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学問のオシメ

 冥王星が惑星から外されたのは、何年前だっただろうか。


 学問というものは常に進歩している。

 日々の研究が進むにつれ、それまでの常識が覆されることなど良くある話で。

 この異世界に来て1年の4分の3が過ぎた。

 元の世界では、常識を塗り替えるような新発見はあっただろうか。

 魔王星や雷王星は見つかったのだろうか。

 木星は新たな太陽やブラックホール爆弾として使われていないだろうか。


 そして冥王星は、やはり太陽系惑星から外されたままだろうか。


 さよならジュピター、冥王せつなよバイバイ。

 いかんいかん。歌に集中しなければ。

 今回の歌は、ただでさえ効果が怪しいのだから。




 王都を拠点として活動する錬金術師たちは、全て錬金術ギルドへ所属している。いや、所属を義務付けられているというべきか。王都中央街の一等地に構えたそのギルドハウスの会長室で、年老いた会長は午前中の書類仕事を終え、ようやく一息ついた。

 依然、錬金術ギルドの問題は山積みである。まずは慢性的な錬金術師の不足。王都の人口増加による薬品の需要拡大に追いついていない現状である。さらに新たに確認された恐ろしい病気に対し、研究が遅れている件も頭が痛い。あとは彼個人が永年続けている治療薬の開発に、ここ数年まともな進展が伺えないのも悩みの種だ。


 しかし希望が無いわけではない。

 折しも季節は厳寒を過ぎたころ。春の訪れも着実に迫ってきているのだ。

 新たなギルド会員。新たな仲間。錬金術の次世代を担う若い戦力がこのギルドハウスの門を潜る日も近い。

 カップのコーヒーをグッと飲み干すと、さて、もう一仕事と会長は机に向かうのだが・・・。


「会長! 会長! 『悪事姫』が現れました!」


 会長室に駆けこんできた職員は、必死の形相でそう告げるのだった。





「・・・・・ハル姉。 ・・・・・これ」


「どうしたのルイちゃん。 ちょっとこれ凄いじゃない!」


 おずおずとギルドカードを差し出すルイと、それを受け取り驚きの声を挙げるハルミ。


 ある日の朝、ギンガたちパーティはいつもどおり冒険者ギルドへ訪問したのだが、そこでギルドカードを更新した際、ルイが初級錬金術スキルを修得していることが判明する。思わぬ事態に、かねてから指導をしていたハルミはもちろん、ギンガも我がことのように喜んだ。なんでも学び始めてから1年足らずでこのスキルを覚えることは異例の速さだそうだ。

 すぐさまハルミに連れられて訪れたのは、冒険者ギルドから2区画ほど離れた地域。随分と立派な建物の案内看板には「錬金術ギルド」と書かれている。案内するハルミ曰く「申し込みに行く」とかなんとか。館内には、午前中とはいえそれなりの人の姿が伺えた。ギルドハウスで働く職員や会員である錬金術師はもちろん、薬を買い付けに来た行商人、病気の相談に来た市民、依頼を持ち込んだ貴族の使いなどの訪問客など。冒険者ギルドに負けず劣らず、なかなか盛況のようだ。


「ここに来るのも久しぶりねえ」


「いらっしゃい・・・ひっ!」


 新たな来客に声を掛けようとした受付カウンターの女性職員が、それに気が付き短い悲鳴を上げる。隣に座るもう一人の職員は緊急事態マニュアルに則り、カウンター下の非常連絡ボタンを迷うことなく押し込んだ。また館内のあちこちで研究成果の報告や情報交換をしていた錬金術師たちも、それに気が付いたらしい。話を止め、玄関へと警戒の目を向ける。


