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おれはブライアンさまだ!

 ・・・フフフ-・・・フンフ-ン


 フライパンでカリカリに焼き上がるベーコン3枚。

 ポコン、ポコン、グシャンと、その上に卵を落としていく。

 ジュッと鳴る音を、そのまま閉じ込めるように蓋をして。

 ええと、つぎは・・・

 考える頭を引っ張るように、身体はトースターへと2歩ステップ。


 ・・・フフフ-・・・フンフ-ン


 拍子を踏んだところで、ガチョンと飛び出してきたトーストを皿に並べる。

 そして再びコンロの前にトントンと戻ると、五徳の隙間から火加減を確認。

 卵が半熟になるまでは、拍子をあと10回踏んで、そうすれば。

 焼きあがったベーコンエッグをフライ返しでトーストに乗せて完成だ。


 ・・・フフフ・・・フフフフーン


 ハルミから錬金術とともに学び始めた家事全般も、ようやく板についてきたのか。

 1つだけ、卵の殻が入ってしまったことに目を瞑れば今朝も満足のいく出来だった。

 指導者の料理手順を真似したら、鼻歌の癖まで付いて来るとは思わなかったが。


 ・・・フフフ・・・フフフフーン


 しかしそれは嬉しい誤算だった。

 天性の恥ずかしがりに、厳粛な親の躾けの影響も大きいだろうか。

 今まで自分自身で歌い、それに乗って踊るという発想が無かったのだ。

 今はまだ鼻唄が精一杯。

 でもいつか、声を出して歌える日もやってくるかもしれない。

 あの青年と2人並んで歌い、そして踊る日が。


 ・・・フフフ


 いや、2人きりは恥ずかしい。

 そうだ。ハル姉にも参加してもらおう。

 お酒を飲んだ時たまに聞かせてくれる、あの凛とした張りのある声で。

 3人で並んで歌えば、それはきっと楽しいに違いない。

 あれ? その場合、未だ存在せぬ自分の歌声は人の耳に届くのだろうか?

 2人の歌声に挟まれて、掻き消えたりはしないだろうか?

 果たしてベーコンエッグトーストのように、3つが調和を奏でるのだろうか?


 ・・・ムムム

 ・・・ムムム





「おはようルイちゃん。 食事当番ありがとうね」


 いささか焦げたベーコンエッグトースト。

 それを申し訳なさそうにルイが配膳しているところに、寝室からハルミが出て来た。昨日も遅くまで仕事をしていたようで、折角の綺麗な金髪もぼさぼさのまま。トレードマークのポニーテールもまだ結われていない。


 先日、ルイが偶然にも復活させた難治性疾患の治療薬の製法。

 ハルミによって錬金術ギルドに持ち込まれたそれは、ギルド会長自らの手によって試作され、見事に薬効を示した。

 それから数日後。

 ルイの不合格取り消しと製法の買取交渉に再度錬金術ギルドを訪れたハルミは、意趣返しとばかりにギルド会長に悪態をつく。


「正解を見誤るなんて耄碌したわねえ。 まあ私の弟子が優秀過ぎるんだけど。 優秀な私の弟子だけに。 おほほほ」


 しかし人を呪わば穴二つ。さらなるしっぺ返しを喰らうことになった。


「お前さんの弟子には本当に感謝しとる。 それはそうと次は師匠の出番じゃ、悪事姫の」


「なによそれ」


 長年、再現が不可能であった幻の治療薬である。

 作成難度は幻の名に恥じぬくらいには高く、並大抵の錬金術師ではとても作ることが出来ない。

 錬金術ギルドは急ぎ王都中の信頼がおける腕利き錬金術師たちを集め、治療薬の製法開示と製造を依頼した。しかしそれでも急ぎの需要を満たすにはまだまだ製造者が足りない。この事態に錬金術ギルドは、性格や素行に難がある術師を除外している場合ではないと、苦渋の判断を下した。


「製法を復活させた錬金術師に意見を聞きたい、という要望も出てきておるんじゃがの」


「ちょっと! ルイちゃんを盾にするなんて汚いわよ!」


「弟子の面倒は師匠が見るもんじゃ。 お前さんの自慢の弟子じゃろう」


 こうして修羅場に巻き込まれたハルミは、急ぎの需要が落ち着くまでという条件付きで治療薬作成依頼を請け負うこととなった。さすがに報酬額が高いのが救いである。ギンガとルイも冒険者ギルドでの活動を一旦やめて、事態が収拾するまではそのサポートに回ることにした。


