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ファイアーエムブレス③

「しかしまあ、なんだな。 最後まで残ったのが俺たちだけとは・・・」


「寂しくなっちまったなあ・・・」


 その日の晩、城下町の裏手を進んだ先にある酒場で2人の男が酒を飲んでいた。

 太くたくましいその首には、誇らしげに掛けられた姫巫女の護符が揺れている。

 本日の主役であるはずの2人。だが、彼らの背はどこか寂し気に哀愁を漂わせていた。


「お前、あの巫女さんになんて言われたっけ?」


「ああ、『どうか身体を大事にして下さい。 怪我しないようお祈りします』って言われた」


 男はそう答えてため息を吐く。

 普段は遠く離れた異国の戦場を渡り歩き、剣を振るっている傭兵である。


「そう言うお前はなんだったか」


「『何度も人を助けてくれて嬉しかったです。 その優しさを忘れないで』」


 もう1人の男が苦笑いを浮かべながら、かの巫女姫の声色を真似る。

 彼も遠方の商業都市を根城とする、いわゆるヤクザ的な職業に就いていた。


 城下町で生まれ育ったこの2人は、今年も「王都獅子追い祭り」のために遥々帰ってきた。

「祭り」でバカ騒ぎをやって目立つという、不良仲間同士の10年来の伝統を遂行するためにである。

 しかし同じように刺激を求め、世界中に散っていったかつての仲間たちの帰省は、年を重ねるたびに1人減り、2人減り。家庭を築き、その地に根付いたやつもいるが、とっくに死んだやつもいるし、行方がわからないやつもいる。トレジャーハンターとして成功し、一番羽振りの良かった男が去年ミミックに食い殺されてしまったため、初参加の少年時代には10人いた悪友たちの参加も、とうとう2人になってしまった。

 カランとグラスを傾けながら、傭兵がつぶやく。


「そりゃなあ。巫女さんが俺たちに『お仕事がんばって』とは言えんよなあ」


「でも、言われたかったなあ・・・」


「ああ・・・」


 今年から急に祭りに関わることになった巫女姫は、あの小さいなりで参加者100人のフルネームと職業その他を頭に叩き込んでいたらしい。ヤクザの前に巫女姫の御言葉を受けた農夫など『おいしいお野菜をありがとう。わたしもにんじん残さず食べます』と言われて平伏せんばかりに喜んでいた。


「お前、この後はどうする? 実家にでも寄るのか?」


「いまさら顔も出せんさ。 お前だってそうだろ。 夜が明けたら城門で別れようぜ」


 そんなことを言いながら本日の戦利品、または本日のシノギ代を首から外して眺める。この幸運の護符を持たせてやりたかった連中は、もうこの場にはいないのだ。


「しかしこの護符、あまり見たことのない形だな」


「ああ、確か”お守り”とかいうやつだ」


 正月早々のしんみりムードを払しょくしようとヤクザが話題を変えたのだが、酒も回ったことで徐々にあらぬ方向へ走り始めた。


「袋みたいだけど、中になんか入ってんのかな?」


「そういた聞いたことがある・・・。 確か・・・女のシモの・・・」


 2人の脳裏に浮かぶのは当然、あの祭壇上にちょこんと座っていた巫女姫。


「じゃあ、なにか。 この中には・・・」


「そういや・・・巫女さんがぴょんぴょん跳んだ時、あの赤い下衣が捲れ上がったんだが」


「お前、最前列にいたよな! まさか見えたのか!? 」


「いや! 見えなかったんだ! 何も見えなかった! 赤い下衣と白い太もも以外は何もだ!」


「それって・・・・おい・・・・、あの娘、黒髪だよな・・・」


 巫女姫が本日、緋袴とよく似た色の毛糸のパンツを身に着けていたことは知る由もない。

 こうして「巫女姫 はえてない説」と「巫女姫 はいてない説」を提唱するに至ったアウトロー2人。

 酔いも回り、少年期を思い出したかのように騒いだ挙句、近くを警邏中の王宮神兵団によってあえなく御用となった。やがて巫女姫本人の嘆願により厳重注意で釈放され、身元引受人として呼ばれた親兄弟と再会することになるのだが、そもそもの罪状が流言の流布なのか、それとも機密漏えい罪なのか。それが彼らに明かされることはなかった。



 時を戻して正午過ぎ。

 何度でも繰り返す戦いは、苛烈を極めていた。


 祭り開始5分までは本当に穏やかなものだった。会場となる木柵の端のほうでは、いまだのんびりと草花を食むスイミーボアなども散見されたものだ。しかし時間の経過とともに伝播していった警戒色と興奮によって、ボアは次々と参加者目がけて突進を仕掛けるようになる。まして群れが大きければ大きくなるほど戦闘時の凶暴さを増すイノシシ型モンスター。開始10分を境に、参加者の負傷率は跳ね上がることになった。


「なあ、ルイ。 発案した俺が言うのもなんだけど、もう少しリセットの基準をだな・・」


「そうよルイちゃん。 参加した人たちだってかすり傷ぐらい許してくれるわよ」


「・・・ダメ。 ・・・ハル姉、 ・・・ボタン押して」


 初めてリセットをかけてから何度目のやり直しであろうか。

 もはや数えることも諦めたループの中で、ギンガとハルミは何度目かの説得を試みる。

 それでもルイは頑なに参加者たちが傷つくのを認めようとはしなかった。


「ちょっとギンガ、 ルイちゃん変なスイッチ入ってるわよ? これもあの箱のせい?」


「その箱のスイッチをルイに入れさせたの、誰なんだよ」


「あんたの歌の効果でしょ! 何とかしなさいよ!」


「お前が引き受けた依頼だろうが。 もっと上手く操作しろよ!」


 祭壇の上と下でひそひそと醜い言い争いをする2人を尻目に、ルイは辛抱強く参加者たちを見守り続けた。


 ルイとて、きつい。

 リセットのたびに記憶以外は開始時点にまで戻るのだから、体調のほうは特に問題がない。

 しかし記憶が残るということが、ルイの精神に大きな負担となった。彼女は開始から今までの累計時間ずっと、誰かがピンチに陥るたびにハラハラと心配し、誰かが傷付けばそのたびに悲しんでいるのだ。