「おいあれ、悪事姫だ・・・」

「目を合わすな。 骨までしゃぶられるぞ」


 シンと静まり返った館内。無数に飛んでくる、職員たちの警戒色を孕んだ視線。

 事情を知らず会話を続ける訪問客の声を縫って、錬金術師たちのヒソヒソ話が聞こえて来る。


「なあハルミ。 お前が現れた瞬間、中の空気が変わったように思うんだが・・」


「ああ、私ね。 ずいぶん前にちょっとやらかしちゃってさ。 ほんといつまでもしつこいんだから」


 犯罪者を見る目で問うギンガに対し、ハルミはため息1つ付いて答えた。

 ちょっと持ち出し厳禁のギルド会員リストをすり替えて、数多に存在する錬金術スキルの所持者を漏れなく付け狙い、執拗さと言い包めによってスキルを教えてもらっただけなのに。そんな彼女が2年前に起こした凶行のほとぼりは、未だ冷めていないらしい。どんなスキルでも構わず喰らいつくことから、そのとき付いた呼び名が「悪事姫(あくじき)のハルミ」。ちなみにこうやって2人が話しているこの時点で、現場責任者の主任は会員リストを抱えてとっくに地下通路より退避済みである。

 それでも錬金術ギルドから追放にならないのは、被害者にも「仕方のないやつだ」と思わせるハルミ特有の根の明るさ。そして錬金術ギルドからの難解な錬金依頼を受け得るほどの腕の良さのためか。慢性的な人手不足に悩む錬金術ギルドでは、たとえ性格に難があっても神童と呼ばれた錬金術師を追い出す余裕など無かった。


 そんなやり取りをしているうちに、奥の扉から一人の老人が現れた。

 ギンガでも一目で「偉い人」だとわかる、高そうな紫のローブに身を包んだ白髪と白鬚の姿。緊急事態の報せを聞いて会長室より駆け付けた錬金術ギルドの会長は、亡き親友の孫娘に問いかける。


「悪事姫の。 いまさら何の用じゃ。 お前さんの持っておらんスキルなぞ、ここにはもう無いぞ」


「ちょっと会長。 変なこと言わないでよ。 そんなんじゃ無いって」


「名家に伝わる門外不出のスキルまで奪いおって。 危うくギルドが分裂するところじゃったわ」


「でもその後、研究報告出したでしょ。 スキルを系統立てるのに役立ったはずよ」


 会長の辛辣な言葉と、とりなそうとするハルミの言い訳の応酬。

 徐々にヒートアップする舌戦の後ろで、ただただ傍観することになったギンガは呆れてルイにこぼす。


「なにやったら『悪事姫』なんて名が付くんだろうな。 良かったなルイ。 『姫』仲間だ」


「・・・・うええ」


 ルイは何とも嫌そうな表情を浮かべた。


「ちょっとルイちゃん。 いらっしゃい」


 そんなルイの元へ、おもむろに歩み寄ったハルミがむんずと手首を掴む。

 先ほどの表情が不快を買ったのかとルイは身を強張らせるが、ハルミは脅える紅白少女を会長の前に引き出すと言った。


「この娘が試験を受けるから、登録しに来ただけだって言ってるでしょ」


「・・・へ?」


 一番驚いた当事者のルイが、しゃっくりのような声を上げた。



 数多く存在するスキルの中でも、特に国から指定された一部のスキルは「国家指定スキル」と呼ばれる。

 医師や薬師、錬金術師に代表されるそれら国家指定スキルには、ある厳しい制約が設けられていた。スキル自体は他と同様にステータスや経験によって修得できるものの、そのスキルを使って治療行為や薬品の製造販売を行うには資格が必要となるのだ。そしてその資格を得るには国やギルドが定めた試験を突破しなければならない。

 帰宅後、昼食を取りながら改めてハルミがそのように説明した。


「医療に関するスキルは、ほとんど試験による登録制なのよ。 医療技術は国力に直結するからね」


「へえ。 そういうもんなのか」


「あんただって、誰がどんな材料で作ったかわからない薬なんかに自分の命を託したくないでしょう」


 そう言われてギンガは考えを巡らすが、幸か不幸か、この異世界に来てから医療系アイテムを使ったことが無い。もちろん元の世界では風邪を引けば風邪薬を飲んでいたし、点滴注射を受けたこともあるのだが、どちらも製造者や材料を意識したことなど無かった。強いて言うなら百獣の王の名を冠する製薬会社が、材料の半分を「優しさ」で構成された風邪薬を作っているのを知っているくらいか。


