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綺麗な星空①

 岡崎ギンガにとって異世界に呼び出されるというのは、アニメやラノベでおなじみの設定であった。

 部屋のパソコンの前でダラダラと動画サイトを見ていたのだが、不意に画面が光って気が付いたらここにいたのだ。


 尻から伝わる感触は、座布団からひんやりした石畳のものに変わっていた。

 壁のところどころに吊られたランプの明かりで、周囲が煉瓦で組まれた体育館ほどの大きさの部屋だとわかる。まわりには10人ほどの人影、おそらく彼と同じような状況に陥ったらしい連中が、不安そうに周囲を見回している。姿や顔かたちから全員日本人のように見える。


「あ、俺、異世界に来たんだ」


 つぶやきは誰にも聞こえないほどの小声であったが、大部屋の入口から聞こえてきた声によって肯定されることになる。


「はじめまして、日本の皆さま。ようこそ異世界へ!」


 魔法でも使ったのだろうか。それまで薄暗かった室内が一気に明るくなった。

 声の方向を振り返ると、体育館でいうところの壇上には30代ほどの身なりの良い男性が立っていた。今の良く通る声はこの男性のものらしい。


「「ようこそ異世界へ!」」


 男性の背後には10人ほどの男女が並んでいて、一斉に唱和する。その光景に10数名の日本人たちは皆、唖然としていた。


「私はこの王国で神官長をしております。 我が国は皆さま方を歓迎いたします」


「あ、あの、こりゃいったいなんなんすか?」


 声を挙げたのはギンガの隣に座り込んでた同い年くらいの青年だった。

 髪を茶髪に染め上げ装飾品をジャラジャラと鳴らしている。普段なら自分からは関わろうとも思えないタイプの人種だ。


「ご質問ありがとうございます。 それに関しましては後ほど説明会を行います。 まずは簡単な面接をいたしますので、受付までお願いします」


 神官長だとかいう男が掌を差し向けた先にはおそらく人数分あるのだろう、10組ほどの机と椅子。

 後ろに控えていた神官らしき男女10人ほどが、それぞれの受付場所へと移動する。


 思っていた異世界召喚となんか違う。

 異世界人でいいのだろうか、彼らのあまりに手慣れすぎた対応に、ギンガはどこか違和感を感じた。


 神官長とかいう人の、慇懃に過ぎる態度も気に障る。

 そもそも自分の世界を「異世界」などと言うのが不可解だ。

 何の説明も無く荒野に放り出されるパターンや、モンスター襲来の最中に一か八かで呼び出されるパターンよりはよっぽどましだが、なんでこんなにこの世界の人々は事務的なんだろうか。

 違和感の拭いきれないが、他の日本人たちがぞろぞろと受付に向かうのを見てその後に続いた。


「なんか流されてるよな。 面接とやらを断る権利はねえのかよってな」


 不意に後ろから声を掛けられる。さっきの茶髪だ。

 同年代というので一番声がかけやすかったのだろう。自分からは声をかけようとも思わないが、相手から声をかけられると対応するのはやぶさかでもない。

 なによりこの心細い状況で話し相手が出来るのは嬉しいものだ。


「そうだな、なんか対応が慣れすぎてて不気味だな」


「やっぱそうだよな、そう思うよな。 良かったわー。話の合うやつがいて」


 茶髪青年は名を名乗り、友達になろうと言ってきた。

 ギンガは無難に「お、おう、よろしくな」とだけ答えた。


「君たち、あまり不用意な発言はしないほうがいい。 その態度が僕たち全員の評価に影響を及ぼさないとも限らないんだからね」


 ギンガと茶髪の会話を聞いていたらしい。これまた同年代の眼鏡をかけた青年が会話に加わる。

 見たこともない学校の制服姿だが、乱れなく着こなされたブレザーはこの眼鏡青年がそれなりに優等生であることを裏付けた。

 呼び出されたのが日本時間で晩の9時ごろ。この時間帯に制服姿とは、進学校にでも通っている優等生に違いない。


「あ? なんだよお前」


「主導権はあの神官たちに握られているんだ。印象を悪くする態度は避けるべきだと言っている」


「くっそ、なんだよ真面目ぶりやがって」


 そんな会話をしながら3人は面接の席に座る。

 結局のところ会話でもしていないと不安で仕方ないという点では似たような心境であった。


 ギンガを対応したのは20代半ばほどの女性神官であった。

 彼女から聞かれたのは、名前、年齢、性別、職業。あとは特技や専門的な知識や技術の有無、専門的な教育を受けていたかどうか、など。


 これといった特技もない平凡な一般学生のギンガにとって、特に述べることなどなかった。

 右隣の受付に座った茶髪からは「工業高校」だとか「電気工事士」といった単語が聞こえてくる。

 左の眼鏡からは「TOEIC」という言葉が聞こえてきた。

 さすがに焦ったギンガは慌てて何か言うことが無いかを考えるのだが、歴代スーパー戦隊を全部言える、歴代〇イダーの変身ポーズを再現できる、モ〇ルスーツを200体以上言えるといった特技が評価されるとはさすがに思わない。