「あ、2人とも悪いけど。 このあとキノコ集めに行くから手伝ってね」


 朝食当番をバトンタッチしたルイの辛作「焦げベーコンエッグトースト」をかじりながら、ハルミが言った。治療薬の材料となるヤマキノコの在庫が無くなってしまったらしい。


「ヤマキノコなら俺だけで採ってこようか?」


 疲れ気味のハルミを気遣い、ギンガが提案する。採取場所となる小山は今まで何度も訪れたことがあり、王都周辺のモンスターは駆除されているので危険も無い。


「いいわよ。 気分転換にもなるし、たまには外に出ないと」


 治療薬の材料に使うヤマキノコは一定水準以上の質が求められる。それを見極めるには経験か植物鑑定スキルを要するのだが、ギンガだけで採りに行かせると全部はずれを拾って来そうな気がして、ハルミはこの提案を断った。


「そうか。 じゃあこれ喰ったら準備するか」


 そういってトーストに噛り付いたギンガの前歯が、隠れていた卵の殻にジャリッとぶつかるのだった。





 朝食後、城門への道すがら採取クエストの名目で冒険者ギルドに届け出を出し、3人は歩いて1時間の小山を訪れた。未だ少し肌寒いが、良く晴れた青空の下を歩くと身体も温まる。春はもうそこまで来ているようだ。


 ヤマキノコはその名の通り、山岳部をはじめ、高地や丘陵などに広く分布して生息している。その生息数も多いため、小山の登山道付近で木の根元を探れば簡単に見つけ出すことが出来た。


「見て。 傘が開ききったり、頭にブツブツが付いてるのは質が悪いキノコよ」


「・・・・わかった」


 群生するヤマキノコの中から質のいいのを選りだしつつ、ハルミがルイに見分け方を教える。錬金術を学んでいくには植物の知識と鑑定スキルは必要不可欠である。ルイは真剣な眼差しで肯きながら、メモ帳にこれを記した。

 一方、ギンガはヤマキノコの群生を発見するべく、網かごを背負いながら先行して歩く。見つけ出した群生の近くで待機すると、追いついた2人から採取品を受け取り、次の群生を探しに行くという流れだ。


「まるでトリュフを探す豚だな」


 自嘲しながら次の群生地を求めて辺りを見渡す。

 ふと見ると少し離れた丘の上に、にょろりと生えた1本の木。


「さて、次は・・・っと、 うお!」


 木に近寄りその影を覗きこんだ次の瞬間、鼻先を鋭利なものが掠めて通り、ギンガは思わず尻餅を付いた。

 斬られた前髪がはらりと地に落ちる。

 その木の裏には子犬ほどの大きさの昆虫型モンスターがしがみ付いており、鎌状の脚を持ち上げてこちらを威嚇してるのが見えた。その姿は巨大化したセミの幼虫に似ていた。


 王都周辺のモンスターは衛兵によって徹底的に駆逐されているのだが、優秀な彼らを以てしても防げない例外もいくつか存在する。1つが空を飛んでくるモンスター。王都の城壁にバリスタや大砲が備えられているのはそのためだ。そしてもう1つが、地面から湧いて来るモンスター。こればかりは察知のしようが無いため、現れてからの対応となってしまう。

 そしてその2つを兼ね備える昆虫型モンスターは、衛兵からも忌み嫌われていた。


「怖っ! あっぶね!」


 尻餅を付きながらも手足を踏ん張り、ゴキブリのようにカサカサと後退するギンガのもとに後発の2人が追いついた。


「なにやってるの? あんた」


「あれ! あれ! セミのモンスターだ! 気を付けろ!」


 そうやって指さした先の昆虫型モンスターは、幸いにもギンガを追ってこなかったようで、いまだ木にへばりついている。


「ジャイアントシケイダの幼体ね。 大きさからしてまだ1度も脱皮していない個体かしら」


「悠長だなおい。 危うく死にかけたんだけど」


「こっちから手を出さない限り問題ないわ」


 モンスター鑑定スキルと昆虫鑑定スキルを併用したハルミの説明によると、その名はジャイアントシケイダ。見た目通り、大型化したセミのモンスターであり、脱皮を繰り返すことでさらに大きくなる。非常に頑強な甲殻と鋭い鎌状の手足を持つが、それに反して性格は大人しく、こちらから近付かない限り襲われることはまずない。また普段は地中にいるため目が退化し、代わりに聴覚が非常に発達している、とのことだ。