「ほら、私のハイポーションだってちゃんと製造者識別用のマークが入ってるわ」


 そう言ってハルミがポーチから取り出したハイポーションの薬瓶には、彼女の金髪と薄緑のエプロンドレスを彷彿とさせるようなヒマワリをモチーフにしたロゴマークが描かれていた。ピンと背筋を張った威勢の良さが、なんともそれらしい。


「瀕死の重傷者もガツンと叩き起こすハルミさん特製ハイポーション。 結構評判も良いんだから」


「それは良いのかどうかよくわからんが、まあ話はわかった。 それで、ルイにその試験を受けさせるのか」


「せっかくスキルが手に入ったんだから資格も取らないと。 無資格で売ったら重罪になるわ」


「いや、そこじゃなくてだ。 そもそもルイが受かるような試験なのか?」


 尋ねたのはギンガが一番気になっていた事柄。普段からのんびりぼんやりしていて踊りと歌以外に執着しないルイに、試験を受けるというイメージがどうしても結びつかないでいた。そんな彼の心配を笑い飛ばすかのように、ハルミは答える。


「実技のほうはポーション作りで文句無し。 筆記のほうも頻出問題を覚えて書くだけだから簡単よ」


「実技はともかく筆記があるのか。 覚えるって、大丈夫か!? ルイ」


 試験の項目が実技と筆記の2段階だと知り、ますます不安の募るギンガ。彼の記憶が確かなら、サンドイッチを咀嚼しながら今の問いに小首を傾げているこの紅白少女は、文言を覚えるという行為に対し、過去幾度となく苦戦をしていたはずである。


「何言ってるのよ。 ルイちゃんは物覚えが凄く良いのよ? でなきゃアンチョコ無しでポーションなんか作れないわ」


「はあ。 そういうもんなのか? ポーションだろ」


「あんた、ポーション舐めてるわね。 あれって錬金術の基本にして奥義。 脈々と続く神秘と技術の結晶なのよ」


 今まで買ったことも作ったことも無いギンガにとって、ポーションとはゲーム内で99個単位で買い込む最安値回復アイテムという認識であった。しかしハルミによるポーション開発史の熱弁を聞き、どうやら認識を違えていたことに気付く。言われてみれば元の世界に、ポーションのような止血と治療と体力回復を瞬時にこなすような万能医療品など無かった。もし開発出来れば、医療分野に革命が起きることだろう。

 そんな錬金術の至宝とも呼べるポーション。その複雑な製造工程を修得するには、並の錬金術師で3年。神童と呼ばれたハルミですら1年かかったらしい。それを1年足らずでやってのけたルイにとって、頻出問題を覚えて書くだけの筆記試験など全く問題にならないとハルミは言うのだ。


「この娘は私以上の天才かも知れないわ。 筆記なんて一発よ。 ねえルイちゃん」


「・・・・らくしょう」


 ハルミに随分おだてられて気を良くしたらしい。今の今まで筆記試験というもの自体をよく理解していない素振りのルイが、ふんすと気勢を挙げる。その表情には自信に満ち、キリリとした力強い笑みが浮かんでいた。ギンガはそれを似合わないと感じた。




 夕方ごろ、広場に歌いに行ったギンガが帰宅すると、居間にはハルミの姿しか見えない。ルイはどうしたのかと問うと、ハルミは黙ってクローゼットの扉を指さすのだった。昼食後に早速行われたハルミの講義とお手製筆記試験の結果、ルイは見事に0点を叩きだしたのだそうだ。下手に自信満々だっただけにルイは恥ずかしさと情けなさに耐え切れず、久しぶりにクローゼットの中に引きこんでしまったらしい。