 途切れることのない不安と悲しみがルイの心を痛め続ける。


 俯きたい。

 目を背けたい。

 この場から去りたい。

 しかしそれは出来ない。

 巫術一族の血脈がそうさせるのか。

 それとも長時間見守り続けた100人に情愛の念が沸き上がったのか。

 人を加護し導くことの責任感が、そして使命感が、ルイの胸の内に確かに生まれていた。

 そうであるならば、なおさら参加者が傷付くことを見過ごすわけにはいかない。

 ルイは膝の上に作った握りこぶしをキュッと握りしめると、まっすぐに祭り会場を見守り続けた。


 ハルミも、きつかった。

 当初は参加者を操作するコントローラーの扱いを楽しんでいたのだったが、それにも限度がある。

「あの青い鎧のお兄さん、カッコいいわね」などと叩いていた軽口も、リセットを繰り返すたび次第に聞こえなくなった。ハルミの性格上、陰鬱になっている訳ではないのだが、どんどん増える記憶事項に楽しんだり喋ったりする余裕が無くなってしまったのだ。

 会場には100人の参加者と、150頭のスイミーボアが存在している。つまり参加者は常に1.5頭のボアを相手にすることになるのだが、さらに無傷で30分を乗り切るとなるとやはり土台無理な話だ。言うなればドッジボールで30分よけ続けるようなものだろうか。

 コントローラーを託されたハルミは、どのタイミングで、どの位置の、誰が傷を負うかを全て記憶しなければならなかった。ましてリセットを押すとメモ紙すら白紙に戻る状況では、記憶を外部に保存することなど出来ようもない。

 さらに始末が悪いのが、とっさのコントローラー操作では回避しようのない場面だ。

 例えば、ある参加者が複数のボアに取り囲まれ、どうやっても避けきれない場合。または複数の参加者が別の場所で同時に負傷した場合。こういった不可避状態をそれでも回避するために、事前に操作して別の方向へ向かわせることにしたのだ。いや、そこまでしなくとも、あらかじめ立ち位置を少し調整することで、運良く紙一重で避けたような結果につなげることも出来る。身体の向きを事前に変えておけば、死角からの不意の一撃を察知できるし。腕を少し持ち上げるだけで、本来は間に合わない盾での防御も間に合うようになるのだ。


 最低限の操作で、最低限の結果を、最低限必要な数だけ。

 これこそハルミが生み出した攻略方法。

 そしてこれこそアルスが驚愕した、「未来予知」と「絶対的幸運」の正体だ。


 しかしそれは操作の手数が増える上に、全ての手順を覚えていなければならない。

 まさに死に覚えゲームの様相である。

 たびたび繰り返される、すでに見た時点までの戻し作業。

 そしてその先に待つのは、何が起こるのかわからない未知の領域。初見殺しの間。

 歌によって身体が強化されているとは言え、時間の経過とともに100名の参加者は疲れの色を見せ始めた。それは彼らが不覚を取る機会の増加に直結し、初見殺しの急激な増加として襲い掛かった。

 頭脳が悲鳴を上げる。

 しかし斜め前に座るルイが頑張っているのを見ると、今度こそとハルミはコントローラーを握り直すのだった。


 意外なことに、一番きつかったのはギンガだった。

 晴れ渡った元旦初日。日は出ているとは言え、その放射冷却は凄まじい。

 記憶を残す3人の中で唯一、床暖房の恩恵に与れないギンガにとってはまさに地獄だった。

 人は時間が限られているからこそ、苦痛にも耐えることができる。

 祭り会場に来ている観衆たちも、やがて暖の効いた家に戻り、湯に浸かっては寝床に入ることを知っているからこそ、今この寒さを我慢できるのだ。

 この寒空の下、果たしてどれだけの時間寒さに耐え続けなければならないのか。

 リセットのたびに体調が元に戻るので凍死する心配がないことだけは救いだったが、ギンガは確実に疲弊し、意識は朦朧とし始めた。

 やがて耐え切れず大会本部として設けられたテントに引き込もうとしたのだが、覚えることの多さに切羽詰まったハルミが彼を呼び止める。こうして祭り会場の右側3分の1の面積の記憶係を押し付けられることになり、彼の極寒無限地獄は続くことになった。

 仮に気を気を失ったり、寝てしまうとスキルの効果は消えてしまう。

 何とか意識を保ちながら、かじかんだ手を握りしめた。



 それからさらに、何度やり直したことだろう。

 ルイの祈りか、ハルミの頑張りか。

 いや、案外凍えるギンガを神が憐れんだのかもしれない。


 血の滲む再挑戦といくつかの幸運が重なって、初めてたどり着いた25分の時点。

 残りはたったの5分間。しかし3人はすでにボロボロの状態である。

 また身体が強化されているとは言え、参加者100名にも疲労が広がっている。

 この残り5分を乗り切ることがいかに困難かは、思考能力が低下気味な3人にも想像に難くなかった。



 しかしここで転機が訪れた。

 ある参加者の動きが、劇的に変わったのだ。

 異国の王子アルスが、最優秀武功賞獲得のために動き出した瞬間であった。


「ルイちゃん! 『青の6号』がなんか急に凄くなったわ!」


「・・・あの人は・・・冒険者の、・・・・アルスさん」


 見違える動きでボアを倒し始めたアルス。

 土壇場で現れた救世主の活躍にハルミが唖然とする。青い服装の6人目を指し示す、彼女が記憶するために100名全員に振ったコードネームを、失礼だと言わんばかりにルイが訂正した。


 その間にも青の6号ことアルスの活躍は止まらない。

 手に持つひのきの棒にオーラのような青白い光をまとわせたかと思うと、襲い来るスイミーボアを次々と迎え撃つ。本来ならひのきの棒では一発撃破が難しいボアが、あっという間にその数を減らしていった。さらにアルスは勢いそのままに、別の群れのど真ん中に突撃をかける。彼が駆け抜けた後には、無数の気絶したボアの姿があった。目にもとまらぬ早業であった。