「夏の満月の夜に羽化して、ひと夏中鳴くの。 その歌が合う相手とつがいになると言われてるわ」


「・・・・すてき!」


 呑気に蘊蓄を垂れるハルミと、その内容に瞳を輝かせるルイをよそ眼に、ようやく人心地付いたギンガは起き上がる。


「まあちょっかいを出さなきゃいいんだな。 気を付けるとするか」


「あ、ちょっと待って」


 引き続き次のヤマキノコ群生地を探そうと歩き出したギンガを、ハルミが呼び止める。


「なんだよ」


「あのジャイアントシケイダの背中に生えてるキノコが見えるでしょ?」


 そう言われて、ギンガは先ほどから微動だにしないセミ型モンスターを見やる。なるほど言われた通り、その背中には緑色の傘が付いたキノコがにょろりと生えていた。


「背中にいろんな植物を生やして、そこで栄養を作らせてるのよ」


「へえ。 冬虫夏草の逆パターンみたいなもんか。 で?」


「あのキノコは『パラスダケ』って言って、とっても美味しいレアキノコなの」


「ほお。 見た目は毒キノコにしか見えんが、まあ美味いんだろうな」


 次に言われそうな言葉はおおよそ検討が付くのだが、念のためギンガは「それで?」と尋ねた。


「あのキノコ、なんとか採れないかしら」


「お前なあ。 さっき死にかけたって言ってんだろうが」


 やはりと言うか。とんでもないことを言い始めたハルミに、短くなった前髪を摘まみながら抗議する。相手は「こちらから手を出すと危険だ」と忠告した張本人なのだ。


「でも本当に美味しいのよ! ルイちゃんも食べたいわよねえ」


「・・・わたしは」


 元の世界でもジャンクフードを好み、食事は腹が膨れればいいと考えるギンガに比べ、普段から食事を用意するハルミは美味しいものに対する執着も強いらしい。姑息にも味方を増やそうとした彼女の問いに、ルイは「きゅー」という腹の虫で応えた。

 いつもながら女性陣に結束されると、低い立場が一層低くなる。ギンガは渋々と解決策を練ることにしたのだった。


 ジャイアントシケイダは非常に硬い甲殻を持つ。ハンマーなどの打撃武器はそれなりに有効なのだが近付かねばならず、弓や槍では弾かれてしまう。また火炎魔法が有効なのだが、その場合当然ながら背中の植物が先に燃えてしまう。

 引き続き、昆虫鑑定スキルによる知識をハルミが語った。


「普通は火薬を爆発させて気絶させるの。 あいつら聴覚が発達してるから」


「しっかし火薬なんて無いしなあ」


「あんた一応、音の専門家でしょう。 歌で気絶させるとかなんとか出来ないわけ?」


 相変わらず無茶苦茶なことを言い出すハルミ。そんなことが出来るのなら「吟遊詩人」のスキルももう少し高い評価が付いていたことだろう。

 しかしギンガは、この時点で既に気付いていたのだ。

 あの歌を歌えば、あるいは・・・と。

 しかしそれには恐らく、多大な犠牲をともなうことになる。

 意を決して、ボケっと傍観していたルイに振り返ると・・・・


「なあルイ。 あのキノコ、 本当に喰いたいか?」


「・・・・・・うん」


「なら、多少の犠牲は我慢するな? 俺も耐えるから、ルイも耐えろよ?」


 普段とはかけ離れた悲壮な表情で問いかけるギンガに対し、ルイは戸惑う。まるで戦地か地獄に挑もうとするようなその顔で、ギンガは続けて言った。


「ルイ・・・・・、 歌ってくれ」


 いつものように「踊ってくれ」ではないのか。そう疑問符を浮かべる紅白少女を置いてけぼりにして、その力強くもユーモラスな前奏は、とうとう流れ始めた。



 おれはブライアン ガキ大将 

 命知らずのアウトロー

 タイマン ステゴロ 負け知らず

 歌を歌わせりゃ 日本一

 みんな おれさまの歌を聞けぇ



 国民的アニメの代表格「ノラえもん」の説明など、今さらする必要も無いだろう。この歌はその登場人物の一人、いじめっ子のガキ大将。本名「武田剛たけだつよし」ことブライアンのテーマソングである。


