的に、全体的に考える。
そんなに難しく考えなくてもいいはずなのだ。要は踊り巫女像と詩人像をくっ付けるだけなのだから。問題なのは時間が無いこと。こうしている間にも、風呂から上がり着替えたハルミがこの工房に入ってくるかもしれない。
やがてギンガは意を決して、妥協案として思い当ったある曲の説明を始めた。
この曲ならばあるいは。
力の加減さえ間違えなければ。
そんな一縷の望みを込めながら。
「ルイ。 歌は決まったんだが、注意がある」
「・・・うん」
こくりと肯くルイ。いつに無い神妙な面持ちだ。
「2つの像をくっ付ければいいだけなんだが、この歌はきっと強力な効果が出ると思う」
「・・・うん」
「だから歌の効果を抑えるために今回は踊るのは無し。 像を合体させることだけを念じてくれ」
「・・・・合体?」
ギンガの口から飛び出した聴き慣れぬ言葉に、ルイが首を傾げる。
「”体を合せる”と書いて”合体”だ。 時間が無いから急ごう」
「・・・ん。 ・・わかった」
実のところ、青年の説明はあまり良く分からなかった。
しかし返す返すも今は一刻を争う危機的状況である。結局ルイはあまりよく考えず肯いた。
その様子を確認したギンガは、スッと息を吸うと、歌い始める。
唸るシグナル ズガガガ がガガガ ブロロロブオー!
響くサイレン ズドドド ごゴゴゴ ズゴゴゴグオー!
大地駆け抜け 大空を飛び抜け 大海を突き抜け
3つの希望が今、1つの奇跡になる さあ合体してみよう
Gotta in! Let's go Gotta in! ゴーマイン
Gotta in! Let's go Gotta in! ゴーマイン
輝くその巨体 勇気を轟かせ 無法の大地に 降り立て
「合体ソング」というものがある。
言わずもがなロボットアニメの作中において、ロボットの合体シーンを昂揚させ、形容するために流される曲のことだ。
主題歌、エンディング曲、キャラクターソング、イメージソング等々、「アニメ作品中に使用される歌」という大前提のもと、今日では複雑怪奇なほど多岐に渡り細分化されたアニメソングという概念。その中でこのカテゴリは、残念ながらほんの一部を占めるに過ぎない。何より合体シーンを持つアニメ自体が減っているのだ。
しかしながら原始、アニメソングというもの自体が対象となるアニメ本編を昂揚させ、その物語を形容するという使命のために存在していたのではなかろうか。それを是とするならば、例えその修飾対象が合体シーンという極めて限定的な枠組みに縮小されたとはいえ、合体ソングこそがアニメソングの本質を脈々と今に受け継ぐ、いわば生きた化石的存在と言っても、決して過言ではないはずだ。
だから曲数こそは少ないものの、合体ソングはその1曲1曲が漏れなく愚直なほど力強い。原始であるが故に荒々しく不格好で、そして迸るほどの熱い存在感を光らせる。増してそれが「合体シーン」という作中最高の盛り上がる場面で流されるのだ。その相乗効果たるや。毎週同じ合体バンクが流れると解っていても、つい見てしまうあの求心力。まさに筆舌にしがたい。
そんな、ある意味主題歌よりも主題歌らしさを残した合体ソング。
ギンガが歌ったのは、全8作品を誇るブレイブロボシリーズの最終作にして屈指の名作とされる「ブレイブ勇者ゴーマイン」の、合体シーンに挿入される歌であった。
合体の核となる自立AI人型戦車マイン、追加装甲となる万能潜水艦轟雷号、そして主人公の乗る戦闘機Gイーグル。その3機が合体する、制作スタッフ入魂の合体バンクは今なお、あるいは職人的セル画技術がロストテクノロジーとして扱われる昨今では、以前よりも更に高い評価を受ける名シーンである。
歌から流れ込む力の激流に、思わずルイはその小さな身体を抱きしめる。少しでも気を抜くと流されてしまいそうだ。いっそ流れに身を任せ、踊り狂ってしまえばどれだけ歓楽を貪ることが出来るだろうか。
しかしルイはじっと耐えた。あの像を直さなければという一念で、踊り巫女のスキルを無理やり抑えつつ、眼前の2体の粘土像に意識を向ける。
間もなく横たわっていた踊り巫女像がふわりと宙に浮かび、続けて詩人像もそれを追う。そして2体は宙に並び立つと、慎重に慎重にその距離を縮め始めた。
上手くいきそうだ。もう少し、もう少し。
ルイは身体を必死に押さえつけながら更に意識を集中させる。
くっ付ける、くっ付ける・・・。
そういえば青年が説明してくれた不思議な言葉は何だったか。
そうだ。合体だ。
合体、合体、合体・・・。体を・・・・合わせる・・・。
合わせる・・・・・・。 体を・・・・。 体を・・・・?
