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Promised Traveler

「キュイイイーーー!!」


 鳴き声の愛くるしかったデンチューから一転。

 聴く者の精神に不安を掻き立てる高周波と超音波を伴い、その怪獣の甲高い鳴き声が王都近郊の空に響き渡った。


「宇宙怪獣デンキング」

 ミラクルヘブンが使役するカプセルモンスターの1体。

 全長30メートル、体重2万トン。体型は三角錐のような、いわば工事現場のカラーコーンのような二足歩行。太い両足と下半身に比べ、上半身に向かうほど先細りしていく、俗にゴジラ型といわれるものだ。そのため上半身が細く体当たりは苦手だが、長い尻尾を使った打撃や巻き付けて締め上げるなどの近接戦闘をおこなう。また唇のような発光器官から電撃弾、巻き付けた尻尾に電流を流す電流攻撃。そして回転する両角から放たれる放電攻撃など、電気を使った多彩な技を誇る遠近ともに隙の無い怪獣である。


「うおっ、かっけえ!!」


「うわっ、キモ!!」


 ギンガとハルミの声が重なる。


 眼は口ほどになんとやら。「画竜点睛」という言葉がある。

 古くから人が創作する怪獣・怪物は眼を入れることで命が吹きこまれ、また物言わぬ彼らの最大の感情表現器官もまた眼であった。

 その怪獣の命であり、言葉ともいうべき目が無く、それがあるべき場所から角を生やす。ただこれだけで人の深層心理に与える異質感・恐怖感は跳ね上がる。感情が読めないその異形は視聴者に強烈な印象を与え、ミラクルヘブンの作中で最も記憶に残った怪獣として語られているのだ。ハルミが目の前にそびえる得体の知れないものに嫌悪感を抱くのも仕方がない。


 一方、当然ながらデンキングの素性を知っているギンガからすれば話が変わってくる。

 怪獣にとっての異形さ・不気味さ。気持ち悪さは全てステータスだということを理解している彼の目からは、目の前の怪獣が格好良く、また愛くるしく見えて仕方がない。


 意見の相反に視線をぶつけ合った2人は、思わずデンキングの生みの親たる巫女少女に目を向ける。

 どうやら思考を停止したらしい。そこには呆けたように口を開けてデンキングを見上げ、固まっているルイがたたずんでいた。この風景を漫画のカラーページに書き起こした場合、ルイのみカラーどころかベタもトーンも付いていないに違いない。


 そんな3人の様子をどこ吹く風。デンキングは生みの親たるルイを見下ろすような素振りを見せると「キュイ」と一鳴き。そしてゆっくりと丘の方へと向き直った。その先にはようやく地下墳墓から身体を引きずり出したジャイアント・スケルトンの姿がある。

 超音波を含むその一鳴きが気付け代わりとなり、つかの間の放心から我に返ったルイは敵へと臨む大きな背中を不安そうに見つめるのだった。


 ようやく立ち上がったGスケルトンの隙を見逃さず、デンキングが飛び掛かる。

 まずは開幕一発。デンキングが両角をつかった頭からのぶちかましを仕掛けた。しかし敵のGスケルトンはいわば巨大な人骨だ。その頭蓋も人体と同じく身体の中で最も守りの固い部分の1つである。勢いではデンキングが勝るもののその守りに弾かれ、2つの巨体が大きくのけ反った。

 続いてデンキングは両腕を使ってパンチ攻撃を試みるが、どちらかと言うと小振りなデンキングの拳は、Gスケルトンのスカスカの骨格をなかなか捉えることが出来ず、逆に反撃のパンチを鼻っ面に見舞われ転倒してしまった。


「・・・・あうう」


 その劣勢におろおろとうろたえ始めるルイ。


「ねえギンガ。 あのルイちゃんが産んだほうの怪物、負けてるように見えるんだけど?」


「そうだな。 カプセルモンスターは弱いからなあ」


 遠い目をするギンガの言う通り、劇中のカプセルモンスターは弱い。

 所詮は主人公の代役、または時間稼ぎか様子見で繰り出される怪獣たち。どんなに子供たちから注目されようと主役の見せ場を奪うような活躍はしてくれないのである。


「あんたの説明じゃ、尻尾攻撃とか雷攻撃だとかあるんでしょ? それ使うように言いなさいよ」


「それな。 カプセルモンスターはこちらの命令を聞いてくれないからなあ」


 再度遠い目をするギンガの言う通り、劇中では主人公ダンはカプセルモンスターを出すか戻すかの二通りしか干渉できない。一度出してしまえば後は怪獣たちに勝手に戦ってもらうしかないのである。もし仮に主人公が命令を出すことが出来たとして、それで敵に負けたとあればその責任は主人公に及ぶ。それでは主役の顔に泥を塗りかねない。カプセルモンスターはあくまで自己判断で戦い、負けてもらわなければならない。そういう大人の事情がそこにはあった。