 アニメソングの分類において、歌手や声優ではなくアニメキャラクターが歌っているとされるものは「キャラクターソング」と呼ばれる。特徴としてキャラクター名義、またはキャラクター視点で歌詞や楽曲が作られており、その味わいは通常のアニメソングとはまた一線を画しているものが多い。近年のアニメキャラを前面に立てた作品の増加により「キャラソン」の数も増加の一途を辿った。そして現在では、特に興行収入的にアニメとは切っても切り離せない存在となっているのだ。


 ギンガが歌ったこの曲は、そんなキャラソンの黎明期の一曲。キャラクターの担当声優が作詞を手掛けるという、どちらかと言うと余興じみた過程で出来上がった曲なのだが、その分完成度が高かったのだろう。数多い「キャラソン」のなかで、今なお最も高い知名度を誇る1曲といっても過言ではないほどの名曲である。



 おもむろに始まった伴奏に、思わず踊りだそうとしたルイの肩をギンガが掴む。

 ビックリして振り返ったルイに、ギンガはもう一度「歌ってくれ」と繰り返した。


 どうしよう。

 まさかこんなに早く歌う日が来るなんて。


 内心パニックになるルイだったが、ギンガの歌声を聞くにつれて、徐々に心持ちが変化していく。吟遊詩人と踊り巫女のスキル発動により、自信家で自惚れ屋で自己中心的なブライアンの性格が乗り移り始めたのだ。


 あれ?

 なんだかいけそうな気がしてきた。

 根拠はないが、わたしは世界で一番歌が上手い気がする。

 鈴が鳴るような可愛い声だと、ハル姉から褒められたこともある。

 青年の歌声は素晴らしいが、この歌声は言わばわたし専用の歌声だ。

 それはすなわち、青年の声は、わたしの声。わたしの声も、わたしの声。

 なんだ。天下無敵じゃないか。天よ地よ、わたしの歌を聞け。


 などなど、とんでもない思考に至ったルイの背中を、ギンガがポンと叩く。

 1番を丸々歌い切り、続けてルイが歌うようにという合図だ。

 ルイはすうっと息を吸うと、声高らかに歌い始めた。


 ♪ボゲエエエエ~~♪


 山が、震えた。






 バサバサバサ!

 山中の鳥が、一斉に飛び立つ。


「ちょっとギンガ! なんなのよこの歌!? あたま割れそう!」


 ルイが気持ちよさげに目一杯の声で歌う。それに背を向けしゃがんで耳をふさぐギンガのもとに、おぼつかない足取りでハルミが辿り着いた。そう言えば「耳をふさいでおけ」と忠告するのを忘れていたようだ。


「すまん。 効果を抑えたはずなんだが、聞きしに勝る強烈さだ」


 原作におけるブライアンは数多くの特徴を持つ名キャラクターだが、その最たるものの1つが「音痴」である。その不味さは「公害」「フグ毒」「核兵器」とも称され、劇場版アニメでは海の怪物を気絶させたこともあった。某研究家曰く、超音速機2機分の衝撃波に匹敵するらしい。その威力を間近で受けながら、ギンガは必死に気を保ちつつ耐える。これでもしルイを躍らせていたら。スキルの効果が十全に発揮されていたらと思うと、背筋が凍るような思いだ。


「ギンガ! もう止めさせて! もう十分だから」


 叫ぶハルミが、木の根元を指さす。

 そこには気を失ったのか、ジャイアントシケイダが木から落ちて転がっていた。

 それを見るや否や、ギンガは危うく3番目を歌い始めそうだったルイにすがりつき歌を止める。


「ルイ! ストップ! ストップ! 止めてくれ!」


「・・・これからが、 ・・・いいところ、 ・・・だったのに」


 どうやら身体もブライアン並に強化されているらしい。ギンガに飛び付かれながらも微動だにせず、ルイは歌を止められた不満を口にした。


「ここで歌うのは勿体ない。 今度教会前で歌おう! 沢山の人の前で! な、な」


「・・・・それも、 ・・・そう」


 下手すりゃ命にかかわる。文字通り必死の説得に、肥大した自尊心をくすぐられたルイは歌うのを止めて、ハルミの元に駆け付けた。ハルミは現在、地べたにヘタリこんでぜえぜえと肩で息をしている。


