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ファイアーエムブレス①

「なんだ!? これは・・・・、この力は・・・!?」


 アルスは己が身を包む異変に気付いた。


 幼いころから剣術を学び、また冒険者としても名を馳せる彼にとって、目の前に迫るモンスター「スイミーボア」など脅威に足り得ない。例えそれが5頭だろうが10頭だろうが。イノシシ型低級モンスターの突進を左右にかわし、また時に盾で弾き飛ばし、隙を見つけては反撃を加える。利き手に握るのが、使い慣れた名剣よりも随分と軽くて心もとないひのきの棒であることをのぞけば、鍛え上げられた身体は思いのままに動く。

 しかしそれはいつも通りのことだ。特別に何かが強化されている訳ではない。その結果に正直なところを言えば、アルスは当初、落胆していた。旅の途中で噂を聞くようになった踊り巫女の加護とやらは、この程度なのかと。


 しかし押し寄せるボアの群れを蹴散らしながら、徐々にアルスは己が身を包む異変に気付くことになる。

 何かがおかしい。妙な既視感とで言うべきか。

 意識の奥底で、他の誰でもない自分自身が先回りの警鐘を鳴らすのだ。

 死角から迫る不意の攻撃に。予想しえない突然の事態に。

 まるで一度体験したことがあるかのように。


「未来予測」ともいうべき未知の力に目覚めたことに困惑しつつも、アルスは戦い続ける。

 ありえない現象だが、20頭近いボアの群れを単身で引きつけながら、未だ傷一つ負っていないのも事実だ。いくら腕に自信のある彼でも、流石にこれだけの数から攻撃を受けて、ここまで無傷でいられるものではない。


「”巫女姫の加護があれば、傷一つ負わない”だったか・・・・」


 この戦いが始まる前に、老神官が宣言した言葉。

 てっきり参加者たちを鼓舞し、発破をかけるためのお為ごかしだと聞き流していたのだが。

 あの老神官は、こうなることを知っていたのだ。この恐るべき加護の威力を。

 しかしそうすると新たな疑問が湧き上がる。

 使い様によっては軍事力の大幅な増強にもなりかねない、この力を何故秘匿しないのか?

 何故、自分のようなよその国からの流れ者にすら、その加護を与えて見せたのか?


 事の重大さに気付き、情報を整理しようとするアルスの元へ、20頭のボアが機を揃えて一斉に突進をかけてきた。

 アルスは目論見どおり高く跳躍して同士討ちを誘うつもりだったのだが、周りの参加者たちから見ると窮地に立たされているように見えたのだろう。彼をカバーするように、左右にさっと人影が飛び込んできた。


「おい新顔。 気ぃ抜いてんじゃねえぞ! シャンとしろや!」


「油断しなさんな、お若い人。 怪我でもしたら巫女さんが責任を感じるじゃろうが」 


 右側をカバーしているのは冒険者らしき男性。一見するとギルドの酒場でたむろしているのが似合いそうな冴えない風体。腕もあまり立ちそうにはない。しかしその立ち回りは基本に忠実。盾で防ぎ、反撃を加えるという一連の歪みない動作。まるで経験を積んだ傭兵のように堂に入ったものであった。

 さらに左側で戦っているのは戦闘要員ですらない一般人2人。夫婦らしき初老の男女が協力しながら立ちまわっている。重装歩兵用の大盾をズシリと構え、ボアの突進を次々と弾き飛ばす爺様と、その背後から見事な槍捌きで竹竿を突き出し、弾かれたボアを仕留めていく婆様。実に連携の取れたその動作は、対モンスターではなく対軍隊用のレギオン兵そのものであった。


「ああ、済まない。 気を付けるよ」


 礼を述べながら助けてくれた連中を観察する。

 彼らの外見に似合わぬ獅子奮迅の働きは、恐らくあの巫女姫の加護によるものだろう。魔法やスキルによる一時的な戦力強化は、戦闘での常套手段の一つ。冒険者や老夫婦が熟練兵のようになっているのも理解の範疇だ。

 アルス自身への強化はやはり今一つ感じられない。しかしそれは恐らく、巫女の加護が「低レベルのものを一定レベルにまで押し上げる」効果であるからだと予想を付ける。言い換えるなら元から一定レベル以上の人間には効果が無いのだ。そのことも少し残念に思うのだが、それはこの場においては些細な事だ。


