表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/41

一匹狼のバラード

 その昔、王家の繁栄は召喚術と巫術という2つのスキルによって支えられてきた。

 方や、人や魔物などを召喚し、その力を借りるスキル。

 方や、神や精霊などをその身に宿し、その力を借りるスキル。


 もともと弱小国家に過ぎなかった王国が、地を徘徊する魔物のみならず周辺他国をも平定し、一帯に覇を唱えた大躍進。それは王家と家臣のみならず、召喚術師たちの活躍と、巫術を伝える一族の協力によって成り立ったと言っても過言ではない。有事に際しては、召喚術により必要な戦力、優れた人材を呼び寄せ、更にそれでは対応できない事態においては、巫術によって神を降ろした。こうして万難を排した王国は発展し続けたのであった。


 召喚術師と巫術一族が王国を補佐する体制は永らく続いたが、それに変化が生じたのは500年ほど前。

 ある優秀な召喚術師が前代未聞のスキル『異世界召喚』を偶然にも成功させたのだ。この時召喚された異世界人の知識はどれもが斬新かつ革命的であり、瞬く間に王国のあらゆる技術水準を進歩させた。このことは召喚術師の権力拡大に直結し、それは同時に巫術一族の権力縮小にもつながった。

 その100年後。召喚術師たちは半ば伝説と化しつつあった異世界人の2人目を召喚することの成功する。これにより研究が続けられていた異世界召喚の手法は確立され、巫術一族の失権は決定的となった。こうして権力を失った巫術一族は王都を離れ、一族発祥の地と言い伝えられた場所に里を築いて移り住んだのだった。


 すでに王家が飾り物となり、召喚術師たちもある理由により失脚。家臣や神官たちによって治世が敷かれる現在。それでも巫術一族に利用価値があることには変わり無く、治世者たちは一族とつながりを維持してきたという。一族の里が飛竜によって滅ぼされた、5年前のあの日までは。




 一族との連絡担当官を長年やっていたという初老の王宮神官がハルミの家を訪ねてきたのは、地下墓地大掃除の2日後、早朝のことであった。出迎えたハルミに突然の訪問を詫びつつ、通された居間で椅子に腰かけた老神官。その隣には補佐官だろうか、老神官とともに入宅した軍服風の青年が同じく腰を下ろした。


「ルイ姫・・・、よくぞ御無事で・・・」


 ハルミに起こされて、居間に寝ぼけ顔を出したルイの姿を見るや否や、老神官は椅子から立ち上がり目頭を押さえて呻く。

 彼が担当官に就任していた当時は一年の半分を一族の里に駐在して仕事をしていたため、当然一族の姫であるルイのことは知っていた。それどころかその父である族長の家で相伴に預かることも多かったため、食事が揃うまでの間、幼いルイの遊び相手を務めたこともあったほどだ。飛竜が里を襲ったと聞いて王都から駆け付けた時、里の生存者は一人も見当たらなかったため断腸の思いで諦めていたのだが。


 一方のルイは、老神官のことを憶えているのかいないのか、ぼんやりと彼の顔を眺めていた。

 そのうちギンガも居間に顔を出し、パーティ3人と老神官、副官らしき青年の5人が卓を囲む中、老神官が涙声でとつとつと語る。一族の里にどれほど世話になったか。里が滅び、どれほど無念であったか。そして自身とルイとの関係。孫娘までとはいかないものの、姪っ子のように思っていたこと。


「あの、それで今日はどのような用件で?」


 老神官の思い出話に「おしめ」だの「おもらし」だのと言ったキーワードが混じりはじめ、赤面したルイが泣きそうになったところでハルミが要件を訪ねる。「おお、そうでしたな」と我に返った老神官は昔話を切り上げると本題へと移った。


「失礼ながらルイ姫の現状をお調べした上での提案ですが、是非王宮へ戻られてはどうでしょうか」


「ルイちゃんを王宮へ、ですか?」


「はい。 今の王宮はルイ姫の、巫術一族の助けを必要としております」


 そう切り出したうえで老神官は話を続ける。

 一族の里が滅んだことで巫術を利用できなくなったこの5年間、その代償は様々な部分で現れた。大きな部分では、王国の年中行事に組み込まれていた豊作祈願の祭事が途絶えたため、年単位での収穫高見通しが立たなくなってしまったこと。無病息災祈願による災害や疫病への事前対策が立てられなくなったことなど。他にも判断が困難な政局の打開や、権力者同士の諍いの落としどころとしても使われていたため、この数年政治的な失策や権力者の対立が増えてきているらしい。ここ最近では各ギルドへの郊外活動自粛などが各方面から非難の対象となった。

 いまだそのあたりの感覚に慣れきってはいないギンガは、「天気予報と裁判所が無くなるようなもんか」と当たりを付ける。確かにそれらが無くなると不便を通り越して世の中の混乱につながるだろう。無事であることが判明した巫術師の末裔に王宮が改めて助力を求めるのも無理はないと納得する。


