ライザーバード
紅蓮の炎が空を焦がす。見上げるばかりの火の地獄。
「神よ・・・」
燃え盛る古びた教会。隣接された孤児院にも徐々に火の手が回っている。
あの中のどこかにはまだ、この場に見当たらない子供が1人残っているはず。
王都から早馬で1日の距離の小さな村。伝書鳩はとっくに飛ばしたが、王都の魔導士隊が駆けつけるには時間が足りない。修道士や村人たちが井戸水のバケツリレーで消火を試みるも、勢いを増す火の手にとうとう近付けなくなってしまった。
年老いた修道女は他の子供たちとともに、神に祈るよりほかになかった。
ゴゴゴゴゴ・・・
遠雷が聞こえた。
雨雲? この晴天の空に? 慈悲の降雨か、神の奇跡か。
瞑目を止め、僅かな期待に空を見上げた修道女の目に何かが映る。
王都の方角、遥か彼方。青く光る空を背景に、迫り来る影。
あれは何? あれは星? あれは・・・・何だ!?
修道女の理解を飛び越してあっという間に飛来した3つの人影。
それは轟音を唸らせながら教会の手前に降り立った。
皮鎧の青年。薄緑のエプロンドレスの女性。そして見たことも無い紅白の民族衣装の少女。
「ギンガ! まだ残ってるわ! 鐘楼塔の天辺に子供が1人!」
孤児院を見つめていたエプロンドレスが声を上げる。逃げ遅れている子供のことに違いない。風景画を描くことが好きなあの子供は、またしても規則を破り鐘楼塔に登っていたらしい。足元の火事に気が付いた時には逃げ道が塞がれていたのだろう。
「ルイ、聞いたな。すぐ助けるぞ。 ハルミはルイの指示とサポート」
「了解!」
「・・・・わかった」
皮鎧の青年の指示に、エプロンドレスと紅白少女が答える。
修道女や孤児たち、村人たちとっては理解の及ばない事態の連続なのだが、差し当たりあの紅白少女はなぜ地べたにうつぶせになって喋っているのかも、これまた解らない。
「歌の重ね掛けでいくぞ。 ”5・4・3・2・1 RISERBIRDS は GO!”」
青年のカウントダウンと合図。その最後の文法は本当に合っているのかなどと思う間もなく、何処からか力強い金管楽器と打楽器の演奏が鳴り始めた。聞いたことのない、勇気を後押しするような楽曲。聞いているだけで大災害でも何とかなりそうに思えて来る不思議な音楽。まず動いたのは、ピンと背筋を伸ばし直立不動の姿勢をとったエプロンドレス。車輪でもついているかのようにその姿勢を崩さない横滑り移動で皮鎧の青年から距離を取ると・・・
「おおおおお、来た来た来た~! うひょおおお~」
靴の底から凄まじい白煙と炎を撒き散らし、間抜けな叫び声を残して空へと舞い上がった。
続いて寝そべった紅白少女も動き出す。良く見ると、その身体の下にはいつの間にか板が敷かれていた。修道女には見覚えのあるそれは、確か孤児院の屋外トイレの扉ではなかっただろうか。その板が斜め30度の角度でゆっくりと持ち上がると、エプロンドレス同様に少女の履物の底から白煙と炎が噴き出し、その身体を宙へと舞い上げた。
こうして未だ轟々と燃える教会に、空から迫る2人の女性。
「先生、あの人たちは神の御使い様? 飛んでるのは天使様?」
子供たちから質問を受けるも、修道女は答えようが無い。敬虔な信徒である修道女は当然、神の御使いたる天使に関しても詳しい知識を持っている。聖書の挿絵や聖画、大聖堂の壁画などに描かれたその神々しい姿も知っている。しかし見上げる空を今まさに飛ぶ2人の女性のように、羽根も無く足から火を噴いて空を飛ぶ天使などどこにも載っていなかった。
「神よ・・・」
修道女はもう一度瞑目し、より一層の祈りを捧げるほかになかった。
あれから半年。
ギンガが帰り損ねたことにより、当然ながらルイは王宮への士官を断った。なおも渋る老神官を説得したのはハルミだった。異世界召喚装置が消失し、新たな異世界人の助力を得ることが出来なくなった王宮。そんな場所に巫術の唯一の使い手であるルイを放り込むとどうなるか。この生真面目で意思表示の薄弱な少女にとって、どれほど重圧になるかを説いたのだ。こう言われてしまうと老神官は言い返せない。それどころかすっかり説得されてしまい、ルイの身を案じる良きパーティメンバーとしてハルミに対する評価を大いに上げることになった。