 そんな裏の部分をわざわざこの異世界まで引き継いだデンキングは、残念なものを見るようなハルミの視線を受けながら奮戦し、どんどん窮地に陥っていった。


「・・・ううう」


 今にも押し倒されそうなデンキング。見るに見かねたルイがトトッとギンガに駆け寄り、服の裾を引っ張る。

 ギンガはギンガで何も考えず傍観していたわけではない。負ける経験においては人一倍の人生を歩んできた彼のこと。デンキングを繰り出すにあたって、負けた場合どうするかということも一応考えていた。出来れば今回の目標である「ルイを危険な目に会わせないこと」は堅持したい。

 こうしてかねてから思案していたスキルの運用法を試すことに踏み切った。


「ルイ、今からもう一曲歌うから、踊ってくれ」


「・・・・え、・・・でも?」


 新たな歌を歌えば、それまでの歌の効果は切れる。

 今までの経験や練習で確認された、ギンガとルイの複合スキルにまつわる法則の1つである。

 戦っているデンキングを消してまた別の怪獣を呼び出すのかと、怪訝な表情を浮かべるルイにギンガが続ける。


「デンキングは多分消えない。 これからやるのは”重ね掛け”だ」


「・・・・へ?」


「思い出してみろ。 今までに新たな歌を歌っても、前の歌の効果が切れなかったことが2回あったんだ」


 ルイは頭に疑問符を数個浮かべながら思い出そうとするが心当たりがない。普段からぼんやりしている少女だが、今回は無理もなかった。

 1つは2人が出会ったあの晩のこと。2人とも半ばパニック状態だったため記憶がおぼろげな「ギャリバン」変身からの「ガルヴィオン」召喚。もう1つはルイがその場にいなかったうえに、2度と思い出したくも無い「ドリル」からの「*****」。歌の効果が重ね掛けされたのはこの2例である。そこから推測するに、同じ作品、または同じシリーズの歌であれば、新たな歌の重ね掛けが出来るのではないか。その結論に行き着いたギンガだったが、幸か不幸かそれを試してみる機会は訪れず、こうしてぶっつけ本番になってしまった。出来れば事前に実験ぐらいしておきたかったが。


「まあいざとなったら、最後の策がある。 やってみるぞ」


 そうルイに言い聞かせると、ギンガは歌い始めるのだった。



 無限に広がる 宇宙の彼方

 どれだけの命が 棲んでいるのだろう

 きっと答えは旅の 果てにあるはずさ

 行こう 平和な星目指し 行こう 自由を守るために

 行こう どこまでも青い空 行こう 約束の旅へ



 数多くのシリーズを誇るミラクルシリーズの近年の一作『ミラクル怪獣ユニバーサル列伝』。

 その主題歌「Promised Traveler」である。

 先述のとおり、「ミラクルヘブン」に色濃く影響を受けた「化けっとモンスター」は世界中を巻き込む一大ブームとなった。そのあまりの人気から今度は「バケモン」のノウハウを「ミラクルシリーズ」が取り込むかたちで新番組が企画されることとなった。そうして生まれた『ミラクル怪獣ユニバーサル列伝』は、宇宙飛行士である主人公がミラクルシリーズ歴代の怪獣を「バケモン」のように使役することで悪の怪獣や宇宙人と戦うストーリーだ。そして主人公が使役する怪獣の中には、人気怪獣であるデンキング、そしてその強化型であるEXデンキングも含まれている。


 デンキングへの心配を必死に抱えながら、ルイは舞い踊った。

 やがて新たに体内に宿った力をひしひしと感じつつ、既に業務的となりつつある動作に移る。三度目になるピョコンピョコンの飛び跳ね。しかし今回は緋袴からなにも転がり出してこない。おかしいなと緋袴の裾を持ち上げ、股下を確認しようとしたところ、ハルミが声をかけた。


「ねえルイちゃん。 その胸元のそれじゃないの?」


「・・・あ」


 そう言われて胸元を覗きこむと、白衣の襟元から四角い何かが顔を出していた。慌てて引き抜いたそれは銀色の平べったい物質。しいて言えば、ギルドカードを入れるのに使われるカードケースに似ている気がする。これこそがミラクル怪獣列伝の作中に登場する「カードナイザー」。モンスターカードを差し込むことでそのモンスターが出現し、同時に無線機のように指示を出すことが出来るキーアイテムだ。