「・・・すごい! ・・かっこいい!」


 颯爽と現れたヒーローに、ポッと頬を染めながらルイがつぶやく。

 どこかで見たことのあるような。しばし思案を巡らせる。

 そうして気が付いた。不思議な箱に描かれている凛々しい青年に似ているのだと。

 ギンガの説明によるとこの絵の青年は、ある物語に登場する心優しき王子様だという。


「それにしても6号のあのスキルは何かしら? なんか記憶に引っかかるわね」


 一方ハルミは、アルスの使うスキルに早速興味を示す。

 記憶力を酷使している状態でなければ、すぐにでも思い当たっていたであろう。

 彼女の愛読書『全国共通スキル一覧』巻末に数行だけ記載のある南方王家固有スキルのことを。


「ハル姉! 向こう!」


「あ、やっば! ちょっと待って、それ無し!」


 予期せぬアルスの大活躍に2人とも気が緩んだのか。

 凛々しい青年と、見たことのないスキルに気を取られ、別の参加者がピンチに陥っていることを見逃してしまった。

 わずかに早く気付いたルイが悲鳴にも似た声を上げる。

 ハルミがとっさにコントローラーを握るが、回避には間に合わない。

 ここまで来て、もう一度リセットか。

 ルイは祈り、ハルミが固唾を飲む。


「せいやっ!!」


 そのとき会場に、青い光弾がほとばしった。

 光がやんだ後には気絶しているボアが転がっている。そして襲われる寸前だった参加者は無傷であった。

 ルイはほっと胸をなでおろし、ハルミは光弾の発射地点を探す。やはりアルスだ。

 どうやら参加者のピンチを救うために、ひのきの棒にまとわせていた青白い光を弾丸として撃ち出したのだろう。右足を大きく前に踏み込み、ひのきの棒を横薙ぎに振り切った姿勢をとっている。


「あ! 思い出した!」


 ハルミの素っ頓狂な声は、30分経過を知らせる銅鑼の音と、湧き上がる歓声によってかき消された。

 こうして「誰一人傷一つ」の奇跡は、一月一日のこの日に、成し遂げられたのであった。




 10分の休憩ののちに、褒賞授与式は執り行われた。


 会場を囲む観衆は先ほど目の当たりにした奇跡にざわめき続けていたが、トイレ休憩を取ったルイが再び祭壇上に現れると一気に静まり返った。観衆からすると、今しがた奇跡を起こした張本人なのだ。祭り開始時点よりは随分と多くなった敬愛の念、そして僅かばかりの畏怖の念を含んだ観衆の視線を浴びながら、ルイは祭壇の上で座布団に座る。

 祭壇前に再び居並ぶ100名の参加者たち。全員怪我もなく、全員が誇らしげである。

 いや、例外が約1名だけ。ここからが本番であるアルスだけは、決意に満ちた緊張感のある表情を浮かべているのだが。


 授与式は言ってみれば卒業式の賞状授与のようなもの。

 老神官より名を呼ばれた参加者は「巫女姫の護符」を賜るべく一人ずつ祭壇の前に進み出ては、祭壇下のハルミより護符を受け取って元の列に戻るという手順になる。


 最初に呼ばれたのは、建築ギルドを代表して祭りに参加した力自慢の大工だ。

 惜しくも最優秀は取り逃したものの、この大工の活躍は目覚ましいものがあった。

 開始と同時に彼は会場を囲う木柵から手頃な板を何枚も引っぺがすと組み合わせ、なんと木柵内にさらに防御柵をこしらえてしまったのだ。この防御柵は危機に陥った際の避難場所として、多くの参加者を救うこととなった。その発想力と、人道的かつ博愛精神あふれる行動が高く評価された結果であった。


 ハルミから受け取った護符を高らかに掲げると、建築ギルドの同僚たちから歓声が起こった。それに満足した大工が元の列へ戻ろうとしたところ・・・


「・・・・あ、・・・あの」


 祭壇の上のルイが、おもむろに口を開いた。

 蚊の鳴くようなか細い声であったが、老神官が呼び出しのために祭壇周辺に展開した拡声魔法の影響で会場中の人の耳に届いたようだ。巫女姫の言葉があるとは知らなかった大工は、すぐさま祭壇前で姿勢を正す。


「・・・みんなを守って・・・すごかったです。・・・いつか、わたしの家も・・・建ててください」


「は、はい! 光栄であります!」


 思わずシャチホコ張る大工に、ルイは野の花のような淡い笑顔を見せた。

 その加護があったのかどうかは定かではないが、板切れを組んだだけでモンスターを凌いだ腕前として名をはせた大工は、やがて独立して「巫女姫ハウジング」を企業。後に「ルイ1型」と呼ばれるメルヘンチックな白く小さい家から、果ては「ハルミ特型」と呼ばれる要塞まで何でも建てるゼネコンへと成長することとなる。それは50年以上も先の話だが、その2つの建造様式がなぜその名前になったのか、詳細な記録は残されていない。


 2人目として祭壇前に歩み出てきたのは養豚場で働く飼育員。

「王都獅子追い祭り」向けに150頭のスイミーボアを納品した養豚ギルドが、生産責任管理者として派遣した、ギルド内ではいまいちうだつの上がらない畜産農家の男である。

 しかしそんな彼も祭り本番では予想外の活躍を見せた。大工が横板を剥がしたおかげで低くなった木柵付近に陣取ると仕事で培った運搬技術を駆使し、近付いて来たスイミーボアを抱え上げては柵の上から場外に放り投げて一発退場させるという荒業を繰り出したのだ。場外に出たものは会場内に戻れないというルールの裏を突いたこの奇策。最優秀者を除けば、最も多くのボアを撃破したのはこの飼育員であった。