王宮の重鎮たる老神官に気に入られたハルミがこの機を逃すはずも無く、途絶えた『異世界召喚』スキルをいずれ再現して見せると話を持ち掛け、まんまと稀少スキル、またはその資料を手に入れるのだった。やがて有言実行を成し遂げた彼女の子孫が、ルイの子孫とともに再び召喚術と巫術で王宮を支えるのはずっと先のこと。2つの一族は争うことなく姉妹のように仲睦まじかったと伝えられた。
こうして現在の3人は冒険者を続けている。
巨神撃退が功を奏したのか、ギンガのレベルはようやく3になっていた。しかしようやく手に入れた念願の新スキルは「吟遊詩人」の付属スキル「演奏」。歌に併せて脳内のBGMが外に鳴り響く、いわばカラオケマシンのようなものであり、これによって吟遊詩人の効果が1.019倍に上がる。
その効果は微妙だが、アカペラで歌っていたことを考えると充分便利なスキルであった。しかし便利なスキルには欠点がつきもの。エロいことを考えたとたんにスキルが暴発し、BGM版「*****」が流れてしまうこともあった。この場合、大体は女性陣から冷たい視線を浴びることになる。
早い話、彼は未だ、大して成長していないのであった。
そんなパーティ3人は相変わらず、薬草採取や鉱石掘り、たまに広場で歌を歌って生活費を稼いでいる。思い出したように効果が表れるハルミの予知夢に付きあって動くこともあった。しかし以前と最も違うことが1つ。奇跡を起こす巫術師とその従者という建前で王宮からの依頼が直接来るようになったことだ。王宮にルイを入れないための妥協点でもある。
その依頼内容は、王宮騎士や各地の兵士、高レベルの冒険者たちでもどうしようもないようなもの。具体的には時間的・距離的に通常では対処不可能な依頼である。ちなみに「凶悪なモンスター討伐」といった依頼は、ギルド嬢たちに拉致された異世界人たちに優先的に割り振られているようだ。彼らはその稀少スキルを遺憾無く発揮し、意外にも健闘しているらしい。おかげで冒険者ギルド王都本部の掲示板には高難易度クエストがあまり張り出されなくなってしまった。
そんな訳で王宮から緊急依頼を受け、今日もルイが空を飛ぶ。
巨神討伐により、一気にレベル10にまで上がったその力が唸る。
ギンガをその背に乗せ、ついでに踊りの効果をハルミにまで波及させて。
孤児院が火事だ。
急げ。風を巻いて急げ。
呼んでいるあの声は、SOSだ。
「ルイちゃん! あの塔! もう少しで崩れる!」
「・・・わかった」
現場へと到着した2人の目の前で、鐘楼塔が徐々に傾きはじめる。燃え盛る炎に柱や梁を食い破られ、元々老朽化が進んでいた教会が崩壊を始めたのだ。あの中にはまだ子供がいる。
ズバシュッ!!
鐘楼塔の上空に陣取ったルイが、直下に向けて鋼鉄の爪を発射する。
その身体に宿っているのは、ライザーバード2号の能力。古い海外製人形特撮番組『ライザーバード』に登場する国際救助隊のスーパーメカの1台だ。その装備の1つ、白衣の襟元から射出されたワイヤーアンカーはグングンと巨大化し、ヤットコのような超硬クローで傾く鐘楼塔をガッチリと釣り上げた。
「おお、ワイヤーアンカーは襟元から出るのか」
2人を見送ったあとは意外にやることが無いギンガが呟く。ハルミとルイには現場に着くまでのわずかな間で、「ライザーバード」の説明とそれぞれにどんな能力が備わっているのかを説明しているのだが、使うのは今回が初めてだ。吟遊詩人と踊り子の複合スキルは未だに予想外の効果を出す場合があるため、実際に使ってみないとどうなるかはわからない。特に今回気になったのは、ルイが身に宿すライザーバード2号の装備について。劇中では胴体腹部の大型コンテナをはじめ、機首、両翼、機体上部など至るところから飛び出す各種装備や救助マシンが、2号最大の魅力であり売りでもある。一方、ルイが何かを出す時の定番は緋袴の中。
おそらくワイヤーアンカーはそこから出ると踏んでいた予想は、残念なことに外れてしまった。
「ナイスキャッチ! すぐ助けて来るから頑張って!」
「・・・・まかせて」