「なんか知んねえけどよ、俺っち今日は勘が冴えまくってるぜえ」


「おい婆さんや。 あの大きなボアじゃがの。 陰にもう一頭ボアが隠れとるから気を付けるんじゃよ」

「そんなのとっくに知ってますよう、お爺さん」


 冒険者と老夫婦の会話から、アルス同様彼らにも「未来予測」の効果が発動しているらしいことを確信する。それは有り触れた「身体強化」などよりも余程重大なことであった。広く世界を旅してきたアルスですら、そんな効果の魔法やスキルなど見たことも聞いたこともなかったからだ。


「”巫女姫の加護があれば、傷一つ負わない”、か」


 身体は充分に温まっているはずだが、背を流れる汗は冷たい。

 もしそんな加護が本当にあるなら、不死身の軍事力でこの広大な世界を統べることすら出来てしまうだろう。あの巫女姫の加護が果たしてどれほどまでのものなのか。あの老神官の目論見が一体どこにあるというのか。万が一にも来るかもしれない、この王国と遥か遠くの祖国との戦いすら念頭に、アルスは情報を集め続ける。


 右前方から1頭のボアが突進してきた。

 これもかわそうと身構えるのだが、不意にある思い付きが彼の頭を過ぎる。

 なるほど、「未来予知」に「身体強化」もおまけで付いてこれば、よっぽどのことでもない限り傷一つ負わないだろう。

 しかし、自ら傷を負いにいったらどうなるのだろうと。


 戦闘中に手を抜くことの恐ろしさを知るアルスは、本来なら自ら傷を負うようなことはしない。

 しかし今は、この身を包む不可思議な加護の力、その限界を少しでも見極めなければならない。

「傷一つ負わない」という老神官の宣言が、「未来予知」と「身体強化」を指しているのであれば、また何らかの対策を立てる算段も生まれてくるというものだ。それには何よりもまず、体当たりの検証と、それによって手に入れた情報こそが大事だった。


 さっそくアルスはボアを躱そうとして、わざと脚をもつれさせた。転倒する彼の前にあっという間に迫るボア。体勢を立て直す時間は無い。

 これなら未来予測もへったくれも無い。さて巫女の加護はどう効果を発揮するか。ダメージ軽減か。それとも何か魔法障壁のようなものか。いや、流石にもうネタ切れで、普通にダメージを負うだけかもしれない。

 そんな覚悟をしつつ、転がったまま守りを固める。


 しかし必至の状態に陥っても、ダメージは襲ってこなかった。

 転倒の際にアルスの手から放れたひのきの棒。乾いた音を立てて転がり落ちたそれに脚を取られたボアは、盛大にすっ転んで突んのめる。鼻っ柱と額を地面に擦り付けただけでは突進力を殺しきれなかったらしい。結局ボアは縦回転の低い放物線を描きながら、横たわるアルスの数ミリ上を飛び越えて木柵に激突し、自滅によって気絶してしまったのだった。


 その光景を見たアルスは呆然として立ち上がる。

 なんだ、今のは?

 運が良かっただけか?

 それとも、これですら巫女の加護の範疇なのか?


 改めて周囲を見渡せば、また新たな発見に気付く。

「身体強化」と「未来予測」に注目しすぎて見落としていた、会場に溢れている幸運、幸運、幸運。「運が良かった」の数々。

 1頭1頭は低級ながらも、群れの数を増すごとに凶暴になるスイミーボアだが、ここには今100頭を超えるスイミーボアの群れが暴れ回っているのである。

 考えてみれば、腕に覚えのあるアルスですら少し気を抜けば危機に陥るような状態。例え熟練兵であってもこれを全員無傷で乗り切ることなど奇跡に近い。


 しかしそれがどうだ。

 今のところ共に戦っている連中に死者はおろか負傷者すら、かすり傷一つ負った者も一人も居ない。

 たまたま攻撃が外れた。なんとか防御が間に合った。偶然味方に助けられた。などなど。危機に陥る場面は少なからずあるのだが、何かしら「運が良かった」で助かっている。


「そんな・・・。 そんな馬鹿なことが・・・あるのか・・・」


 その後も機会をうかがっては何度か負傷しようと試してみるのだが、結局アルスは小さな傷一つ負うことが出来なかった。

 全ては望んでもいない幸運によって払いのけられてしまったのだ。

 いや。そもそもこれは本当に「運が良かった」なのだろうか?