「・・・ハル姉。 ・・上手うまかった? ・・上手じょうずだった? ・・どっち?」


 キラキラとした眼差しで感想を求めるルイ。

 息も絶え絶えながら「・・・・すごかった」と応えたハルミの気遣いは、称賛に値するだろう。


 こうして暴虐の嵐は去り、ギンガは震える脚で立ち上がった。ジャイアントシケイダが目を覚ます前に背中に生えたパラスダケを採らなければならない。でなければ、何のためにこんな苦行に耐えたのかわかったものではない。

 そう決意してジャイアントシケイダが転がる木の根元を目指して歩を進めるが、不意に視界がぐらりと揺れた。視神経まで疲弊したかと目をしばたたかせるが、視界の揺れは一向に収まらない。そしてようやく気が付いた。揺れているのは自分の視界ではなく、目標の木と、丘そのものであるということに。


 ゴゴゴゴゴゴ・・・


 直後、地鳴りの音とともに丘の天辺が崩れ、全長5メートルの特大級ジャイアントシケイダが姿を現した。


「あの木もセミから生えてたのかよ!」


「ちょっと勘弁してよ! 公式記録より二回りは大きいわよあれ!」


 ギンガは咄嗟に木の周辺から避難すると急いで丘を駆け下りた。

 ハルミもガタの来た身体をスキルで強化すると、突っ立っていたルイを背負って同じように丘を駆け下りる。荷物も採取品も投げ出し、麓で合流した3人は王都への林道を一目散に走って逃げるのだが・・・


「なあ、あいつ追って来てないか?」


「追って来てるわね。 デカいだけに足が速いわ」


 林道を走りながら振り返ると、特大ジャイアントシケイダまでもが一目散にこちらに向かってきているのが見える。昆虫型モンスターの中では鈍足のほうなのだが、サイズが特大なだけに人の歩行速度よりは早く走れるようだ。


「お前の説明じゃあ、大人しい性格じゃなかったっけ!?」


「馬鹿ね! ”自分が攻撃されない限り”が抜けてるわよ!」


 思わず地中から飛び出して来る程なのだ。ルイの歌はあの巨体を以てしても耐えがたき威力だったのだろう。こうしてギンガたちを敵と認識した特大ジャイアントシケイダは、その足音を辿って大きな歩幅を踏み出し続けている。視覚は退化しているはずなのだが、頭部に付いた無機質な複眼がこちらを捉えている気がして気味が悪い。


「足を止めて静かにしたら、俺たちを見失うんじゃないのか!?」


「あんた呼吸音と心音を止めれるの!? どのみち死んじゃうわよ!」


「くっそ、このままじゃ・・・」


 走っている現在で、パーティ3人と特大ジャイアントシケイダの距離は付かず離れずを保っている。しかし「ランナー」スキルを使うハルミはともかく、ギンガの走力が尽きるのはそう先ではないだろう。

 彼は一か八かの賭けに出た。


「仕方がない・・・・。 ルイ! 歌ってくれ!」


 その声に、ハルミに背負われているルイがきょとんとする。

 何故この場で歌うのかがわからないからだ。


「あの化けセミに効くのは歌だけだ。 ルイの音痴で追っ払うしかない!」


「・・・・お、・・・おん」


 この緊急事態に至って、さすがに気を使っている余裕が無い。事実をずけずけと突きつけるその言葉にルイはショックを受けた。青年の足が震えていたのも、ハルミが腰砕けになっていたのも、歌声に感動したからではなく、自分の歌が酷かったからだというのだ。信じられない。あんなに素晴らしい歌声なのに。


「話は後だ。 重ね掛けでいくから、続いて歌うんだ」


 そう言うとギンガは、不完全に発動したスキルを補強するため、またしても歌い出した。当然ながら走る速度は落ちる。これで失敗すれば大変危険なことは間違いないのだ。まさに背水の陣であった。

 一方のルイは未だ納得できない。自分の歌は世界で一番素晴らしいはずなのだ。今度こそそれを実証して見せると、ハルミの背で歌への闘志を燃やす。


「ちょっとルイちゃん! お、 お手柔らかにね!」


 ハルミの心からの懇願も、もはや聞こえていないようだ。



 おれはブライアン ガキ大将

 完全無欠のヴォーカリスト

 ♪ボエエエエエ~~~♪

 ぎゃああああああ!!