「・・・おいしいお肉を・・・いつもありがとう。・・・重いものを投げれて、・・かっこいいです」


「ははー! 仕事に励みます!」


 90度のお辞儀をする飼育員に、ルイは可憐な笑顔を向ける。

 この飼育員、以前のうだつの上がらなさはどこへやら。年明け早々心を入れ替えて仕事に励み、やがて独立することになるのだが、「巫女姫豚」の屋号と商標登録に許可が下りることは決してなかった。


 いまさら言うまでもないだろう。

 大工のバリケード作戦も、飼育員のリングアウト戦法も、苦心に苦心を重ねたハルミの操作による、いわゆる「裏技」である。



「・・・逃げ遅れた人を、・・・助けてくれました。 ・・・お酒、・・・飲みすぎないでね」


「のろまをを蹴っ飛ばしただけでえ。 てか巫女さん、なんで俺だけ説教なんだよ」


「・・・いつまでも・・・夫婦で元気で。 ・・・また踊り、見に来て下さい」


「おうよ。 わしが死んだら誰が婆さんの面倒見るんじゃ」

「こっちのセリフですよお爺さん。 またクッキー焼いていくわね」


 引き続き、つたない言葉で吶々と語られる、ルイの精一杯の賛辞。

 ギルドにたむろする冒険者と、教会前広場常連の老夫婦にも贈られた。

 今しがた奇跡を成し遂げた巫女姫の心からの言葉に、涙を浮かべるものも現れる。

 こんなやり取りをなんとか乗り越え、参加者100名の最後の1人が名を呼ばれた。

 最後の1人とはすなわち、最優秀武功賞の獲得者。

 今年の「王都獅子追い祭り」において最も活躍したものに与えられる頂点の座を勝ち取ったもののことだ。

 ラスト5分の獅子奮迅の活躍と、なによりルイの後押しがあったことが決定打となり、冒険者アルスの受賞へとつながった。



 アルスは祭壇前へとゆっくり歩を進める。

 その顔ににじみ出る緊張感は、歴戦の勇者といえども隠し切れなかった。


 巫女姫の加護を。あの規格外の奇跡を目撃してしまったのだ。

 この場の参加者や観衆の中で、あの加護の有用性を正確に把握している、または正確に誤解している唯一の人物なのだから仕方がない。それがやがて祖国に牙を剝くことの無いよう、最高のファーストコンタクトが必要となる。その為にはなんとしても、祭壇上にたたずむ巫女姫と良好な関係を築かなければならないのだ。

 背負った責任の重圧を踏み締めながら、また一歩足を踏み出し、祭壇前にたどり着いた。


 最優秀武功者が他の参加者と違うのは、祭壇下でハルミから護符を受け取るのではなく、階段の最上段まで上がって巫女姫から巫女神像なるものを賜ること。「踏んでいいのは階段の最上段まで。祭壇上には決して上がらぬように」と、敏腕そうな老神官から事前に釘を刺されている。

 その階段の1段目をアルスが上がろうとした矢先、階段脇に控えていたハルミが口を開いた。


「ねえ、あなた、南方王家の人でしょ?」


 その不意打ちの言葉に、アルスの全身が粟立つ。

 緊張していて気付かなかったというのは、歴戦の勇者にしてはお粗末すぎる言い訳である。

 世話役に過ぎないはずの女官が放つ、獲物を見る女豹のような眼差しにアルスは背筋が凍る思いをした。

 この世話役は何者なのか? まさか謀られた? どこから? いつから?

 まさか、この祭り自体が?


 半ばパニックに陥るが、ここまで来て引くことは出来ない。

 まるで自分をなめ尽すような世話役女官の視線を精神力で振り切ると、さらに階段を登りながら考えをまとめる。すでに身分がばれているのは違いない。その上で素知らぬ顔で振る舞うのだから老神官も、あの世話役女官も、とんだ役者であったものだ。

 ならばアルスが打つべき、最善の一手は・・・・。

 ここには、拡声魔法が効いているのだから・・・。



 一方、祭壇上のルイ。

 慣れない賞賛の言葉を99回も贈った彼女は、とっくにくたびれていた。

 相手が長い間見守り続けた参加者たちでなければ、心労で倒れていたかもしれない。

 その分思い入れは強く、手渡されたプロフィールリストなど、とっくの昔に丸暗記してしまった。

 その参加者の中には、異国や遠方から来たものも少なくはない。

 すべては一期一会。寂しいけれど二度と会うことのない人もいるのだろう。

 そう思ったルイは居ても立ってもいられず、あの時、大工を呼び止めてしまったのだった。


 それでも護符を受け取る参加者たちの笑顔を見ると、くたびれた身体に力が湧き出してくる。

 あの護符はもともと、あの青年が生まれ育った「イセカイ」の国のものらしい。

 青年が描き起こしたデザインを元に、ハルミから「裁縫」スキルを教わったルイが主となって一つ一つ手作りをした自信作だ。

 一縫い一縫い、みんなが笑顔になりますように、幸せになりますようにと心を込めて。

 そんなパーティメンバー3人の合作が、さっそく人々を笑顔にしている。

 その光景に、ルイはもうひと踏ん張り気合を入れなおした。

 そしてとうとう、最後の参加者の番になる。

 あの青い鎧の冒険者が、祭壇前にやってきて、そのまま階段を上ってきた。


 忘れていた。

 最後の人には、あの人形を渡すんだった。

 最優秀武功賞の授与を思い出し、ルイの身体から、せっかく入れなおした気合が急速にしぼんでいく。

 本当にこれを渡すのか。

 私自身で渡すのか。


 ルイの脇に用意されているのは、最優秀武功賞の褒美として用意された巫女神像である。

 高さ30センチほどの、ルイと似たような巫女装束をまとった人形像なのだが、外見には大いに問題があった。


 事の始まりは、ルイたちが老神官から依頼を受けた、そのあとのこと。

 お祭り好きのハルミはさっそく老神官と示し合わせ、ギンガとルイを巻き込んで祭りの詳細を詰めることになった。やがて夕飯ののちも打ち合わせは続いたのだが、めでたいめでたい、実にめでたいと酒が入ったのがまずかったようだ。