 結局、これといった主張も出来ないまま面接による聞き取りが終わり、少し焦りながらも今度はスキル鑑定の列に並ばされる。


 この異世界にはやはりお決まりのスキルというものがあるらしい。

 先天的、あるいは後天的に身につくスキルは様々な面で効果を発揮し、その使用者をサポートする。

 特に異世界人は強力なスキルを持ってやってくることが多いらしく、所持スキルによっては厚遇を約束すると神官長は説明した。

 不出来に終わった面接に肩を落としつつも、茶髪、眼鏡に続いてスキル鑑定の順番を待つ。


「スキルってあれだろ? 超強いスキルで無双するやつ。 俺結構アニメとか見る人だからさあ、この手の話って詳しいんだぜ!」


「まあ、最近のアニメや漫画ではよくあるやつだな」


「そんで竜とか倒して素材をはぎ取るんだよなあ。 俺、結構くじ運がいい人だから、いいアイテムとか取るの得意だ」


「はは、そりゃいいな」


 茶髪と眼鏡の会話に適当に返事しながらも、ギンガは心の中では彼らを鼻で笑っていた。

 そこには経験の伴わない自信があった。根拠に基づかない確信があった。なぜなら異世界召喚モノのラノベを散々読み漁ったことによる知識があったからだ。

 この手の異世界召喚ものの主人公に、茶髪チャラ男はまずいない。

 がり勉眼鏡もいない。活躍するのは地味で取り柄のない青年であるのが定石であるはずだ。いやそうでなければならない。読者が許さない。

 その観点で見れば少なくとも自分は茶髪や眼鏡よりは間違いなく上である。

 そして周りを見回してもパッとしない奴らばかりだ。

 これは間違いなく自分が主人公である。

 先ほどの面接で自分が何も言えなかったのがまさにその証左である。

 彼はそう確信していた。


 そしてそれをさらに決定付けるものこそがスキル。

 特技も実力もないギンガにとって、逆転必勝の切り札である。

 既にスキル鑑定を受けた連中は「アイテム鑑定」「治療」といったおなじみのものから、「料理」といった変わったものまで様々なスキルを身に着けていることが判明した。


「じゃあ行ってくるわ」


 そういって鑑定に向かった茶髪が持っていたのは「幸運」というレアスキルだった。

 なんでもアイテム採取やモンスターの素材剥ぎ取りの際に良いものが手に入ることがあるという先天性のスキルらしい。その結果に神官たちの茶髪に対する態度はガラリと変わり、茶髪はちやほやされながら部屋の一角へと移動していった。

 彼がギンガに話しかけてくることは二度となかった。


「なんだあいつは。薄情なやつだ」


 茶髪の急変した態度に毒づきながらも、眼鏡がスキル鑑定を受ける。

 彼が持っていたのは「機械操作」というスキルだった。

 しかし機械というもの自体がほとんど無いこの異世界において、死にスキルであることを神官から告げられた眼鏡は、とっさに懐から何かを取り出した。


「僕は電子辞書を持っている。この中には元の世界の知識が沢山入っているんだ」


 どうやら面接の際の持ち物検査の時に申告していなかったらしい。

 薄型の電子辞書を神官長に見せつける。


「ほう、それはパソコンというやつですか。 大変便利な魔道具だと聞いておりますが、たしか寿命が短いのではないのですか?」


 神官長がパソコンを知っていることに少なからず驚く。

 彼が言ったのはバッテリーのことだろう。安定した電気が得られないこの世界では、充電型の電子機器がすぐに使えなくなることを、この神官長は理解しているのだ。

 やはりこの異世界召喚はなにかおかしい。


「バッテリーのことか。ほら、専用のソーラー充電器を持っているからずっと使える。それに今の口ぶりからすると使えなくなった電気製品があるんだろう? コネクタ変換器もあるからみんな俺が使ってやる」


「それは凄い。大変有用な技能ですね。あなたの知識の一部として高い評価に値します」


 神官長の言葉に周りの神官たちの眼鏡に対する態度ががらりと変わり、専門知識を持ったグループの元へと案内していった。

 彼もまた、ギンガのほうを振り返ることはなかった。


 まさかの展開であった。

 あの2人に有用なスキルが発現した。

 その意味を決して優秀とは言えない脳みそを振り絞って考える。

 どうしてあいつらが良いスキルを手に入れられたんだ?