 青空に響く3人の声。

 いつものように歌ったギンガ。

 それに張り合うように、輪唱を重ねるルイの歌声。

 最後の悲鳴は、至近距離から音痴の直撃を喰らったハルミのものである。


 さあどうだと背後を振り返る。やはりルイの音痴は特大ジャイアントシケイダに有効なようで、明らかに先ほどより追撃速度が遅くなった。


「ちょっとギンガ! 私を殺す気!? 自分だけ耳ふさいでずるいわよ! 私の耳をふさぎなさいよ!」


 ルイを背負っているため耳をふさげないハルミが、必死の形相で抗議する。


「俺が気を失ったらスキルが消えるだろ! お前、耳栓のスキルとかねえのかよ!」


「なによそれ!? 聞いたことも無いわよそんなスキル!」


 そんなやり取りをしている間に、再び特大ジャイアントシケイダの速度が上がる。度重なる口撃に怒りが爆発したのか。無機質のはずの複眼が、復讐に燃えるようにこちらを睨みつけている。こうなりゃもう一発お見舞いするだけだ。



 決闘 乱闘 お手のもの

 歌を歌わせりゃ 世界一

 ♪ホゲエエ~~~♪

 ぐえええええ!!


 再び発せられる超威力の音撃。

 2発目を喰らった特大ジャイアントシケイダはさすがに堪えたのだろう。見る見る速度を落とし始めた。よく見ると6本の脚のうち、2本ほど痙攣していて満足に動かないようだ。この機会に一気に畳みかけたほうがいい。そう判断したギンガは残る気力を振り絞って、最後の一節を歌うのだった。



 みんな おれさまに惚れるなよ

 ♪オエエエエ~~~♪

 ひぎいいいいいい!!



 ズシーン・・・

 音を立てて地面に崩れ落ちる特大ジャイアントシケイダと、ハルミ。

 やがてその頑丈な甲殻にビキビキと無数のヒビが走ったかと思うと、中から現れた成虫は必死に羽ばたき、青空へと飛んでいった。粉々になった抜け殻が、羽根にあおられてキラキラと宙に舞う。それは幻想的な光景だった。


「あーあ。 こんな春先の真昼間に羽化しちゃって。 余程あの歌から逃げ出したかったのねえ」


 そう呟くと、ハルミは気を失うのだった。




 ひどすぎる。

 あんまりだ。

 確かに夢見た3人での合唱は相成った。

 しかし1人は音痴で、もう1人に至っては断末魔。

 あまりの仕打ちに、ルイは恨みがましい目を向ける。


「だから前もって言っただろう。 我慢しろ、耐えろって」


「・・・・・・うるさい」


 未だ彼女に宿る乱暴者ブライアンの性格が、ギンガの自己弁護を弾き飛ばしてその顔面に拳をめり込ませた。いつものビンタなど比べ物にならない一撃は、それはそれは痛かったという。


 帰宅後、ハルミはヨロヨロと寝室に入り、ギンガもグッタリとソファーに身体を横たえる。唯一、精神的にはさておいて、身体的には何一つ支障をきたしていないルイは、釈然としないながらも晩御飯の支度を始めるのだった。



「美味しい! パラスダケ入れたのね!」


「・・・うん」


 2人が起き上がるまでは時間がある。食糧庫の材料から考えてルイが用意したのはシチュー。ゆっくりコトコト時間を掛ければ、わりと簡単で美味しく出来上がるメニューだ。

 今回の隠し味は、パラスダケの根っこの部分だ。

 網かごを回収しに行ったところ、1匹目のジャイアントシケイダの抜け殻を発見した。どうやらあの後目覚めて、脱皮をしたらしい。軽くて頑丈なその抜け殻は、防具の素材として結構な値段で売れるため持ち帰ったのだが、脱皮の割れ目に少しだけパラスダケが付いていた。そこでその根っこをナイフでこそぎ取って料理に使ったのだ。少ない量をギリギリまで採るため、少し削りすぎてしまったが、この美味しさの前では些細なことだろう。くたびれた身体を労わるような優しく暖かな味に、ハルミが舌鼓を打つ。


「美味そうだな。 じゃあさっそく俺も」


 そう言ってギンガは匙ですくうと、シチューを口に運ぶ。

 その中に紛れていたセミの抜け殻が、奥歯にぶつかるガチンと言う音が食卓に響き渡るのだった。

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