ヤマト! KENSEI伝!
ゴン! ゴンゴン! メキッ!
ゴンゴン! ゴンゴン! バキッ!
パーティの現状において、ギンガの立ち位置は決して高いとは言えない。
構成員3人のうち、拠点となる家の持ち主であり、錬金術によるハイポーション作成販売によって確実に生活費を稼ぎ出すハルミが筆頭である。次いで、定期的な個人収入は少ないものの、不定期に舞い込む王宮からの特別依頼報酬が破格のため、その受け取り手であるルイが名を連ねる。ギンガ唯一の個人収入は教会前広場で歌を歌って貰うおひねりだが、ルイがひっついて来て踊る場合は収入を折半をすることもあって、他の2人に比べて遥かに収入額が少ない。
元の世界でも勤勉とも働き者とも言えない、どちらかと言うと怠惰な生活を送っていたこの青年もさすがにこの現状を良いとは思わないようで。
「ねえギンガ。 暇でしょ? 庭の草むしりやっといてよ」
「ちょっと。 歌いに行かないんならお風呂の水汲みお願いね」
などと居候先の家主から頼まれた家事を引き受けるようになり、ギルドの依頼を受けず、教会前に歌いに行かない日には進んで行うようになった。そういった家事雑用に、薬草採取に鉱石掘りなどのギルドの依頼。この異世界に来てからそれなりに力仕事もやって来たお陰か、いつぞやはショートソードの素振りですぐに内出血していた手の皮もある程度は厚くなったらしい。ちょっとやそっとの力仕事ではそうそう血豆は出来なくなっていた。
「・・・・できた?」
「・・・いや、まだだ」
少女の問いかけに、じっと手を見る。
本日は快晴なれど、日課の冒険者ギルド訪問の予定はない。
なんでも錬金術の用事があるらしく、ハルミとルイは2人して錬金術工房に入っていった。
一方のギンガは薪が少なくなってきたということで、薪割り仕事をこなすために家の裏庭を訪れる。
そこには古ぼけた木造の納屋が建っていた。
ハルミ宅は元々、アトリエ小屋を住居に改修した建物だ。その元の持ち主であった彼女の祖父は、錬金術のみならずいろんな分野に手を出す好奇心旺盛な男性だったそうだ。特に異世界からもたらされた技術には目が無かったらしく、井戸ポンプや水車などが伝わるたびにどうにかしてそれを手に入れ、この納屋で分解しては仕組みを調べていたという。そういった遺品もすっかり撤去され、薪や木材の保管庫として使われる現在、薪を割るには十分な広さと高さがあった。しかし納屋はアトリエ小屋と違って改修も補強もされていないらしい。気密性も低く隙間風が入り込み、中はひんやり寒かったが、身体はすぐにでも温まることだろう。
ゴン! メキッ!
ゴンゴン! バキッ!