・・・え?
・・・・・・それって。
何がいけなかったのかを先に述べるのであれば、その言葉が、ギンガが元居た世界でもアニメ特撮等に登場するロボットやメカニックを対象としてしか使われない、非常に特殊なものであったこと。現実世界において複数のものをくっつける場合、「融合」や「接合」を使用するのが常である。
そしてその特殊さをろくに理解せず、ルイに説明してしまったこと。
ましてここは異世界。ルイに「合体」の概念を正しく認識すること自体が、はなはだ無理なのだ。
こうして「合体」を字面通り「体を合せる」として脳内に想像してしまったことが、悪い意味で踊り巫女のスキルに効果を及ぼした。
順調に詩人像に背を向けて近付きつつあった踊り巫女像が、突然舞を舞うようにくるりと180度旋回。
本人たちの見守る前で、互いに向かい合った粘土像2体は恋人のように抱き合い、そのままの成り行きで唇を重ね合わせる。それ自体が芸術品と言っても過言でないほどの、情熱的なキスシーンであった。
「・・・・うええ」
「うお・・・」
衝撃の光景を目の当たりに、ルイは赤面する顔を覆うとその場にしゃがみ込んだ。
一瞬とは言え脳内に思い浮かべた妄想が、外に漏れてしまったのだから無理も無い。どうしよう、青年にいやらしい娘だと思われる。そんな思いに頭が茹で上がるようだ。
ちなみにキスシーンより先に進まなかったのは、決してルイが踊り巫女スキルを辛うじて抑え込んだわけではなく、ただ単にそれから先の知識を知らなかっただけである。
「お、おい! ルイ! ストップ! しっかりしろ!」
2体の粘土像が、見る見る原型を崩していく。
慌てたギンガが、ルイを立ち直らせようと思わずその肩に手を添えた。しかしその行為は、体同士の接触に意識的になっていたルイをパニックに陥れることを十分に想像できたであろう愚行であった。ギンガも少なからず気が動転していたのだ。
「うひっ!!」
その華奢な肩にギンガの手が置かれたことを引き金に、踊り巫女のスキルは抑えるどころか暴走を開始。抱き合った踊り巫女像と詩人像は、文字通りその体を合わせてやがて1体の粘土像へと合体してしまった。
さらに暴走したスキルは留まることを知らない。
続いて巻き込まれたのは、ギンガの背後に置かれていた彼の渾身の力作であった。
「あ、俺のガンダルがっ!」
ギンガが宙に浮かぶそれに気付いた時にはすでに遅かった。
彼の悲鳴を合図にしたかのようにロボット像は各パーツに弾け飛ぶと、惑星を回るアステロイドベルトのように粘土像の周りを回る。そして右腕、左腕、右足、左足と、重力に引かれるように次々に粘土像に装着されていった。
続いて飛び立ったのは、ルイ作の大鷲像。それは本物のように宙を舞い、戦闘機からヘルメットパーツへと多段変形を経て、粘土像の頭に装着される。最後にヘルメットパーツの内側からフェイスマスクがジャキンと音を立てて閉まった。
こうして姿を現したのは、ロボットの装甲を全身にまとった人型の粘土像。
ロボットという概念の無いこの異世界の人間が見れば、全身鎧の戦士像そのものであった。
「ぬう! これは!」
カイザンが息を飲む。
直線によって構成された機能美溢れるデザイン。羽根飾りを意匠とした重厚な兜。
それは本来ならこの異世界にはないはずの、異様の全身鎧を纏った戦士像。そのあまりの雄姿に気圧されてしまったのだ。凡百の有象無象ではなく、芸術の体現たる名工カイザンがである。それほどまでに戦士像は、雄々しく勇ましく、そして革新的であった。
カイザンと共に錬金工房に訪れた行政視察官も、言葉を失っている。
「ハルミよ、この戦士像はいったい・・・」
「ええとその、私にもよく解んなくてね・・・」
えへへ、とハルミが頭を掻きながら誤魔化す。
風呂上がりに見た工房内の惨状。鳩尾パンチで沈めたギンガを足蹴にしながら聞き出した事情はとても話せそうにない。仕方なく、ルイの出生である巫術師一族に伝わる勇者の像だと、その場しのぎの出鱈目を並べて誤魔化した。
「伝説の勇者か。 なるほど。 して、その勇者の名はなんという?」
「ええと・・・、合体勇者・・・ルイギンガー?」
洗練された唯一無二の鎧姿と、聞いたことも無い刺激的な冒険譚の数々から、やがて1000年に渡り人々に語り継がれる国民的ヒーローが、捏造された瞬間であった。