「ねえねえお爺さん。 一番頑張った人にはなんかご褒美を出しましょうよ」


「なるほど、それをルイ姫が自ら授与するのですな? ルイ姫が目立つまさに名案じゃ!」


「それも見た目で分かるようなやつ・・・。 なんかほら、銅像とかそんなの」


「おお、ルイ姫の神像というわけですな? ルイ姫が増々注目されるこれも名案じゃ!」


「姫って響き、いいわねえ・・・。 よし!『巫女姫』のキーワードを前面に出しちゃおう」


「さすがはハルミ殿! 相変わらずの慧眼、この老骨も感服致しますぞ!」


 ウヒャヒャヒャヒャ、ガハハハハ。

 こんな感じで意気投合していた酔っ払い2人を止める力はギンガはおろかルイにも無く、「巫女姫」呼称案と「巫女神像」作成案は早々に決定されてしまった。


 しかし大晦日の日、ハルミ宅で行われた「お祭り最終会議」にて、ハルミと老神官がそれぞれ急いで用意し、持ち寄った巫女神像は大きく異なっていた。


 老神官の神像は見事なまでにルイを再現しており、その静かなたたずまいは博多人形を彷彿とさせた。王都教会本部御用達の職人衆によって作られた「天上天下紅白巫女神像」である。ルイは素直にかわいいと思ったが、自分が模された人形を自画自賛するのもどうかと思い、一度意見を引っ込めた。ここで素直に一票を投じておけばと後悔することになる。


 一方、「彫刻」「細工」その他スキルをふんだんに使用し、ギンガからガレージキットやフィギュアの知識を仕入れたハルミの神像は、現在のルイからは、いささかかけ離れた容姿をしていた。

 ハルミと同程度の頭身に伸びた身長。すらりと長い手足。目鼻立ちもすっきりと大人びて清楚な色気を匂わせる。身に着けているのは今と同じ巫女装束なのだが、多分に増量された胸部によって胸元ははだけ、片膝を持ち上げた蠱惑的なポーズのせいで腰の括れは強調され、肉付きの良い太ももが緋袴からあらわになっている。全体的に肌色率の高いそれは、アニメキャラなどのきわどいフィギュアを彷彿とさせるハルミ会心の一作「近未来ルイちゃん像」であった。


 巫女神像案を決定した時の意気投合はどこへやら。2人の意見は真っ向からぶつかった。


「ハルミ殿! ルイ姫はこんな下品な身体はしておらん! 破廉恥極まりない!」


「あらやだ、お爺さんの人形。 随分貧相な身体だけど、これ、いつの頃のルイちゃんかしら?」


「どう見ても今現在のルイ姫そのものですぞ! 寸分の違いもないはずじゃ!」


「一緒に寝てる私しか知らなくて当然だけどね、日に日に成長してるわよ? ルイちゃんの身体」


 一向に歩み寄る気配のない討論。

 話を振られたギンガは早々に「ルイの気に入ったほうでいい」とさじを投げてしまった。

 彼も少しは学習をするのだ。この手の話に首を突っ込むと、どうやっても遺恨を残すと。


「ルイ姫、 ご自分を偽ってはなりませんぞ! 人間ありのままが良いのです!」


「ルイちゃん、 自分の未来を信じなさい。 現状に異を唱えることで人は成長するのよ!」


 一聞すると大変良いことを言っているような2人の説得。

 こうして最終的な選択を委ねられたルイは、さんざん悩んだ結果・・・

 悩んで、悩んで、悩んだ結果、静々と、おっぱいの大きいほうを選んだ。


 そして現在、ルイは悔やんだ。悔やんで、悔やんで、果てしなく悔やんだ。

 あの時もう少し想像力を働かせていれば。あんなに悩んで、なぜ気付けなかったのか。


 これは、自ら人に贈るためのものだというのに。


 家に飾るのすら恥ずかしいこの人形を、観衆の見守る中、人にプレゼントしなければならないのだ。ほんの少し欲を出して見栄を張ってしまったその代償は、なんとも大きいものであった。ちなみに老神官の持ってきたほうの人形は、家に飾るといって老神官が持ち帰ったためこの場にはなく、すり替えることもできない。


 困り果てたルイの見守る中、とうとうアルスが最上段まで足をかけると片膝を付いた。

 祭壇上で座布団に座るルイと、視線がちょうど同じ高さになる。


「・・・王子、・・・・さま」


 困窮のさなかに、人を安心させるアルスの眼差しはもはや卑怯である。

 至近距離で目が合い、ポゥっとしたルイが思わずつぶやく。


「そこまでご存知でしたか・・・・。 まいったな」


 ルイのつぶやきは、アルスを決断させる最後の一押しとなった。


「南方王国が第2王子アルス、ルイ姫に求婚を申し入れます」


 拡声魔法によって会場中に、その通りの良い声が響き渡った。

 数瞬の沈黙ののち、沸き起こる歓声。凛々しい王子が、奇跡の巫女姫に求婚したのだ。よくある理想のハッピーエンド。観衆がこれを好まない訳がない。アルスが勇者として世界中を渡り歩いているということもあっという間に伝わり、会場はもはや祝福ムード一色となってしまった。

 異国にて孤立無援のアルスが採った、王都への好意を広く表明する捨て身の一手であった。



 呆然としていたルイがようやく我に返る。

 頭が真っ白になっていたらしく、何が起きたのかよくわからない。


「ルイ姫。 私のお嫁さんになって下さい」


 ルイの反応の無さを見たアルスが念押しとばかりに、言葉を簡易に、凛とした表情を微笑みに変えながらもう一度優しい声で言った。これではルイの思考回路に備えられた安全ブレーカーも落ちることが出来ない。