すでに多少は手慣れたこともあり、ギンガは鼻唄の一つも歌いながら斧で薪を割り始める。午前中は手ごろな大きさの薪を割り続け、昼食後は割るのに苦労しそうな太い薪に取り掛かる予定を立てた。熟練者ならどんな太さの薪も斧の一振りで割ってしまうらしいのだが、さすがにそうはいかない。しっかり腹ごしらえをする必要がある。
「・・・できた」
昼時になり昼食のために戻った食堂で、ルイが開口一番そう言った。
どうやらギンガが帰ってくるのを待ち構えていたらしい。
その胸元には、緑色のポーションの入った薬瓶がしっかりと握られている。
「おお、そうか。 ポーション作りの手伝い頑張ってんだな」
「・・・・ん」
ギンガはそう答えたのだが、ルイはムッと不満気な表情を浮かべる。
何かまずい対応をしたのかと困惑したところに、ハルミが助け舟を出した。
「そうじゃないのよギンガ。 そのポーション、最初から全部ルイちゃんひとりで作ったのよ」
「へえ、そりゃ凄いじゃないか! ハルミが作ったのと同じくらい出来が良いな」
ルイがハルミから錬金術の手ほどきを受け始めて半年以上が過ぎる。その学習成果を確認するためにハルミが課した試験「ひとりでポーション作り」を、ルイは無事成し遂げたらしい。つまり、あの薬瓶の中に詰まっているのは、ルイのこれまでの努力の結晶というわけだ。
事情を説明されたギンガは素直な驚嘆に、先ほどすこし損ねた機嫌を取り返すためのお世辞を上乗せして大げさに驚いて見せた。その誇張された褒め言葉はルイにとって十分満足のいくものだったらしい。「・・・えへへ」と俯くと、薬瓶を大事そうにキュッと抱きしめた。
「それでねギンガ。 ちょっとお願いがあるんだけど」
「・・・・ハル姉。 ・・・・自分で・・・お願いする」
続いて申し訳なさそうに何かを言い掛けたハルミを、咄嗟にルイが止めに入る。
お喋り好きのハルミを無口なルイが制するという大変貴重な光景なのだが、ルイにとってはそうしてでも自分自身で伝えたい、いや、伝えなければならない言葉であった。
俯き、薬瓶を抱きしめる姿勢のまま視線だけ上目使いに向けて、ルイはおずおずと口を開いた。
「・・・・わたしの・・・はじめて・・・・だから。 ・・・・怪我して・・・ください」
一瞬「穢してください」だと勘違いしたギンガは大いに焦るのだが、「怪我してポーションを使ってみてください」という意味だと把握して胸を撫で下ろす。いやいや、それはそれでとんでもないことなのだが。もちろんルイはポーションの完成後、自分自身でその薬効を試している。ハルミの指導の下で、針で突いた指先の傷にポーションをかけ、傷が塞がるのを確認済みなのだが、どうもそれでは納得がいかないらしい。
曰く「治すために作った傷は治って当たり前なので、普通の傷を治したい」のだそうだ。
「そういうわけだから、ちょっと庭ですっ転んで擦り傷でも作りなさいよ」
「無茶苦茶言うなよ。 ちょっとでもやりたくねえよそんなこと」
「私だってナイフで指先切って試したんだから。 最後はあんたの番でしょ」
ギンガはとりあえず抗うのだが、強引な詭弁を押し付けて来るハルミを前衛に、不安げな眼差しで見つめて来るルイを後衛とした子弟コンビの布陣に敵うはずも無く、なんとか代案を出して納めるので精一杯であった。
昼からも薪割りをやるから、血豆が潰れたらそれを治してくれ、という代案を。
こうして昼食後、再び納屋を訪れたギンガの背後には、紅白の少女がノコノコと付いてくることになった。
ゴン! ゴンゴン! メキッ!
ゴンゴン! ゴンゴン! バキッ!
「・・・・できた?」
ルイから、たまに飛んでくる問いかけ。
「・・・いや、まだだ」
「・・・・そう」
刃物を振り回すので少し離れた場所から薪割りをじっと見守るあの少女は、血豆が出来るまで居座るつもりらしい。相変わらず胸元には大事そうにポーションが抱かれている。その様子にギンガはつい苦笑いを浮かべながら作業を続けた。
漫画などで見る薪割りの場合、せいぜい2リットルのペットボトル程度の薪が描かれていることが多い。しかし目の前の台座に乗ってるのはルイの胴回りの倍ほどもある太い薪。割るのが大変そうな薪を後回しにしていたツケである。ルイが傍で待っている以上、怠けるわけにもいかない。斧の刃を食い込ませては亀裂を入れ、斧を引っこ抜くという作業を繰り返す。手ごろな薪の時とは比べ物にならない重労働を続けること1時間。音を上げて休憩に入ったギンガが木材に腰かけながら手を確かめてみると、さすがに右手の親指付け根に血豆が出来始めていた。これでもうしばらく斧を振って、皮膚が破れて血がにじめば、ルイも納得してくれるに違いない。