呑気なギンガの感想もいざ知らず。ハルミは簡単な会話を済ませると、鐘楼塔の櫓に着地。そのままスルスルと中に入っていった。やはり各種取り揃えたレンジャー系スキルは伊達では無いようだ。気配察知により真っすぐ見つけ出した少年を背負い、彼女が塔を飛び立つまでには1分もかかっていないのではないだろうか。
「この子を置いてくるから消火をお願いね。 すぐ戻るから無理しないで」
「・・・わかった」
飛び去るハルミを見送ると、ルイはワイヤーアンカーの拘束を解いて再び襟元へ収納した。そして崩れ落ちた鐘楼塔を見る見る呑み込んでしまった眼下の炎を睨みつける。あの火を消さなければ子供たちの帰る場所が無くなってしまうのだ。それだけはどうしても見過ごせない。今の自分には”勝手に火を消してくれる妖精のようなもの”を呼び出す能力があるらしい。彼女は移動中に聞いた「自動消火マシン」の説明をそのように認識していた。しかしその妖精をどうやって呼び出せばいいのかよく解らない。とりあえず「妖精さん出てきて、火を消して」と念じながら、体に力を込めてみた。
「・・・・うぬぬぬ!」
ウイーーン
次の瞬間、なぜか機械の動作音を鳴らしながら、緋袴の帯がスルスルとほどけるはじめる。
「・・・んな!?」
ルイが困惑するなか、帯がほどけ終わると同時に緋袴の帯元がペロンとめくれた。前方向から見ることが出来るのなら、恐らく白いショーツが丸見えになっていたのではないだろうか。もっともそれを見ようとするならば、燃え盛る教会の屋根に登らなければならない。続いてめくれた帯元からヒョコっと顔を出したのは小さなルイの顔。全長20センチ程だろうか。等倍に縮小したのではなく、頭が大きくて身体が小さい3頭身のバランス。身に着けているのもそのバランスに調整された巫女装束。いわばスーパーデフォルメされたルイが1匹、2匹、3匹と続けて飛び出しては、フヨフヨと宙を漂う。
「「「「「「「「「「ルイーー!」」」」」」」」」」
最終的に総勢10匹まで出てきた小型ルイは、主を中心とした曼陀羅のように円陣を組むと、思い思いの決めポーズで一斉に気合を挙げた。
「ほう、自動消火マシンは帯元から出るのか」
相変わらずやることが無いギンガ。いや、吟遊詩人スキルへの意識を切らさないようにして効果を継続させる必要があるため、他に何も出来ないというのが正しい表現なのだが、ルイへの指示をハルミに委ねた今回は、いつにも増してやることが無い。そんな彼が見守る中、ルイが小型ルイこと自動消火マシンを発進させた。今度こそ緋袴の中からひり出すと予想していたのだが、またしても外れてしまった。
「先生、先生。 天使様が赤ちゃん産んだよ!?」
「祈りましょう。 信じるのです」
その後ろでは修道士や孤児たちが不安げに事態を見守る。空で繰り広げられるその光景にある孤児が尋ねるも、敬虔な修道女はすでに考えることを放棄していた。
一方、上空のルイ。公衆の面前での疑似出産プレイに頭が真っ白になるも、数瞬で我に返る。この半年で彼女も「耐性」という名の成長を繰り返しているのだ。あれやあれに比べたらこれくらいなんでもない。そう思いなおし、周囲に浮かぶ10匹の小型ルイに命令する。
「・・・みんな、火を消して」
「ルイ!」「ルイ!」「ルイ!」「ルイ!」
指示を受けた小型ルイが一斉に敬礼を返すと、弧を描くかのような軌道で各方面へ散開。「アババババ」と口から勢いよく水を放出し、火事を消し始めた。そこへ子供を届けたハルミが、文字通り飛んで帰って来る。
「ルイちゃんお待たせ! なんか凄いことになってるわね」
「・・・ハル姉」
ルイは思わず泣き付きたくなるのをグッとこらえる。小型ルイは無尽蔵に水を吐き出し続けるものの、いかんせん小柄なルイのさらにミニチュア版である。その水量はギンガの世界で換算すると消防士のホース隊員と同等といったところか。この大火災だ。小型ルイだけではなかなからちがあきそうにも無い。まだ何も終わっていないのだ。
「私たちも直接消火するわよ。 あの一角を鎮火すれば火の手は一気に収まるわ」
そう指示を終えると、ハルミはおもむろに燃える教会に両手を向けた。
ジュババババ!!