「・・・およ、・・・およ、・・・うええ、・・・ハル姉」


 頭を茹で上がらせ、顔を真っ赤にしたルイは、いつものように頼るべき仲間の名を呼んだのだが。


「いっちゃえ、いっちゃえ、玉の輿よ。 チャンスよ」


 そう答えたハルミの眼は、スキル関連の欲に突っ走るときの色をしていた。ああなったときのハルミの助言はいっさい当てにならないことをルイは知っている。大方、ひのきの棒を光らせるアルスのスキルが目当てなんだろう。

 欲の権化と化したハルミの隣では、老神官が葛藤の表情を浮かべていた。

 一つはこの良縁を受けるべきか否か。もう一つはこの緊急事態に、男子禁制の祭壇を上がるべきか否か。

 2人とも助けになりそうではなかった。



 そんな中、ピンチのルイのもとに、あの青年の声が届いた。


「ルイ! 待ってくれ! ルイー!」


 その声の主を探し、すぐに探し当てる。

 青年は祭壇を登ろうとしているのだろう。

 階段登り口で、屈強な王宮神兵団の兵士たちに阻まれていた。


「ルイ! 早まるな! ルイー! 話を聞いてくれ!」


 青年が必死に名を呼び、手を伸ばす。

 この場面、どこかで・・・・・。

 ルイの胸が、トクンと小さな音を鳴らした。


 その2人の様子を見た王子アルスも動く。

 巫女姫と乱入した男が、どうやら浅からぬ仲であることを読み取った彼はとっさに機転を利かせたのだ。

 一気に階段を飛び降りるとギンガを抑え込む兵士2人の背後に迫り、それぞれの腕をねじり上げてその拘束を解き放った。ことがどう転ぶかは未知数だが、ここで巫女姫に恩を売っておくのも悪くはないはずだと。


「ルイ姫が上でお待ちだ。 行きたまえ」


「ルイ! ルイ!」


 その言葉を聞いているのか、いないのか。

 乱入者は一心不乱に階段に取り付くと、みっともなく両手両足でよろよろと登り始めた。



 さて、ここで先に弁解をしておこう。

 遡ること約2時間前。

 祭り開始から30分、終了を告げる銅鑼の音が鳴り響いたとき、無限極寒地獄を彷徨っていたギンガはとうとう意識を手放してしまったのだった。吟遊詩人スキル維持のために精根尽き果て、祭壇を支えるやぐらの内側へ倒れ込んだ彼は誰にも気付かれることなく、授与式の間も昏々と眠り続け、ある音でようやく目を覚ました。

 アルスが階段を昇っていく音だった。


 無限とも思われたリセット。

 曖昧にしか覚えていない祭りの結末。

 もはやこれがゲームなのか、現実なのかもわからない。

 意識が混濁するギンガの耳に聞こえてきたのは、アルスからルイへのプロポーズだった。


 結婚する。

 相手を選ぶ。

 選択肢。


 ギンガは息も絶え絶えに駆け出していた。

 ルイに、間違いを起こさせてはいけない。

 もうあのリセット地獄だけは繰り返したくない。

 その一念で寒さでガチガチに固まった身体で階段を這いずり登る。

 言うなれば、心神喪失の状態であったと。



「ルイ・・・、 待ってくれ・・・、ルイ・・・」


「・・・・わかった。 ・・・・待つ」


 階段を登り終えたギンガが、ルイの華奢な両肩に手を添えた。

 凍えて震えるその指。こんなに冷たくなるまで。

 無理をさせたのが自分自身であることを、ルイは申し訳無く思う。


「いいか、ルイ・・・・。 落ち着くんだ」


「・・・・わかった。 ・・・・落ち着く」


 2人の視線が向かい合う。

 虚ろに揺れるギンガの瞳はすでに焦点が合っていない。こんなに疲れきるまで。

 自分のためにここまで頑張ってくれたことを、ルイは素直に感謝する。


「ルイ、聞いてるか・・? いいか・・? ルイ・・、ルイ・・・」


「・・・うん。 ・・・・はい、・・・きき、ます。 ・・・ここに、います」



 ルイが愛してやまない歌声を奏でるその喉も、すっかり掠れてしまっている。

 それでも青年が名を呼ぶたびに、ルイの心音はまた一つ早くなる。、

 それはとうとう16連射の弾幕となってルイを撃ち続けていた。

 いよいよそのセリフが耳に届く。



「ルート選択の前は、セーブを」


 言っている言葉の意味はよくわからない。

 それでもルイは、青年が大変失礼なことを言ったと女の直感で悟った。

 無意識に突き出されたのは白足袋で覆われた、床暖房でホカホカの右足。

 それは見事なヤクザキックであった。






「ああ・・・。 まさかこの俺がフラれるとは・・・」


 祭りの翌日、王都から遠ざかっていく旅姿の一団があった。南方王国の王子アルスとその仲間たちである。他国へのお忍びの旅で身分がばれてしまった以上、むやみに留まるのは避けた方がいいだろうと老神官との話し合いで決まり、早々に王都を出立したのだ。


「あの巫女さん。 大きくなったら本当にこんな感じになるのかなあ」


 白馬に跨りながらアルスが手で弄んでいるのは、最優秀武功賞の褒美として賜った巫女神像。授賞式の折、吟遊詩人の乱入騒ぎによってうやむやとなってしまったところに、あの世話役女官が持ってきたものであった。


「なりそうだなあ。 やっぱり惜しいなあ」


「イセカイ」とかいう工房の造形技術がふんだんに盛り込まれたという精巧な神像。その端正で気品に満ちた顔立ちと、下品にはならない程度にメリハリのついた身体。実に好みである容姿に、世話役から受け取ったアルスは目を奪われた。


「あの、これは誰ですか?」


 あの巫女姫の姉か母親だと予想して問うた質問に対し、世話役は予想外の答えを返した。


「5年後のルイちゃん」


 そのあっけらかんとした態度に、祭壇前での女豹を思わせる雰囲気は見当たらない。

 そのやり取りを機に、アルスは最大の懸念事項であった「巫女姫の加護」の詳細について、謝礼を匂わせながら口の軽そうな世話役に聞いてみた。すると世話役が返してきたのは、今回の加護は偶発的なものであり、二度と起きないし、二度とやらない、という回答であった。