「ルイ、ほら見ろ。 血豆が出来始めたからもう少しだ」
血豆が出来たことを喜ぶべきなのか、それともまだまだ柔な己が手を恥じるべきなのか。
よく解らない感情でギンガが手のひらを見せるのだが、ルイの視線は別の方向を向いていた。その碁石のような黒い瞳に映るのは、台座の上に置かれた薪の姿であった。
「・・・わたしも、・・・やってみたい」
唐突に切り出されたルイの言葉。どうやら薪割りを見守るうちに、自分もやってみたくなったらしい。
意外なものに興味を示したもんだとギンガは思ったのだが、実際は少し異なる。
えっちらおっちら太い薪に苦戦するギンガを眺めながら、この少女は「自分ならああするのに、自分ならこうするのに」といったことを考えてやきもきしていたらしい。これは錬金術の師であるハルミから「人の仕事を見るときは、自分ならどうするかを考えなさい」と指導を受けたことの賜物である。薪が一回で割れないのなら斧をもっと高く振り上げればいいし、もっと力強く振り下ろせばいい。自分ならそうするのに、なぜちまちま斧を振るうのか。初めてポーションを完成させたことで、少し得意になっていたのだろう。ルイの頭の中には、この青年よりも上手く薪を割って見せる展開と、さらには頑張ったご褒美として歌の一曲も歌ってもらい、それに乗って踊るという夢の未来が描かれていた。
「お、おい。 無茶するなよ? 重いぞ? 刃物だから気を付けろよ?」
「・・・・まかせて。 ・・・うん! ・・・・にゃ!?」
ルイはそういって心配するギンガから斧を受け取り、いざ振り上げようとするのだが。
薪割り用の斧は通常、ヘッドの重量によって薪を割るように作られている。よって同じサイズの他の刃物よりもその重量はずっと重い。ギンガも薪割りを始めた当初、大きく振り被っては力一杯振り下ろす動作を繰り返したため数分でへばってしまった経験がある。仕方なく柄を短く持って最小限の動作で薪を割ることにしたのだが、今ではそれが正解だったのだと知っている。
かくしてギンガと同じ轍を踏んだルイは、小さい身体を目一杯に使って斧を振り上げるのだが、その予想外の重さによって後ろにベタンと尻餅を付くと仰向けに倒れるのだった。
「ほら見ろ。 言わんこっちゃない」
「・・・・うう」
そう言って笑いかけるギンガの声が頭上から聞こえる。
自信満々で挑戦しただけに、ルイはカアッと赤面するのだが、今日の彼女は一味違う。転んだだけでは終わらなかった。ハルミの教えの一つ「転んでもタダでは起きない。転んだのは世界のほうだと言い張りなさい」を思い出したのだ。
「・・・歌って」
「へ?」
「・・・歌の力で、・・・・薪を割れば、 ・・・・早く終わる」
ルイにとっては恥ずかし紛れの提案であったが、ギンガは内心驚いた。
いままで歌を歌えとせがんでくることは多々あったが、交換材料を用意して交渉を持ち掛けて来るようなことは初めてだったのだ。少しづつ着実に、強かにルイが成長していることを嬉しく思う反面、どこか寂しさを感じながら、頭の中でレパートリーを探る。
取り敢えず治療用の血豆も出来たことだし、厄介な薪割り仕事が人の手によってさっさと片付くならそのほうが楽で良い。そんな、ルイの爪の垢を煎じて飲んだほうがいいようなことを考えながら、ギンガは曲を探し始める。さて、薪を割るような曲などあっただろうか。
まず頭に浮かんだのは、某海外製オープンワールドRPGに出て来るミニゲーム。某太正ロマンゲームにもそんなミニゲームが・・・、いや、あれは薪割りではなく藁束斬りだった気がする。
何かを斬るならいっそのこと、凄腕の剣士だか侍のキャラクターを呼べれば早いのだろうか。しかし外見と身体スペックのみを再現するルイのスキルで、そのキャラクターが持つ技を使えるかと言うとそれは疑わしい。剣を振り回すことくらいは出来るだろうが、「身に付けた装備」を使うことと、「身に付けた技」を使うことはまったく別物なのだ。
では「身に付けた装備」を使う切断系武装を持ったロボットならどうか。某3体合体6変化のロボットなら、主題歌の歌詞のとおり何でも真っ二つにしそうだが、いかんせんサイズ大き過ぎる。となれば、人間サイズのロボット・・・・・。
5分程悩んだギンガであったが、思考がここまでたどり着ければ、あとは早かった。
納屋の中に、寒い空気を吹き飛ばすような暑苦しい前奏が流れ始める。
男は誰でも一度は夢を見る 地上最強になる日を WOO! WOO! 目指して
いくさ場に命を懸けたモノノフよ 信じた道を走り続けろ
ネオジパングを彷徨う剣豪 我こそは からくり武者ヤマト GO FIGHT!