「身体強化」に「未来予測」。

 そして「絶対的幸運」。


「巫女姫の加護・・・。 まさか、運命すら・・・」


 今も戦闘は継続しているが、それは全員無傷という奇跡が継続しているということ。

 その神威のような出来事の真っただ中。アルスは驚愕に呑み込まれそうになるのを必死に堪えながら思考を巡らす。

 これ以上呆然としている猶予は無い。圧倒的な力の存在を知ってしまった以上、彼にはその威力が祖国に向かないよう最善を尽くす義務があるのだ。祖国には守るべき民草がいる。


 何においてもまずは彼らと接触し、友好の意を表明しなくてはならない。敵に回すのはおろか、この奇跡を見て見ぬふりをすることも明らかな愚策。政治的感覚ではなく、戦いで培ったアルスの戦闘的感覚がそう訴える。

 であれば、誰に接触を図るべきか?

 あの敏腕そうな老神官か。

 それとも奇跡の宿主であるらしい、あの小さな巫女姫か・・・。


 腹は決まった。

 ならば後は駆け抜けるのみ。

 相変わらず貧相で軽過ぎるひのきの棒を、スキル「闘気功」のオーラで包み強化すると、アルスはそれまでの手加減を取り戻すかのように、全力を発揮するのだった。

 狙うは最優秀武功賞ただ一つ。

 巫女姫から褒美の品を直接受け取ることが許されるという、誰も皆振り仰ぐ頂点の座。




 数日前。

 広く澄み渡った青空と、そこから流れ落ちる冷たい風

 街を行き交う人々はみな忙しそうに足早で歩く。異世界にも年末がやってきたのだ。

 そんなごった返しの街をのんびり歩く、紅白の民族衣装の少女。

 ルイはひとり、王都の中央市街に来ていた。ハルミから頼まれた年末の買い忘れを買うためだ。同時に大掃除がひと段落付いたため、息抜きついでに遊んで来いというハルミの心遣いでもあった。


 そんなこんなで活気溢れる街をブラブラしながら訪れた中央広場。ルイはある一角に人の群れが出来ているのを見つける。

 人ごみが嫌いではない彼女は聴き慣れないリズムの音楽にノコノコと誘われ、さっそく人だかりの中をのぞいてみた。観衆に囲まれていたのは南の国から来たという歌劇団一座とのこと。年明けからの王都興行に先駆けて宣伝と挨拶の舞台が行われているらしい。

 異国情緒溢れるヒラヒラでスケスケの衣装をまとい、歌って踊るはハルミと同い年くらいの踊り子。メリハリのついた褐色肌の身体と南国独特の妖艶な踊りが男性陣の目を釘付けにしていた。

 その踊り子が演じるのは、盗賊団に捕らわれた美姫だという。どうやら捕らわれの姫と助けに向かった王子の冒険ラブストーリーらしい。凛々しい王子役の演者も負けじと迫真の演技を披露している。


 ルイはその歌劇に夢中になった。

 今まさに窮地に陥ってしまった姫。王子が駆けつけるも賊の群れに阻まれて姫まではもう一歩届かない。

 姫の名を呼びながら王子が懸命に手を伸ばし・・・というところで「続きは本編で」となってしまった。挨拶舞台だったということがとても悔やまれて仕方がない。


 これは何があっても絶対に見に行こう。

 ルイは記憶にしっかりと刻み込むと帰路を急いだ。やはり彼女も年頃の少女。お姫様には憧れてしまうのだ。せめて今はあの踊り子の舞っていた独特の踊りを真似し、自分のものとして修得しなければこの興奮は冷ますことが出来ない。

 そのことで一杯になったルイの頭は、記憶容量の問題から買い物の途中であることをすっぱり忘れるのであった。




「・・・・ただいま」


「おお、ルイ姫。 お戻りになられましたか」


 ハルミ宅に帰宅後、居間に入ったところで向けられた老人の声に、ルイは自分も一応「姫」の一種であるらしいことを思い出す。とは言え、そう呼ぶのは巫術一族が滅んだ今となっては、一族と友好関係のあったこの老神官だけなのだが。ルイは憧れの存在の価値が下がるような妙な感覚を覚えるのだが、やめてくれと言うほどのことでもない。取り敢えずペコリと頭を下げてハルミの様子を伺った。