「それに先ほども申しましたが私個人、ルイ姫の御父上と里の皆様には返しきれない恩義がありましてな」


 話に一層熱を込め、老神官はさらに続けた。

 世話になった族長への恩返しをさせて欲しい。現在、神官の要職についている自分を後ろ盾としてルイには不自由はさせない。ルイを匿っていた婆やが恐らく懸念していたであろう政治や権力の諍いにも巻き込ませない。もし許されるなら後見人として世話も焼きたい。だから何卒是非にと、老神官は熱弁をふるい、何度も頭を下げて話を終えた。


 時刻は既に昼に差し掛かっていた。

 すぐには決められないだろうからと、後日再度の訪問を約束して老神官が席を立とうとする。そこで初めて今まで無言に徹していた軍服風の青年が口を開いた。


「司祭殿。 同郷の人間として私も久しぶりに話がしたいのですが」


 ルイのことで頭が一杯だった老神官は、同行者がいたことを思い出す。

 どこから情報を聞きつけたのか、老神官がここを訪ねる予定に同行したいと接触してきた青年だ。異世界から召喚された人間で、現在は王宮付きの機械技師をしているらしい。今まで関わったことのない人物だが、聞けばパーティの一員である異世界人オカザキ・ギンガと友好を持っていたという。

 同郷人として旧交を深めたいという青年の話に訝しむところが無かったわけではない。しかし、もしルイが老神官との面会を拒んだ際、またはオカザキ・ギンガがこれを拒もうとした際などを考えると青年の持つ人脈は利用価値が無いとは言い切れない。そうして老神官の邪魔をしないことを条件に同行させたのだった。幸いにも出番が無かったため、老神官はその存在をすっかり忘れていた。


「ん? ・・・ああ、君はそうだったな。 ご迷惑でなければな」


「というわけだ。 いいよな? 岡崎」


「え? 俺・・・・? あ、お前!」


 一方のギンガは、ずいぶん久々に「岡崎」という苗字を呼ばれたことに驚きながら、副官だと思っていた青年の顔をよく見る。服装が変わったことで気が付かなかったが、そこにいたのは眼鏡の青年。名前は忘れたが、この世界に呼び出されてからほんのわずかな間、関わりをもったあの眼鏡だった。

 さっそく養子縁組の手続きを進めると息巻く老神官が、ハルミの家を発ったのを見届けたのち、眼鏡はハルミとルイを同席させたままギンガへと尋ねた。


「お前、元の世界に帰りたくないか?」



 その言葉を皮切りに眼鏡が語ったのは、元の世界への帰還方法に目星がついたという話だった。しかしそれはこの世界に来た直後、あの場にいた神官たちから聞かされた説明とは食い違っている。たまらずギンガはその点を訪ねた。


「ちょっと待て。 確か元の世界へ戻る方法は無かったはずだろう。 あの時そう聞いたぞ」


「ああ、確かにそうだ。 いまだ元の世界への帰還方法は確立されていない」


「だったらどうやって帰るんだ?」


「王城に面白いものがある。 あれを使って元の世界に戻れないか試してみたいんだ。 ぜひ協力してほしい」


 そう言って眼鏡は目を細める。その真意はギンガには掴めない。


「試すってなにをだ。 大体なんで親しくも無い俺を誘う? 城にも仲間はいるだろう」


「アニソンを歌って奇跡を起こすんだろう? お前とそこの巫女さんは」


 再び眼鏡がニヤリと笑う。どうやらパーティのことをしっかり調べ上げているらしい。思わず言葉を失うギンガに眼鏡が言葉を重ねる。


「決行は明日の晩。 場所は王城の召喚棟。 俺たちが呼び出されたあの場所だ。 上手くいけばこの世界とおさらばできる」


 門番に手回しをしておくから明日の晩、3人で王城の通用門まで来ること。具体的な方法はその時に説明する。そのように長話を絞めると、眼鏡は夕方ごろに帰っていった。神官たちは異世界人の帰還を拒むだろうから、くれぐれも内密に、と言い残して。




「で、2人とも結局どうする気よ?」


 夕食後、ずっと考え込んでいる同居人2人を前に、とうとう沈黙が我慢できないハルミが口を開いた。


 元はと言えば、行く宛ても拠り所も無かったギンガとルイが、互いの背にもたれかかるようにして結成されたパーティだ。それにハルミが住むところを提供することで今の形になった。そう昔のことではない。しかし今日の訪問客らによって事態が急変した。ルイには身元引受人が、ギンガには元の世界へ帰還出来る可能性が見つかったのだ。つまりハルミが聞いているのは、パーティ解散の是非であった。


 ギンガは頭を悩ませていた。

 元の世界には大した未練はないのだが、この世界が望んだ異世界ではなかったのも事実である。ルイやハルミと会う以前の彼なら、否応無くこの異世界を見限り、元の世界に帰っていたことだろう。しかし2人と出会った。パーティを組み、依頼をこなす日々。わずかながらも自分の成長を感じた時の喜び、またそれでもなお自分の非力を感じた時の悔しさ。それらをひっくるめて少し楽しいと感じ始めていたのだ。