いざ! いざ! 大回転 独楽か竜巻か 必殺五輪剣 燃え上がる
READY GO! 剣聖ヤマト 鎬が嘶いた AWOOO!!
『からくり剣聖伝ヤマトブレード』の主題歌である。
人とロボットが共存するネオジパングを舞台に、当代最強の剣豪を目指すからくり武者ヤマトの冒険を描いたこの作品は、いわゆるコミカルロボットものに属するアニメである。主人公をはじめとする登場ロボットは全て3~4頭身であり、ユーモラスさ溢れる容姿は現代のゆるキャラに通じると言えるだろう。しかしゆるい外見に似合わず、本作を例とするコミカルロボット作品のロボットアニメ史に残した功績は大変重要なものであった。
80年代後半のロボットアニメ乱発濫造によって引き起こされた倦怠期間。いわゆる80年大絶滅は、スーパーロボットアニメを「古臭いもの」、SFロボットアニメを「見飽きたもの」として、それまでの栄華から一転、壊滅の危機へと叩き落した。そんな超氷河期の中、新たなジャンルを開拓し、しぶとく生き残ったのがコミカルロボットアニメであった。さながら恐竜すら滅ぼした地球環境の激変を、身体を小型化して乗り切った哺乳類の先祖のようであると言えば、その功績の偉大さが解るだろうか。コミカルロボットアニメが無ければ、それに続く多くのロボットアニメは無かったかもしれないのだ。
その不屈の魂を宿したような本作の主題歌も、また激しい炎のような歌であった。
ギンガが時折唸るように挙げるシャウト。似合わぬその歌唱法に驚いていたルイだったが、踊っているうちに感覚を通して理解が及んだ。この歌は荒々しく叫ぶような歌い方が正解なのだと。そう解ってしまえば後はいつも通りだ。ルイはひたすら熱いこの歌に負けぬよう、己が身と心を焦がすように激しく舞い踊るのであった。
ひとしきり踊り終えたルイがふと我に返り、既に現れていた歌の効果に気付く。
その身にまとう巫女装束が、まるで鎧のように変形・硬質化していたのだ。髪飾りはヘッドギアに、白衣はブレストアーマーに、袖はガントレットに、そして緋袴はスカートアーマーに。それはルイが冒険者ギルドでたまに見かける、重装鎧を着込んだ勇ましい女性冒険者達を彷彿とさせる姿であった。
「おお! あれはヒュウガの鎧か! 似合ってるぞルイ」
ギンガが述べた通り、変身した巫女装束のモデルになっているのは主人公ヤマトのライバル、天才美剣士ヒュウガのようだ。陣羽織と袴を象った紅白基調の装甲と、無口で物静かな佇まい。怪力で努力家だがガサツな田舎者の主人公ヤマトとは正反対の設定だが、こうしてみるとなるほど、ルイがその身に宿すのにヒュウガ以上のキャラ選択はないだろう。それを証明するように、ルイの背中にはいつの間にか、ヒュウガの代名詞である身の丈よりも長い野太刀「オサフネ」が背負われていた。
「・・・凄い! ・・・・かっこいい!」
思いがけない自分の雄姿に、喜んだルイが飛び跳ねる。その動きにムーブアシストが連動したのか、緋袴アーマーの装甲板がカシュンと開くとそこからせり出した4基のスラスタユニットが運転を開始。地面への逆噴射によってルイの身体を空中へと押し留めた。低空とは言えまさか空が飛べるとは思っていなかったルイの喜びは凄まじく、キャッキャと声を上げながらホバー飛行で空中を舞い踊るのだった。
「なあルイ、 そろそろ薪を割って欲しいんだが」