 この老神官がここを訪れるということは、何か仕事の依頼だろうか。それともルイの様子を見に来ただけだろうか。その疑問に目が合ったハルミが答える。


「ルイちゃん。 年明けに仕事の依頼が来たわよ」


「・・・そう」


 年明け早々の仕事のようだ。少し肩を落とす。

 出来ればあんまり怖くないのがいい。

 それで恥ずかしくないのがいい。

 血まみれとかびしょ濡れもやりたくない。

 ルイは心の中で願った。年明けくらい、みんな平穏無事で過ごしたい。

 みんな怪我も病気も無く過ごしたいと。

 重ねてそう願いながらハルミの説明を待った。


「王都の新年行事なんだけど、『獅子追い祭り』っていうのがあってね」


「・・・お祭り?」


 どうやらいつもとは方向性の違うらしい依頼に、ルイは小首をかしげるのだった。



『王都獅子追い祭り』とは王都の新年恒例行事の一つ。

 その昔、まだ王国が弱小な一国家に過ぎなかったころ。正規軍の遠征中に魔物の大軍が王都を襲った。そこで残った衛兵のみならず、一介の冒険者や流れ者の傭兵、果ては町民農民までがその手に武器を持ちこれに対抗。その奮闘によって正規軍が帰還するまでの時間を稼ぎ、この一大事を乗り切るという出来事があった。これは身分を超えた協力体制が国家を救った美談として語り継がれることになるのだが、その話に端を発するのが伝統ある『王都獅子追い祭り』である。


 内容は至ってシンプル。設置されたサッカーグラウンド程度の木組み柵。その中に100頭のスイミーボアを放ち、参加者は制限時間一杯までその攻撃を凌ぐというもの。無事凌ぎきればその年1年の無病息災が祈願されるらしいのだが、この歴史ある祭事も今や存亡の危機に直面していた。


 近年、祭事への関心が薄れたこと。王家の衰退による王国への帰属心の低下など、原因はいろいろあるのだが、新年早々「無病息災」を願う祭事で怪我をするなど馬鹿馬鹿しい、というのが最大の理由であろう。

 今回の参加希望者の数を見て青ざめた「獅子追い祭り開催本部」は急きょ検討を重ねた。怪我をするのが問題ならば、その要因を取り除くか、緩和すればいいはずだ。

 スイミーボアを50頭に減らしてはどうか。はたまた戦闘力の劣る子供のボアにしてみたらどうかという意見が出る。しかしそれらの案は、スイミーボアを育てる養豚場との通年契約が取り決められている以上、急な変更は難しいとなった。

 では身を守るための盾や鎧を支給してはどうかという案が出れば、その予算はどこにあるのかという反論が出て立ち消える。


 最終的に魔法かなにかで参加者を強化すれば、怪我人も少しは減るのではないかという話になったところで、大会本部長が口を開いた。ここ最近話題になっているという連中。嘘か誠か。危険や災害になったら飛んでくるという巫術師とその従者一行のことを思い出しながら。


「評判になっとる巫女様の力を借りれねえもんかなあ」と。



 こうして「獅子追い祭り開催本部」から駄目元で持ち込まれた依頼。

 それに対して小躍りせんばかりに喜んだのは、司祭として国民からの信頼も厚く巫術師への依頼の受付先となっている老神官だった。

 彼が喜ぶのも無理はない。一度は王都から追い出された巫術一族の最後の姫が、こうして少しずつ王都で評判を掴み始めているのだ。ましてや元々は巫術一族が取り仕切っていた祭事ごとに関する依頼。深い親交があった亡き先代の族長がこのことを知ればどれだけ喜ばれることか。いや、こんなところで満足していてはいけない。これを機に姫様の評判をより高めるのだ。「先代族長よ。姫様の晴れ舞台をご照覧あれ」そう叫びたくなるのを堪えながら本部長との打ち合わせを詰める。