 それは、生活に不自由は無かったが、どこか異世界にでも行きたいと思って過ごしていた元の世界から、生活に不自由する異世界で初めて目の前の現実と向き合うようになった青年の精神的な成長でもあった。

 つまり本心でいうと、この世界に残りたかった。


 しかし懸念事項がある。

 ルイに身元引受人が現れたのだ。人の良さそうな、誠実そうな老紳士だった。

 2人が冒険者になったのは、他に食べる方法が無かったからである。これを機にルイには冒険者などというブラック家業から足を洗わせ、権力者らしい老神官のもとで不自由ない生活を送らせるべきである。しかし自分がこの世界に残っていると、ルイはこの絶好の機会を蹴ってしまうかもしれない。それほど彼女は歌にご執心なのだ。ならばこそ、いっそ元の世界に帰るのもありかもしれないなと、思考は巡る。


「俺が異世界人だってのは驚かないんだな」


 その葛藤をごまかすように、ハルミに別の話題を返す。

 別に隠さなければならない理由も無いのだが、ひょっとしたら何かの伏線になるんじゃなかろうかと思って伏せていたギンガの出自。眼鏡があっさりバラしてしまったことで一瞬肝を冷やしたが、ハルミもルイも特に驚いた表情も見せず、眼鏡が帰った後も何も言ってこなかった。


「聞いたことも無い歌や物語をわんさと歌う世間知らず。 そりゃなんかあるなとは思ってたわよ。 ねえルイちゃん」


「・・・へ?」


 ギンガ同様、考え込んでいたルイが話を向けられて我に返る。


「だから、ギンガが他の世界からやって来た人間だってこと」


「・・・へ? ・・・へ?」


 ルイとて会話の場に居合わせた身だ。そして他ならぬ青年の今後を左右する大事な話である。2人の会話を聞き漏らすまいと耳を傾け、そして頭脳を回転させて理解をしようと徹した。その結果、まことに残念ながら、青年は「イセカイ」という遠い国からやってきた外国人だという結論に達していたのであった。

 ルイ本人としては小難しい話を理解できたことに少し自信が着いたのだが、ハルミの再三の説明を聞く限りどうも少し勘違いをしているらしい。


 それでもルイは要点だけは確かに掴むことができていた。

 この青年は今回を逃すと二度と故郷に帰れないかもしれないということ。しかし一度帰ってしまうと二度とこちらに来ることも出来なくなってしまうということ。結局、異世界と言うのはピンと来なかったが、ルイにとって大切なのはこの2つだけであった。


 だからこそ悩んだ。

 本心を言えば、今までどおりにやっていきたい。出来れば3人で冒険者を続けたい。あの不思議な「イセカイ」の歌をこれからも聞きたい。しかし故郷を失う辛さ、寂しさ、怖さは誰よりも知っているのだ。あんな思いを青年にはして欲しいと思わない。

 自分に身元引受人が来たことなどすっかり忘れ、再び思考を巡らすのだった。


「だから2人とも辛気臭いって。 両方ともめでたい話なんだからパッといきましょうよ。 ほら、ギンガ。 こういう時こそあんたの出番でしょ。 なんかノリのいいの歌いなさいよ」


 ハルミが敢えて大声で騒ぐ。

 彼女にも思うところの1つや2つはあるのだが、今やるべきは2人とそろって悩むことじゃない。そう自分の役割を理解していたハルミの、精いっぱいのカラ元気だ。


「そうだな。 結論は明日の晩、城に行ってから考えよう。 今日は盛り上がるか!」


 そのカラ元気に乗っかるかたちでギンガも気勢を張る。

 ひょっとしたら今日が3人で過ごす最後の夜になるかもしれないのだ。こんなしみったれたのは御免だと。


 しかし2人の絞り出した開き直りムードに呼応するには、ルイは如何せん幼かった。その小さな胸を締め付けられるような葛藤の最中である。さすがの踊り巫女も歌を聴いて踊るような気分にはなれなかったのだった。


「なんでも歌うぞ! ルイ、なにがいい?」


「・・・・いらない」


 そういうとルイは寝室へと引っ込んでしまった。



 あしが折れれば ひざで駆け

 うでが折れれば ひじで駆け

 あたたかい 家族の思い出も 

 ありがたい仲間の 手助けも

 ああ、ふりきって走りつづける

 おれは 一匹狼さ


 古典の傑作シュートボクシング漫画『タイガー・ジョー』。

 その劇場版アニメのエンディングテーマ「一匹狼のバラード」をギンガが口ずさむ。

 どうやら今日の出来事の中で、ルイから歌を拒否されたことが一番ショックだったようだ。


「ちょっと! その陰気な歌をいい加減やめなさいよ!」


 カラ元気ではなく本気のハルミの怒号が、夜の空に響いた。

 決断の時は、明日の夜である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