「お、カードナイザーか。 ルイ、もう一回ジャンプだ」


「・・・・わかった」


 四度の飛び跳ねで、続けて襟元から出てきたのは、キラキラ光る美しいカード。表面にはデンキングのような絵が描かれていた。前述のモンスターカードである。


「そのモンスターカードをカードナイザーに入れるんだ」


 どうやら薄っぺらく平べったいものは緋袴ではなく白衣の胸元から出て来るらしい。その法則には敢えて言及せず、ギンガが指示を出す。下手に指摘したところで待っている結末は、ひっぱたかれるか、泣かれるか、ひっぱたかれて泣かれるかの3択なので、ここは沈黙が正解に違いない。

 たどたどしい手を動かして、ルイはカードをケースに差し込んだ。

 次の瞬間、とうとうGスケルトンに組み臥されていたデンキングの身体が輝きだし、そしてその形を変形させるとその拘束をニュルリと脱出するのだった。


「キモ! キモ! ちょっと勘弁してよね!! 気持ち悪!!」


 ハルミが毒付くその異形。

 変形を果たしたデンキングには手と足が付いていなかった。

 頭、胴体、尻尾のみで構成されるその怪獣こそ、デンキングの進化形「EXデンキング」。前身であるデンキングからまき散らす嫌悪感を大幅に増量したその姿は、蛇と言うよりはでかいナメクジ。受け継いだガラスのヒビ状の黒模様とぬめぬめの粘液がより気味悪さを後押しする。

 ちなみにギンガからしてみれば、ゴチャゴチャと付属品が付きがちな昨今の怪獣の中での逆転の発想。無駄な部分、まさに蛇足を排したデザインは怪獣美学の極地の1つだと思っているのだが、ハルミのあまりの嫌がりように説明を諦める。下手したら自分の感性を全否定されかねない。

 そんな無念を心にしまい、ルイに続けて指示を出す。


「ルイ! EXデンキングには技の指示が出来る。 デンチューと同じ要領だ」


「・・・・わかった」


 もはや可愛いとかキモイとかの感情を心に閉じ込め始めたルイがうなずく。

 Gスケルトンから脱出したEXデンキングが、自己判断で敵に巻き付き、その動きを拘束している今がチャンスだ。


「いいか? しっかり覚えろよ」


 そう前置きしてルイに伝えたEXデンキングの技は今回も4つ。

 回転尻尾攻撃「スピニングテールスパイラル」。唇から電撃弾を放つ「アンリミテッドライトニングボルト」。巻き付きからの全身放電「デッドエンドヒートロッド」。そして2本の角から全ての蓄電力を放出する「EXダブルキングコレダー」が最大の必殺技となる。


「・・・・??? ・・・す、す、すぴんぐ???」


 本日何度目かの疑問符を頭に浮かべながら、ルイが戸惑う。

 技名を説明しながら、ギンガにも薄々わかってしまった。こんな長い技名、この無口で口下手な少女にはとても言い切れんだろうなぁと。

 その予想は的中し、ルイが何度カードナイザーに叫んでも正しく言い切れていない技名はEXデンキングには伝わらなかった。そうこうしているうちにもEXデンキングの巻き付きは緩み始め、Gスケルトンは拘束から逃れた右拳を何度も頭に振り下ろす。


「キュイイイーーー!!」


 EXデンキングの鳴き声が響き渡った。


「・・・・うう。 ・・・が、がんばれぇ! がんばれぇ!」


 技の指示を諦めたルイが思わず応援を送る。

 外見がどうだろうが鳴き声がどうだろうが、あの怪獣は自分が呼び出し、そして自分のために戦ってくれているのだ。そのことを決して忘れないルイの声援も空しく、またしてもEXデンキングは窮地に追い込まれていった。


「・・・ううう」


 今にも打ち倒されそうなEXデンキング。何の見返りもなく傷付き戦うその背中にルイはいつしか、本来求めていた友達などではなく、何かと気をかけてくれる青年と世話を焼いてくれる女性の姿を見ていた。もっとも女性の方は大変嫌がるだろうが。

 そのEXデンキングのピンチを見かね、タタッとギンガに駆け寄り服の裾を引っ張る。その今にも泣きそうな表情に、ギンガは出来れば使いたくなかった切り札を教えるのだった。


「なあルイ。さっき袂にしまったスティック。 あれはアルファカプセルと言ってだな・・・」




 2分後


「・・・・・でゅわ!!」


 正午の青空の下を、赤と白の巨人が駆ける。

 その身にまとう白と赤の巫女装束をひらめかせながら。

 急げ。特に痛めたわけではない腹から産まれた怪獣。あの2人のような怪獣の危機だ。


「・・・・じゃ!!」


 駆けつけた勢いそのままに、巨人が攻撃を繰り出す。

 これが劇中であるならば、大地を蹴って空中からの彗星パンチを肩口に当て、距離を詰めたまま体勢を崩した敵の脛骨にミラクルチョップを連打するという、地味だが着実に相手の体力を削るコンボが炸裂するところなのだが、ミラクル戦士随一ともいわれるヘブンの格闘センスをルイに求めるのも酷というもの。

「うにゃあ」という裂帛の気合とともにルイが繰り出した精いっぱいの攻撃。両掌によるいわゆる突き飛ばしはEXデンキングに馬乗りになっていたGスケルトンに横合いから炸裂。文字通りこれを突き飛ばした。


 グオオオオオ!