 ちなみに書類上、巫術一族の当代族長はとっくの昔にルイに書き換わっているのだが、そのことを正確に把握しているのもこの老神官だけである。


 かくしてルイのこととなると暴走しがちになる老神官は、この度の依頼に一も二も無く承諾する。ついでに王宮武器庫で眠っている予備の防具、王都中央広場の使用権と会場の設営。そして老神官本人を筆頭に、貴重な貴重な治療魔法の使い手たちで結成されたエリート部隊「王宮神兵団」がおまけとして当日の警護に付くこととなった。



 食堂のテーブルを囲みながら、そういった事情諸々をルイへと説明をする。

 どうしても言い回しが固く、また語句も小難しくなりがちな老神官ではらちが明かないため、先に説明を聞いていたハルミの出番となった。


「つまり、お祭りでみんなが怪我しないように、歌と踊りで強化するってことなのよ」


「・・・お祭り」


 何をやらされるのかと少しの不安があっただけに、事を理解したルイの表情は明るかった。

 良かった。ホッと胸を撫で下ろす。

 それなら怖い思いも恥ずかしい思いもしなくて済みそうだ。

 それにみんなが怪我しないように守る仕事ときた。

 これだけいい仕事が今まであっただろうか。


「・・・わかった。 ・・・でも」


 何の反論も無いルイであったが、そう言い淀んではす向かいに座る青年を見つめた。

 結局のところルイに出来るのはいつものように踊るだけであり、それが出来るかどうかはこの青年がどんな歌を歌うかにかかっているのである。みんなが怪我しないような歌。そんな歌が本当にあるのだろうかと、言外に問いを込めながら視線を送った。


「で、ギンガ。 出来るんでしょうね?」


「多分出来るだろうけど、簡単に言ってくれるなよ」


 ギンガがその視線に気付く前に、せっかちなハルミが問うと、ギンガはそう答えた。

 今までにない、ルイの力を他人に派生させるという内容をよく考える。答えの歯切れの悪いのも仕方のない話だ。

 確かにここ最近、レベルアップによってルイの踊り巫女スキルが強化されつつある。ルイ自身が発揮する効果の増強もさることながら、その効果がハルミに派生することが増えたのだ。

 更にとんでもない方向に成長しつつある。

 ギンガは内心そのように恐々としていた。しかしそれは勘違いと言うもの。その身に神を降ろし、その力を以て人に益を与える。これは「一族の踊り巫女」本来の効果が開花し始めているに過ぎない。


 そんなこともつゆ知らず、ギンガはうんうんと頭を捻る。

 仮にルイがスキルの増幅拡散装置としての働きをするのであれば試す価値はありそうだ。複数の主人公格が登場する群像劇、例えば「アニメ樅山三国志」の主題歌あたりを見繕って歌い、ルイの踊りによって増幅拡散。そして祭りの参加者たちへと派生させれば。そうすれば、例え三国英雄とまではいかないまでも、多くの人間を対象に一般兵士程度の戦力を付与できるかもしれない。

 そこまで考えたギンガは、事前の実験に老神官が協力することを条件に、今回の依頼に承諾するのであった。




 そしてやって来た元旦。良く晴れ渡ったお昼過ぎ。

 吹く風は寒いが、王都広場はお祭り特有の熱気に包まれていた。


 中央広場には王都工兵隊の手による突貫工事で、サッカーグラウンド2面分の広さの頑丈な木柵が出現している。その中集まったのは予想をはるかに上回る人数の参加者たち。近年なら常連含めて30名もいれば良い方なのだが、老神官の熱心な広報活動が効果を奏したらしい。

 巫女姫のありがたい舞踏によって祭りの参加者にはもれなく高い身体強化が付与される。それで祭りを無傷で乗り切ることが出来ればこの1年のご利益は約束されたようなもの。その証として巫女姫の護符が与えられる。さらには、もっとも武勇を見せた一名には特別に、巫女姫自ら巫女神像が下賜されると言う話だ。


 人望の有る司祭がそのように熱弁を振るうものだから、験を担ぐことに余念のない一部の傭兵や冒険者連中がまず話に乗った。またご利益と聞いては商人や職人も黙ってはいられない。各ギルドから特に腕自慢・身軽自慢を何人か選び、代表として出場させることとなった。変わったところで一般市民参加の老人会10名ほど。教会前広場でルイの踊りとギンガの歌をいつも楽しんでいる、ある意味常連の皆さんだ。ルイの踊りの効果を良く知っている彼らは、これを好機とばかりに長寿祈願のために参加を申し出た。