しばらくはいつも以上にクルクル回りながら踊るルイを眺めていたのだが、5分経っても終わる気配が無いためとうとうギンガが声をかけた。かけられたルイも本来の目的を思い出し、少し名残惜しそうにしながらもギンガの元へ戻ってくる。一瞬吹かしたスラスターの慣性によって宙を横切り、軽い逆噴射の後にスタリと着地する挙動を見るに、このメカ少女じみた身体の使い方には充分馴れたようだ。
「じゃあ、あの薪を斬ってみてくれ」
「・・・・わかった」
そう言って、ずっと台座で待っていた薪へと向き直るルイ。
背負われた野太刀「オサフネ」の柄へと、その右手をそっと伸ばし---
僅かに聞こえたのは「シャッ」という鞘走りの音。
辛うじて見えたのは、空中を走る鋼色の瞬き。
太い薪は未だ台座の上に置かれており、「カチン」と鯉口の閉まる納刀音に合せてバラリと割れた。
居合を得意とするヒュウガの必殺技「雷光虎返し」の威力である。
「おお! すげえ! 狙い通りだ」
「・・・わたしが、 ・・・・これを」
どうやらロボット剣士の身に付けた技は、動作プログラムという形の装備として再現されているらしい。思惑通りにことが運び、歓声を上げるギンガ。一方のルイは、今の刹那の早業を自分がやったということが信じられない様子だ。その威力に対する驚きと少しの怖れが入り混じり、困惑の表情を浮かべている。
「よし、次は最終奥義を試してみるか。 ルイ、よく聞け」
「・・・・おうぎ?」
未だ困惑するルイに対し、ギンガが説明したのはヒュウガの最終奥義。劇中終盤の修行イベントにおいて、師匠から奥義プログラムディスクとプロテクト解除コードを伝授され、ヒュウガが修得した切り札である。
なお、この修行シーンに薪割りがあったこと。そして技をプログラムとして描写していたことが、今回の選曲の決め手となっている。
「解除コードは技の名前だ。『刹那五月雨斬り』。 言ってみろ」
「・・・へ? ・・・せ、せつなさ??」
「『刹那五月雨斬り』。 ちゃんと言えれば技が使えるようになる」
「・・・せ、・・・切なさ、 ・・・乱れ斬り」
<<STANDING BY COMPLETE>>
発音さえ合っていれば承認されるらしい。
ルイの頭を包むヘッドギアから機械音声が流れ、次いで胸部装甲中央がバカッと開くと内部からコアクリスタルがせり出した。そこには「完全起動」の4文字が表示されている。これぞヒュウガの最終モードであり、これへの移行によって最終奥義が使えるようになる。
その名は「刹那五月雨斬り」。
降りしきる五月雨を全て斬ったという伝説から、技名が付けられている。
その手の内は、射程圏内全ての「認識した対象物」のみを切り裂く驚異の秘剣。つまり水を認識して振るえば、伝説通り雨粒を全て斬り飛ばすことが出来るのだ。ヒュウガがこの秘剣を使って悪に洗脳されたヤマトの邪心のみを斬り、正気に戻す場面は物語終盤の見せ場の一つである。
「いいか? 薪だけを認識しながら技を使うんだ。 上手くいけば一回で終わる」
「・・・・薪・・・だけ。 ・・・やってみる」
念のためギンガが安全な位置に離れたのを確認して、ルイは意識を集中させる。目の前には納屋の中に積まれた薪の山。薪だけを斬る。薪・・・・。薪・・・・・・・。駄目だ。薪と言われても大きさも形も色々ある。もっと漠然とした認識を・・・・。薪・・・・・。まき・・・・。ま・・・・き・・・・。き・・・・・・・。木・・・・・。木・・・・・・。
歌の効果によるものか。