 ある程度の真偽を見分けることが出来るアルスの目を以てしても、世話役が嘘をついているようにはとても見えない。なるほどやはり当初抱いた「何かの偶然でなければ、こんなことがあってたまるか」の、何かの偶然だったということで、最終的に納得することにした。


 納得と言えば、納得がいかないことが一つ。「巫女姫の加護」情報の謝礼として金銭や宝石を想定していたのだが、世話役が求めたのは予想外のもの。

 それは祭りの最中にアルスが使って見せた、武器や拳を気で覆う強化スキル「闘気功オーラバトラー」と、その気を弾丸として撃ち出す応用スキル「闘気砲オーラシュート」の情報と、そしてその修得方法や修得するうえでのコツであった。

 これはアルスの属する南国王家門外不出の秘伝なのだが、修得には相当のスキル適正と訓練、それ以上のスキルへの執念が必要となる。そう説明したのだが、「いいっていいって!こっちで何とかするから」と聞く耳を持たない世話役。「スキルの情報を教えたんだから、そっちもスキルの情報で応えなさいよ」と押し切られて、その日の夕方にかけて簡単な手ほどきをすることとなった。

 今思えば、あの世話役はそれが目当てで巫女神像を届けたようにも思える。あの時の女豹のような眼差しにも一応の説明は付くのだが、はたして彼女は使えないスキルを知ってどうする気なのだろうか。


「あーあ、風が冷たいなあ・・・」


 もう一度まじまじと、巫女神像を眺める。

 そこへ一層強く北風が吹きすさんだ。


「おおっ」


 巫女神像の緋袴が、ひらりとめくれ上がった。


 彼がはるばる持ち帰った「5年後のルイちゃん像」は祖国、南方王国に多大な衝撃を与えた。

 職人は精巧な造形技術を。女は神像が身に着ける繊細で神秘的な服飾を。そして男はまだ見ぬ遠国の美女を求め、多くの人々を遥か北方への旅へと駆り立てた。これはやがて交易路発展の礎になり、両国に多大な富をもたらすことになるのだが、それは少し先の話だ。

 巫女神像も後世において、剣侯アルス所縁の品として国宝指定となるのだが、その緋袴の中がどうなっているのかは、やはり南国王家門外不出の秘伝となるのであった。




 アルスが王都を去ってから、さらに後日。

 正月もすっかり明けて7日経ったころ。

 暦の上で祭日も終わり、仕事始めの活気に溢れる中心街を歩く3人の姿があった。


 ふんす!ふんす!と意気も高らかに先頭を征くのは紅白の少女。

 普段は無表情な少女の顔が、満面の笑みで覆い尽くされている。

 ああ、なんと素晴らしい日なのだろうか、と。


 元旦のお祭りの数日後、ルイ宛にある小包が届いた。

 送り主はルイが年末に中央広場で見た、異国から来た歌劇団一座の団長だと言う。

 さっそく開封したところ、その中には、あの日、あの広場で見た歌劇の初日公演特別招待のペアチケットが入っていたのだ。

 同封されていた団長の手紙には、「獅子追い祭り」を見物して大変感銘を受けたこと。そして是非とも巫女姫様に自分たちの歌劇をご観覧頂きたいと思い、申し出たことがしたためられていた。

 手紙を読むハルミの声に、ルイはクルクルと舞い、飛び跳ねて喜んだ。

 この仕事をしていて本当に良かったと、ルイは心から喜んだのだった。




「姫ーーー!! おのれ、詩人! 姫に手を出すな!」


「ヒヒヒ。 王子様も案外、人を見る目がないもんですなあ」


 勇ましい王子が必死の形相で叫び、手を伸ばすも、悪党の群れに阻まれて捕らわれの姫には届かない。

 なんと仲間だと思っていた吟遊詩人こそが悪党の頭目であったというどんでん返し。まさかの展開に、多くの観客が息を飲む。王都中央演劇場は、噂となっている異国の歌劇団初日公演と言うこともあって満員御礼。人の熱気で場内は十分暖かかった。


「クッ! ね、ねえルイちゃん。 前に見たって言ってたの、このシーン? ブッ! ブフッ!」


「・・・・・・ん」


 ハルミが必死に笑いをこらえながら訪ねる。しかし、ルイには赤面した顔を晒しながら、曖昧に応えるしかない。今、舞台で演じられているのは、捕らわれの姫と王子の冒険ラブストーリー。しかし、ルイが年末に見た挨拶舞台とは、大きく変わっていたのだ。


 元旦のあの日、公演開始を目前に少しでも王都の風土を汲み取ろうと街に繰り出した歌劇団の団長と団員たちは「獅子追い祭り」を目撃した。あの奇跡を目撃した。

 彼らは演劇を生業とする手前、伝説や物語を学び演じることも多い。しかしそんな彼らを以てしても、本物の奇跡を目の当たりにした衝撃は筆舌しがたいほどであった。ならばこそ、だからこそ、彼ら歌劇団は燃え上がった。我らの武器は、筆でも舌でもなく、演劇に他ならないと。まして今までの人づてに聞いたものや、本で読んだような使い古された伝説ではない。生まれて初めて目の当たりにした、この世で最も新しい伝説なのだ。これを演じずしてどうする。そういった高ぶりが、団長はじめ団員たちの総意となったのは、当然と言えば当然であろう。


 かくして団員たちの徹夜による改変作業が始まる。

 さすがに舞台全てをいちから作るには時間が無い。公演予定であった演目に、出来る範囲であの伝説を組み込み、脚色する必要があった。

 捕らわれの姫の衣装は異国情緒溢れるヒラヒラスケスケ衣装から、紅白のヒラヒラ衣装へ変更となった。衣装担当が珍しい被服だと書き残していた詳細な巫女服スケッチが活きる。またそれを着る姫役も、一座の看板女優ではスタイルが良すぎるため、まだ駆け出しであった色白黒髪の少女が大抜擢を受けた。幸いにして改変後の姫役は台詞が非常に少ない。一方、看板女優には新たに追加された「姫の付き人」役が宛がわれ、緑色のエプロンドレスをまとい、無口な姫の代わりに多くの台詞を処理することになった。