 こうして集まった100名の参加者。そして王都名物の新年祭りと、ご利益の有るという姫巫女の舞を一目見ようと木柵の外に詰めかけた観衆の山。それらを前に老神官が開会の儀を執り行う。とうとう「獅子追い祭り開催本部」を押しのけて仕切役に就任してしまったらしい。見渡すばかりの群衆。一度は王都を去った巫術一族の末裔姫がこの群衆を呼んだのだ。まさに万感の思い。目頭が熱くなるのを堪える。

 熱暴走した老神官は参加者100名に対し高らかにこう宣言すると、その挨拶を終えるのだった。


「巫女姫様のご加護があれば、諸君は決して傷一つ負わぬであろう」と。


 こうして熱い歓声と巫女姫コールの聞こえる舞台裏で、ギンガとハルミは頭を抱えることになった。



「あっちゃー。 お爺さん吹かしてくれるわよねぇ。 で、どうすんのよ、ギンガ?」


「いや、この土壇場で。 いきなりどうするって言われてもなあ」


 予定が狂ったのである。

 事前の検証実験の結果「アニメ樅山三国志」の主題歌『時の大河』は予想通りの効果を発揮し、検証に付き合った神官団10名はさながら熟練兵のような身の捌きを見せた。予定通りに事を進めたとしたら、参加者100名は同じような力を手に入れ、大きなけがも無く無事乗り切れる算段だったはずなのだ。

 しかし誰一人傷一つ負わないという条件はさすがに困難に思えてならない。

 まして相手は、参加者の増加に併せて急きょ150頭に増やされたスイミーボアの大軍である。


「全員が無傷だなんて、そんなの普通に考えたら無理だろ」


「そうよねえ。 でもどうにかしないと、ルイちゃんの評判が下がるわよ」


 外は熱狂の渦。

 しかし一時的な熱狂というものは、冷や水を差されてしまうとたちどころに冷めてしまう。それどころか熱する前よりも脆くなってしまうことも多々あるのだ。

 ここでもし老神官の宣言に反して怪我人を出してしまうとどうなるか。ひょっとするとルイに対して「大口叩いた名ばかり巫女」などとレッテルが張られてしまうかもしれない。それだけは何としても避けなければならない。なんであの爺さんも生まなくていい問題を生みだそうとするのか。


 ギンガが目をやると、不安そうに見つめるルイと目が合った。

 そうだ。いまは悪態をついている場合じゃない。

 必死に思考を巡らせ、頭の中でレパートリー帳をめくる。


「それにしても一人でも傷付いたらアウトとか、どんな無理ゲーだよ・・・」


 そう吐き捨てた言葉。

 その自らの言葉に、不意に感じたある考え。

 3秒ルールだ。ギンガは吐き捨てた言葉を慌てて拾うと、口に放り込んで噛み締める。


「ゲーム・・・・・。 ゲームか・・・。 ゲームみたいに・・・」



 開会の儀に続いて引き続き老神官の訓示と諸注意も終わった頃、参加者や観衆の注目が一点に集まった。

 木柵に隣接して建てられた高さ3メートルほどの立派な矢倉。巫女姫が舞を舞うために作られた祭壇だというそれは、老神官が巫術一族の里に在ったものを再現したものだ。木柵に囲われた祭り会場をテニスコートに例えるなら、ちょうど審判席に該当する位置関係である。

 地上から祭壇上部まで続く階段をおずおずと上がっていく紅白衣装の黒髪少女。

 ようやく祭壇へと昇り切ったルイが正面を向いたことで軽く歓声が起きた。


「・・・あ、 ・・・床、あったかい」


 舞台中央に敷かれている座布団。それに腰を下ろしたルイが呟く。

 祭壇の上は6畳ほどの広さの舞台となっているのだが、正月の寒空の下、板張りの床はじんわりと暖かい。

 ルイが風邪をひいては大変だと心配した老神官が、王宮に伝わる火剣「ムルブスヴェイヘルム」を武器庫より持ち出して祭壇の床下に仕込んであったりするのだが、この秘密は一部の工兵隊以外は知らされていなかった。