「こんな感じかしら」と意識を集中するハルミの手のひらから、丸太のような太さの水柱が出現する。
ライフリングのような錐揉み回転を描く強烈な放水は、幾重もの炎の壁をぶち破るとその火元を確実に消し始めた。彼女がその身に力を宿すライザーバード1号は本来、情報収集兼現場指揮用の高速偵察機である。地球上のいかなる場所でも30分以内に到達可能という、規格外の機動力を活かした情報収集、要救助者の発見などがその主な任務である。しかし1秒を惜しむ火災現場では実務担当の2号に先立ち現場に急行、補助機能である放水ガンで消火活動を行うことも多いのだ。
「おおお、凄い凄い! これ気持ちいいわね!」
「・・・かっこいい」
はしゃぐハルミと、それを羨望の眼差しで眺めるルイ。水魔法を使う魔導士はこんな感じなのだろうかと、まだ実物を見たことが無いあこがれの存在に想いを馳せる。
よし、わたしも。
少女の胸に決意の火が灯る。正直なところ、口から「アババババ」と水を吐き出す小型ルイを見て、自分もあれをやらなければならないのだろうかと、不安と羞恥に駆られていたのだ。しかし魔導士然たるハルミの雄姿にそんな思いを吹っ切る。早速ハルミを真似て両手のひらを教会に差し向けると、念のため口をしっかりと引き締めながら気合を入れた。ライザーバード2号の機体上部に収納された放水キャノンは、1号の放水ガンとは比べ物にならない水量を誇る。
ジョロ・・・、ジョロロロロ、ジョボボボボ!!
こうして大量の放水は、緋袴の中から漏れ出すのだった。
「先生・・・」
「信じるのです」
1年後、王都教会本部主催の聖画コンクールに1枚の聖画が出展された。
作者は若干12歳。ハルミによって助けられた少年である。彼があの時、空に見た光景に強いインスピレーションを受け、寝食を忘れて描き上げたものだ。
そこには聖水を降らせて地上の火を消す2人の天使が描かれていた。微笑みを浮かべて空を飛ぶ薄緑の天使と、彼女に抱え上げられた状態で聖水を降らす悲しみの表情を湛えた紅白の天使。審査員たちはこの絵を、協力し合う素晴らしさを説くとともに、微笑みはこれからの未来への祝福、悲しみは起きてしまった災害への慈悲を現していると読み取った。さらに独特の構図と少年らしい型破りなタッチも高い評価を受け、結果として審査員特別賞を受賞。評判が評判を呼び、異世界人の以前持ち込んだ印刷技術によって複製が量産され、各教会に飾られることになった。特に紅白の天使の浮かべる悲しみの表情が堪らない、グッとくるというのが好評の多くを占める意見である。
なお、見ようによっては母親が幼児を抱え上げる「しーしーだっこ」のようにもとれる2人の天使の構図。公衆の面前での疑似放尿プレイに羞恥の余り飛んで逃げ出したルイを、機動性に勝るハルミが確保した場面なのだが、そのことはその絵には描かれていないパーティメンバーの青年以外には知る由も無い。
「なあ、ルイ。 元気出せよ。」
「あの孤児院、ほとんど無事だったんだって」
「・・・・ん」
火災の鎮圧後、しーしーだっこの拘束から放たれ、飛んで逃げていったルイは、近くの丘の上で膝を抱えて落ち込んでいた。ハルミの気配察知の範囲から出ようとしないあたり、相変わらずの寂しがりやであるのだが、おかげで探す手間も無かった。修道士たちのお礼も取り敢えず、その元へと駆けつける。
「ほら、あのワイヤーアンカー出したとこなんかカッコよかったぞ」
「そうそう! 子供たちも本当に喜んでたわ。 天使様って」
「・・・・んん」
2人の必死のフォローにルイがピクリと身体を震わす。もうひと押しか。
「それにあの小型のルイも可愛かった。 1匹欲しいくらいだ。 今度産んでくれよ」
「・・・・バカ!」
やはり吟遊詩人と踊り子の複合スキル同様、ギンガには乙女心というものも加減がよく解らない。
ガチーン!
ルイの手のひらから射出された電磁クレーンの炸裂音が、今日も異世界に響き渡るのだった。