「しかし何だな。 ポーション作る手順や分量は覚えられるのに、筆記はなんでダメなんだろうな」


「あー、なんかね、私がポーション作る作業手順を踊りとして身体に覚えさせたらしいのよ」


 ルイが引きこもったクローゼットの前で、根気強く聞き取りをしたハルミの説明によるとこうだ。

 錬金術を習い始めた当初、その作業工程も道具の使い方もなかなか覚えられず、ルイはとても苦労したらしい。しかしある日のこと、テキパキと流れるように作業をこなすハルミの立ち振る舞いを、まるで踊りのようだと認識し始めてから、それまでの苦労が嘘のように覚えられるようになったというのだ。

 曰く「・・・・ハル姉の仕事は・・・綺麗。 ・・・・踊りみたい・・・だから」。

 要は覚えるべき物事、作業手順から薬品の分量、加熱する時間などなど全てを、踊りとして身体に叩き込んで覚えていたということだろう。別の意味で天才じみたルイの能力に、ハルミもギンガも唖然とする。


「つまり頭を仲介するとダメだけど、身体に直接叩き込めば何でも覚えるってことよ」


「普通、頭と身体の役割は逆なんだけどな」


「・・・うう」


 2人の会話が聞こえたらしい。

 クローゼットの扉をガチャリと開けると、申し訳なさそうにルイが這い出て来た。そう言えばもうそろそろ夕飯の時間か。ルイの腹の虫が、きゅーと鳴いた。





「それで、俺に何とかしろと」


 3人で夕飯を囲みながらの緊急会議。


「そう。 頭の良くなる歌か、記憶力の上がる歌。 なんかあるんでしょ?」


「あいかわらず簡単に言ってくれるなよ」


 毎度毎度のハルミの無茶振りにギンガは思考を巡らせた。

 もちろん彼の知識で検索すれば、頭の良いキャラクターや、その主題歌など容易く出てくるだろう。しかしそれを歌ったとして果たして今回の事態を解決できるのだろうか。有名なところで初代ライダーはIQ600を誇る天才である。しかし彼の能力をルイに宿したとして、この異世界の錬金術の知識を答えることが出来るだろうか。いや、恐らくは無理だろう。頭が良いことと知識があることは別なのだ。

 こうなってくると求められるのは、頭の良いキャラではなく、勉強に役立つ歌。選曲の範囲が一気に狭まる。


「頼む。 ちょっと時間をくれ。 なんか思い出してみる」


 そういってギンガはうんうんと唸り続ける。

 このことはルイにとって少なからずショックであった。

 なんだかんだ言っても、いつもは何かしらすぐに曲を見繕ってくれる青年が、これほど頭を抱えているのだ。それもこれも自分が不甲斐ないばかりに。そう思うと再びクローゼットに引きこもりたくなったのだが。


「さ、ルイちゃんはこの後も勉強よ」


「・・・・・うう」


 ハルミに足首をむんずと掴まれ、工房へと引きずって連れていかれるのであった。





「なあルイ。 お日様はどっちから登る?」


 試験当日の朝。

 試験会場を兼ねる錬金術ギルドハウスの前で、ギンガは尋ねた。


「・・・・・・・・・・東」


「わかった。 歌う曲が決まったぞ」


 あまりに簡単な問いに訝しんだのか、それとも思い出すのに時間がかかったのか。ルイのどもる時間がいつもより長かったのが気になった。しかし今の回答を以て、ギンガが用意した「勉強で役立つ歌」最終候補2曲のうち、1曲が除外されることになる。

