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綺麗な星空②

 城から放り出されたギンガだが、この場に及んで実はまだ希望を持っていた。


 真の実力を持っているが、格式ばった評価基準のせいで正当評価を受けられない主人公。

 ラノベではよくあるパターンである。

 それにたとえ本当に自分に実力が無いにしても、この異世界ではどうとでもなるはずなのだ。現代地球人としての知識がある限り、どのような状況でものし上がることが出来る。

 その成功例の数々を誰よりもラノベで読んできたことが、心の支えだった。


 その逆転のきっかけを求め、彼は街をさまよった。


 街の建造物には窓ガラスがはまっている。

 この世界にはガラスがあるようだ。

 そういや城にもシャンデリアのようなものがぶら下がっていた気がする。


 市街巡回の兵士が携えている鎧と槍の穂先は鉄で出来ているようだ。

 形が整っているところをみると、この世界は冶金技術もそれなりのものも持っているのだろう。

 また城壁の外周を巡回のために街の外に向かう騎兵をたまに見かけたりもするが、彼らが跨る馬の背には鞍と鐙が付いていた。


 城壁の上には大型の固定弓バリスタと、小ぶりながら大砲のようなものが取り付けられている。

 火薬や銃火器もあるに違いない。

 軍事技術や兵器に関してもそれなりに進んでいるようだ。

 住宅街の井戸端では主婦たちが噂話に花を咲かせながら、手押しポンプで水汲みをしているのが見える。桶に汲まれた水が流し込まれているのは風呂桶。ということは風呂もある。

 そしてはるか遠く丘の上に見えるのはどう見ても風車であり。街を流れる水路には小型ながら水車が備えられていた。


 くそ、あれもこれも、先を越されてる。


 ラノベでお決まりの「異世界に伝えて大成功」の発明や技術。

 それがすでに存在しているのを見つけるたびにギンガは歯噛みする。

 仮にそのうちのどれかがまだこの世界に存在していなくても、その技術を新たに伝えるだけの詳しい知識や技術を彼は持っていない。

 鍛冶屋のせがれでも医者の跡取りでもない。それを実現させるだけの発言力もコネも実績も持っていないのだが、そんなことにまで頭が回らない。


 おかしい。

 今までの主人公たちがやってきたことなのに・・・


 そう感じたギンガの感性は間違ってはいない。

 彼は、今までの主人公たちがやることをやり尽したあとに異世界に来たというだけなのだから。


 1日中街を徘徊し、すっかり意気消沈したギンガはなけなしの金をはたいて食堂に入った。

 メニューに並ぶのは「カレー」「コロッケ」「ラーメン」。「刺身定食」まである。これらもみな、食に関してだけは譲らない日本人の先駆者たちが伝えてきたものだ。

 一番安い麦飯定食を注文しつつトイレに立った彼が見たのは、洗面所に備え付けられた石鹸と、飾りとして置かれた折り鶴だった。




 1週間後。


 ギンガは城下町のはずれ、教会前の広場にたたずんでいた。

 どうやらこの国は定期的に異世界人を召喚し、技術や知識を取り込んでいるらしい。おかげでギンガが知っているような専門性の薄い現代知識は何の役にも立たなかった。

 失意のうちに過ごす間に支度金として貰った3万ギルダンは食費と宿代に消え、無一文となったギンガは日に一回炊き出しのある教会前の広場に居座ることとなった。

 住んでいる休憩所は壁はないが屋根がありベンチがある。教会が貸し出している毛布をまとえば、温暖な気候のおかげで夜に凍えることもなかった。


 余談だがこの1週間、ギンガを監視する組織があった。

 反王国異世界者同盟『秘密結社R』を名乗り、異世界から召喚されながら放逐されたものを取り込んでは、身勝手な王国転覆のために日夜戦う互助組織である。

 今回召喚された10人のうち、放逐されたのがギンガ1人だったように、放逐される人数は基本的に少ない。それを取り込んで組織の強化をもくろむ秘密結社Rとしてはどんな人間であっても基本的に勧誘をかけ、衣食住を与えるのが方針であった。

 しかし初日に心を折られ、以降無為に過ごしたギンガに対し、秘密結社Rも不要の烙印を押して勧誘を断念するのだった。

 下手なラノベ知識がここでも足を引っ張っていたことに彼は気付かない。


 教会の施しで最低限の食と住は確保したのだが、とてもこのままでいられるとは思わない。

 なんとかしないと。

 やはり冒険者になるか。

 しかし女性神官の忠告が気にかかる。

 おそらくだが今までああやって放逐された日本人が冒険者となり、そして良い目に合わなかったことを知っていたから出た言葉なのだろう。

 そんな考察が頭を過ぎり、冒険者ギルドにはいまだ一度も足を運んでいない。


 焦る気持ちをごまかすために貰ったショートソードで素振りの真似事などをしてみるが、スポーツもろくにしたことのないギンガにとってこの片手剣は片手では重すぎた。

 仕方なく短い柄を両手で握って振り回してみるが、10回ほど全力で振ったところで指関節の皮膚が痛くなり始める。あともう10回も振れば血豆が出来るに違いない。


 ショートソードを鞘に納め、指定位置であるベンチに腰を下ろす。

 一体、何がいけなかったのか。

 茶髪のように運に恵まれなかったことか。

 眼鏡のように咄嗟に反論と自己主張をしなかったことか。


 思えばこの異世界に来てもずっと状況に流されて過ごしてる。俺は何をするべきだったのか。

 堂々巡りの自問自答。しかし自問自答で自分の答えを導き出す事すらしてこなかったギンガが辿り着く答えは結局1つだった。


なんにしてもスキルが悪すぎる。なんなんだよ吟遊詩人て・・・


 召喚されたあの日、説明会で女性神官からスキルの説明を受けた後、実演というかたちでスキルを使ってみた。一般的とされる筋力強化の歌を教わり歌ってみたのだが、それを受けた女性神官の筋力はわずかに上昇するだけであり、スキルは一応発動すること以外の有用な情報は何も得られなかった。


『歌うことは戦士に許された唯一の権利である。足が挫け、手が塞がっていたとしても歌うことが出来る』だったか。


 以前に遊んだテレビゲームのセリフの一節を思い出した。

 今の自分は手も足も出ない。

 万策尽きた。

 破れかぶれだ。

 仕方がない。



 歌うか。


 かぶりを振るった視線の先には、綺麗な星空が浮かんでいた。


 わたしは今夜も空を この空を見上げていた

 儚い夢には まだ届かない まだ届きそうにない

 明日も未来は きっとやってくるだろう

 いつか夢見た未来は いつかやってくるのだろうか

 その日を待ちながら 夢を抱こう

 わたしは今夜も 空を見上げた


 自然と口ずさんでいたのは10年以上前のアニメ「宇宙のスターロード」のエンディング曲「綺麗な星空」だった。


 後々思えば、この歌が・・・

 彼女たちとの出会う未来を、引き寄せたのかもしれない。

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