ルイの頭の中で問題の処理と思考の最適化が粛々と行われ、「薪」とは若干異なる認識をもって、その最終奥義は放たれた。
「ちょっと2人とも。 なんかやってるんなら私も呼びなさいよ」
いつまでも帰ってこないルイの身体を気遣う最中、外から聞こえて来たギンガの歌声。きっと2人で何かをやっているに違いない。これは久々のレアスキル習得のチャンスか。作業をキリのいいところで止め、裏庭へとやって来たハルミ。
彼女が聴いたのは、「カチン」という鯉口の閉まる音。
彼女が見たのは、一瞬にして無数の薪へと斬り刻まれ、崩れ落ちる木造納屋の最後であった。
暖炉の中でパチパチと薪が燃えている。
充分に暖のとれた室内に上げてもらえたことは、せめてもの情けであろう。
暖かい居間のフローリングに2人並んで正座するギンガとルイの前で、仁王立ちのハルミが尋ねた。
「で? 結局、誰が悪いのかしら?」
「それは・・・、俺が歌を選んで・・・、ルイに指示も出しました」
すぐさまギンガが答える。
さすがにここで責任逃れをするほど計算が出来ないわけでもなく、またそんな根性も無い。
「素直でよろしい。 ご褒美に3本追加してあげる。 落としたらさらに追加よ」
「あがががが」
そういうとハルミは先ほど割られたばかりの、まだ乾燥しきらずミチッっと身の詰まった薪を正座したギンガの太ももに積み重ねていく。これで計6本目となる荷重と足の痛みにギンガがうめき声を挙げた。
ちなみに隣で正座するルイの膝上には、先ほどのポーションが乗せられている。
「ルイちゃんも。 スキルは便利だけどね、それに溺れちゃ駄目でしょ」
「・・・はい。 ・・・ごめんなさい」
久々に激怒したハルミにすっかり肝を冷やしたルイが、コクコクと必死に首肯する。スキル収集におぼれている人に言われるのはどうかとも思ったが、彼女もまた、それを口にするほど計算が出来ないわけでもなく、またそんな根性も無い。
「まったく人の家を何だと思ってるのよ。 まあいいわ。 私が部屋を出てったら正座を崩してよろしい」
そう言うと、ハルミは2~3分うろついた後、居間を出ていった。
扉が閉まる音が鳴るとすぐさま、膝から薪の山を投げだしたギンガ。正座などしたことも無い彼にとって、江戸時代の拷問じみた仕打ちは大変堪えたのだろう。息も絶え絶えにドシャリと仰向けに倒れこみ、「足が・・・、足が・・・」と悶え苦しむ。
その様子に心配したルイが、慌ててギンガのもとに近寄った。しかし、この青年を苦しめている原因がルイにはいまいち理解できない。物心つく前から正座にも慣れている上、自重が極めて軽量なこともあって、正座による痛みや痺れに無縁であったせいだ。きっと足のどこかに怪我でもしたのだと、ポーションを握りしめながら様子を伺うが、ギンガの足に外傷は見当たらない。
ルイは自分を責め立てた。
ポーションを作ったくらいでいい気になって、怪我をしてくれ、などと頼んでしまった。
しかしこうして目の前で痛みに苦しんでいる青年に対し、何も出来ないで途方に暮れている。
それも、自分の分まで罪を背負い、罰を受けた痛みだ。
無力さと身勝手さに目の奥が熱くなるのを、ルイはグッと我慢する。
泣いている場合ではない。
せめてこの青年を苛ませる痛みを、少しでも和らげなければ・・・・。
そうしてルイは、その献身に満ちた右手をそっと伸ばし---
「ルイ・・、 あが・・、ちょ、ま・・・、がっ・・、さ、触らな・・・・」
痺れたギンガの足を、さするのであった。