 そういやあのパパはIQ12500だったっけ。いや、なんにしてもそれで思い通りの効果がでるかどうか、今回ばかりはやってみなければわからない。

 一抹の懸念を抱きながら、ギンガは歌うのであった。



 スイキンチカモクドテンカイメイ

 一路みんなで島原の乱 インドの首都はニューデリー

 仕事だ鬱だ士農工商 国民総生産GNP

 さあ学問の道いざ進め 一人前に育つために

 教えられて オシメが取れちゃった パンパン パンパンパンパース

 良い国作ろう鎌倉幕府 大化の改新蒸し殺ろせ

 ブロントサウルスおよそ3頭 リアス式ガイガン起動

 ミリバールのようなもので 未来をこじ開けろ



 古い時代劇漫画を原作とするアニメ「俺は絶壁』の主題歌である。

 時は幕末の長州藩。剣術の腕を評価され名門藩校に通うことになった下級武士の倅が、我流剣法「絶壁落し」を引っ提げて騒動を巻き起こすコメディ作品なのだが、この主題歌はアニソンというよりは、コミックソングの色合いが強い。当時にしては珍しくアニメタイトルも関連用語もそっちのけで勉強用語とギャグが羅列される異色の曲となっている。

 しかし歴史の転換期、文明開化、西洋よりの知識流入、そして新たな時代を支える人材となるべく勉学に励む主人公たちと、アニメの特色を考えるとなるほどこの曲以上にぴったりのものは無いだろうと思わせる妙な説得力がそこにはあった。


 伴奏無しでいきなり始まった謎の呪文に、ルイは慌ててタイミングを併せた。

 非常にリズムが取りやすい曲調で、すぐさま調子を掴んだルイはクルクルと舞い踊る。相変わらずどころか、いつも以上に歌詞の意味は解らない。その難解さはいつぞやの蛾の怪獣の歌を彷彿とさせるほどである。それでも踊るルイの胸中に伝わってくるのは、知識を頭に詰め込もうとする必死で壮絶な思い。そしてその困難さと悲しさ。ルイにも解っているのである。この2人の期待に応えるために頑張らなければならないことくらい。それでもその小柄な頭に知識が思うように入ってこないのだ。そのやるせなさが、無念さが曲と同調したのだろう。

 人知れず、本人すら知らず、歌の効果が過去最高の水準で発揮されたのであった。


「では問題。 197年、錬金術の基礎を提唱した錬金術の祖は?」


「・・・・マリー・マルガリータ」


「じゃあその弟子で、 錬金術を今のように系統立てた人物」


「・・・・エリー・エリザベート」


「305年に錬金術結社が選民主義を押し立てて蜂起した・・・」


「・・超常選民結社の乱」


「完璧じゃない、ルイちゃん!」


「・・・まかせて」


 ハルミの問いに、ルイにしてはスラスラと応えるその様子に思わずギンガは胸を撫で下ろす。

 アニメの主人公が馬鹿である以上、アニソンとしての効果が勝るか、勉強コミックソングとしての効果が勝るかで冷や冷やしていたのだが、どうやら上手くいったようだ。やはりなんといっても元祖お勉強ソングである。


 ふんすふんす。

 意気揚々、自信満々に会場へと向かうルイの背中を見送りながら、彼は妙な既視感を振り払う。そしてその5分後、肩の荷が下りたことで頭が回るようになったのだろう。IQ600の人の歌を歌った後に、知識を覚えさせれば下手な賭けに出ずとも簡単に済んだのではないかと言う点に気付いた。しかしそれはあまりにも遅く、夕方ごろ発表された合格者の中に、ルイの名は載っていなかった。



「ルイ。 気にするなよ。 俺にも責任はあるんだ。 そろそろ夕飯だぞ」


「・・・・・」


 先日に引き続き、クローゼットに引きこもったルイを何とか宥めようとギンガが声をかける。しかし本番での失敗となるとさすがに堪えたのだろう。クローゼットが開く気配はない。返却された解答用紙を見たところ、合格点の60点に一歩及ばぬ59点。歌の効果がまるでなかったわけでは無いようだ。その解答用紙を眺めながらハルミが口を開いた。


「ねえギンガ。 ちょっと聞きたいんだけど」


「俺にか? なんだ?」


「ルイちゃんの回答ね、間違ってるところは全部、回答が古いのよ」


 そういってハルミは解答用紙を見せつける。そこにはルイらしい丸っこくて小さい文字が書かれているが、それがどう間違いで、どう古いのか当然ながらギンガには理解できない。