  いや、考え方が違う。あいつらでも良いスキルが手に入れられるくらいなんだ。これはきっと俺にはとんでもないスキルが発現するに違いない。

 大丈夫だ。確証がある。この胸の高鳴りが何よりの証拠である。

 だったら出来ればド派手な攻撃スキルが好ましい。たった一撃で敵の大軍や居城を粉砕するような、規格外のスキルがいい。そして格好いい名前だったらなお良い。『絶対零度』とか『一方通行』とか。『十七分割』も捨てがたい。発動の際にスキル名を叫ぶのだ。どんなに威力のあるスキルでも「モッチャラホゲホゲ!」とか「チンカラホイ」みたいな詠唱発動では魅力が半減してしまう。

 最低でも漢字四文字でお願いしたい。


 本人にしてみれば、頭を使っているように錯覚出来る行動。

 しかしそれは、面接の失敗と茶髪・眼鏡の高評価から目をそらすための現実逃避に他ならない。

 岡崎ギンガと言う青年が、これまでの人生で積み重ねてきた、あるいは積み重ねてこなかった結果である。


 とうとう、順番が回って来た。

 この異世界にギンガの願いを聞き届けてくれる神様がいるのかどうかはわからない。

 もしいるとすれば推理小説の犯人当てのところだけを読んでしまうような、ずぼらな神様に違いない。

 かくしてギンガの願いは、最後の部分のみ聞き届けられた。




『吟遊詩人』


 スキル鑑定の水晶に手をかざし、神官に見てもらったところ告げられたのは漢字四文字だった。

 その効果は、歌を歌うことによる他人への能力付加。

 歌に則した様々な効果を発揮できるのだが、如何せんその効果自体が非常に弱い。よって戦闘というよりは娯楽や余興として使われることの多いスキルであると説明を受ける。

 説明する神官のおざなりな態度から見ても、余程どうでもいいスキルのようだ。


 呆然とするギンガを放置しながら全員のスキル鑑定は終わり、続いて説明会とやらが開かれる。

 10人の日本人たちは3つのグループに分けられそれぞれ説明会場へと移動するというのだが、茶髪を含めた「有用スキルグループ」数名が移動し、次に眼鏡が所属する「有用知識グループ」も後を去ったあと、その場に残ったのはギンガ1人であった。


 同じく1人残った女性神官が、気の毒そうな顔をしながら声をかける。面接の時に対応してくれたあの女性だ。

 彼女は足取りのおぼつかないギンガを第3説明会場に導いた。そして行われるマンツーマンの説明会。名前を名乗っていたようだが、落胆していたギンガには覚える余裕が無かった。


「岡崎ギンガさん。あなたのスキルは覚えていますか?」


「え・・・・、ぎ・・・、吟遊詩人?」


「そう、吟遊詩人。あなたはお察しのようですが、正直言ってあまり役には立ちません」


 彼女によって、より詳しい説明がなされる。

 それはギンガにとって残酷な内容だった。


「吟遊詩人」は歌によって対象者に様々な効力を発揮するスキルである。

 しかし幸か不幸か、この異世界には完全上位互換と言える魔法の数々が存在していた。

「吟遊詩人」の定番とする肉体強化にしろ士気上昇にしろ、それに該当する魔法を使ったほうが手っ取り早く効果も高いのだ。ましてこの世界には流通している歌がそれほど多くないこともあり、「吟遊詩人」は完全な死にスキルとされていた。


「だから吟遊詩人として冒険者になることはお勧めしません。 王国は一応冒険者を推奨してはいますが、あなたは堅実に働くことをお勧めします」


 強く訴えかける神官の言葉に、ギンガはうすら寒いものを感じた。

 どうやらここで雇ってもらえるわけではないらしい。


 遡ること約50年前、1人の日本人が異世界に召喚された。

 用兵術に精通したその日本人は組織運営知識の一環として、異世界にあるドイツ軍人の名言を伝えた。

 曰く「無能な働き者はすぐ銃殺刑に処せ」というやつである。

 従順で真面目そうではあるが、知識も能力もスキルにおいてもなんの見どころも無いギンガ。彼に対し国家は一切の益無し、いや、時に多数決などで物事を決める日本人の集団に無能を入れることの弊害を考えると有害ですらあると評価を下した。


 民族意識の強い日本人の手前、処刑するのはさすがにはばかられる。

 そこで王国では有害な日本人に冒険者として身を立てることを推奨し、装備と支度金を渡して送り出す制度を整えた。

 こうして簡素な皮鎧と鉄のショートソード、支度金を手渡されたギンガは女性神官に見送られながら城から放逐されることとなった。

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