「あら本当。 床があったかいわ」


「・・・ハル姉」


 ルイの呟きを聞いて事態を察し、すかさず登壇したハルミがちゃっかり舞台の隅っこに腰を下ろす。

 予定では、「巫女付きの世話役」として祭壇の傍で控える手はずなのだが、欲望に忠実な彼女が床暖房の誘惑を我慢するはずもない。接地面積の関係上から、祭壇の主よりも多く、その恩恵をまんまと受けている。

 そのハルミの早業に、止めることすら出来なかった老神官はつい顔をしかめた。神聖な祭壇は一族の踊り巫女以外が踏むことは許されないはずのだ。

 しかしあくまでこの祭壇は見様見真似のレプリカに過ぎない。ハルミに対し一目も二目も信頼を置いている老神官は葛藤の末、そのように自分自身に言い聞かせ、なんとか見逃すことにした。ならばせめてと、「巫女付きの歌人」として祭壇の傍で棒立ちしているギンガに近寄り、「男子禁制ですぞ」と念を押すことで溜飲を下げる。


「これならあれ、履いてこなくて良かったわね」


「・・・ハル姉。 それは、・・・ひみつ」


 ハルミの軽口に応対しながら、ルイは考えた。

 悩んでいた2人には悪いのだが、誰一人傷一つ負わないという条件はルイにとっては願ってやまないこと。眼前の100人の参加者たちは、自分の踊りによる効果を信頼して参加したのだという。

 であれば本当に傷一つ負わせる訳にはいかないのだ。信頼してくれた人々を裏切る訳にはいかないのだ。

 あの青年は何かを閃いたようだった。

 あまり時間も無いため、詳しい説明を聞くことも出来なかった。

 それでも彼は最終的には「大丈夫だ」と背を押してくれた。

 ならば自分は命一杯踊るだけだ。


 そうして今か、今かと構えるルイの耳に、晴れやかなファンファーレと、それに続く勇壮なオーケストラ演奏が聞こえて来た。あの青年が身に付けた吟遊詩人の付属スキル「演奏」によって奏でられた伴奏。

 このスキルを身に付けた時、彼はその微妙な効果に釈然としない顔をしていたものだ。

 しかしその反面、ルイにとってその効果は大変嬉しいものであった。


 如何にルイが踊り上手であったとしても、はじめて聞く歌に併せて踊るのはとても難しい。少なくとも曲調とリズムを掴むためには、歌い出しの数節は踊らず、聞くことに集中しなければならなかった。それは仕方のないこととはいえ、歌を始めから完全に踊り切ったとは言えない。そしてそれが心残りになっていた。まして青年の歌う不思議な「イセカイ」の歌の中には、頼んでも2度と歌って貰えない歌もあるのだ。


 今思い出しても勿体ないのは、空を飛ぶ素晴らしい夢を見たあの晩の歌。

 次の晩も同じ歌をせがんだのだが青年には聞き入れてもらえなかった。なぜかハルミすら必死に止めようとするのだから諦めるしかない。せめてあの晩に、「踊らない」という約束を違えてでも踊っておけば。ルイは密かに歯噛みしたものだ。

 歌い出しからちゃんと踊りたい、そんなルイの願いを叶えてくれたのが「演奏」と言うスキルだった。

 いや、それはそれで少女の貪欲さは果たして収まるのだろうか。

 今度は「演奏を最初から踊りたい」「やっぱり2回は歌って貰わないと」という欲望がムクムクと沸いて来たり、来なかったり。


 そんな、ルイの大好きな伴奏が終わり、そしてもっと大好きな青年の歌声が流れて来た。

 それは戦いの叙事詩。




 ファイアーエムブレス 大作シミュレーション 一度始めたら止まらない

 もう1面だけ もう1ターンだけ もう1人だけで また夜が明ける

 ファイアーエムブレス 新作シミュレーション 一度始めたら眠れない



 ファミコン時代から続くテレビゲームの名作SLG『ファイアーエンブレス』シリーズ。

 その記念すべき第1作目『ファイアーエムブレス ~炎帝の抱擁~』のCMソングであった。

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