「例えば錬金術ギルドの結成。 210年て言われてたけど研究が進んだ結果、今は217年になってるのよ」


「つまり、ルイは古いほうの答えを書いたのか」


「『イッシュバール大虐殺』は『イシュバル事件』。ネイルシュライン病も、今はS型からL型が主流になってるわ」


 ハルミの説明によると、どうやらルイの回答で間違いとなっていた部分は、全てひと昔、ふた昔前なら正解とされていたらしい。しかし研究が進むにつれ、知識が刷新されたのだそうだ。


「『イッシュバール大虐殺』なんて用語、なんで知ってたのかしら。 あんた心当たり無い?」


 ジト目でそう問いかけられるよりも早く、ギンガの額には冷や汗が浮かび始める。

 そうだ。冥王星は太陽系惑星から外されたと、あの時気付いていたはずだった。

 鎌倉幕府は1185年成立に変わったはず。島原の乱とリアス式海岸は名称が変更され、士農工商とブロントサウルスに至っては存在自体が否定されたとかなんとか。


 こうしてギンガはクローゼットの前で土下座をすることになった。ルイがビックリしてクローゼットから飛び出してくるが、頭を上げないギンガの前でオロオロと佇む。


「それにしても『古い知識しか頭に入ってこない歌』とはねえ」


「すまん。 本当に申し訳ない」


「まあ、ズルして資格取っても仕方ないか。 ルイちゃんも勉強して、次回は自力で合格目指すわよ」


「・・・・うう」


 そんな会話を交わしながら、ハルミは解答用紙を読み進める。

 そして行き着いた最後の問題を眺めるのだが・・・・・


「あら? あの会長、またこの問題出してる。 ほんとしつこいんだから」


 その問題とは、王都の錬金術ギルド資格試験ではお馴染みとなった頻出問題。

 そして数年前にハルミが受験した際、100点を取り逃す原因ともなった忌々しい難問である。

 それは、ある難治性疾患の治療薬の製法を記述する問題なのだが、実はこの問題、正確な回答が随分前に失われているのだ。元はある錬金術師が完成させた薬であり、その効果も認められていたのだが、製法を公開する前に錬金術師が死んでしまった。それゆえ現在は再現不可能の幻の薬となってしまっていた。

 その研究を永年続けているのが現在の錬金術ギルドの会長であり、彼の肝煎りで最終問題として出題されるのが通例となっている。もちろん正解など誰にも解らないのだから満点は出ないのだが、難問にどれだけ立ち向かうかという学問に対する姿勢が評価されることになる。

 ちなみに解答欄一杯を理路整然とした文章で埋めたルイはその姿勢を評価され、5点中4点を貰っていた。


「この1点があれば合格だったのに・・・・」


 そう言いながらルイの回答を読み進めるハルミの顔が、徐々に青ざめる。


「ねえ、ルイちゃん。 この製法、どうやって思いついたの?」


「・・・・・・わからない」


 普段は見せない真剣な眼差しで問うのだが、歌の効果などとっくに切れているルイには、ただただ首を傾げるしかなかった。


 その晩、錬金術ギルドは再び「悪事姫」襲来に見舞われ、現場責任者の主任はまたしても会員リストを抱えて夜の地下通路を退避することになった。



 やがて冒険者ギルドには、ハルミ特製ハイポーションの隣に、少数だが製作者の異なるポーションが並ぶことになる。一見ヒマワリのように見えるそれはタンポポをモチーフにしたロゴマーク。「目立つと恥ずかしい」という理由でチューリップやホットリップスを推す声を断り、敢えてヒマワリに似せたものだ。その献身的なお手頃価格と、じんわり暖かな「優しさ」成分で、倒れた者を揺すり起こしてくれるような回復効果が評判となったそのポーションは、品薄も相まって早い者勝ちの争奪戦が起きることもしばしばである。


「タンポポ無えの!? じゃあヒマワリでいいか」


 などという冒険者の言葉は、あのお得意様にはとても聞かせられないと、売店担当の受付嬢は胸に秘めるのであった。

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