「ンククッ! ちょっとちょっと、ルイちゃん、あれひょっとして私の役かしら。 やだもう、あんなエロい身体してないわよー。 ヌフフ!」


「・・・・・・ん」


 相変わらず笑いをこらえながらはしゃぐハルミ。噴き出すのを堪えきれず、漏れた息がキューとかピューとか音を立てている。ルイの対応も先ほどと変わらず、赤面した顔で舞台を鑑賞し続けている。いや、正確には、今のルイにはこれ以上の対応が取れないのだ。


 今2人が座っているのは、劇場中央に特設された特別貴賓席。

 大道具担当が心血注いで用意したそれは、祭り会場に建てられたレプリカ祭壇を二人掛けに縮小したような座席であり、舞台からも観客席からも、そこに巫女姫が居ると一目でわかる仕様となっていた。その証拠に、舞台から時折チラチラと演者の視線が送られるのが感じられる。観客席からは「おいあれ、本人だよな」といったささやきが聞こえてくる始末だ。

 そのあまりの恥ずかしさにルイは赤面しながら俯き、目を背け、そしてとうとう席を立って帰ろうとした。しかし直後のハルミの一言によって、そうもいかなくなってしまったのだ。


「ああ、ルイちゃん。 帰っちゃだめだからね。 あと俯かない。 目を背けない」


「・・・・えっ?」


 彼女の「気配察知」スキルによると、舞台袖から団長らしき人物がルイの一挙動一挙足を注視しているという。そしてルイが俯いたり席を立つ素振りを見せるたびに、舞台裏に指示や叱咤を飛ばしているらしい。もしこれで舞台途中でルイが帰ってしまったりすると、歌劇団はどれほど気落ちするのか計り知れないという。

 その話を聞き、ルイが改めて舞台へと視線を送る。

 そしてその視線が、今回大抜擢を受けた姫役の少女の不安げな視線とぶつかってしまったことで、とうとう身動きが取れなくなってしまった。逃げることはおろか、目をそらすことすら出来ない。今座っている祭壇にはもちろん床暖房機能など無いのだが、いやでも身体が熱くなる。こうしてルイをヒロインとした冒険ラブストーリーは、本人を羞恥の渦の中に叩き落した状態で佳境へと進んでいく。


「・・・無礼者!」


「グヘエ!」


 姫役の少女渾身の回し蹴りが、悪党である吟遊詩人の左側頭部に炸裂。

 舞台上の階段を派手な音を立てて転げ落ちていく場面で、多くの歓声と万雷の拍手が沸き起こる。

 ちなみにこの舞台は、後に更なる改修を経て年末定番の名演目となるのだが、この「階段落ち」シーンはその中でも最大の見せ場として語り継がれていくこととなる。


「ブヒヒ! アハハハハ! く、苦しい・・・! アハハハハ! 落ちかたがそっくり!」


「・・・・ハル姉」


 ハルミはとうとう我慢を諦めたようだ。膝をバシンバシンと打ち付けて大爆笑している。

 その隣でいろいろと考えることを諦めたルイが、おもむろにハルミのエプロンドレスの裾を引っ張った。身に謂れのない羞恥に晒された理不尽。それは仕方がない。誰も不幸になっていないのだからいいじゃないか。ルイはそのように潔く諦めることにした。しかしそれ以上に我慢出来ないことがある。


「・・・ハル姉」


 笑い転げているハルミの裾をもう一度引っ張る。


「ヒイヒイ・・・。 ああ苦しい。 はあ、はあ、 あ・・・、ルイちゃん、なに?」


「・・・・ん」


 涙を拭きながら振り向くハルミに対し、ルイは顔を舞台に向けたまま、特別席の後ろを指さす。

 その指の先には、呑気に居眠りしているギンガの姿があった。


 団長から送られた特別招待状はペアチケット。もちろん2枚組だ。

 どうしても3人で見に行くと言って聞かないルイのために、ギンガはもう1枚チケットを手に入れる必要があった。

 ルイの機嫌を直すため、元々はチケットを3枚用意するはずだったことを考えると随分安く済む。しかしその反面、初日公演チケットとなると入手が難しい。そこでギンガは歌劇団の団長に掛け合い、特別貴賓席の後ろ側、舞台が見えないために販売されていない席のチケットを、観客ではなく巫女姫の付き人だからという名目で格安で入手するに至った。

 このような訳アリ座席のため、ギンガの周囲に他の観客もおらず舞台も見えない。ついでに演目が劇場版ロボットアニメでも怪獣特撮でもなく、演劇ラブストーリーだったことも相まって、開始10分のストーリー説明が続く難所にて撃沈者第1号として眠りについてしまった。


「・・・・ん!」


 再度、ルイが力強く指さす。

 言葉少なながら「あれをなんとかしろ」と言わんばかりに。

 その横顔には、年明け前は無かったはずの強さが芽生えていた。

 そのわずかに凛々しさを匂わせる表情に、ハルミは見覚えがあった。

 期待値5割増しで作ったあの人形。

 ひょっとしたらこの娘、本当にああなっちゃうかも。


「はいはい、お冠ですねえ。 畏まりました、巫女姫様」


 ハルミはそう答えると、ニヤリと悪い笑みを浮かべながら手元のパンフレットをクルクルと丸めて右手に一本の筒を作る。その持ち手の根元から先端にかけてそろえた左手の指の腹をすっと沿わせると、筒はどこかで見たような「闘気功オーラバトラー」のスキルで包み込まれた。


 舞台上では、王子と巫女姫のキスシーンで幕が下りる大団円。

 割れんばかりの拍手と歓声の場内。


闘気砲オーラシュート」による必殺一撃の炸裂音が、密かに場内に響き渡るのであった。

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