 今まで鳴き声1つ挙げなかったGスケルトンは低い唸り声を上げると、地面に激突する前にその身を灰へと変えてしまった。

 手ごわかった災害級モンスターGスケルトンを、光の巨人はたったの一撃で消滅させたのである。ギンガとハルミ、そしてラキアはあまりのあっけない幕切れに言葉も無かった。


 その灰が青空へと舞いあげられる丘の跡地には、みっともなくへたり込む2つの巨影。


「・・・うう、 ・・・こわかった、・・・よかった」

「キュイイイーーー!!キュイイイーーー!!」


 女の子座りの巫女服巨人と、ナメクジ怪獣がヒシッと抱き合い、ピーピーと鳴き声を合唱させていた。

 ギンガは「流石はミラクルヘブンだ」と感想を述べていたが、これは巨人がまとう巫女装束に付加された強力な退魔能力が原因である。早い話があのGスケルトン。どこか一部にでも巫女装束のルイが触れてしまえば消滅する代物であった。同じ特撮ヒーロー物でも「恐竜特戦隊ドセイゴン」を選曲し、ルイを人間大砲の弾丸として撃ち出していればそれで解決していた話だったのだが、これは結果論である。

 なんとか無事に乗り切ったという安堵の中、ルイの変身は解け、EXデンキングは見送られながら光の粒となって空へ登っていった。


「キュイイイーーー!!」


 鳴き声が、最後まで不快な超音波を発生させながら響き渡った。

 王都からの救援部隊である高位神官団が駆けつけたのがちょうどその時だった。


「あの化け物は一体何なのでしょうか!?」


 年若い女性神官が、空に昇るナメクジ怪獣を奇異の眼差しで見上げながら隣の老神官に尋ねる。しかし老神官が驚愕の目で凝視していたのは、空に浮かぶ化物ではなく、その影のなかで泣いている少女の姿だった。


「あの紅白の装束・・・・。 間違いない。 まさか生き伸びておられたとは・・・」


 老神官の歓喜の呟きに女性神官は空から地面へと目を向け、ずれた眼鏡を整える。そして彼女は見知った顔を見つけ、彼女もまた驚きの表情を浮かべた。働き口は違えど親しい神官仲間であるラキアの他にもう1人。1か月ほど前、イデヨン召喚の儀で異世界から呼び出し、そして城から放逐されたあの青年。


「オカザキ・ギンガ・・・・」



 翌日。


 クエストの達成と災害級モンスターの撃退を祝って、パーティにラキアを加えた4人は割高だが評判の料理を出すという食堂に来ていた。ギンガが自分の報酬分で食事をおごると言い出したのが発端だ。そこには女性陣に良い格好をしたいというささやかな下心と、実質報酬無しのハルミに対する後ろめたさからであった。これを知ったルイも出資の意を示したので、料金の端数分を払ってもらうということで話が付いた。


「ハルミ、これ美味いぞ」


「・・・・ハル姉、・・・これもおいしい」


「あら、本当に美味しいわね。 ほらラキアも遠慮せずに食べなさいよ」


 そういってポニーテールを揺らしながらガツガツモリモリ食べるハルミをよそに、どことなく遠慮がちな神官ラキア。彼女にはハルミのように肝も座ってなければ、心臓に毛も生えていない。


 今回のクエストの少し特殊な報酬事情。裏を返せば仕組んだのはハルミであった。3人の名前が入った依頼書が事前に用意されている時点で、彼女は当然は報酬が3人分出ることを知っていた。いや、正確にいうと3人分の報酬を出せば、3人揃って依頼を受けるとラキアを丸め込んだ主犯格だ。そしてギンガが依頼の受注を渋るであろうことも予想し、彼を説得する道筋を立てたのもハルミであれば、没収される可能性が高い自分の報酬を補填するために、「除霊」の技能手当が多額に出ることを伏せるようにラキアに指示したのもハルミであった。


「ほら、このタンメンなんか絶品よ? ラキアも食べるわよね?」


 共犯であることをことさら示唆するかのように、ハルミから差し出されるどんぶり。

 モンスター、怪獣。怪奇なぞ呼び出さなくとも元から人に紛れている。その恐怖を噛み締めながら、ラキアは料理を飲み下すのだった。


 かくして別に隠していたわけではないパーティの存在は王宮に伝わり、話はクライマックス目がけて突き進む。

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